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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第7章 海賊(瀬戸内海賊編)
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軍船

「い、一大事にございます!」

「何事じゃ?」


日が落ちし後の内裏にて、慌ただしく声が響く。

従者により今起きておる騒ぎを、清栄は聞かされし。


曰く、にわかに内裏へ訪れし者ーー無論、広人に、清栄の従者らは手を焼いておると。


清栄の戦勝祝いの船を襲いし海賊との再びの戦がありし、その日の夜。


清栄の船を守り行方知れずとなった、夏を救い出すべく赴きし再びの戦において。


妖一つは捕らえたものの、最も目当てであった夏の救い出しは未だなされぬまま戦は終わり。


そのことを許せぬ広人が、今内裏へと乗り込みしというわけである。


「これ、待たれよ! 清栄様は戦でお疲れじゃ!」

「分かっております! しかし……この四葉広人、同胞たる伊尻夏を何としても救い出したく、堪らずにここへ参りし次第!」


死にものぐるいにて自らを押し留める従者らをものともせず、広人は突き進んでいく。


「ふうむ、それにて私に会いたいと? ならば、その清栄はここにおるぞ。」

「!? こ、これはこれは……清栄様、御自ら……ありがたき幸せ!」


広人が驚きしことに。

騒ぎの場へと、清栄が自ら足を運んで来たのである。


「清栄様、何卒」

「ならぬ。」


広人が口にせんとした言葉は、全て言い終わらぬうちに清栄に拒まれる。


「き、清栄様! どうか」

「先ほどそなたが言いしことを果たすべく、私に力を貸せと言うのであろう? ならば、今すぐには果たせぬ。」

「……はい。」


清栄のこの言葉には、広人も俯く。

戦を終えしばかりで、静氏の兵も、何より妖喰い使いたちも疲れておる。


さような中で、再び自ら戦を仕掛けにわざわざ出向くなど勝戦の見込みは無きに等しい。


それは広人にも、分かっていた。

ただ、それでも。


「お願いいたします! ならばこの広人一人のみにても! あの海賊めと対峙させていただきたく存じます。」

「……まったく」


清栄が、この広人の言葉に。

更なる呆れを返さんとしし、その刹那であった。


「き、清栄様! 一大事にございます!」

「……まさか、他の妖喰い使いたちもか?」

「はっ。のみならず……陰陽師・阿江刃笹麿殿も。」

「……ふう。」


清栄もこうなっては。

次なる海賊衆討伐を、話し合うより他あるまい。


「……全て通せ。それに加え、内裏におる主だった静氏一門の者も集めよ。」

「はっ!」





「では……そなたら。如何に妖喰い使いと言えど、私や帝をかような刻まで内裏に留めしこと、全くの咎なしとはいかぬぞ。さて、広人殿よ。……訪ねて来たということは、何か算段があるのであろうな? 次こそ勝戦になるという。」

「は、はあ……」


清栄を前に、広人は言葉を失う。

場は清涼殿に移る。


帝や主だった侍らの話合いの場にて、広人は最も前に出て話をしていた。


真っ先に乗り込みし手前、広人が矢面に立たされて然るべきといえるが。


いかんせん広人はこうした場には全く慣れておらぬ上に、先ほどの清栄の言葉に反するがごとく無策で乗り込みし手前、途方に暮れる。


「まあ、そうだな……無策だ。」

「な、半兵衛!」


広人に代わり、半兵衛が答える。


「……うむ。話にならぬな。」

「も……申し訳ございませぬ!」


清栄は呆れの眼差しを向ける。

それには耐えられず、広人は頭を下げる。


すると半兵衛は、ふんと鼻を鳴らす。


「まあ、これで分かったろ広人? 無為無策で乗り込むなんざ、碌な目に遭わねえって。」

「は、半兵衛……」


半兵衛は諭すがごとく、広人に言う。

そして。


「さあはざさん……聞かせてくれよ。あの捕らえた妖、いろいろと調べたんだろうからそのことについてさ。」

「はあ……まったく、この従者にしてこの主人ありであるな半兵衛! こうも人任せとは。」


半兵衛の言葉に呆れつつ、刃笹麿は前に進み出る。


「清栄様。未だ僅かでありながら、此度の戦にて生け捕りにしし妖からは、様々なことがもたらされてございます。」

「うむ、では……それが如何にして、勝戦に繋がると?」


清栄は刃笹麿に問う。

すると、刃笹麿は。


「今私が調べしことは……妖を操る術ーー妖傀儡の術につきましてございます。」

「!? 何?」


清栄は驚く。

刃笹麿は話を、進める。


「此度の調べにて、解き明かせましたのは……お恥ずかしながら、大枠のみにございます。従いまして、未だ算段というほどのものは立てられておりませぬ。」

「……あちゃあ。」


刃笹麿の言葉に、清栄は拍子抜けした有様であることが窺える。


半兵衛も、刃笹麿に任せきりであったがために、これには頭を抱える。


しかし、刃笹麿の話はこれで終わりではなかった。


「……ふん。拍子抜けであるな! さように弱きことで」

「しかし! これを解き明かせれば我らは、妖の秘められしことにより近づける……ひいては、あの鬼神一派の手の内を明かせるのではと踏んでおります。」

「……ふうむ。」


清栄は刃笹麿を見つめる。

今の言葉の意を汲み取り、当惑しているようである。


「つまるところ……そなたはより妖を生け捕りにすべく、新たに兵を動かせと?」

「はっ、恐れながら。」

「……ううむ。」


清栄は困り果てる。

勝戦の算段はないというならば、兵をそう易々と動かせようものではない。


しかし、その調べをより深めることにより妖の秘められしことに辿りつけると言うならば。


「……まったく、困らせてくれる。」

「……申し訳ございませぬ。」

「……申し訳ねえ。」

「申し訳ございません!」


清栄の言葉に刃笹麿、半兵衛、広人が謝りを返す。


「よかろう。兵の用意を始めさせよう。」

「……! かたじけねえ。」

「ただし、今すぐという訳にはいかぬ。……できる限り早くという形にはなるがな。」

「……ありがたい。」

「ありがとうございます!」


清栄は重き腰を上げるがごとく言う。

半兵衛と広人は、揃い礼を言う。




「いやあ、誠にすまねえなはざさん! 」

「よい、さような形ばかりの礼など。」

「いや、そんなことは」

「やはりおかしい。」

「え?」


刃笹麿のにわかに出し言葉に、半兵衛は首をかしげる。

刃笹麿の屋敷の、地の下に設けられし所に半兵衛はいた。


広人らは既に、屋敷に返しておる。

ここには池があり、そこには先ほど捕らえし妖が泳いでいた。


「はざさん、何のことだい?」

「ああ、妖傀儡の術ーーそなたらのこれまで相手しし妖に刻まれていた、操るための術であるが……先の戦にて調べし折、おかしなことが分かってな。」

「おかしなこと?」


半兵衛は聞き返す。

無論、刃笹麿が妖傀儡の札を調べしことは知っている。


「うむ。まあ調べしと言っても、すぐに札は弾け飛んでその術の大枠くらいしか調べられなかったのだが……その大枠からして、違うのだ。」

「違う? 何と?」


半兵衛はさらに尋ねる。


「妖を操る術と聞いて、そなたならば何を思い浮かべる?」

「へっ?」


次には刃笹麿より問いがあり、半兵衛は思わず間抜けな声を上げてしまう。


まさか陰陽師より、術について聞かれるとは。


「ええ? いや、はざさん……俺は、あんたらの術なんか」

「よい! そなたでも知っておる術だ!」

「ええ? ……俺でも知っている術ねえ……」


半兵衛は無き知恵を絞るかのごとく、考えを進める。

やがて一つ、思い当たる。


「……式神の術、か。」

「うむ、よくぞ言った。」

「……え? まさか、式神の術と大枠からして違うのか? 妖傀儡の術って奴は!」


半兵衛は言いし後で、訝しむ。

式神の術と違う? ならば。


「じゃあ、どうやって」

「言っておろう? 調べられしは大枠のみと。すまぬが、私が調べられしはそれだけじゃ。」

「……そうか。」


刃笹麿は言いし後で、抑えられし蛟を見る。

半兵衛もつられて、そちらを向く。


別段暴れることもなく、おとなしく佇んでいた。


「へえ、はざさんの術のおかげとはいえ……妖にしちゃあ、随分とおとなしいじゃねえか!」

「妖も、人との無益な争いは望んでおらぬのかもしれぬな。」

「えっ!? 何を言うんだい。」


半兵衛は刃笹麿の言葉に、驚く。

妖が人との戦を望まぬ? ならば、何故妖たちはこうも襲いかかって来るというのか。


しかしその問いを半兵衛が口に出すより前に。


「あの鬼神一派に操られ、奴らの手先にされておるが故であろうぞ。」


答えが、返る。


「はあ、なるほど……じゃあ、あの一派を倒しゃあ、この戦は終わるよな?」

「……いや、どうかな。」


刃笹麿は半兵衛の言葉に、考え込む。


「何だよ、煮え切らねえな。」

「それで済ませてはならぬように感じられてな。あの妖たちには、まだ何かあるように感じられてならぬ。」

「なるほど、陰陽師の占いかい?」

「いや。」


刃笹麿は半兵衛の目を見る。


「……私の勘ぐりよ。」

「うーん……はざさんが女だったら、それも当てになったかもなあ……」

「ううむ……そなた、陰陽師の勘より、女の勘を当てにすると言うか。」


半兵衛と刃笹麿は、軽口を叩き合う。


「……何はともあれ、この妖をより深く調べれば……分かることは多かろう。」

「心得た……じゃあ、はざさんは引き続きそちらを頼む。」

「言われるまでもない。」


刃笹麿の言葉に半兵衛は笑みを返し、そのまま階段を登る。




「すまぬな、私のわがままを……」

「ああ、いいだよ。」


水浴びをする夏に、海人は空を見上げつつ言う。

海賊たちと半兵衛らの再びの戦が終わりし日の夜。

海賊の根城たる島にて。


その前に海人より飯を与えられし夏は、水浴びがしたいと海人に申し出て、海人の案内により島の中の人気なき池にて水浴びをしていた。


「しかし、女子っちゅうんは、やはり。こうも体を清めたがるものなんかえ?」


海人が相変わらず空を見上げつつ、夏に問う。


「ああ、そうであろうな……まあ、私も他の女子のことはよく知らぬが。」


夏は泳ぎつつ、海人に返す。


「ふうん……男子のことはよう知っとるか?」

「ああ……まあ、周りは男子ばかりだからな。」


夏は妖喰い使いたちのことを思い浮かべる。

今頃どうしているか、私のことを案じてくれているのだろうか?


「まあ、考えすぎねえで。仲間はきっと、夏を救い出したいって思っとるよ。」

「! ……そなた、心が読めるのか?」


夏は驚く。

まるで、今の考えを全て見透かされし思いである。


「いや、そこまでは……そもそも、女心は分からんかったし。」

「ああ……まあ、そうであるな。」


夏はこの海人の言葉に、頷く。

確かに心が読めるならば、この島を訪れし時あのように恥ずかしき思いもさせられなかったであろう。


さておき。


「そもそも……そなた、あの海賊衆とどういう繋がりなのだ?」

「あ、うーん……まあ、仲間だあ。」

「仲間、か……」


夏は訝しむ。

あの"親方"の子、もしくは孫かとでも思ったが。


そのどちらでもないとは。

仲間ーーこの幼き子が海賊衆の仲間とは、今一つ飲み込めぬ。


と、その刹那である。


「!? これは」

「どうした、夏?」

「いや……」


夏が驚きしことには。

身体の中で、何やら騒ぐものがある。


無論それは、妖喰いであるが。

妖が、騒ぎしということは。


「……夏。すまんがそろそろ上がろう。おら、そろそろ」

「ああ……さようであるな。」


海人の言葉に、夏は胸元を隠しつつ水面より身体を出し、頷く。




「あれは、妖か……?」


海人に促され祠に戻りし夏は。

そこより、山の下にある浜辺に泊まる妖らを、見る。


そこには前に見し通り、蛟らが多かったが。


「あれは……増えている?」


夏は驚く。


そこには蛟のみならず、他にも妖がいたのである。






「い、一大事でございます!」

「次は何じゃ?」


内裏より牛車で出んとしし清栄の元へ、従者が駆け込む。


「また妖喰い使い共か? 今すぐ兵は動かせぬと」

「そ、それが……さようにも言っていられぬことが起きまして。」

「何?」


清栄は従者の言葉を訝しむ。

従者は続ける。


「ふ、再び……海賊らが!」

「な、何と!」


清栄は驚く。





「な、何じゃあれは!」

「あ、妖じゃ!」


瀬戸内の海にて。

清栄が昔従えし海賊らーー水軍たちが、見張りをしていたのであるが。


たちまちにわかに深き霧がかかり。

数多の妖が出て来る。


それは屋形を背負いし蛟、のみならず。


「あ、あれは……か、蟹か!?」


屋形を背負いし蟹ーー化け蟹が数多、蛟を守るかのごとくその前を泳ぐ。


何よりーー


「あ、あれは……?」


水軍らの目の先は、化け蟹らより蛟より、その後ろであった。


そこには大きく、しかし古びた軍船ーー船幽霊がいたのである。




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