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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第6章 泉静(京都大乱編)
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抗戦

「なっ、何!? 清栄が裏切ったと!」


信用は義暁の言葉に、大きく揺らぐ。

先の大乱の後、氏原信用と泉義暁は結託し専横により恨みを買いし帝の側近・信東を討つ。


それは清栄の熊野詣の隙を突きし形となったのであるが、それが今では。


清栄により東宮らや更には、帝まで掌握され。

もはや追い詰められしは、義暁らの方である。


「裏切るも何も……もとより味方と呼べる者ではなかったのやも知れぬな。」


義暁は場違いとも言えるほどに、冷ややかに返す。

既に帝の掌握をしくじりし時に思う様暴れしためか、頭は冷えていた。


しかし、無論その有様は変わっておらぬ。

清栄が恭順の意を示しし時にはすっかり憂いを捨てし様であった信用は、今や憂いしか顔に浮かべていない。


誠であれば、思う様信用を罵り、鬼の首をとったがごとくなりたい所であるが。


さすがにこの弱りし様を見て、追い討ちをかけるようなことはできまい。


そも、事ここに至ってはもはや信用を攻めても無駄であることは自明の理である。


「……降伏せねばな、義暁殿。」


ようやく、信用の口より出でしはその言葉であった。

義暁はもはや隠しもせず、深きため息を吐く。


「……うむ、そうであるな。……そなたは清栄の娘婿の父。命だけは助かるやも知れぬ。」


言いながら、自らの言葉がもはや慰めにもならぬことを義暁は悟る。


既に聞き及んでいた。清栄が婿に迎えていた信用の嫡子を送り返ししことを。


もはや清栄にとって、信用は何でもない。

このまま降りようとも、それは読んで字の如く首を差し出すことにしかならぬであろう。


それを知ってか知らずか、信用は戦の支度もせずにただ憂うのみ。


尤も、信用がこの期に及んでさようなことすら解せぬほど愚かではないことは義暁も承知している。


今の信用は、言うなればただただ目の前のことより目を逸らしているのみと言える。


義暁は意を決し、信用に語りかける。


「信用殿、立たれよ。さように落ち込むのみでは、何も変わらぬぞ。」


しかし信用は、此度は義暁を睨みつける。


「ははは……そなた、帝を掌握せんとしていたらしいな? ならば何故それをしくじる! そなたがしくじらねば」

「そなたこそ、清栄を熊野詣の帰路にて討っておれば! かようなことにはならなかったであろう?」


義暁は、自らに八つ当たりする信用に、厳しき言葉を浴びせる。


「帝の掌握にしくじった? ああ、その通り。だが信用殿よ、そなたとて、親王とその皇子をむざむざ奪われたであろう! そなたこそ……日本第一の不覚人じゃ!」

「ううっ……くっ」


義暁の言葉に、信用は返す言葉もない。

義暁はこれにて矛を収めることとする。


「……しかし、私も帝を掌握することしくじった。この償い、今更できるとも思わぬ。然るに……私はあくまで我が身や一門を守るため戦う! であれば信用殿、そなたも自らの身は自らで守れ!」

「……」


義暁はそれだけ言い、出て行く。

信用からは、未だ言葉が返らぬ。









「我が手の内の者たちよ! 我の助力のためよくぞ集まってくれた。」

「はっ、父上!」


義暁は息子・頼暁をはじめとする従者らに命じる。

自らの集めし軍は、縁深い者たちが多くを占める。


言うまでもなく、その兵力は甚だ僅少である。

それでも大義名分があれば、より兵を多く集めることもできたであろうが、それは既に望めたものではない。


ならば。


「聞け、皆よ! 清栄めの兵に対し、我が軍はまず数にて劣る! 何より、彼奴らには官軍の大義名分がある。」


義暁は敢えて、軍全てに告げる。

皆、それしきは既に分かっていただろうが、義暁の話に顔をひきつらせる者もやはり少なくない。


「……よって、我らは賊軍! どう足掻こうともこのことは変わらぬ。しかし……皆、この戦はもはや我らが生きるための戦! 一人でも多く生き残り、我が思いを……この先に繋いでくれればよい。」


遠回しに、自らは生きられぬかもしれぬことを告げる。

言葉に力は未だ籠りつつも、終いには少しばかり弱々しさを隠せぬ父の言葉に、頼暁らは悲痛な面持ちとなる。


「……さあ、行こうではないか! 皆、生き残るは我らだ! せめて……あの清栄めに一矢報いるまでよ!」

「応!」


義暁の軍も力強く、総大将たる彼に応じる。





「さあ、色々と聞きたいことがあるんだが!」

半兵衛は紫丸にて、影の中宮の刃を受け止めつつ言う。


「ふん、この有様でおしゃべりなどと! もはや勝ちしつもりとは侮ってくれますね!」


影の中宮は紫丸より刃を離し、しかし再び紫丸へと刃を叩きつける。


「俺たちにただ指を咥えて見ているだけの屈辱を味わせたいとか言ってたが……それはあんたらの心の内そのままか?」


半兵衛は影の中宮の刀を、自らの紫丸の刃により突き放して再び問いかける。


「先ほどのお話を聞いていなかったのですか? おしゃべりをしていて勝てるなどと侮るなと!」


影の中宮は相変わらず半兵衛の問いには答えず、その代わりというべきか自らの刃を再び紫丸に叩きつける。


「侮っちゃいねえ! ただ、教えてほしいだけなんだが!」


半兵衛は紫丸の刃を大きく振るい、影の中宮を刃ごと遠くへと飛ばす。


「くっ!」

「口じゃなくて、刀語をお望みかい!」


半兵衛は紫丸より殺気の雷を放つ。

たちまち影の中宮に、数多の雷が迫る。


「雷を出させぬつもりだったのですが……これは思い通りには行きませぬね!」

「ああ! あんたらの計略とやらも、そうそう思い通りとは行かせらんねえようにな!」

「ほほほ!」


半兵衛の雷を避けつつ、影の中宮は高らかに笑う。


「図に乗ってよいのですか? 私の計略を潰してくれたお陰で、泉義暁や氏原信用がなすすべなく殺されてしまうと言いますのに!」

「ああ、そうだな……でも、戦が拮抗して長引くよりは多く血が流れずに済むし、京も焼けずに済む! なら、長い戦より今のがマシってもんさ!」


影の中宮の煽りに負けず、半兵衛も言い返す。

影の中宮は、狐面の下にて眉根を寄せる。


「ふん、相変わらずの減らぬお口……ならば、その口元苦悶にて醜く歪めて差し上げますわ!」


言うが早いか、影の中宮は自ら殺気の雷を放つ半兵衛へ飛び込んで行く。


「へえ、その戦い方は嫌いじゃないねえ!」


いつもであれば自らがするやり方を、よりにもよって仇にされてしまい半兵衛は苦笑いする。


「もらいます!」


半兵衛の続け様の雷をものともせず、影の中宮は間合いを確かに詰めて行く。


「おお、こりゃあ……難しいねえ!」

「もらうと言っているでしょう!」


影の中宮は間合いをついにぎりぎりまで詰め、刃を紫丸に叩き込む。


「おお、こりゃあ結構な手ごたえだなあ!」

「ふん、未だゆとりを崩さぬとは!」


影の中宮は苛立ちを強める。

先ほど計略を駄目にされし屈辱をせめて晴らそうと言うのに、これでは望まぬ方にばかり進んでいる。




「さあさあ、そなた一人だけか!」

「くっ、私一人でも……そなたらは始末せねばならないのだ!」



翻り、高无は。

襲い来る広人と夏に、雷獣らを従えて抗うが。


攻めはことごとく防がれ、それどころか自らが攻められ守りに徹する他なし。


「くっ、兄上さえいて下されば!」


翁面の下にて、高无は苦悶を浮かべる。

冥子の計略のしくじりは早く兄に知らせねばなるまい。

しかし今は、こやつらを倒さねば。


高无は腹を、決めていた。







「父上! 義暁らに動きがあったようです。」

「うむ。」


重栄より報がもたらされ、清栄は遠くを睨む。

場は静氏の本拠・六波羅の屋敷にて。


清栄は兵と支度を整え、義暁らの動きを待っていた。


「賊軍は大内裏に集まりし模様です!」

「ううむ、では……仇共をここ、六波羅へ誘き寄せる! 大内裏を守りし賊軍と兵を程々に戦わせ、六波羅へと下がり賊軍を誘い込むのだ! 」

「はっ!」


重栄は父の言葉を受け、その旨を兵らに伝える。

清栄は息子が行きし様を見て、目を閉じる。


「(まさか……ここまで早く我が大願が叶う時が来ようとは!)」


清栄は身震いもする。

これを誠の、武者震いと言うのであろう。


既に賊軍の汚名がつきし仇・泉義暁ら。

もはやこの戦の行方は、火を見るよりも明らかである。


間違いなく、天下が目の前、手を伸ばせば届く所にあるのだ。






「皆の者! 義暁様を命に代えてもお守りせよ!」

「応!」


場は変わり、大内裏近くにて。

守りを固める泉義暁の軍は、総大将だけは何としても守らんと意を決していた。


「皆……」

「父上! 私も……父上をお守りしとうございます。」


義暁と馬を並べる頼暁が言う。


「うむ、頼暁……そなたは我が後を継ぐ者! 先ほども言いし通り我が想いを」

「私の想いは! ……父上の見守る前でその想いを継ぐことにございます。」

「頼暁……」


義暁は驚き、我が子を見る。

その我が子の言葉と迷いなき眼差しに、義暁は少しばかり心が揺らぐ。


既にこの世に、未練はないという心。

後は継ぐ者に任せればよいという心が。


しかし、義暁はそれらの想いを飲み込む。


「頼暁! ……そなたの生まれしばかりの弟は覚えておろう?」

「!? ……はい、九郎(くろう)のことでございますね。」

「うむ。……私は石若(いしわか)との名をつけた。頼暁よ……そなたの今ここにいる兄、そして石若らと共にこの父の想いを……継ぐのじゃ!」

「父上……!」


父の言葉に、頼暁は今にも噛みつきたき心持ちであった。

こちらの意を分かっていてその言葉とは何か、と。


しかし、頼暁は。


「……はっ、承知いたしました。」


こう言うより他、なし。



その時である。


「賊軍よ! 我こそは遠江守静太郎重栄なり! 帝よりの宣旨により、貴様らをここにて討たせていただく!」


大内裏の門を前に、若き侍の声が聞こえる。



「……いよいよか。」


義暁は腹を決める。




「……戦か。」


遠目にてこの戦の行方を見届けんとする半兵衛らも、鬼神一派と刃を交えつつ横目にこの有様を見ていた。


「ふふふ……見るがいいですわ。あの忌まわしき中宮が私の計略を邪魔立てししことが、何を引き起こすか!」


半兵衛と鍔迫り合いになりつつ、影の中宮は笑い混じりに言う。

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