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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第6章 泉静(京都大乱編)
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奮迅

「兄者!」

頼庵は飛び交う矢を見て、叫ぶ。


静清栄の軍に加わり、鴨川を渡るさなか。

上院方の鎮西八郎こと泉為暁がその前に立ちはだかり。


その弓の名手振りに清栄の軍は、退いてしまうが。

水上兄弟はこうして、鎮西八郎に挑みし次第である。


そうして、弓を鎮西八郎が射り義常も射り。

その勝負は一一


「ぐあっ!」

「くうっ! ふん!」


義常は鎮西八郎の矢が左膝を掠め、落馬する。

鎮西八郎はすんでの所にて義常の矢をかわし、事なきを得る。


こうして戦いは、鎮西八郎に軍配が上がりたり。

「兄者!」


頼庵は慌てて駆け寄る。

「くっ、すまぬな我が弟よ……!」

「さようなことは言うな、傷は浅い!」


言いつつも、頼庵は兄の身が気がかりでたまらぬ。

さすがに心の臓に矢を喰らいしということではないが、それでも矢が翳め、馬より落ちている。


果たして、何事もなかろうか。

さような心の乱れを懸命に抑え、兄を自らの馬上へと引き上げ。


そのまま急ぎ、その場を後にする。

「待て、逃げるか!」

「いや、行かせよ。じきに兄も来よう、その前の肩慣らしにはなった。」


逃げる頼庵の背に声を浴びせる兵を、鎮西八郎は宥める。


「しかし、清栄め! 思いし通りの腰抜けか。これは先ほどのあの兄弟……その兄がまだマシではないか! がははは!」


鎮西八郎は兵共々、大声にて嘲笑する。

と、そこへ。


「うむ? 馬の音がする。……なるほど、来たか!」

鎮西八郎は再び、自らも兵も構えさせる。


その目の先にはようやくと言うべきか、兄義暁の姿が。




「あ、兄者……」

「ああ、まあ落ち着け頼庵。左膝に矢が翳めただけじゃ、すぐに良くなろう。」


頼庵の憂いに対し義常は、事も無げに返す。

確かに、兄の言いし通り。


傷は塞がっている。

親王方の本拠である屋敷に退き、頼庵は兄の手当てをしていた。


「しかし、私は」

「あそこで退くは正しきことよ。しかし……やはり口惜しきこともまた真であるな。」

「兄者……!」


頼庵はその言葉に顔を上げる。

兄の目には心なしか、悲しみが浮かぶ。


「妖相手には幾分かこの力、役に立っているとの自負があった。しかし……いざこうして人と人の戦に出れば、己のなんと無力なことよ!」

「兄者……それは私も同じ。我らはなんと無力か……!」


兄弟は共にしゃくり上げる。

あの鎮西八郎は、一人で清栄の軍を諸共退かせてしまった。


それに引き換え、こちらは一一

「……頼庵。」

「何だ、兄者。」

「……私はもう何ができるか分からぬが、そなたは手負いではない。引き続き、私の分まで尽力せよ。」

「……承知した。」



「我こそは下野守泉太郎義暁なり! 為暁、出会ええ!」

「九州守泉八郎為暁は元よりここにおれば! 私は逃げも隠れもせぬ。」


鴨川にて、泉の兄弟が睨み合う。

時は、先ほど清栄の軍が退きし後。

清栄に代わり、鎮西八郎の兄・義暁が軍を率いて現れる。


「弓の名手と聞く……ならばこちらは、馬上の技を得手とする坂東の武者にて当たらせて頂く!」


義暁は郎党たる、坂東武者の手勢に命じる。

坂東武者らは名乗りを上げ、鎮西八郎の軍に向かう。


「くっ、小癪な! 迎え討て!」


鎮西八郎は命じる。

たちまち九州勢も動き出し、乱戦となる。


「おのれ、逆賊どもめ!」

「ふん、上院様に逆らう貴様らこそ!」

「ぐあっ!」

「ふん、数に勝るは我ら坂東! 多勢に無勢でどこまで抗えるか!」


二つの手勢はぶつかり合う。

しかし如何せん、九州勢は数の上で劣る故にたちまち劣勢となる。


「くっ、止むを得ん! 戦場を後ろに退かせる!」


鎮西八郎は命じる。

たちまち命を受けし九州勢は、上院方の本拠たる白河の屋敷の方へと退いて行く。


「逃すな! 追撃じゃ!」


これを好機と見し義暁は、軍をさらに前へと押し出す。


「我らは帝、そして東宮の勅命を受けておる! おとなしく降伏せよ。」


軍を前へと出しつつ、義暁は鎮西八郎に呼びかける。

しかし。

「こちらは院宣(上院の命)を受けておる! そなたらこそ上院に盾突きし謀反人共め、神妙にせよ!」


鎮西八郎も退かぬ。

しかし、義暁も。


「兄に弓を引くとは何事か!? そなたは神仏の加護を失うことになろうぞ!」


まだ負けじと、返す。


「くくく……では、我が兄者よ! 上院方にいる我らが父・民義に弓を引くことは良いと申すか! それこそ神仏の加護を失わせることではないのか?」

「なっ、くっ……」


しかし、これまた鎮西八郎もまだ負けぬ。

先ほどまで意気揚々としていた義暁も、これには返す言葉がない。


だが。

「ふふふ……なるほど弟よ! 口だけは達者のようじゃな……ならばそなたの武、その口に見合うか試させていただく!」

「おおー!!」


義暁はにわかに勢い付き、兵らを差し向ける。

次に慌てしは、鎮西八郎の方であった。


「くっ、詭弁では勝てぬと見たか……行け、皆の者! ならばお望みのままに我らの武、見せるまでよ!」


鎮西八郎もまた兵に命じ、たちまち両雄はこれにて乱戦となる。


「えいっ!」

「ぐっ!」

「このっ!」

「ぐあっ!」


しかし、数の上で劣る鎮西八郎の手勢ではたちまち、押し負けてしまう。


「くっ、止むを得ぬか……皆、下がりつつ抗い続けよ! 剣戟を絶やすな!」

「ははあ!!」


鎮西八郎は渋い顔にて、命じる。

止むを得ぬが、このままでは押し負け押しきられる。


無論、義暁もこの好機を逃す手はなしとばかりに。


「ふん、口ほどにもない! 皆、追撃せよ!」

「応!!」


命を受けし兵が、更に鎮西八郎の手勢を追い詰める。


「おのれ……よくも!」


鎮西八郎は大弓に太矢を構えんとする。

いかに多勢に無勢と言えど、大将たるあの兄さえ慄かせてしまえば。


鎮西八郎は狙いを定め、太矢を弓に番える。

「兄よ、悪く思うな!」


鎮西八郎はその一言と共に太矢を放つ。

果たして、その狙い通りに。


「くっ!」

「! 義暁様!」


矢は義暁の兜に当たる。


「ははは、兄者! そちらさえよければこの矢、どこへなりと当ててご覧に入れてくれる!」

「舐めてくれおって……皆、鎮西の軍勢を追い詰めよ! もはや出し惜しみはせぬ、一息に打ち破れ!」


鎮西八郎の矢は兄義暁の敵意に火をつける。

たちまち義暁の軍勢は、数の優位を活かし鎮西の軍勢を押し切っていく。


「くっ、止むを得ぬか……皆、抗いつつ更に退け!」

「ふん、やはり口ほどにもない! 皆、隙ありじゃ、奮戦せよ!」

「おおー!!」


じりじりと退かざるを得ぬ鎮西の軍勢ではあるが、数には劣るとはいえ全てすぐに押しきられることもなく。


「ふん、図に乗るな! 数ばかりでは話にならぬぞ!」


まだまだとばかり、抗ってみせる。


「くっ、中々しぶといな……こうなれば。」


義暁は近くの従者に、伝える。




「何!? 白河の屋敷を?」

「はっ! 今我が主君と鎮西八郎が戦っておりますが、如何せん相手が相手でございます故、埒が明かず。」

「ううむ……」


内裏にて帝は、義暁の送りし従者の言葉に渋りを見せる。

未だ鎮西八郎と義暁の戦をはじめとし、上院方と親王方の戦いは激しさを増しておる。


この為、先ほど従者が言いしように戦の埒が明かず。

義暁は痺れを切らし、()()を案ずる。


それは一一

「ですから、お願い申し上げます! 何卒、白河の屋敷に火矢を放つお許しを下さいませ。帝!」

「う、ううむ……それは何とも。……分かった。その策するか否かの決意、()()()に委ねよう!」



「何、私が?」

親王の屋敷にて、此度は義暁の従者を前に義常が首をかしげる。


そう、実行役とは義常である。


「はっ! 聞けばあの鎮西八郎を相手に、矢の射り合いを繰り広げしと。"妖喰い"も弓故に、そなたのその腕を見込んでのこと。何卒。」


従者は深々と、頭を下げる。

義常の、答えは。


「すまぬ。その射り合いでは負けし上に、矢がこの通り足を翳めておる。治すにはまだまだ時が足りぬ故、難しく存じる。」

「さようか……」


義常の言葉に、従者も頭を抱える。


「しかし……そこの我が弟・頼庵もまた、共に矢の手ほどきを受けし身! 私に代わるは其奴をおいて他にはないかと。」

「! 誠か!」


その言葉には従者は顔を上げ、頼庵に目をやる。

(当たり前であるが)兄に比べ若輩で少々頼りなさげではあるが、その兄直々のお墨付きとあらば従者の目にも頼もしく見える。


「頼庵殿とやら! 是非とも、お願いしたい。」

「う、うむ……兄者。」


助けを求める目にて、頼庵は兄を見るが。


「頼庵! この戦に加えていただく時に私が言いしこと、忘れたか?」

「い、いや、忘れてなどおらぬ!」


義常は敢えて頼庵を突き放す。

あくまで、自らの心に従え。それが兄より、弟に今求めることの全てである。


「……白河の屋敷に火矢を放てば、上院方の負け。それで、この戦は終いか?」

「以下にも。」


頼庵の問いに、従者が大きく頷く。




「えい! もはや負け戦である、降伏せぬか!」

「まだまだ! 上院様と内覧様をお守りせねば!」


所は、白河の屋敷の近くにて。

相変わらず鎮西八郎と義暁の軍勢は互いに、少しも退かぬ戦を繰り返す。


さような戦を、上より眺める形にて。

頼庵は火矢を携え、白河の屋敷が見える屋敷の屋根の上に立つ。


「さて……白河の屋敷に火の手が上がれば、もはや我らの勝ちである!」


義暁は乱戦のさなか、言いつつ上を見上げる。

ここからでは頼庵は見えぬが、既に控えていることは先ほどの従者より伝わっている。


「さあ、放たれよ……!」




「この大役……受けはしたが、誠に私に務まるものか?」

火矢をつがえつつ、白河の屋敷を睨み頼庵が呟く。


弓も矢も、持つ手が震える。

「ううむ。今はこの務め、果たすより他なし! ……南無阿弥陀仏、この矢外すわけにはいかぬ!」


頼庵は今一度、弓と矢を構え直す。

震え収まりし後は憂いなく、矢を弓へつがえる。


狙いを定め。

「はっ!」


思い切り放つ。

火矢はそのまま一一


「くっ、あれは火矢! おのれ、兄者!」

乱戦の中にあっても矢をその目に捉えし鎮西八郎は、その光景に歯ぎしりする。


しかし、火矢は。

「!? ……ふふふ、ははは! 大外れであるな、兄者」


矢は白河の屋敷一一ではなく。

その近くの屋敷へと当たる。


これは、しくじったか一一

しかし、義暁は。


「ははは! よくぞやった水上殿!」

「何? ふん、何を血迷って」

「!? な、何じゃあれは!」


喜ぶ義暁を訝しむ鎮西八郎であるが、従者らの驚きの声に再び白河の屋敷へ向き直り言葉を失う。


矢の当たりし屋敷は瞬く間に、激しく燃え。

今にも白河の屋敷へ、迫る勢いの炎となる。


「なっ、これは!?」

「あの屋敷へはあらかじめ、油を撒きし次第! さあ、どうする、鎮西八郎!」

「くっ、火消しに」

「させぬ! 皆の者、これにて上院方は落ちしも同然! 一息に滅ぼさせてくれる!」

「エイエイオー!」


驚き鎮西の軍勢が揺らぎし様を、義暁が見逃すはずもなく。たちまち鎮西の軍勢は押しきられてしまう。




「くっ、謀ったな!」

「上院様、お逃げください!」

「くっ、内覧そなたは!?」

「私は少しでもここに残り、上院様のお逃げする時を稼ぎます。」

「……かたじけない。」


上院は白河の屋敷より、逃げ出す。


「内覧様、お早く!」

「うむ……くっ、無念じゃ!」

「!? 内覧様、危ない!」

「何? ……!?」


従者の声に振り返る内覧頼中の眼前には、矢が一一


こうして、大勢は決する。





「!? 白河のお屋敷が!」

「隙ありだ!」


所は変わり、戦場より少し離れて戦う半兵衛らであるが。

半兵衛は白河屋敷炎上を受け揺らぐ影の中宮の隙を、見逃さぬ。


そのまま紫丸の刃先より、殺気の稲妻が放たれる。


「くっ!」

「ぐあっ!!」


不意を突かれ影の中宮、そして伊末・高无らは更に揺らぐ。


「今だ、夏ちゃん! 広人!」

「応!!」


これを好機と見し広人、夏らも刃笹麿の結界より飛び出す。慌てし様にて雷獣らも雷を放つが。


たちまち半兵衛の殺気の雷にて相殺され、更にその後に広人らが続く。


「うお!」

「はっ!」


雷獣らは手も足も出ぬまま、斬り倒されていく。

「くっ、兄上!」

「案ずるな。」

「ええ、既に乱も大勢は決しし模様。さあ、兄上方。」

「ああ、まあよく保ちし方ではないか?」


自らの差し向けし妖、そして仕組みし大乱が駄目になっても、長門一門に揺らぎはない。


そのまま落ち着きし様にて、集まりその場を後にせんとする。


「おい、逃げるか!」

「ええ、此度はこれにて。」

「案ずるな、かようにつまらぬ様では終わらさぬ故に!」

「く、首を洗って待っておれ!」


影の中宮、伊末、高无はそれぞれに捨て台詞を吐きその場を後にする。


「何だあれは? ……ん?」


その時、半兵衛は見る。

何やら、地から空へと雲の如きものが上がり、消えし様を。


それは、刹那の出来事であった。

「……見間違えか?」

「半兵衛!」

「半兵衛!」

「半兵衛!」

「おう、皆! 達者だったか?」


自らに駆け寄る広人、夏、刃笹麿に、半兵衛は屈託なき笑みを浮かべる。


しかし、まだ皆は知らぬ。

これが、始まりであることを。

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