負戦
「さあ、賊軍共……大人しく討たれよ!」
「悪いが、それはできぬ……醜く足掻かせていただく!」
重栄の言葉に、義暁は勇んで返す。
先の大乱では、最もその鎮圧に手を尽くしし者の一人であった義暁も。
今や、帝の側近である信東を殺しし逆賊として追われここに至る。
片や、先の大乱では義暁より戦功を上げられずじまいであった清栄は、逆賊を帝の宣旨に従い討つ官軍としての大義名分を得ている。
もはや戦の行方は、火を見るよりも明らかであるが。
それでも義暁らが所詮降伏したとて、首を飛ばされるのみであればせめて争い続けし挙句に討たれし方がまだよい。
義暁は、その想いにて戦場に臨んでおる。
さて、義暁の言葉を聞きし重栄は。
「はははは! 賊軍にしては中々の威勢であるな……よかろう。そちらが首を差し出さぬのであれば、こちらより取りに行くのみ!」
「待てい! 静重栄殿。」
「おや?」
重栄の行く手に、若き一人の侍が馬にて前に進み出る。
「我こそは左衛門少尉泉太郎義原なり! 父・義暁に代わり、お相手いたそう。」
「ほほう……」
義暁の長子・義原。
父に代わり前に出る。
「その通り! 御大将直々にお相手するまでもなし。そなたらごとき、我ら雑兵共で事足りるわ!」
「ほう……そこまで言ってはもはや、威勢がよいを通り越して愚かな!」
義暁を守らんと次々と前に出る兵らに、重栄は生意気なとばかり、声を荒げる。
たちまち重栄の兵らと義暁の兵らは、ぶつかり合う。
内裏を前にしての、大戦である。
「重栄!」
「これは、義原殿……だな?」
勢いよく自らに刃を向け突き進みし義原に、重栄はその攻めを自らの刃にて受け止めつつ問う。
「清栄の息子とな……ならばその首よこせ!」
「それは我が言葉! 首をいただく!」
重栄と義原。泉静の総大将の息子同士がぶつかり合う。
「清栄様! ご子息重栄様が、賊軍共を引き連れこちらへ向かって来ております。」
「うむ、さすがであるな重栄。」
六波羅の静氏本拠地にて。
従者よりもたらされし報は清栄を、満ち足りし心持である。
「くくく……さあ時は来たれり! 今こそ我ら帝の命により逆賊・泉義暁、氏原信用を討つ!」
「応!」
総大将たる清栄の呼びかけにより、今や官軍たる静氏の兵らは勇んで応える。
「父上! 仇共が引いて行きます。」
「ようし……皆、追え!」
「応!」
「ち、父上!」
勇む父・義暁に息子・頼暁は慌てる。
内裏にて。
当初の策通り、内裏より引いて六波羅へと仇をおびき寄せんと、重栄率いる静氏の軍勢は六波羅へと向かう。
「父上! ……恐れながら、これは罠かと存じます。この方は恐らく、仇共の本拠・六波羅かと……」
「頼暁! ……さようであろうな。ならば、これは仇の本拠を討つ、またとない機であろう?」
「ち、父上!」
頼暁の懸念に、義暁はやや戯れのごとく言葉を返す。
これには、頼暁もいささか苛立つ。
「まあ、頼暁。……いずれにせよ、このまま内裏に留まろうとも、このままおびき寄せられるままに六波羅に行こうとも……同じであろう?」
「!? ち、父上……」
義暁のその言葉に、頼暁の頭は冷える。
「もはや、勝ち戦など望めぬかもしれぬ。……所詮進むも死、留まるも死。……もとより言うておろう、せめて果てる時まで醜く足掻こうと!」
「……申し訳ございませぬ! 父上の御心も知らず……」
頼暁は、義暁に謝る。
「……よい。頼暁、そなたも生き残り、我が志を継げ!」
「……はっ!」
頼暁は活気づき、兵をより進めて行く。
そして両軍は、六条河原にて相対する。
「我こそは播磨守泉太郎義暁なり! 清栄、出会ええ!」
義暁は意気揚々と名乗る。
しかし。
「ふははは! 愚かな賊軍よ。内裏での戦の時、そなたらは総大将自ら相手するまでもないと言った。その言葉、そっくりそのままお返しいたそう!」
重栄はしてやったりとばかりに答える。
その言葉と共に、六波羅寄りの側より義暁の軍など足元にすら及ばぬほどの大軍が押し寄せる。
これぞ官軍の大義名分を得し、清栄の軍である。
「皆、怯むな! こやつらごとき我らのみで事足りる! 総大将のお手を煩わせるまでもない!」
事ここに及んでも、義暁の軍は闘志を燃やす。
「ふん! 強がりばかり言いよって……もうよい! ならばこの多勢を持ってそなたらの寄せ集めごとき、瞬く間にひねりつぶしてくれる!」
重栄は叫ぶ。
たちまち静氏軍は、泉氏軍に遥かな兵力差を見せつけんばかりに一挙に迫る。
「父上。」
「うむ。……もはや、抗い続けるのみ!」
義暁もまた、前へ進む。
「おや! ご覧なさい。……これが私の計略をあの中宮めが潰した、その報いですわ!」
時同じくして。半兵衛と戦いし影の中宮は、半兵衛の紫丸と敢えて鍔迫り合いとなり、抑え込むことにより戦場を見るよう半兵衛に促す。
「ああ、あれは……あんなに数が違うんじゃ、すぐに負けちまうだろうな。」
「ほほほ、何と他人事のような!」
影の中宮はたちまち、半兵衛と交わしし刃を大きく振るう。
半兵衛はそれにより飛ばされんとしつつも、かろうじて踏み止まり。
そのまま影の中宮に、紫丸の刃を叩き込む。
「まだお分りでないようですね! あなた方めのせいにより……泉義暁とその一族郎等が如何なる末路を辿るか!」
影の中宮は未だ、半兵衛らを責める。
しかし。
「そうかもな……だが。戦は早く終わるんだろ? それなら万々歳だな!」
「何ですと?」
半兵衛は影の中宮に紫丸の刃を叩き込みつつ、そう言う。これには、影の中宮も拍子抜けである。
「もう、誰が勝とうが知ったことじゃねえ……俺たちは、この戦を早く終わらせるだけだ! だから、もういいんだ。」
「……ほほほほ! よくぞおっしゃいましたね!」
影の中宮は、狐の面越しに分かるほどに高らかに笑う。
「それがこの都を守る妖喰い使いの言い草とは……笑わせてくださいますね! 戦が早く終われば、もはや負け戦になりし方は如何なる討ち死にをしても構わぬと?」
影の中宮は揺さぶりをかけるがごとく、言葉を紡ぐ。
「ああ、俺たちの大義は……この都を守ることだ! そして此度は、中宮様が都を守ろうとしてくれた……今俺たちは、この戦を指を咥えて見ているしかない! だからこそ、そんな中宮様の思いを守る。それが俺たちの、せめてもの戦だ!」
半兵衛は迫る影の中宮の刃を、この言葉と共にたちまち紫丸の刃の強き一振りにより振り払う。
「ふん、なるほど……認めて差し上げましょう! 我らはあなた方を見くびっていたと! ……しかしあなた方も。見くびればつけ上がるとは、中々お人の悪いこと!」
「そりゃあどうも! とてもいい褒め言葉だな!」
影の中宮も半兵衛も、もはやそれまでとは比べ物にもならぬ速さでお互いに迫り合う。
刃が交わされる度に、火花が飛ぶ。
「おりゃあ!」
「くっ!」
半兵衛は隙を見て、殺気の雷を放つ。
たちまち雷は、影の中宮を襲う。
「くっ、よくも!」
「隙ありだ!」
自らの放ちし雷と共に、半兵衛もまた仇の懐へと飛び込んで行く。
たちまち半兵衛の紫丸は、影の中宮の刃を捉える。
「はあ!」
「くっ!」
たちまち影の中宮の刃は、真っ二つとなる。
「くっ……これで再び、借りができましたね!」
影の中宮はそのまま、夏・広人と戦う兄・高无の元へ。
「えい!」
「くっ、雷獣!」
迫る夏と広人を、高无はかろうじて雷獣にてあしらう。
と、にわかに雷獣たちが動きを変える。
数多の雷が高无と、影の中宮を取り囲む。
「か、影の中宮! そなた勝手に妖を」
「兄上、ここはもう引きましょう。……もはや、終わりの見えし戦いなど、見ているだけ無駄ですわ。」
「う、む……承知した。」
たちまち二人を囲む雷は、ひときわ光り。
妖喰い使いたちの目を眩ます。
「くっ!」
半兵衛らが再び、見ると。
そこには、誰もいなくなっていた。
「さあ、皆の者! こやつらが帝に刃向かい、信東殿の命を奪いし逆賊である! 討ち取れ!」
「皆の者! 仇共を総大将に近づけるな!」
時同じくして。
六条河原では、静氏と泉氏。
二つの力がぶつかり合う。
静氏はその数を活かし、力でもって泉氏を叩かんとする。
泉氏は、数の上において大きな差をつけられつつも、尚もよく保ったと言えよう。
しかし、所詮は多勢に無勢であったようである。
「くっ、おのれ!」
「ははは……よくぞ抗った!」
泉氏の軍はたちまち押し切られ、敢え無く敗れる。
「くっ!」
「義暁様、危ない!」
義暁に迫る雑兵らを、義暁の従者たちが防ぐ。
「そなたら!」
「義暁様! 早くお子たちをお連れし、東国へ落ち延びられてください!」
「し、しかし……」
義暁と従者らが話す間にも、静氏方の侍らが数多押し寄せてくる。
「父上!」
その声に義暁がはたと気づく。
そこには、子の義原、暁長、頼暁らの姿が。
「我が子らよ!」
「父上! ここは他の者に任せ、我らは早く落ち延びましょう!」
「……うむ、承知した。」
義暁は息子たちの言葉に背を押され、断腸の思いにて戦場を後にする。
かくして再びの大乱は、静氏方の当たり前とも言える勝ちにより幕引きと相成った。
「申し上げます! 泉義暁率いる賊軍に対し、我ら官軍はその数でもって押し切り、勝利を収めしとのことです!」
「ほほう……それはよくやった。」
六波羅にて。
従者より報を受けし清栄は、その言葉に満ち足りし思いとなる。
「これにて……我らが静氏の天下となる!」
清栄は天を仰ぐ。
しかし、そこにて。
「ん?」
「? 清栄様?」
真顔になりし主人を、従者は訝しむ。
「いや、何でも……」
清栄が、見し者。
それは、黒き雲のごとき球が、空へと数多登り行く有様一一かつての大乱の際、半兵衛が見し物と同じであった。




