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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第7章 海賊(瀬戸内海賊編)
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漂着

「ん……? ここは……」


夏は目を開ける。

真上には岩の天井が見える。


洞穴の中である。


「ここは……ん!?」


夏は自らの体を見て、驚く。

一糸まとわぬ、あられもなき姿である。


思わず自らにかけられていた、蓑を使い隠す。

が、すぐに体をあらわにする。


まあ、誰が見ているわけでもあるまいか。

そう思い、何の気なしに目を右手に移しし刹那であった。


「な!」


叫びを上げ、再び自らの裸を隠す。

夏を見る者がいたのである。


一人の、男子(おのこ)だった。

年は、夏より少しばかり下といった所か。


「起きたかえ。着物なら、そこに干している。」

「な、何?」


男子は事も無げに言い、洞穴の出口を指差す。

そこには、二つの細き木に掛けられし竿に干されし、着物があった。


「す、すまぬ……あれ? 私は……」


夏はふと、考える。

そうだ、私は何故ここに?


確か半兵衛、広人と共にいた。

宴の船に乗っていた所を噂に聞く妖の群れに囲まれ、自らは船を逃がさんと殺気を吹きーー


「……私は、そこで力尽きてしまったのか?」


夏は頭を抱える。

流されたとなれば、ここは島か。

ならば、船はどうなったのか。


私は、守り切れたのかーー


「船は、何事もなかったぞ。」

「……何?」


自らの問いに対する答えが、思いもよらぬ相手より返りしことに夏は驚く。


見ると、男子は夏を見つめていた。


「!? ……その……そこまで見つめられると……」

「? 何か、あるのか?」

「は、恥ずかしいと言っている!」


夏は叫ぶ。

皆まで言わせるなと。


「すまん、おらそういうん分からんし。」

「そ、そうか……」


夏は未だ恥ずかしげに蓑にて身体を隠ししまま立ち上がる。


この隠し方では身体のどこかは見えていようものであるが、恥ずかしさに占められし頭でそれを考えるゆとりはなかった。


そのまま着物を干されし所まで歩き、着物を着んとして。

もしやと思い振り返る。


男子は、やはり夏を見ていた。

しかし、別段下心のごときものは見てとれぬ。


先ほど夏が恥ずかしがりしは、自らが恥ずかしがったというのにこの男子が落ち着いており。


殊更恥ずかしくなったこともある。

それは今も、であるが。


「だから! 恥ずかしいと言っておる。女が着物を着んとするを男子に見つめられるなど、恥なのだ!」

「ああ、すまん。」


相も変わらず事も無げに、男子は言ってそっぽを向く。


「……まったく!」


夏は未だ赤き顔のまま、男子を睨みつけつつ着物を着る。

ちらりとでも見るかもしれんと思ったが、男子はそっぽを向きしままである。


少しは恥じらえと、言ってやりたき心持ちである。

しかし、着物を着終わりし所で。


「ふう、着終わった。まったく、私は何故このような……!?」


ふと、()()()()に思い至り、夏は再び顔を赤くする。


「あ、あの……あ、あなたが助けてくれたのか……?」

「ああ、そうだ。おらが流れてたあんちゃんを引き上げた。」

「す、すまぬ! 礼も言わず……」


そう、自らのことばかり頭にあり、助けてくれたであろうこの男子に礼の一つも言っていなかった。


「ああ、いいだよ。おらこそ恥ずかしがらせて、すまねえだ。」

「あ、いや……それは、もういい……」


男子の言葉に、夏は再び恥ずかしげに顔を赤らめ目を逸らす。


年は少しばかり自らより幼く見えるとはいえ、やはり男子にこうもあられなき姿は見られたくなかった。


と、その刹那である。

再び夏は、男子の言葉に引っかかりを覚える。

そしてそれがどこか、思い当たる。


「そ、そうだ! ……すまぬ、不躾ついでに……そなたは船ーー宴の船に、何事もなしと言っていた。それは、誠か?」

「ああ、おらこの目で見た。間違いねえ。」

「!? そ、そうか。ありがたい……ん? 見た?」


男子の言葉に、三度夏は引っかかりを覚える。

見た? どこで?


あの時、船が数多の妖に襲われし辺りでは、かような島など見当たらなかった。


尤も、霧は深かったのだが。

その霧が立ち込めし時より前、晴れし空の時を思い返す。


やはり島は、なかった。


「すまぬ、そなたどこでそれを……」

「あ、帰って来ただ! お前ちゃ、隠れえ!」

「え? お、おい!」


夏の問いを置き去りに、男子は夏の手を引き洞穴の奥へ入って行く。


「す、少し待て」

「ああ、ここがいいだ! ……おらは外を見て来る。ここに居なあよ?」

「あ、ああ……」


悉くこちらの言葉をよそに、自らを振り回すこの男子に。

夏はため息が漏れるが、すぐ近くより人の声が聞こえ、慌てて息を潜める。


「親方! 大事ないかえ?」

「おお、海人(あまと)か! ……見ての通り、大事ある。どうか手を貸せ。」

「あわわ、親方!」


海人という名が、先ほどの男子の名のようである。


海人は、大人の男と話している様である。

親方? 何の?


さらに近くより、男たちの呻く声が聞こえる。


「すまぬ、海人。……屋敷に行き、奥に伝えよ。傷が大きく、手が足りぬと。」

「わ、分かった!」


海人は、走り出ししようである。


「(奥!?)」


夏は親方の言葉に、思わず声を上げそうになるが。

どうにか、堪える。


一時、奥というのが夏の隠れし()()()()に聞こえたのである。


しかし、よくよく考えれば()()のことと分かり、落ち着く。


が、次の刹那であった。


「? どうした、蛟。」


親方の声と共に、獣の唸り声が響く。


蛟ーー宴の船を襲いし、あの群れを成しし妖だ。

夏はその言葉に、身構える。


妖が唸り出したとなれば、思い当たる節はただ一つ。


「(私の妖喰いの力を、嗅ぎつけたのか……?)」


夏は更に、耳を研ぎ澄ます。

音を、より多く捉えんがため。


「……洞穴に、何かあるのか?」


再びの親方の声に、夏はより身構える。

やはり、妖共はーー


と、そこへ。


「親方ー! 奥方様たち連れて来ただ!」

「おう海人! 遅いぞ!」


海人が戻って来たようである。

諸共に、女たちの黄色き声も響く。


「お前様! まったく、こんなに!」

「ははは、いや申し開きの次第もない。仇共ーー妖喰いが、思いしよりも手こずらせて来てな。」

「(!? あ、妖喰い!)」


奥方と親方の話に、夏は驚く。

考えてみれば、容易いことである。


あの時宴の船を襲いし妖がここにいる。

そして、妖喰いを仇と呼ぶ。


こやつらは、噂に聞きし海賊衆である。


「海人、洞穴に何かあるか?」

「ん? 親方、何か?」

「あ、いや……何でもない。」


親方は海人に尋ねるが、はぐらかされそれより先の話を止める。


「親方、こんな狭苦しい入江じゃ妖たちも肩身が狭い。早く浜へ移すだ。」

「ああ、そうであるな……皆、妖を!」

「お、応!」


親方の呼びかけに、皆は絞り出すかのごとく声を上げる。









「待たせ……うわ!」


暫しあり日が沈み。

洞穴を再び訪れし海人は、にわかに飛び出しし夏に驚く。


海人は瞬く間に、夏により組み伏せられし。


「そなた、海賊衆の仲間か?」

「あ、ああ……黙っててすまねえ。」


先ほどとは打って変わり、仇を見る目になりし夏に睨まれつつも、海人は相も変わらず事も無げに言う。


「ここは海賊の根城か? 私を捕らえし目当ては何か」

「捕らえたんじゃねえ、ただ助けたかっただ。」

「……ふん、信じろと?」


自らの問いへの海人の答えに、夏は未だ厳しき目を向ける。


「……分かった。ここは危ねえから、移ろう。」

「!? くっ、勝手に!」


夏に組み伏せられしまま、海人は胴を起こす。

たちまち夏はよろけるが、再び組み伏せんとする。


しかし、海人もまた素早い。

たちまち後ろへ飛び、夏の覆い被さらんとする動きは空を切る。


「くっ!」

「信じられねえなら、それでええ。……おらは、あの海賊衆の仲間だ。でも、海を漂うお前ちゃが哀れに思えて勝手に助けた。それだけだ。」

「……何がしたい?」


海人の言葉に、夏はその心持ちをますます計りかねる。

先ほどの海賊衆のことから察するに、夏のことをあの海賊衆は知らぬようである。


ではこの男子は、勝手に夏を助けたということか。

何のため?


「まあ……可愛い女子を助けたいと思うは、人の男子の性なんだえ?」

「!? な!」


夏は顔を赤らめる。

この島に来てより、この男子には顔を赤くされてばかりである。


「ま、またさような!」

「ま、とにかく。……信じてくれるなら、新しい所について来てくれな。」

「ん。……分かった、そなたを信じよう。」


海人は夏の言葉に微笑むと、そのまま洞穴より出る。

夏もついていく。


いずれにせよ、勝手の分からぬ島。

ここで迷いし挙句、海賊衆と鉢合わせでもすれば元も子もない。


ここは、この男子に従うしかあるまい。

夏は、腹を決める。


洞穴の外は入江になっていた。

確かにここでは、あの妖の群れ全て入るは中々難しかろう。


夏は海人に導かれるまま、山道へ入る。

そのまま、登って行く。



「着いただ。」

「ここは……祠?」


夏は首を傾げる。

連れて来られしは、山の中の祠であった。


「洞穴に比べりゃ狭いが、少し耐えてくれだ。」

「あ、ああ……ありがたい」


と、その刹那。

ぐうと、空きっ腹を告げる音が。


言うまでもなく、夏の腹である。


「ふふふ……」

「わ、笑うな……ははは!」


夏と海人は声を殺しつつ、笑い合う。





「ほら、これ。」

「握り飯、か?」


海人は懐より、大きめの握り飯を二つ取り出す。


「毒は、入っていないぞ?」

「分かっている。……うん、旨い……」


夏は握り飯を頬張り、息を吐く。

思えば、しばらく何も食っていなかった。


「あ、そういえば名乗りが遅れただ。おらは」

「先ほど、海賊衆と話しておるのを聞いた。……海人か。いい名だな。私は夏。伊尻夏だ。」

「尻?」

「い、じ、り! ……まったく、そなたつくづく女子に心遣いができておらぬぞ。……まあ、夏でよい。」

「ああ、夏。」

「ふふふ……」


海人の言葉に顔を赤らめつつ、夏は再び海人と笑い合う。








「して、夏殿は取り戻せなかったと?」

「ああ、すまねえ……戦のあった辺りを探したんだが……」


海賊衆との再びの戦よりすぐ後。

半兵衛の屋敷にて夏の帰りを待っていた広人は、半兵衛らが夏を連れておらぬのを見咎める。


「すまぬ、広人殿……」

「よい! ……半兵衛、やはり私が次は行く! 止められても行くぞ!」

「広人、あんたは」

「行く! ならば私自ら、帝にお話をつける!」

「おい、待てよ!」


言うが早いか広人は、半兵衛の止めも聞かず屋敷を飛び出す。


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