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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第6章 泉静(京都大乱編)
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再火

「ほら、気合い入れろー! またあの妖共が襲って来て、そんなんでいいと思っているのか!」


屋敷の庭にて半兵衛は、檄を飛ばす。

あの大乱より、既に三年が過ぎた。


その間、あの大乱から見れば嘘のごとく長閑に日は過ぎていた。


妖の害は無論あったが、それは微々たる物であった。

むしろ、少な過ぎてこの間に腕が鈍らぬか妖喰い使いら自ら案じし程である。


とはいえ。

「ううん、やっぱり気がかりだな。……あれだけの大乱を仕掛けておいて今これとは……」


これをかつて申ししは半兵衛であったが、思いしは半兵衛のみではない。


これまた妖喰い使いら、皆である。

故に。


「ほらそこ! 妖がまったく出ねえからって手え抜いてんじゃねえぞ! 叩き直されたいか!?」


半兵衛はより一層、檄を飛ばす。

そこには、いつあのような大乱が起きても動じぬだけの備えをしておこうという心持ちがある。


「くっ、痛い!」

「こら、また広人か! 屋敷をもうひと回り走りな!」

「わ、分かった……」


広人が立ち上がらんとすると。


「大事ないか、広人?」

「あっ……な、夏殿か!」


広人は驚く。

手を差し伸べしは、夏であった。


()()()()、そう、()()()()()()、その手を躊躇いなく取っていたであろう。


しかし。


「か、かたじけない……」


何故か広人は、躊躇いつつきごちなくその手をとり立ち上がる。


「? 広人?」


夏は訝しげに、首を傾げるが。


「こら、いつまでそこにいる! あまりにも遅けりゃ、もうひと回りさせるぞ!」

「わ、分かっておる! 今!」


広人は顔を赤らめ、走り出す。






「はあ、はあ……まったく……半兵衛」

「何だ? 未だに遅いのが悪いだろ? 夏ちゃんにも抜かれっぱなしでよ。義常さんたちがいないからって、手え抜いてたらいけねえだろう?」


走りを終え柄杓で水を掬いがぶかぶと飲む広人に、半兵衛は嫌味を言う。


半兵衛の言いし通り、水上兄弟は今いない。

あの大乱より、尾張と京を往き来する暮らしをしている。


「ところでよお、広人さん。夏ちゃんに何かあったか?」


水を飲みかけし広人は、噎せそうになる。


「げほげほ! なっ、何……?」

「いやあ、さっき気い使って夏ちゃんが手差し伸べたのを、えらくぎこちなく握ってたじゃねえか?」


半兵衛は目ざとく、広人の心の内を察していた。


「ふっ、ふん! 知ったような口を」

「いやあ、夏ちゃんもここに来たばかりの頃は幼さがかなり残っていたが……女子ってのは、男より早く大きくなるものだからなあ。」

「むう……言っておろう! 知ったような」

「どうした? 広人、半兵衛?」


半兵衛と広人の所へ、夏が来る。


「な、ななな夏殿! いやいや、これは……その」

「いやあ、それがさ」

「こ、これ半兵衛!」

「半兵衛、客人とのことだ。」

「えへへ……え? お客だって?」


夏の用はそれであったらしい。

半兵衛は面倒くさげに立ち上がると、そのまま歩き出す。


「ああ、じゃあ広人ごゆっくり。」

「お、おい!」

「? どうしたのだ。」


去り際に(広人にすれば)いらぬ心遣いをする半兵衛に、広人は慌てる。夏は訳が分からず、首を傾げる。


図らずも夏と広人を二人きりにすることができ、半兵衛はちらりとにやけつつ二人を見やる。


「……よしよし。」


半兵衛はそれからふと、歩きつつ三年前の野代の話をしし時の皆の顔を思い出す。


あの話をし、その上でこれからも妖喰い使いを続けるか自らの心で決めてほしいと半兵衛は言ったが。


それから今も、妖喰い使いは誰一人欠けることなくここにいる。


それならば、これからもそうであるように。

より一層努めねばならないと半兵衛は今一度誓った。






「半兵衛、久方振りであるな。」

「ああ……ちゅう、じゃなくて……氏式部さん、ようこそ。」


客人を出迎えつつ半兵衛は、たじたじである。

前にいるは、中宮の侍女・氏式部内侍一一のなりをしし中宮。


会うも久方ぶりであるが、この有様も久方ぶりというべきか。


「今言うこともどうかと思われるであろうが……北での務めと先の大乱、ご苦労であった!」

「ああ、できれば三年前にいただきたかったなその言葉……」

「ううむ、だから遅ればせながらと言うておろう! まったくそなたは! 素直でない所は何も変わっておらぬな。」


中宮は半兵衛の様子に、嫌味を返す。

久方ぶりであっても、お互いに何も変わらぬと言うべきか。


「まあよい、立ち話も落ち着かぬであろう。部屋を借りそこで話そうぞ。」

「ううん、ここは俺の屋敷なんだが……」


半兵衛の苦々しき言葉もよそに、中宮は勝手に屋敷の奥へ入って行く。


「まあ、そこに座れ。」

「うん、だから……まあいいや。」


部屋に入るなり自ら腰を下ろし、半兵衛にも席を勧める中宮。半兵衛はこれもいつも通りと思い直し、腰を下ろす。


「……それで、御用というのは?」

「うむ、まずは……久方ぶりになってしまいすまぬ。件の大乱、そしてここ幾年の間宮中は気の抜けぬ有様であったが故に、な。」

「いや、それは……」


半兵衛は驚く。

よもや中宮が、さようなことを謝って来ようとは。


「……珍しいな、中宮様が」

「あの女子……白布、といったか? 北の蝦夷の女子と聞いた。美しき……娘であるとも。」

「……あー」


少しばかり嫌味たらしく言う中宮に、半兵衛は目を逸らす。


三年前、北から義常らと話しをするに際し、たまたま中宮が居合わせしことを思い出した。


「いやあその、ち、中宮様も……白布ちゃんに負けないくらいお美しいさ。」

「!? なっ、何言っている!」


不意打ちともいえる半兵衛の言葉に、中宮は顔を赤らめる。


「い、いや真面目に言ってるぜ? だ、だからな中宮様……白布ちゃんより中宮様が美しくないだなんて、俺は思ったことないぜ!」

「……ん?」

「え? だ、だから……自らの美しさを貶されたと思って怒ってたんじゃ」

「……ぷっ!」


中宮は笑い出す。

なるほど、この男らしい勘違いである。


「えっ? 違うのか?」

「ああ、大間違いであるな! まあ……そなたはそんなものか。」

「はいはい、悪うございました! ……ところで、何の御用向きだ? まさか、与太話するために来たんじゃないだろ?」


半兵衛は中宮に、切り出させんとする。


「まったく、そなたは……まあ、そうであるな。まず、単刀直入に申そう。……宮中は今、一触即発の有様だ。」

「!? 何。」


そんな中宮の口から出しは、耳を疑う言葉であった。


「あの大乱からというもの……我ら氏原氏の力は大きく削がれてな。帝の側近・信東が力をつけ台頭したのだ。」


中宮は話し始める。


しかし、信東の独り勝ちをよしとせぬ宮中の公家らの反発もやがて強くなり。


そして、それとはまた異なる動きとして今東宮の座にある親王を廃し、その皇子に東宮を譲らせんとする者たちもいるという。


「さらに、この再びの東宮争いに……信東も口を出しているという。おかげでより、ややこしくなっているのだ。」

「なるほどな……」


半兵衛は考える。

再び宮中が分かたれるとなれば、戦に再び入るもそう時を要することではなかろう。


「恐れたことが起きなけりゃいいがな……」




「これは、義暁殿! お会いしたいと思っていたところだ。」

「! 信用(のぶもち)殿。」


同じ頃、宮中にて。

泉義暁と、件の大乱の後に取り立てられし東宮の近臣・氏原信用(うじわらののぶもち)は相見える。



「ふむ、お久しぶり……でもないな。信用殿からお話とは、どういった御用向きかな?」


義暁は近くの部屋にて御座を勧めつつ、信用に問う。

すると信用は身を乗り出し、義暁に言う。


「……()()()()()に良い機となる日を、見繕った。」

「!? な、何と!」


義暁は我が耳を疑う。


「……それは、正気か?」

「戯れでかようなことは言うまいに。信じられよ、義暁殿。」

「……うむ。」


義暁は信用の答えに、ひとまずは落ち着く。


「それで、良い機とは?」

「……今、信東派と反信東派の仲立ちを務めておる静清栄。あの者が熊野に詣でる時一一師走に立ち上がろうぞ。」

「!? うむ……」


信用の言葉に、義暁は二つ返事にて従う。

それは、信用の言葉通りと思いしのみならず。


静清栄。

あの者に負わされし大乱の後の、褒美の違いによる屈辱。


それを今こそ雪いでやろうという気概あってのことでもある。


「では、義暁殿。」

「……心得た。」




「父上。我ら静氏一門(せいしいちもん)がいる限り、この京も安寧ですな!」

「うむ。……誰にも邪魔はさせまい。」


静清栄とその子・重栄(しげさか)は話す。

信東により取り立てられたことにより、静氏一門は力を泉氏一門よりも増しつつあった。


「これも父上のお力あってのこと! 我ら、息子として大変誇らしき心持ちに存じます!」

「うむ……可愛い子じゃ。」


清栄はそれだけ言うや、これまで重栄の馬と並べて走らせていた自らの乗る馬を、先んじるように急かし走らせる。


「父上? いかがされましたか。」

「いや、すまぬ。少し思索を巡らせたき心持ちでな。」

「はっ! これは心遣いできず申し訳ございません。」

「いや、よい。」


息子の謝りの言葉を背に受けつつ、清栄が思い返すは件の大乱のすぐ後のことである。





「くっ、敵前逃亡など……! 私とししことが。その上、義暁の働きがあれでは……このままでは!」


清栄は一人、京の自らの屋敷にて思い悩んでいた。

鎮西八郎の力を見せつけられ、碌に戦えぬまま退いてしまった。


このままでは褒美など、夢のまた夢。

そう思っていた、その時である。


「清栄殿。」

「!? その声は……」


御簾越しににわかに、女の声がする。


清栄はにわかに聞こえしその声の主を思い出さんとするが、声の主は清栄のさような考えは置き去りに話を進める。


「ご安心なさい。そなたも泉義暁より多く、褒美を受けることができます。」

「な、何と!」


清栄は驚く。

声の主は、さらに続ける。


「帝の側近の信東……あの者に取り入りなさい。さすれば、その計らいにより位でも誉れでも、思いのまま……!」

「う、うむ……ご助言いただき誠重畳。して、そなたの名は……?」


聞き終わる前に、これまたにわかに強き風が吹きつけ、御簾をめくり上げる。


「くっ! ……おや?」


清栄はめくり上がりし御簾の、向こうを見るが。

誰も、おらぬ。







「いやはや、ようやく火種は広がりつつあるな!」

「ええ、我らの力により。」

「よし、再び前祝いといこうぞ!」


長門の屋敷にて。

伊末・高无・冥子は盃を交わす。


「しかし、兄上。此度こそ……!」

「ううむ、どうであるかな……()()を動かせるほどに念が集まるかは、何とも言えぬな……」

「な、なんと!」

「まあ高无兄上、落ち着かれませ。」


揺らぐ高无を、妹・冥子が諌める。


「ふうむ、妹よ。あの静清栄を動かし、泉義暁の心を揺さぶりしはともかく……その泉義暁はそなたの思いしままに動くか?」


次には伊末が、妹に問う。


「ええ、兄上。現に、動き出しておりますわ。それに……兄上こそ、()()()()はどうなっておりますの?」


冥子が兄に問いを、返す。

すると、兄は。


「かかか! ……あの男が既に動き出しておる。あの忌まわしき兄弟にこれまで我ら兄弟が舐めさせられし辛酸……お返しさせてくれようぞ!」

「まあ……それは是非、そのお言葉通りになっていただきたいものですわね。」

「ふん、妹よ! そなたにもこの兄の心意気、とくと見せてやろうぞ!」


兄は、兄として。

妹に言い張る。




「よくぞ来たな、我が甥たちよ。」

「……叔父上。」


京で様々な企みが進む中、時同じくして尾張にて。

水上兄弟が叔父・夕五の招集に応じ、帰って来ていた。


「まあ、座るがよい。」

「……はっ。」


勧められるがままに一一とはいかず少し恐る恐るといった風に一一兄弟は座す。


「うむ、では今日呼びし訳を……話そう。入って参れ!」


夕五が襖の向こうに呼びかけるや、襖が開き。

入って来しは。


「!? なっ……」


兄弟一一とりわけ義常は、目を疑う。


「紹介いたそう……こちらは、そなたらが再従兄弟(はとこ)・治子だ。そして……我が妻となる女よ!」

「!?」

「……お久しぶりにございます、義常様、頼庵様。」


次には兄弟揃い、我が目と耳を疑ったのであった。


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