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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第6章 泉静(京都大乱編)
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雷鳴

「な、何じゃこやつは!」

「あ、妖……妖じゃ! 何故このようなものが……?」


清栄の従者らは訳も分からず、刀を抜いてせめて近づけまいと振りかざす。


上院の皇子と親王、どちらが東宮となるかをめぐる大乱が水上兄弟により鎮められた。


その後の帝の側近・信東を主とする宮中への不満に端を発する大乱も静清栄により鎮められて後。


清栄は二度目の大乱に際し、戦に加わらず詫びの一つも入れぬ水上夕五に、自ら使いを寄越した。


その使いに対し、夕五は討ち取りし泉義暁の首を手土産に助命を乞うかに思われたのであるが。


何故か夕五は、妖を操り今、清栄の使い一一ひいては、清栄その人に牙を剥かんとしている。


「くう、水上夕五! 清栄様に刃向かうなどと……帝に刃向かうも同じであるぞ!」

「ははは、使いの方々よ! もはや全ては……我らが計略通りなのですよ!」

「な、何!?」


使いらは耳を疑う。

全てが計略通り?


「私は此度、今都を妖にて脅かす……鬼神一派と手を組んでございましてねえ! 全て、この妖一一鵺を動かさんと、二つの大乱を仕掛けていたのですよ!」

「た、大乱を仕掛けていただと! ふん、ざ、戯言を!」


使いらは再び耳を疑う。

にわかには信じがたき話である。


「ははは! まあ、大乱を仕掛けていたのは鬼神一派の者たちですがね! その者たちが宮中にある戦の種に水をやったのですよ。この鵺が餌として欲する……人の憎しみやその他負の心を増やさんとして!」

「くっ、そんな!」


使いらは恐れ慄く。

今夕五の話を聞いて尚、重ね重ね信じられぬ話に他ならぬ。


「はははは! まあ、信じられぬのも止むを得ぬが……あなた方が信じられるか否かなどは些事! それを解していただく前に……この鵺の餌食となっていただきますが故に!」


夕五の言葉に、鵺が使いらへと顔を向ける。


「ならぬ……妖め!」


使いらはせめてもの抗いとばかり、刃を妖共に向けているが。


言うまでもなく妖喰いでもなき刃を恐れる妖共ではなく、先ほど現れし妖一一鵺と、さらにそれに付き従うが如く数多現れし雷獣らは狙いを、目の前にて明らかに叛意を見せる清栄の使いらに定める。


「さあ、鵺……目障りならば、焼き尽くせ!」


夕五はさような清栄の使いらを嘲笑い、鵺に命ずる。

鵺は口を開き、咆哮する。


たちまち、周りの雷獣より放たれし雷と鵺自らが放ちし雷が束となり、使いらに襲いかかる。


使いらは、声を出すどころかそもそも何が起きたかさえ解す暇がなかったやもしれぬ。


刹那、雷光に包まれ。

その後には骸も残らず。


ただ、雷鳴により焦がされし地が煙を上げていた。


「これは、何事ですか叔父上!」

「おや?」


夕五は声に振り返る。

そこには、水上兄弟が。


夕五は時は来しとばかり、大笑いする。


「ははは、愛しき一一いや、もはや茶番は無用か。忌々しき甥どもよ! 妖喰いとやらもなき貴様らではもはや虫を潰すも同じ、この(ぬえ)の力でもって一息に焼き殺さん!」

「そなたが我らを自軍に加えしは、そういう企図あってのことか!」


夕五の高らかな叫びに、義常・頼庵は答える。

鵺一一雷獣らの元締めというその妖は、見るも悍ましき姿をしている。


猿、虎、狸、蛇を合わせしがごとき姿。

さらに。

四つ足には長く伸びし人のごとき爪を備え、頭にはこれまた長く伸びし髪がある。


「これが、鵺か。」

「さあ、行け!」


夕五が命じるままに鵺は、動き出す。

しかし、義常らにまず届きしはその爪ではない。


「ぐっ!」


雷である。

その勢いは雷獣の比ではなく、鵺は一つにして数多の雷獣の雷を束ねしがごとく、激しき雷を打つ。


「ぐああ!」

「ははは! 見たか、我が力を! ……しかし、これは聞きしに勝る。なるほど翁面よ、これならばあの清栄一一否、あの京の都を全て焼き尽くせよう!」


苦しむ兄弟を見、夕五は口を愉快げに歪める。

一時はあの兄弟に華を持たせてしまい屈辱を味わったが、これならばその借りを返して有り余るほどの晴れやかな心持ちである。


「……しかし、ここは一息に潰してもつまらぬな。これまで私が味わいし屈辱、それを幾らにも増してお返しいたそう……さあ鵺よ! あの甥共をゆっくりと甚振り、嬲り殺せ!」


夕五は再び、鵺に命ず。

たちまち鵺からは、先ほどよりは細く威勢に欠ける雷が放たれ。


水上兄弟は、逃げる。


「兄者!」

「頼庵、慌てるな! ここは、逃げることが上計であろう!」

「う、うむ!」


妖喰いもなしに妖を前にする。

少しばかり狂ってもおかしくはないが。


さような中にあっても義常は、あくまで正しく考えんとする。


「ふははは! 何じゃ? 逃げるのみなどと……この腰抜け共が!」

「くっ、この……!」


あくまで逃げんとする水上兄弟を煽る夕五に、頼庵は危うく乗せられかけるが。


「頼庵! 落ち着かぬか!」

「あ、兄者……」


兄に咎められ、事なきを得る。


「ふん。逃げるのみとはつくづく腰抜け共め! ……まあよい。そちらの方がじっくりと甚振れるというものであろうからなあ!」


夕五は三度命じる。

鵺が再び咆哮を上げ、雷獣らがその意を受け動く。


まばらな雷が、水上兄弟の後ろより続け様に打ちつけられる。


「兄者!」

「頼庵! どうにか抗いの機を待ち、一矢でも報いろうぞ!」

「ああ!」


走りつつ、水上兄弟は話す。

二人は巧みに、雷を躱していく。


無論、わざと雷獣らが雷の狙いを外していることもあるが。


やがて二人は、隙を見て脇道に入る。

雷獣らは気づかずに、通り過ぎていく。






「ひいい、あ、妖!」


水上兄弟が雷獣らに追いかけられし頃。

水上の屋敷では、夕五の従者らが慄き刃を雷獣一一ひいては鵺に向ける。


雷獣に怯えるは、夕五の従者らとて同じであった。

先ほどの清栄の使いらと同じく、彼らはせめてもの抗いをせんとしている。


が、そこに。


「鎮まらぬか! そなたら、鵺に刃を向けるとは……私に刃向かうか?」


夕五が一喝する。


「め、滅相もございませぬ! わ、我らはただ……」


従者らは尚も慄きつつ、鵺を見る。

何とも恐ろしげな、この世の物とは思えぬ形である。


これが自らの主人が従えし力とは、信じられぬ。

すると、鵺は従者らを見渡す。


その目の光は、睨むのみにて何者をも焼き尽くしてしまいかねぬ激しさである。


が、夕五の叱責は尚も続く。


「かかか! 誠に臆病者共め、さような器の小ささにてこの天下を治める者の従者が務まるか! ……さあ、皆の者。この場にて再び、私に忠義を尽くすことを誓え! さあ!」

「ひっ、ひいい……ゆ、夕五様に忠義を!」


従者らは夕五に一一というよりは鵺に恐れを抱き、跪き許しを乞う。


その有様を見し夕五は、酔い痴れる。


「ははは! 苦しゅうないぞ、かわいい奴らよ……そうだ、義夕などではない! あの忌まわしき甥共などではない! 此度こそ、私が……この尾張ならず、天下を!」


夕五は思い返す。


幼き頃より義夕(よしゆう)一一自らの兄、そして水上兄弟の父一一と比べられてきしこと、そして先の大乱にて水上兄弟が手柄を上げ自らは辛酸を舐めさせられしこと。


そうだ、もはやそやつらはいない。

これより邪魔立てする者など、これまで通り斬り払って行けばよい。


「ふん、兄も甥共も……愚か者共め! 私に逆らう者は皆どうなるか……最初から思い知らせておればよかったのだ!」


夕五は、目の向きを変える。

それは、京の方である。


「ふふふ……今、京ではさぞかし、大乱のすぐ後にて浮かれておろう! 今こそ自らが天下を治めるなどと抜かす清栄をその座より引きずり下ろす! さあ!」


夕五は妖に、そして従者らに命じる。

あの甥らは、今差し向けている妖らに任せればよかろう。

所詮妖喰いを持たぬ奴らなど、妖の前では丸腰も同じなのだから。


その、刹那である。


「いかがかな? 天下を治められるかもしれぬお心持ちは?」

「! 翁面か。」


にわかに聞こえし声に振り返れば、そこには翁面一一長門伊末が。


「大儀であったぞ、此度の働き!」

「ふふふ……痛み入ります。しかし……よいのかな? あの甥共を妖に任せきりにして。」

「ふん、妖喰いを持たぬ奴らなど……ん?」

「……これでもかな?」

「な!?」


夕五は、伊末の見せし物に驚く。

その手の上には、炎のごときものが煌めき。

中に映り込むは。


「えい!」

「ぐっ!」


水上兄弟の放つ矢が、数多雷により撥ね付けられながらも。


届きし僅かな矢が、雷獣らの動きを止める有様であった。



「なっ…馬鹿な! 妖喰いもなしに、何故妖を!」

「まあ……彼奴らも何ら策を考えていなかったわけではないということでしょうな。」

「くっ、くうう……」

「案じられるな。大方、あの陰陽師によるもの。外からは術を送り込めぬよう、結界を張っておいた。」

「う、うむ……」


と、そこへ。


「ゆ、夕五様!」

「何じゃ、騒々しい!」

「は、治子様が……いらっしゃいませぬ!」

「!? 何!」


夕五は、この重なりし悩みの種に顔を歪める。





「兄者! 阿江殿の術折り込みの矢は効くようであるな!」

「ああ! ……だが、頼庵。矢には限りがある。無駄にするでないぞ!」

「応!」


水上兄弟は何とか抗う。


よしんば夕五が何も仕掛けて来ぬとしても、長門一門には狙われるかもしれぬからと刃笹麿が持たせてくれし矢である。


小刀にも、申し訳程には陰陽術がかけてはあるが。

雷を放つ妖に近づいての戦は、自ら滅びに行くようなものである。


さておき、水上兄弟は矢を少しずつ射かける。

雷獣らには雷にて撃ち落とされるが、それでも僅かばかりでも届き雷獣を捉えれば、牽制にはなろう。


とはいえ、雷獣らもそうそう手を抜いてくれてばかりではない。


自らに放たれる矢がそれなりに恐ろしいと見るや、先ほどよりも雷をより強くして放つ。


「くっ、頼庵!」

「兄者!」


と、さらに。

夕五の命により、雷獣の数は多くなり。

もはや先ほどの比でないほどの雷が、数多放たれる。


「くっ、このままでは!」


水上兄弟は、目を瞑る。

もはや、これまでか一一


と、その刹那。


「おうりゃ!」

「……ん!?」


兄弟に迫る数多の雷は、にわかに消える。

そして、聞き覚えのある威勢のある声。


「な、まさか……?」


兄弟は目を開け、そして目を疑う。

そこには、いるはずなき者たちが。


「すまねえな、二人とも!」

「我らが来しことには、もう案ずるな!」

「遅れてすまない。」

「あ、主人様!」

「夏殿! 広人殿も!」


尾張にて、妖喰い使いが久方ぶりに一同に会する。

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