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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 夜京(中宮編)
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光影

「やはりいい太刀筋だぜ、影の中宮様よ!」

 振り下ろされし刃を防ぎつつ、半兵衛は影の中宮を讃える。


「ふん、どこまでも口の減らぬ……見ておれその顔、今に屈辱を味わせ、歪めてくれる!」

 影の中宮は半兵衛に対し、ますます憎しみの募るばかりである。


「……なあ、何故そこまで中宮を憎む?」

 尚も刃を影の中宮と交えつつ、半兵衛は影の中宮に問う。


「決まっておろう……あの女は私のみならず、我が一門にとりて大いなる障壁! ならば殺さぬべきか!」

 答えに纏わせし憎しみが刃にも込められしがごとく、影の中宮の先ほどよりも強き刃が振り下ろされ、半兵衛は後ろへ大きく退く。


「なるほど……それでこんなに腹を決められたってか! 負けられねえ戦ってわけだな!」

 半兵衛は押されて尚、ゆとりを崩さず、ひたすらに影の中宮と睨み合う。


「ふうむ、何とすればこの男を屈服させられよう……」

 手を尽くしても未だ一歩も引かぬ半兵衛を見て、影の中宮は考えを巡らす。


 と、その刹那。

「……何者か、そこにおるのは!」

 物陰よりこちらを見やる気配に気づき、影の中宮はその物陰へ、斬撃を飛ばす。


「……くっ!」

 咄嗟に割って入りし半兵衛に守られ、事なきを得し、物陰より出づる者は侍女――のなりをした中宮――である。


「な、ち……」

 危うく中宮と声に出かかり、半兵衛は声を飲み込む。


 それには構わず、侍女否、中宮は影の中宮に向け、高らかに言う。

「影の中宮よ! 我は中宮様に仕えし女官・氏式部内侍と申す! 今こそそなたが首、頂きに参った!」


「ふん! 口ばかり威勢のよき者め! ならば私が相手するまでもない、ここで妖どもの餌にしてくれる!」

 影の中宮は冷ややかに中宮――無論、侍女と思っておるが――を見つめ、妖どもを嗾ける。


「……くっ、引かぬ! 妖など、この刃にて!」

 中宮はかつてとは違い、携えし刀を素早く抜くや、

 妖どもに向け構える。


「危ねえ、逃げろって言って……」

「隙ありである、そなたの相手はここじゃ!」

 今すぐ守りに行かんとする半兵衛に、影の中宮が立ちはだかる。


「くっ、とう!」

 ついに自らに爪を伸ばせし妖に、中宮は刃で止めんとする。


「……くっ、だめか!」

 昨日今日初めて刃を取りし中宮が勝てるはずも無く、

 妖に刃を弾かれる。


「……そなたら、私を喰らうと言うか! されど、私は引かぬ、逃げぬ! それが私の戦なれば!」

 自らを喰わんと迫り来る妖を前に、尚も中宮は引かず、それどころか再び高らかに声を上げる。


 その声は、今まさに影の中宮と鍔迫り合いをせし半兵衛にも聞こえる。

「……よく言った!」

 半兵衛も中宮の声に劣らぬ高らかな声を上げる。


「ふん、死にゆく者め、今こそ私が!」

 声を上げる半兵衛と中宮。


 その声の大きさに面の下の顔を歪め、邪魔なこやつら蝿を始末せんと影の中宮が半兵衛へと刀を振り下ろし、妖も中宮にあと少しの間合いまで迫り。


「……なら俺も、常に腹を決めようじゃねえかああ!」

 振り下ろされし影の中宮の刃を受け止め、半兵衛はさらに声を高らかにす。


「……もはや、これで終わりよ!」

 半兵衛の姿がもはや、最期を迎えんとする獲物の姿にしか見えぬ影の中宮は、自らの勝ちを悟る。


 そう、影の中宮が僅かに気を緩めし刹那。

 影の中宮の刃を受け止めたる半兵衛の刃、紫丸が――


「! ……く、ぐあ! ……何が……」

 刃を、伸ばしたのである。


 影の中宮はその勢いにより大きく後ろに飛ばされる。

 半兵衛はそのまま、長く伸びし刃を中宮に迫り来る妖どもへと振り回し――


「……く! ……ん?」

 中宮が死を悟るが、妖が来ぬことに気づき、目を開け前を見る。


 見れば、自らに迫りし妖は、瞬く間に血と肉に引き裂かれておった。


「……おのれ、何だその刃は! 刃が伸びるなど……」

 影の中宮は飛ばされながらも、地に足をつけ、刃を構え直す。


「そうだな、これは……殺気が伸びたって所か!」

 半兵衛が、またも高らかに言う。

 見れば刃は元の長さになり、半兵衛もいつの間にやら中宮の元に来ておる。


「殺気の、刃だと……」

 影の中宮は慄く。あの長くなりし刃は刃そのものに非ず、刃が纏し殺気の長くなりしものというのか。


「……心得たぞ、半兵衛! 中宮の前に、そなたから先に葬り去ってくれる!」

 影の中宮はまたも妖を嗾ける。


「へえ、中宮様より先かい……そいつはいい! 誠に有り難え限りだ!」

 妖は半兵衛に迫る――が、瞬く間に血と肉に成り果てる。


「もとよりそやつらなど、ただの囮である!」

 血と肉の雨の中より、自らが汚れるも厭わず、影の中宮が半兵衛に迫る。


「影の中宮様、来てくれるたあ有り難え!」

 半兵衛もこれに対し、刃を構え直す。


「どこまでもゆとりとは癪にさわる男よ……今ここにて、葬り去ってくれるわ!」

 影の中宮は尚も迫る。しかし、未だ半兵衛との間合いはある。


「これで、どうだあ!」

 半兵衛が再び殺気の刃を伸ばす。その刃は影の中宮を、捉えんとし――


「ふん、同じ手を二度も喰らうと思ってか!」

 影の中宮はすんでのところで躱す。


 なるほど長き殺気の刃は確かに、強き力にはなりうる。

 しかし、その刃先を避ければどうか。長くなりすぎし刃は、そのまま横に払うのみ。ならば、その時に再び躱すまで。


「もはや、私の勝ちである!」

 影の中宮は自らの勝ちを悟り、半兵衛に迫る。


「半兵衛、逃げるのだ!」

 半兵衛の傍らの中宮もまた、影の中宮が勝つを悟る。


「勝ちを悟るのが早すぎだぜ!」

 半兵衛はこう声を上げ、刹那。影の中宮にも思いもよらぬことが起こる。


 殺気の刃が、矢のごとく打ち出されたのである。そのまま元の長さに戻りし紫丸は、再び殺気の刃を伸ばす。


「な、何と!」

 思いもよらぬことに驚嘆せし影の中宮は、守りの構えを取るが――先ほどまでの半兵衛に迫りし勢いにより、自ら殺気の刃に迫る形となり。時すでに遅し。


「ぐあああ!」

 影の中宮が大きく声を上げ、後ろへ飛ばされる。

 見れば、狐の面は左目にあたる所が割れておった。


 後ろに控えし妖たちは、飛ばされし影の中宮を守るように囲み半兵衛を睨むが、半兵衛はこやつらも、その長き殺気の刃で斬り伏せる。血と肉の雨が、ほとばしった。


 刃の妖を喰らいし時の、咆哮とも嵐ともつかぬ音のさなか、半兵衛は影の中宮に刃を突き出せし時のままの構えを解かず、首のみ振り返って中宮を見やる。


「なぜ来た? 逃げるのがあんたの戦だって……」

 が、中宮は半兵衛が口を開くや、半兵衛に詰め寄る。


「ふん、半兵衛! 私を見くびるな。逃げるが戦などと嘯き、私を丸め込まんとしたのだろうが……私はすでに知っておる! 逃げるなどと戦ではない。逃げぬこそ戦であると!」

 中宮はしたり顔で、半兵衛を睨む。


「……騙すようにしちまったのは申し開きの次第もねえ。ただ、戦慣れしていないあんたに戦場に来られたら……」

「言い訳など聞きとうない! 騙したが真なれば、せめてこの戦場にて私を守り、償いとせよ!」

 尚も申し開こうとする半兵衛をあしらい、中宮はこれまたしたり顔にて、半兵衛を叱る。


「……もう分かってる。あんた思ったより腹は決められるらしいが、ただまだ甘いな!」

 これまで好き勝手言われしお返しとばかりに、半兵衛もしたり顔にて中宮に返す。


「な……これで私を認めたのではないのか!」

 中宮は少し悔しさを滲ませる。


「腹を決めきったってことにおいてはな。しかしまあ、案ずるな! さっきも言った通り、俺は常に腹を決めることにした!」

 半兵衛は次には明るき笑顔を中宮に向ける。

 その顔からは悪しき気は感じられぬ。


「ほ、ほほう……何に腹を決めたと申す?」

 半兵衛の見たことなき姿に、中宮は戸惑いつつ返す。


「あんたと、共に戦うってえことにさ!」

 半兵衛はまたも笑顔のまま、返す。


「な……! では半兵衛、私のために影の中宮を……」

「あー、待て! あの話ならまだ受け付けられねえ。」

 思わず喜びを滲ませし声を半兵衛に遮られ、中宮は肩を落とす。


「な……半兵衛!ならばどうすると……」

 詰め寄る中宮に、半兵衛は言う。


「……悪いが、まだ自らの手で影の中宮を殺せるたあ思えねえ。でも、せめて自ら戦場に出て戦おうって心意気は悪くねえと思う! だから、あんたと共に戦うって腹は常に決めることにした!」

「な……?」

 中宮は驚く。


「あんたが再び戦場で、ただ震えるのみになっちまうってんなら、俺はあんたを守るためだけにしか戦わねえ! でも、自ら立ち上がって仇を討つってんなら、俺もその仇を討つために全ての力を貸すまでさ!」

 半兵衛は自らの心を、中宮に明かす。


 中宮は、やや躊躇いがちではあるが

「……心得た。今はそれで良い。」

 そう返す。それに半兵衛も、笑顔を返す。


 と、そこへ。

 先ほどより降り続く血と肉の雨が、刃とはほかの所へ集まりてゆく。

 そこは、先ほど影の中宮の飛ばされし所である。


「な、これは……?」

「まだくたばってねえってよ! さあ中宮、怖気づいちゃいねえよな?」

 戸惑う中宮に、半兵衛はそっと声をかける。


「……当たり前である! 今こそ影の中宮を!」

 先ほど手を離れし刃を拾い上げ、中宮はその刃先を血肉の雨の集まりし所へ向ける。


「……悪くないねえ!」

 半兵衛はそれを見、微笑む。



「……事もあろうに、我が顔に……! もはや許しはせぬぞ、一国半兵衛……!!」

 逆巻く血と肉の雨の中、影の中宮は怒り心頭に発す。


 先ほど殺気の刃が届きしは狐の面の、左目にあたる所である。今、その所のみ面は欠け、中より影の中宮――冥子の目が覗いておる。先ほどの殺気の刃は影の中宮の目元にまで届き、縦に一筋の傷を負わせておった。


「影の中宮様! もう退け時や。そんな手負いで……」

 どこからか、向麿の声がする。


「ああ薬売りか……まったく、よもや私の最後の話し相手がそなたとは……」

 影の中宮は自らを嘲るかのごとく、低く笑う。


「もうええやろ? 逃げるんやったら今やで……」

「薬売り! 幾度私に同じことを言わせるのだ? もはやその問いへの答えなど、とうに決まっておろう……」

 尚も止めんとする向麿に、影の中宮は声を荒げる。


「そ、それがしを陥れようといっても、あんた自らが死んだら見届けられんちゅうに!」

 向麿のさらなる言葉にも。


「それは……道理であるな、だが過ぎて欲するはもうせぬ! ならばあの男を打ち滅ぼす! 我が願いはそれのみである!」

 影の中宮は引かぬ。


「もう、どうなっても知らんからな!」

 その言葉を最後に、向麿の声が途絶える。


「ああ、薬売りよ……そなたごときの知ったことではない。私の最期を見届けるは、私のみである!」

 影の中宮――冥子は、残る力を全て吐き出すがごとく、吼える。



「な、何だ!」

 影の中宮の元に妖の血肉の集まりしを見、半兵衛は驚嘆する。


 集まりし血肉は大きな塊となり、やがて他の形へと変ずる――


「こ、これは……」

 傍らの中宮も驚くのみであるが。


「……隼人の時と同じだ。ああやって血肉を練って、妖を――」

 その刹那。


 やがて妖の血肉は、"ある形"へと変ずる。

 影の中宮の面のごとき頭、何より、九つに分かたれし尾――


「ば、化け狐!」

 中宮が、はたと声を上げる。


「……とうとう誠の姿見せるってか!」

 半兵衛も吼える。



「さあ、半兵衛とやら……私は全ての命をここに尽くし、そなたを焼き尽くす!! かつてそなたが申せしように一手"死合う"としようぞ!」

 化け狐の内なる洞より、影の中宮の"咆哮"が響く。

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