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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第6章 泉静(京都大乱編)
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未戦

「白河の屋敷は焼け落ちる! さあ逆賊共神妙にせよ!」


泉義暁が命じるままに、親王方の軍は動く。

先ほど火矢が近くの屋敷へ放たれしことにより白河の屋敷は火の燃え移りにより焼け落ちつつある。


義暁はここぞとばかりに、尚も抗い続ける鎮西の軍勢へと追い討ちをかける。


「くっ、もはやこれまでか……」


鎮西八郎もさすがに打つ手なしと見、戦場を密かに後にする。





「せ、摂政様! い、一大事にございます!」

「何じゃ!?」


摂政氏原道中の屋敷にて。

白河の屋敷炎上よりまだ時が経たぬうちであるが、摂政の屋敷には()()が。


「な、内覧様が……ふ、深手を負われしご様子で……こ、こちらへ」

「!? 何、頼中が!」


客人一一それが弟と知りし摂政の心中は、察するに余りある。


「深手とは!? 如何なる傷か!」

「はっ、お、お首に矢が」

「!? 何と……」


道中はへたり込まんとして、思い直し姿勢を正す。

「早急に手当てをせねば」

「お、お待ち下さいませ!」

「何じゃ?」


今にも応対せんとする道中を、何故か頼中のことを伝えし従者が引き止める。


「恐れながら摂政様、ここはよくお考えくださいませ。」

「何をであるか!? 今聞きし限りでも頼中の手傷、到底捨て置ける訳なかろう! 一刻も早く」

「いえ、摂政様! ……重ね重ね恐れながら、内覧様は今謀反人のお立場。」


その言葉には道中も、足を止める。


「今ここでお助けになれば、その……せ、摂政様も内覧様の一味と看做される恐れが」

「……うむ、くっ……」


尤もであった。

そもそも、兄忠弦が親王方とはいえ、道中自らの立場は実の所はっきりとしておらぬ。


確かにここで弟とはいえ、謀反人たる上院方の頼中を介抱すれば、道中自らも上院方と看做されてしまう恐れがあった。


「くっ……すまぬ、内覧に伝えよ……!」

「!? ……はっ!」


断腸の思いにて道中は、意を決する。



「何!? 摂政様は弟御を……内覧様をお見捨てになると!」

道中の意を従者づてに聞きし頼中の従者らは、耳を疑う。


「何と浅ましい……血を分けられしご兄弟が!」

「止めよ! ……ここにそなたらが来しことはお黙り下さるとのことだ、早く失せよ!」

「なっ……おのれ!」

「や、めよ!」


従者らの殴り合いを止めしは、既に虫の息たる内覧自らである。


「な、内覧様!」

「申し訳ございませぬ、内覧様! 兄君なる道中様のお立場、お想いを、何卒!」

「……うむ、よい。……皆、行くぞ……」

「な、内覧様!」


従者らは内覧に、涙ぐみつつ向き直る。

できれば内覧も摂政も説得し、その命を救わねばならぬ所であるが。


如何せん内覧は話をすることすら難き身。


もはや内覧に、徒らに喋らせぬよう従者らは黙ってその言葉に従うのみ。


従者は泣く泣く、内覧を運びつつ道中の屋敷を後にする。

この後頼中は、失意の中この世を去る。


「……これで、よかったのであろう?」

「はっ、道中様! よくぞ……」


道中はその場に座り込む。

頼中には申し訳なさがこみ上げるが、さりとて自らの立場も危しとあらば仕方なし。


道中は、そう自らに言い聞かせた。






「父上、よくぞご無事で!」

「おお……我が子、八郎よ!」


戦場より少し離れし所にて、鎮西八郎は父・民義と再び相見える。


白河の屋敷が焼け、未だそこまで時の経たぬうちである。


「父上! ここは一度東国に落ちのび、そこにて再挙を図られるべきかと」

「いや、すまぬ……私は老体ゆえそれは叶わなんだ。私は出家し、この身柄を親王方に差し出す。」

「なっ……!?」


鎮西八郎は絶句する。

まさか、父からさような言葉が返ろうとは。


「なりませぬ! 父上、何故に」

「うむ……親王方には息子・義暁もおる。ここはひとつ、義暁に助命を乞う訳にはいくまいか?」

「なっ……」


問えば父から出でし言葉は、考えしこともない言葉。

到底受け入れがたき言葉である。


結局、鎮西八郎と民義はこのことで食い違い続け、民義は当初の宣いし通り親王方に出頭し鎮西八郎は東国へと落ちのびる。





「そなたらの武、見事であったぞ。」

「はっ! ありがたきお言葉。」


帝を前に、義暁・清栄は頭を深々と下げる。

大乱の大勢が決し、幾日か経ち。


民義をはじめとする泉氏の侍ら、さらに上院も相次いで出頭した。


未だ都は戦にて荒れし有様なれど、ひとまず戦功ある者は讃えようとのことにて、こうして集められし次第である。


「帝、恐れながら……一つお願いがございます。」

「うむ……何か?」


義暁は言葉通り恐れ入った様子で、進み出る。


「我が父・民義ら、上院方につき先頃出頭いたしました泉の一族の者たちにつきまして……何卒、その……我が戦功に代えて、その命を」

「あー、義暁殿よ。それについては……わしが申そう。」

「!? 信東殿!」


義暁に話しかけしは、帝の側近信東である。

これにはその場に居合わせし公家らも、ざわめく。


「これこれ、お静かになさいませんか! ……義暁殿、では改めて。そなたの一族の処遇、言わせて頂こう。」

「……はっ。」


信東が騒ぐ公家らを制し、義暁に語らんとする。

義暁も居住まいを正す。


「そなたの父・泉民義であるが……斬首とする。」

「!? なっ、何と!」


これには義暁のみならず、公家らからもどよめきが起こる。


「ま、待たれい! 信東殿。」

「さよう、斬首などと……公にはしばらく行われていなかったことでは?」

「そうだ、それを軽々しく」

「黙りませんかと言うておろう!」


口々に疑問を投げかけし公家らを、またも信東が制する。

公家らも先ほどより一層激しきその声に、またも黙り込んでしまう。


「まったく、やれやれ……軽々しく? ははは、私が? お戯れも大概になさいませ、公家の皆よ! 私は法の書も著ししことがある身、その私が軽々しく? 斬首などと言い渡すと思うてか!」


信東のこの言葉が、皆をさらに黙らせる。

皆返す言葉もなしと見るや、信東はほくそ笑む。


「よしよし……さあて、泉氏のこの処遇は……義暁殿、そなたに手を下していただくとしましょうか!」

「なっ……何!?」


次には義暁が驚く。

それはつまり、義暁自らが父や幼き弟たちを殺さねばならないことを意味する。


「しっ、信東殿!」

「何じゃ?」

「うっ……」


公家らも再びこれには声を上げかけるが、信東に凄まれ萎れる。


結局、この信東の決定を覆せる者などおらぬままに泉氏の処遇は決まる。





「父上……お覚悟!」

「よし……あけ!」

義暁は自ら、父や幼き弟たちを手にかけることとなった。





「ううむ……なんと悍ましい……」

「下野守殿は……終いまでお父上らの助命を乞うていた。しかし、信東殿のご命にてせざるを得ず……このような形になったとのことじゃ。」


半兵衛の屋敷にて刃笹麿は、妖喰い使いらに話す。

件の泉氏への処遇言い渡し、並びに義暁自らによる親族の斬首より幾日か経ち。


刃笹麿は宮中での決定を、知らせに来ていた。


「それで、はざさん。上院様たちはどうなった?」

「うむ……上院様は讃岐へ流罪、内覧様は戦での矢傷によりお亡くなりになった。摂政様も……」

「何!? 摂政様がどうして!」


半兵衛はその言葉に身を乗り出す。

摂政にまで手が及ぶとあらば、中宮が一一


「まあ待て、話は終いまで聞かぬか! ……信東殿により荘園没収となりかねぬ勢いであったが、なんとか免れた。ただ、この後の氏原はどうなることか……」

「そうか……」


半兵衛はその言葉に、ひとまずは落ち着くことにした。


「それもそうであるが水上の兄弟。今日は、そなたらに帝より言伝があり参った。」

「!? 我らに!」


水上兄弟は、それを聞き刃笹麿に向き直る。


「では、ごく手短に……水上義常殿、頼庵殿。そなたら、これまでの妖並びに妖喰い・宵闇の討伐、そして何より此度の大乱幕引きの功により、咎人であることを解くとのことだ。」

「!?」

「やっ……やったあ! 義常さん、頼庵!」


この言葉に、言葉を失いし水上兄弟に代わり半兵衛が喜ぶの声を上げる。


「やっ……やった、やったではないか! 夏殿!」

「ああっ、よかった水上兄弟方!」


その場にいる広人、夏も声を上げる。

静かなのはやはり水上兄弟である。


「あ、兄者……」

「う、うむ……まずは阿江殿、お言伝を賜り感謝する。帝にもどうかよろしくお伝えいただきたい。」

「うむ。……どうした、ご兄弟。ここは、飛び跳ねて喜ばれてもよいのだぞ?」


刃笹麿は訝る。


「うむ……主人様、広人殿、夏殿。あなた様方にも、我が事のごとく喜んでいただけしこと、感謝する。……ただ、あまりにもこの光栄身にあまりすぎる次第にて、喜び方が分からぬということがまず一つ、喜べぬ訳でございます。」

「いやいや、そんな……ん? 一つ?」


そのまま小躍りするほど喜んでいた半兵衛であったが、義常の言葉に含みを憶え、訝る。


「はい。……もう一つは、我が妻・治子、娘・初姫が気がかりであるということ。」


その言葉には半兵衛らも、再び座り兄弟らに向き直る。

頼庵もこくりと頷く。


「そう、だったな……すまない。」

「いえ……」

「しかし、これで咎人ではなくなったんだ! これは帝に頼んで尾張まで」

「主人様、ありがたきお言葉……しかし、一つ私の話を聞いてはくれませぬか?」

「……すまない、突っ走りすぎた。」


半兵衛は立ち上がりかけていたが、すぐに座り直す。


「はっ。……まず、叔父・夕五の目論見が依然として知れませぬ。彼奴のこと、此度の大乱で大人しくしておりましたことが却って気がかりでございます。またあの鬼神一派と組んで、何やら企んでいる恐れはございます。」

「うん……道理だな。」


義常は続ける。


「次に……大乱が終わりとはいえ、鬼神一派の輩はまだ何かよからぬことを企んでおる有様だったのでしょう? ならば、この京にて尚更睨みを利かせねばならぬはずです。」

「うん……」


半兵衛は頷く。

確かに、今は呆けている場合ではない。


「これらが、我らの京を離れられぬ訳でございます。主人様。ありがたきお言葉は嬉しいのですが」

「ああ、いいってことよ! ……そうだな、すまないご兄弟。こちらからも、まだ京に止まることをお願いしたい。」

「ははっ!」


水上兄弟も主人のこの言葉に、揃い頭を下げる。


「よおし! これでひとまずは一件落着じゃな。さあて……半兵衛! 聞かせて貰わねばな。そなたの北での話を!」

「ええ!? いや、俺は……いや、話さないとな。皆にも。」

「……お?」


広人は半兵衛を焚きつけるが、返る言葉に拍子抜けする。

さぞ照れ臭げに勿体ぶるかと思っていれば割合あっさりと、話さんとするからである。


「これは皆の……妖喰い使いをこの後も続けるかに、関わる話だ。」


半兵衛は話し始める。

北での友の勇姿、そして、その友の最期を。

その上で半兵衛は、皆の妖喰い使いを続ける覚悟を、問うたのであった。






「くっ! まったく、面白くない!」

その頃、尾張にて。

夕五は盃に次から次へと酒を注いでは、また呑み込んでいく。


いわゆる、自棄酒である。


「これはこれは、さようにお酒ばかりお飲みになっては」

「!? ふんっ、そなたか!」


現れしは、翁の面の男一一伊末である。


「お身体を壊されては、元も子も」

「黙れ! 私に天下を治めさせるのではなかったのか!」


夕五は八つ当たり気味に、盃を伊末へ投げる。

伊末は事も無げに、躱す。


「おやおや、いけませぬなあ。」

「黙れと言うておろう! あの忌々しき甥どもめ、まんまと手柄を我が物にしおってからに!」


夕五は憤る。

策とはいえ、憎き兄の子らに華を持たせてしまうとは。


何たる屈辱か。


「まあ、一度は落ち着かれよ、夕五殿」

「ふんっ! やい、もう()()を使わぬ手は無かろう!? さっさとあれを解き放ち、我が力」

「まあ、分からぬでもない……あの、忌まわしき兄弟への憎しみはな!」


伊末のこの言葉と共に、鋭く何かが割れる音がする。

夕五もさすがに驚き、見るや。


伊末の手には盃の欠片が。

先ほど伊末が躱しし欠片を、今度は伊末が拾い上げ、ただでさえ割れし欠片を握り潰したのである。


その手からは、血が。


「……そなた。」

「おや、私とししことが。まあよい、実は……思い出したのだ! あの憎き兄弟に一泡吹かせられよう()()を。」

「ふん、何を……ん? 何じゃと?」


夕五は再び振り返る。

あの甥たちに一泡吹かせられよう趣向?


それを聞き、無論興味が湧かぬこともない。


「ふむ……聞いてやらぬこともない。」

「かたじけない。……では。」


伊末は先ほど、()()()()()と言った。()()()()()、ではなく。


それは一一




「さあ、よしよし……」

「母上、寝ましたか?」

「ああ、初姫……さあ、あなたもこちらへ。」


赤子が寝入りし様を見て、治子は娘を自らの傍らに座らせる。


別れてより、まだ僅かな時であるが。

一日たりとて、その身を案じぬことはなかった。


「義常様……」

治子は窓の外を見る。






「では、言い渡す。……義暁を右馬権頭に、清栄を播磨守に任ずる!」

「はっ! ありがたき幸せ!」

「なっ……はっ! ありがたき幸せ!」


一方、内裏では。

義暁と清栄へ、戦勝の褒美が与えられし所であった。


喜ぶ清栄に対し、義暁は腑に落ちぬ。


「(私の方が多く働いた……親殺しと罵られてまで! だというのに、清栄の方が上だと!)」



かくして。

次の火種には着々と、油が注がれていたのであった。





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