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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第6章 泉静(京都大乱編)
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泉静

「皆急げ! 京を取り戻すぞ!」


清栄は軍を、一層急かす。

先の大乱により実権を握りし帝の側近・信東。


しかし先の大乱より三年余り、信東の専横により宮中には憎しみが渦巻き。


信東の首を狙う一党が、氏原信用を主として成り立ち機を窺い。



自らの隙を突かれし格好の清栄であるが、その実。


「ふふふ……よくぞ引っかかってくれたな!」


ことは、彼の思いし通りに運んでいた。



話は、清栄が熊野詣により京を離れる前に遡る。


「ん? ここか……」


清栄は内裏の中にて、空いている部屋へとやって来る。


「ご機嫌麗しゅう、静清栄殿。」

「!? そ、その声は」


清栄はその声に忘れしことを思い出す。

あの前の大乱のすぐ後、自らに信東に取り入るよう促ししあの声である。


「そ、そなたは一体……」

「これよりお話しいたしますことの前にはそのような些事、何でもよいと思いますが。」

「いや、そんなことは」

「いいのですか? あなた様が此度こそ褒美ばかりではなく……この天下を帝に代わりお治めするその好機となりましょうに!」

「なっ、何!」


清栄は女一一無論、影の中宮一一の言葉に耳を疑う。

常であればここで、半兵衛にのみ話ししはずの話を何故この者が知っているか疑うべき所なのだが。


清栄の真の大願。それが今成就するかもしれぬという話は、疑いの念に打ち勝つことになる。


「い、今すぐ教えよ!」

「そう来られなくては……では。容易いことでございます。あなたが熊野詣に出られればよろしきこと。」

「な、何?」


たちまち、勢いのありし清栄の有り様が、みるみる萎れていく様が見て取れる。


拍子抜けしたようである。


「何かと思えば……それが、何になる?」

「分かりませぬか? 今、京には信東殿の派閥とそうでない者の派閥とに分かれております。仲立ちを務めていらっしゃるあなた様がお出になられれば」

「うむ……信東殿の命を狙う輩一一殊に、あの義暁や信用は黙っておらぬであろうな。」


清栄は腕組みをし、聞き入る。

しかし。


「しかし、であるからこそ……私は京を離れられぬのだが?」


すると、影の中宮は小さく笑い出す。


「ほほほほ!」

「なっ……何じゃ?」


清栄は訝る。


「申し訳ございませぬ……いやはや思いの外。あなた様も中々に義理堅い。」

「……話が見えぬが。」


影の中宮の笑いに、清栄は首を更に傾げる。


「失礼。……信東殿を討たせれば、信用殿・義暁殿を討つ口実ができましょう? あなた様が、官軍(朝廷の軍)として。」

「なっ……」


清栄は全てを解す。

そして、息を呑む。


なるほど、ならば天下を一一

しかし、そうおいそれと言われしままにはできまい。


「し、しかし……」

「ほほほ、清栄殿。……あなた様は思いの外義理堅いと先ほど申し上げました。その(わたくし)の意を、まだ汲み取っていただけていないのですか?」

「……くっ、なるほど。」


清栄はその言葉の意も解す。

信東は仮にも、自らや一門を引き立ててくれし者。


その大恩ある者を、自らの大願のためとはいえ討たせる。

それは、先ほども言いし通りおいそれとできるものではない。


「……お分かりならば、その通りよ。……よりにもよって、信東殿を」

「ああ、そうでした。」


清栄の言葉を、影の中宮はわざとらしく何かを思い出しし声にて遮る。


「……何か。」

「先ほど、私が誰かなど些事と申しました。……しかし、些事はそれだけではございませぬようですね。」


清栄は影の中宮の言葉に、次は息を呑む。


「……信東殿を討つということも、些事と言いたいのか?」

「……ええ、恐れながら。あなた様の、あの大願の前には。」


清栄はますます息を呑む。

確かに、天下は治めたい。


しかし。


「ううむ、私は」

「これは、またとなき機となりましょう。……その機を逃しても良いならば、私としてはまあよいのですが。」

「くっ……!」

「ああ、それから。東宮様やその皇子をお抑えすることもまた、お忘れなきよう。」

「……ああ。」


清栄は、悩み抜く。


「では、ご機嫌よう。」

「!? まっ、待」


清栄の言い切りを待たず、清栄の後ろの御簾より風が吹き荒れる。


「……くっ! この」


清栄が振り向きし、その時には。

既に、御簾の向こうはもぬけの殻であった。


信東に取り入るよう助言を受けし時と、同じである。







その機を逃しても良いならば、私としてはまあよいのですが一一


既に誰に言われしかは忘れたものの、清栄はその言葉により悩み抜く。


「我が大乱のために、信東殿を」


しかし、たしかにその言葉通りである。

信用・義暁らを討つ。その口実に、信東殺害の咎。


それが、今の所清栄が早く大願を果たすための、最も手堅き策である。


そして、それをすべきか否か決めるに時はさほどないということも。


「……すまぬ、信東殿。」


清栄の答えは、無論熊野詣に出かけしことより分かる通りである。







「父上! 京が見えましてございます。」

「……うむ。」


清栄は周りを見渡す。

刺客らしき者は見当たらぬ。


これは嫡子が清栄の娘婿だからと、信用が高を括りしことの表れと取るべきか。


「ならば、容易かろう。」


とはいえ、これからの戦を思えば。

侮れる訳もなく。


清栄は『勝って兜の緒を締めよ』との言葉を思いしか、(まだ勝っておらぬが)手を兜の緒にかけ、より強く縛る。






「氏式部、戻った。」

「中宮様。」


内裏の中にて。

この時は珍しく、中宮一一のなりをしし氏式部が、氏式部一一のなりをしし中宮を部屋にて待っていた。


「内裏が何やら騒がしいのですが、これは」

「静清栄殿が、お帰りとのことだ。」


その言葉に、氏式部は顔を渋くする。






「よくぞお帰りになられた、清栄殿。」

「信用殿、ご機嫌麗しゅう。」


内裏の中にて。


清栄と信用は、相見える。

信用の傍らには、義暁も控えている。


「清栄殿。ご存知かもしれぬが……信東を私が討った。」

「うむ。私も先ほど知ったばかりなのだが……よく思い切られた。」


その清栄の言葉に、義暁は体を少し震わす。

まるで言葉から何かを、拾わんとしているように。


「? どうされた、義暁殿。」

「い、いや……すまぬ、失礼を。」


義暁は返す。

先ほどの清栄の言葉からは、何も感じとれぬ。


義暁はその真意を、図りかねていた。


「さて、清栄殿。お聞きしたい。……そなたは私の嫡子の嫁の父。であれば」

「うむ、この播磨守静太郎清栄。ここに恭順の意と、その証を示す。」


本題を切り出しし信用に、清栄は頭を下げ書を差し出す。

信用は、思い通りとばかりに笑みを浮かべる。


「かかか! うむ、実によい。お味方いただき嬉しいぞ清栄!」

「信用殿……」


誠であれば義暁も、ここで胸を撫で下ろしたき心持ちであるが。


気がかりは、清栄の警護として控える侍たちである。

いずれも、一騎当千と名高い強者たちである。


「(やはり、こうなれば……)」


清栄が恭順の意を示すまで少しばかり憂いていた信用が、すっかり憂いを捨てし様であることに引き換え。


義暁は、意を決していた。




時は、信東の討たれし時よりすぐ後に遡る。


「たのもう! 何者か知らぬが私を呼びし者よ、この泉義暁只今参った!」


内裏の空き部屋にて義暁は、差し出しし人の名も分からぬ文に導かれ座る。


いつもであれば、さような文など相手にもせぬが。

言い知れぬ何かを感じ、来し次第である。


と、その時。

いつも通りと言うべきか、御簾越しに。


「ご足労感謝いたします……」







時は、戻り。

清栄が信用に恭順の意を示ししその日の、夜である。


内裏より、音を立てぬよう出て行く牛車が二つ。

それは東宮たる親王と、その皇子が乗るものであった。


「親王様、ご無事で」

「静かに。……清栄よ、後は任せるぞ。」


牛車は二つとも、六波羅の屋敷一一静氏一門の本拠へと向かっておる。




「ううむ、ついにか。しかし、女御よ。清栄が官軍となればまた、先の大乱のごとく」

「兄上、なるほど。少しはお考えになりますか。」

「え? あっいやはやこの私も……ではない! 馬鹿にするか!」


冥子に疑問を投げかけし高无は、常日頃の考えなさを出しにされ少し怒る。



「ほほほ……申し訳ございませぬ。しかしご安心を。実を申せば泉義暁にも私、言葉を吹き込んでおりましてね。」

「なっ、何? なっ、何と吹き込んだのだ。」

「ふふふ。それは……ん!?」

「? 女御?」


冥子の笑い声が止まり、驚きの声に変わる。

高无も妹のただならぬ様に、その目の先を見れば。


先ほどの二つに続くがごとく、さらにもう一つ牛車が内裏より出て来る。


「なっ……? に、女御、あれは……?」

「まさか……帝の……?」


高无の問いに答えてではなく、独り言として冥子は言う。

狐の面に隠れて見えぬが、その下にはさぞや揺らぎが顔に浮かんでいようことが伝わる。



そう、冥子が義暁に言いしことは。






「くっ! 東宮様も皇子も……のみならず、帝までも! 何故だ……!」


義暁は悔しさの余り、歯噛みする。

既に誰から言われしかは忘れたが、清栄に先んじて帝を抑えよとの言葉。


その言葉に従わんとしたのだが。

既に寝床は、もぬけの殻であった。


「これで、我らは……」


言うまでもなく、義暁らはこれで大義名分を失ってしまう。





「……帝。お体は?」

「うむ、中宮よ達者であるぞ。……しかし、よく分かったな。泉義暁が私を狙いしことを。」

「はっ、帝。……氏式部らに調べさせし次第にございます。」


牛車の中にて中宮は、帝と語らう。

中宮はかねがね鬼神一派と此度の戦を疑い、ある時は氏式部に調べさせまたある時は自ら、内裏中に探りを入れていた。


そして、義暁が影の中宮と接しし様を捉えたのである。

さすがに話の中身までは聞き取れぬが。


義暁をそのまま見張っていた所動きがあり、先んじて動いたという訳である。


「よくぞやってくれた、中宮。」

「いえいえ、帝。さあ、六波羅まで急ぎましょう。(さあ、後は頼むぞ……半兵衛)」




「よお、こんな所にいたか。」

「!? そなたらは!」

「一国、半兵衛ら……!」


にわかに声がし、後ろを高无と冥子が振り返れば。

そこには夏、広人、そして半兵衛が。


「帝かい? さっき中宮様が連れ出した。……影の中宮さん、あんたらが何か企んでると見てな!」

「もはや勝手は許さぬ!」

「そ、そうだ! 許さぬ!」


半兵衛は鬼神一派に叫ぶ。

夏も叫び、続けて広人も叫ぶ。


たちまちくっくっと、狂いし笑いが。


「か、影の中宮……?」


翁の面越しに高无が、声をかける。

影の中宮はうつむき、笑い声を上げ。


やがて顔を上げる。


「ふう……静氏で東宮と皇子を! 泉氏で帝を持ち上げ! 此度こそ拮抗させ長き戦とするつもりであった私の計略を……よくも潰してくれましたね!」


言葉と共に、影の中宮は勢いよく刃を引き抜く。






「父上。……帝もこちらへすぐに。」

「何!? ……うむ、鬼に金棒じゃ。」


重栄より話を聞き、清栄は笑う。


六波羅の屋敷にて。

既に数多の侍ら、公家、そして親王とその皇子も集まり。


さながら官軍の体を、清栄の軍はなしつつあった。


「……して、水上夕五はどうした?」

「はっ、そちらは……いまだ、文はありませぬ。」

「ううむ。」


清栄は渋き顔をする。

既に熊野詣の時、途にある紀伊国(現和歌山県)より尾張へ使いを送ったが。


いきなり召集に応じぬとは、どういうことか。


「……まあよい。さあ皆行くぞ! 賊軍を蹴散らせ!」

「応!」


清栄の呼びかけに兵らは、力強く応じる。

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