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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第7章 海賊(瀬戸内海賊編)
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水軍

「何と……まさか。」

「はっ、信じがたきことにはございますが……誠のお話にございます。」

「……ううむ。」


清栄からの報を受け、帝は頭を抱える。

妖・蛟の群れに襲われ、命からがら逃げ出して幾日か後。


清涼殿にて帝に、此度のことについて知らされていた。


「何ということか……」

「申し訳ございませぬ。妖喰いの一つを失いましたこと、この都には多大なる損失にございますな。」

「そんなことじゃねえ!」

「!? は、半兵衛。」


清栄の言葉に、半兵衛は怒りを露わにする。

広人らは連れていない。


殊此度のことについて、広人を連れて来ることは危ないと断じ、半兵衛一人で出向くこととなったのであるが。


これでは、同じことである。


「なるほど、すまぬ半兵衛。……そなたは従者を失ったのであったな。」

「従者じゃねえ、仲間だ!」


清栄からの謝りも、半兵衛には火に油を注ぐことでしかなかった。


「そもそも……言ったよな? あんたが宴を強いて開いたりしなけりゃ、こんなことには」

「止めぬか! 半兵衛、仮にも太政大臣と帝の前である! 控えよ!」

「……すまねえ。」


見兼ねし帝からの言葉に、半兵衛は頭を冷やし始める。

清栄を責めても、夏が帰ってくるわけではあるまい。


「帝。……此度、私が何もできずじまいであったことの償いをさせていただきたく存じます。」

「うむ、清栄よ。……どうする?」

「はっ。」


奏上を許されし清栄は、述べ始める。


「あの妖による水軍……もし人により使われているのであれば、私が思い当たります節はただ一つ……かつて私が成敗しし、海賊一味かと。」

「……うむ、そうであろうな。」


帝は頷く。


「よって、再び海賊を成敗するも我が使命と存じます。故に……軍をそのために動かしますこと、お許しいただきたく存じます。」

「……うむ。よかろう。」


帝は清栄と半兵衛を見比べ、言う。


「清栄よ! 海賊一味を再び従えよ。半兵衛! ……まだ間に合うかもしれぬ。夏を救いに行け!」

「帝……すまない、かたじけない!」


帝のはからいに、半兵衛は大きく頭を下げる。




「何と……海賊と!」

「ああ……妖がからんでいるからには、俺たちが行かないとな。」


屋敷に戻りし半兵衛は、水上兄弟と広人に言う。

水上兄弟には、既に前の蛟との戦より帰りし時に話してある。


兄弟も、夏を救わんとする心は同じであった。


「では、半兵衛! 私も」

「待て、広人! ……あんたは留守を預かれ。」

「な、何!」


半兵衛の言葉に広人は、愕然とする。


「何故だ、半兵衛! 私が夏殿を救えなかった、であるから」

「それだよ。そんな心持ちでいかれたって困るからだ!」

「何……?」


半兵衛は広人を、正面より見据えて言う。


「そんな、責を負おうと言わんばかりに助けに来られて、夏ちゃんが喜ぶか? それに……この京の守りもある。俺たちは全て出払う訳にはいかないんだよ!」

「そ、そんなもの……阿江殿に任せれば!」

「私も此度はついて行く故、代わりは務められぬぞ?」

「あ、阿江殿!」


広人の後ろより、刃笹麿がやってくる。

尾張での水上兄弟と夕五の戦に際し、半兵衛らが兄弟を助けに行く間妖より京を守る役を肩代わりしてくれていた。


「そもそも、あれは誠であれば認められぬこと。それを軽々しく当てにするとは感心せぬな、広人殿?」

「うむ……面目もござらぬ。」


萎れる広人の右肩に、刃笹麿は手を載せる。


「今のそなたは、留守を守る務めを全うせよ。そうでなければ夏殿にも、顔向けできまい?」

「……かたじけない、阿江殿。」

「……よし、決まりだな。」


半兵衛は二人のやりとりに、笑みを浮かべる。


「案じなさんな、広人……夏ちゃんを助けることは、あんたの分まで俺たちが引き受けるからさ! なあ、義常さん、頼庵?」

「その通りにございます! 広人殿。そなたと夏殿には尾張でお助けいただいた恩がある。必ず、その恩に報いねばな!」

「そうだ、広人殿! 夏殿はかようなことでは死なぬ、そなたこそ夏殿を信じておらぬのか!」


半兵衛の呼びかけに、水上兄弟は力強く応じる。


「う、うむ……すまぬな。」

「いやあ、いいってことよ!」


と、その時である。


「たのもう! 半兵衛殿ら妖喰い使いの皆々様よ、清栄様が戦へお呼びじゃ! 急ぎ支度を」

「いつでも行ける! さあ、皆!」

「応!」


訪ねし使いの声を遮り、半兵衛らは我先に屋敷を出て行く。






「……うむ。確かにここ辺りであったと見受けるが。」


前を走る囮の船を睨みつつ、後ろより追う船の清栄が呟く。


海賊らをおびき寄せんと、清栄は先に述べし通り荷船に見せかけし囮の船を走らせる。


それを見失わぬ程に間を取り、清栄みずから率いる船が追いかける。


他の船も、同じくこの囮の船を見失わぬ程に離れつつ、追いかけていた。


「荷船がなくば仇共は来るまいとは、さすがは清栄様。」

「ふふふ……しかし、それも食いつけばの話である。さあ。」


清栄が従者に答えし、その刹那である。

にわかに霧が、立ち込め始める。


「き、清栄様!」

「うむ、前の船に追いつけ!」

「ははあ!」


清栄の言葉に船頭らが、先ほどより勢いを増して漕ぎ始める。


「さあて、来るか……!? ……来おったな。」


清栄は周りを見渡し、蛟らの姿を確かめるや微笑む。

すかさず身を乗り出し、叫ぶ。


「聞け、妖共! 否、妖を操りし海賊共よ! 我こそは太政大臣静太郎清栄である! 此度はそなたらが前に働きし無礼、許されざるものと断じその成敗のため参った! さあ」


清栄は尚も続ける。

港を出る前には、こうして前に清栄自ら出ることは従者らに止められたが、今さらそれをするものはいまい。


「さあ! 我が睨みし通り、そなたらが妖を操りし海賊共ならば答えよ! 我らに狼藉を働きし訳は何か!」


清栄が声を上げし前は、色めき立ちしがごとく霧の中より迫りし妖らであったが。


今は清栄の声に耳を傾けているのか、妖らの動きが止まる。


はたして、妖からは。


「太政大臣殿よ! おん自らご出陣とは誠に痛み入る。我が名は村元定陸(むらもとさだおか)と申す! 先の大乱のうち、前の大乱のすぐ後よりこの瀬戸内の海にて、海賊衆を率いておる者。」


村元と名乗る男の声が、返る。


「なるほど……村元定陸とな? 聞き覚えのなき名であるな!」


清栄は吐き捨てるがごとく言う。

と、その刹那である。


「もとより、名を覚えていただくことなど求めはせぬ……これより海の藻屑とならんお方に!」


定陸の言葉を受けてか、蛟らが一斉に鎌首をもたげる。

そのまま火の玉を、吐かんとする勢いである。


しかし。


「はーっ、ははは! ……海の藻屑とな? それは」


清栄は臆せず笑い飛ばす。

その間に蛟らは火の玉を次々と吐き、飛ばす。


「そなたらじゃ!」


清栄がそれを見れども尚も臆せず、継ぎし言葉を受けてか。


たちまち囮の船より小舟が、二つ躍り出る。


「!? な、何だ!」


驚きしは、蛟の戦船の一つに陣取りし定陸である。

たちまちその小舟より、雷が放たれる。


どちらも広がるかのごとく。しかし二つのうち一つは、片方より勢いが強く。


たちまち勢いのより強き方の雷は、火の玉を弾き尚衰えぬ勢いにて蛟に、迫る。


「くっ! よ、避けよ、面舵一杯!」


慌てし定陸は、急ぎ言葉を飛ばすが。

それは遅きに失ししことであった。


たちまち雷は蛟に当たり、蛟は血肉となり砕ける。


「ぐわああ!」

「皆!」


背負われし屋形からは海賊衆の者たちが、海へ投げ出される。


「ようし! さあ、義常さん、頼庵!」

「はっ、我らの力!」

「見せてやらねば!」


勢いづきし半兵衛の舟・水上兄弟の舟はそのまま、殺気を吹き出しし勢いにて突き進む。


半兵衛は清栄ら後詰の船の周りを守り、水上兄弟は舟にて前へ前へと出て行き次々と雷纏し殺気の矢を撃ち放っていく。


矢は先ほどのごとく、蛟の火の玉を防ぎ、どころかさらに蛟まで迫り。


次々と、血肉へ変えて行く。


「くっ、あれは前に見し雷! ……おのれ、前はあのような勢いなどなかったというのに!」


定陸は歯ぎしりする。

誠であれば、相手の手の内を知りしこちらが優勢のはずであるが。


前は相手が全ての手を出していなかったため、却って手の内を全て知りしと思い込みそれが裏目に出てしまっておる。


「くう……おのれ! こうなれば……」

「と、棟梁! いかに」

「いや、待て! 海賊衆を舐めるな!」


定陸は水面を見る。

それは……


「兄者! 海に落ちし海賊衆が、こちらへと泳ぎ来るぞ!」

「くっ、厄介な!」


弟の言葉に義常が、水面を見る。

そこには、海賊衆らが力強く泳ぐ様が。


それは、首のみを出しし有様であるが、水面より刀を出す。


手に手に刀を持ち、水上兄弟の舟に迫らんとしていた。


「くっ! いかに妖喰いといえどただの人には」


その刹那であった。


「水上のご兄弟よ、伏せよ!」

「なっ……はっ!」


言われるがまま、水上兄弟が伏せるや。

海賊衆に向けられし数多の矢が、迫り来る。


「ぐああ! くっ!」


泳ぐ海賊衆のうち、ある者は矢に当たり、ある者は矢を避けて水へ潜る。


鎧兜を、脱ぎ捨ててまで。


「兄者!」

「頼庵! 殺気を吹かし続けよ。振り切るぞ!」

「振り、切れるのか……」

「案ずるな! あれを見よ。」


兄の言葉に頼庵が見れば。

清栄率いる後詰の船の群れより数多の小舟が、幾名かずつ侍らを乗せ飛び出す。


たちまち海の中を泳ぐ海賊衆らへと、向かって行く。


「さあさあ、我ら静氏を侮るな!」


海賊衆らも迎え討たんと、そちらへ向かって行く。


「兄者!」

「ああ、頼庵!」


再び勢いづきし水上兄弟は、義常が雷の矢を放ちつつ、頼庵が櫂より殺気を吹き上げて蛟へと攻めて行く。


「くっ! 海賊衆を助けよ!」

「はっ!」


定陸の命が伝わりし蛟からは、火の玉が数多放たれ。

そのままいくつかは、水上兄弟の矢の網をかいくぐるが。


「くっ、主人様!」

「案ずるな、そのために俺がいる!」


漏らされし火の玉は、半兵衛の雷により防ぎきられる。


「こうなれば棟梁! 水面の下より」

「いや、水面の下に火を放てば! 皆にも当たる。」

「な、何と!」


始めより水面の下に火の玉を放っておけば、村元海賊衆に分があったものを。


つくづく、相手の手の内を読み切りしと奢ったがしくじりであった。


「これは、退くより他ないでえ?」

「くっ、そなたは黙れ!」

「何や……まだやれるとでも?」

「くっ……」


蛟の群れの"後ろ"より向けられし声に、定陸は従うより他なし。


「くっ……皆退けええ! ここは長居できぬ、速やかに!」


定陸の声は、この戦場に響き渡る。


「くっ、棟梁……承知じゃあ!」

「逃げるか!」

「待て、深追いはよい!」


水面より顔を出し刃を出し戦っておった海賊衆は、そのまま尻尾を巻くがごとく水に潜り、退いて行く蛟の群れについて行く。


「兄者!」

「うむ……頼庵!」


海賊衆が退いて行き、蛟も残り一つが退けば終わりという所を、義常が。


弟の目配せにより、矢筒より一つ矢を取り出だす。

水上兄弟が使いし矢は、元より殺気の矢。


よって矢筒など、いつもであればお飾りにしかならぬが。

先の大乱や尾張での戦い。


そして、この戦では違った。

この矢はその尾張の戦と同じく、刃笹麿より託されしものである。


「さあ……頼む!」


義常は二つ取り出だしし矢のうち、まず一つを、退きかけし蛟に向かい放つ。


矢は正しく、ある一点を突かんと飛び。

その一点ーー妖傀儡の札を捉える。


たちまち矢は札を鏃に刺ししまま、蛟を撃ち抜く。


「う、うわ!」


枷より解き放たれし蛟は、たちまち群れより外れ暴れ始める。


「兄者!」

「任せよ! ……さあ、二の矢じゃ!」


すかさず二の矢が、義常により放たれる。

たちまち矢が、暴れる蛟を正しく捉えるや。


蛟は、前にも増して荒れ狂う。


「な、なんじゃ!? お、おとなしくせぬか!」


矢が刺さりし蛟の屋形にて、舵を取りし海賊衆や、先ほど戦場より引き上げ乗り込みし海賊衆も大慌てする。


「……妖魔降伏、式神招来急急如律令……妖魔降伏……」


二の矢を介し今唱えし呪いを送り込むは、清栄と同じ船に乗りし刃笹麿である。


しかし、それだけではない。

刃笹麿は二の矢のみならず、札を捉え今海に浮かぶ一の矢にも呪いを送り込んでいた。


そして。


「!? 馬鹿な、妖傀儡の術は」


刃笹麿は札に刻まれし術の、あることに気づくが。

たちまち札はその刹那、自ら砕け散る。


「くっ!」

「阿江殿! 妖が暴れておる、もうこれより先は」

「案ずるな、抑え込む故!」


札に驚き、一時取り乱しし刃笹麿であったが。

水上兄弟の叫びに我に返り、すぐに立て直す。


そして。


「くっ、術だけでは足りぬか……ならばこれはどうか!」


刃笹麿は術ではなく、蛟に()()()を送り込む。


たちまち蛟は、おとなしくなる。


「……よし、今じゃ! 中の賊を抑えよ!」

「応!」


たちまち侍らを乗せし小舟は蛟の屋形へと迫り。

中の海賊衆を、捕らえる。


「よし! さあ、早くおさらばだ!」


半兵衛が呼びかけるや、たちまち刃笹麿の命が伝わり蛟が動く。


そのまま清栄の軍は、戦場を離れた。





「夏ちゃん! どこだ!」

「夏殿!」


霧が晴れ、ひとまず海賊は去りしと見えし所で。

夏を半兵衛、水上兄弟らは探し回る。


しかし、見つからぬ。


「……これより先は待てぬ! 惜しいが、これで戻るぞ!」

「くっ、はざさんの目当ては手に入ったのに……」


清栄の命に、半兵衛は歯ぎしりする。

刃笹麿が此度同行ししは、妖傀儡の術を解し仇に対する策につなげるためであった。


ついでにあわよくば、妖を()()()()にすれば、夏を救うことにも繋がると。


こうして、その目当ては達されたが。


「次は、この妖と、先ほど得し妖傀儡の術についてのことが……きっと、夏殿を救うことに繋がろうぞ!」

「……ああ、そうだな。」


半兵衛は苦々しく、刃笹麿に言う。

いずれにせよ、日は水面に沈まんとしている。


半兵衛らは此度も、夏を救うは次の機とする他なし。


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