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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第6章 泉静(京都大乱編)
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強弓

「一国、半兵衛……くっ、まだ奥州では?」

「悪いな、そちらは……もう終いさ!」


半兵衛は紫丸の切っ先を雷獣らに向ける。

たちまちその蒼き殺気は雷の如く、放たれる。

雷獣らもそれに抗して雷を放ち。


たちまちぶつかり合いし雷は、相殺される。


「その力……まさか鬼神様の!?」


伊末は合点する。

鬼神が宵闇を纏っていた折、殺気を雷のごとく放っていたあの技である。


「ああ! この世で盗んでいいものは女の心と、技ってな!」

「ふん、図に乗るな!」


伊末は再び、雷獣らに命ずる。

雷獣らは再びお返しとばかり、数多の雷を放つ。


「おう! 中々だねえ。でもこりゃあ……凶道王の足に比べりゃ、少ねえよ!」


半兵衛は軽口を叩きつつ、再び殺気の雷を放ち雷獣らの雷を相殺し。


鬼神一派に、迫る。


「くっ! これは戯れであってほしいものよ……この雷獣らの雷の中で、何がこれほど動くというのか!」


伊末は戦慄する。

先の一件での雷獣の一匹ですら、この妖喰い使いたちは持て余していたというに。


それが、今しがた帰り着きしと見えるこの男一一半兵衛は、数多の雷獣とその雷をまるで相手にせぬ。


「あ、兄上!」

「落ち着かぬか!」

「隙ありだ!」


声に伊末が前を向きし頃には。

既に半兵衛は間合いを詰め、目の前に迫りし。


「くっ、おのれ!」

「もらう!」

「私をお忘れですか!」

「おうや! 影の中宮様かい!」


今にも紫丸の切っ先が伊末を捉えんとする、その前に。

影の中宮が割って入り、事なきを得る。


「くっ……影の中宮!」

「礼ならば後にて。あなた様こそ、落ち着かれませぬか?」

「ぐっ……」


そのまま影の中宮は、半兵衛を自らの刃の振りにて遠ざけ、自らはそれを追う。


「あ、兄上!」

「ぐっ……影の中宮! 礼など誰が言うか、そのしたり顔!

……高无、一国半兵衛に向けあるだけの雷を向けよ!」

「は、ははあ! ……ん? お待ち下さい兄上。それでは、影の中宮に」

「知るか! 私の命が聞けぬと言うのか!」

「は、ははあ!」


有無を言わさぬ勢いの兄に、高无は従うより他なし。

たちまち雷が、半兵衛へと向けられる。


「くっ! ……なるほど、先ほどの礼がこれとは、中々やって下さいますね!」

「おおっと! ……何だよ、敵も仲間も御構い無しってかい? ひどい人たちだな!」


半兵衛も影の中宮も、この時ばかりは同じく、伊末に皮肉を言う。


「ふん、外したか。」

「いや、どちらに当てようと!?」

「ふん、あのくらいで死ぬならばそれまでの女ということよ。」

「お気遣い感謝いたしますわ! しかし、まずは御身をお守りください。」

「何? ……くっ!」


伊末、高无が驚きしことに。

いつの間にか、広人と夏に間合いを詰められていた。


「驕ったな! 我らを忘れおって。」

「油断、大敵であるな!」

「くっ、雷獣!」


慌てて雷獣に、伊末は命じる。

たちまち雷獣らより、まばらな雷が放たれるが。


「結界封呪、急急如律令!」

広人と夏を撃たんとする雷は刃笹麿の結界に、尽く防がれし。


「くっ、あれしきでは足りぬ! おい、より多く放て!」

「はっ、しっ、しかし……半兵衛には?」

「今はあの女に任せればよかろう! この有様を見て分からぬか!」

「はっ、ははあ!」


高无は兄より叱咤(八つ当たり)を受け、半兵衛に向けし雷獣らを全て向かい来る妖喰い使いらに向ける。


「くっ!」

「結界封呪、急急如律令!」

それにより雷は勢いを増し、結界で守られし広人たちも再び動きを封じられる。


「ははは、見たか!」

伊末はすっかり、上機嫌である。



「ふうん、こっちは雷が止んだが……あんた様が邪魔だな、影の中宮様よお!」

半兵衛は迫りし影の中宮を、尚追い払い続ける。


「ふふふ……そう言って下されば下さるほど、邪魔のし甲斐がありますわ!」

影の中宮は半兵衛の懐に入らんとし、深く刃を打ち込み続ける。


「くっ! ったく、いちいち攻めが近いな!」

「ええ……これならば、殺気の雷は使えませぬでしょう?」

「へえ……なるほどな!」

影の中宮は半兵衛に、あの雷を出させまいとしている。


「こりゃあ、攻めきれねえなあ……さあて、義常さんたちはどうかな?」





「皆、進め!」

清栄に率いられし軍の中に、義常と頼庵は居た。


馬を駆り、向かうは上院らの御座所・白河の屋敷である。


「兄者、い、いよいよであるな……」

「頼庵、しゃんとせい! ここにあの叔父がおらぬからと、気を抜くな!」


義常は少し震える弟を叱る。

「き、気などは抜いてはおらぬ! これは武者震いぞ!」


頼庵は、大仰に振る舞って見せる。


「うむ……ただ、分かっておるな? 妖喰いは」

「分かっておる! 翡翠は使えぬな? ならば我らの真の武、見せつけるのみよ!」

「……よし、分かっておればよい。」


義常はそれを聞き、前に向き直る。

顔色に出てはおらぬが、頼庵には分かる。


兄もまた、恐れがあるのだと。

が、頼庵はそれを口には出さぬ。


今兄が集中せんとしているのであれば、自らの心持ちを弟に察されていると悟らせる訳にはいかぬ。


そのまま鴨川に差し掛かりし、その時であった。


「止まれい! 静清栄の兵供とお見受けする。」

にわかに太い声が、響く。


その声の主たる大男を前に、清栄は軍を止める。

「いかにも、我こそは安芸守静太郎清栄である! 汝は誰ぞ?」


清栄が大男に問うや、果たして大男からも名乗りが返る。

「我こそは九州守泉八郎為暁(ためあけ)、人よんで鎮西八郎(ちんぜいはちろう)なり! 」

「!? 何と!」


たちまち清栄の軍に、ざわめきが起こる。


「なっ……? 誰なのじゃ、それは。」

「聞いたことがある。一人で九州一帯を平らげし、弓の名手がいると……」

「なっ、何!」


首を傾げていた頼庵は、兄の言葉に背を伸ばす程驚く。

九州守一一九州のどの国かと聞き返したくなるが、九州のどれかではなく九州全てを誠に統べる者がいるとは。


しかし、為暁自らは不機嫌そうに顔を歪めため息をつく。

「ううむ! 裏切り者の兄義暁が来たとあらば名乗る隙すら与えず射殺ろしたものを。そなたでは相手どころか話にもならぬな、清栄!」

「ほほう……随分と侮ってくれる!」


清栄は聞き捨てならぬとばかり、為暁に怒りと共に言葉を返す。


「お待ち下さい、清栄様! ここは我らが!」

清栄軍より二人の侍が、名乗りを上げる。


だが、彼らの名乗りを聞きし為暁は大笑いする。


「がははは! これは笑わせてくれる。清栄ですら話にならぬものを、貴様らごときものの数ではない!」

「お、おのれ!!」


二人の侍は為暁を、睨むが。

先ほどまでの大笑いが嘘のごとく、為暁は次には大弓に太き矢をつがえ放つ。


「ぐはあ!」

「うわ!」

その太き矢は、二人の侍の内一人を貫きその後ろに立つもう一人の袖をも射抜く。


「なっ……!?」

「がははは! どうだ、恐れいったか!」


清栄の軍に再び戦慄が走る。

なるほど鎮西八郎、その弓の腕はまさに聞きしに勝るといった所。


しかし、最も揺らぎし者は。

「くっ……皆退け!」


大将の清栄であった。

清栄の子で傍らに侍る重栄(しげさか)もこれに応じ、軍を退き始める。


「ふんっ、口ほどにもなき者共! 腰抜けなど戦場には無用、どこへなりと失せよ!」

「待たれい、鎮西八郎殿!」

「……おうや?」


笑い混じりに退く清栄軍を蔑む為暁に、声をかける者が。


「やあやあ我こそは! 静清栄の軍が末席、水上太郎義常なり」

「同じく! 我こそはその弟の水上次郎頼庵なり!」

「……頼庵。」


名乗りを上げし義常であるが、頼庵もこの場に残ると知り驚きし様である。


「兄者。……兄者の考えは分かる。私はあくまで、自らの意でここにいる。」

「……承知。」

「ほほう? 所領(領地)も頭につけぬ名乗りとは! ……見れば見ぬほど、見慣れぬ顔と分かるな。」


弟の意を義常が汲む中、為暁は二人を訝しむ。


「我らは尾張国より参りて、今は妖喰いの使い手として帝に侍る者! 誠なればこの戦には力添えできぬ身でありながら、ありがたくも大将の好意によりこうして末席に加わえていただけし次第である!」


義常は高らかに言う。

すると、為暁は。


「くくく……ははは! 妖喰いだと? 聞きしこともないな。そなたらのこと、ますます分からぬぞ。」

「なっ……何と!」


頼庵は歯ぎしりする。

妖喰いを知らぬとは、九州まではこちらの噂は届いておらぬということか。


しかし。

「うむ、無理からぬこと! 我らは侍なれば、直に刃を交えねば互いの腕、分かり合える訳もなかろう?」

「ほう……?」


義常は揺らがぬ様にて、為暁に言い返す。


「ふふふ……我が相手するまでもない! 既に言うておろう? そなたらなど」

「ならば先ほどの見事な射りよう、そしてその腕の形より見て! そなたは弓の名手とお見受けする。一度矢を射合ってはくれぬか? それからでも我らをそなたの兵たちに討たせること、遅くはなかろう?」


義常は弓(妖喰いではない)を持ち、矢を背の矢筒より取り出だす。


頼庵も弓を持たんとするが。

「頼庵! 翡翠を呼び出さんとしてどうする?」

「……あっ。」


兄に言われ、我に変える。

頼庵は妖喰いを呼び出さんとして、その手は空を切る。

今その力は術にて封じられている。


「くう……いつもの癖とは恐ろし。」

「まったく、かような時に」

「ぐははは! 面白いのう、そなたら!」

「……ん?」


水上兄弟は為暁をよく見る。

先ほどまで軍を差し向けんとしし手は、打って変わり軍を止めんとしていた。


「よかろう……ならば試し!」

「望む所!」


義常は改めて、矢を弓につがえる。

為暁もまた、大弓に先ほどの太き矢ではなく、鏑矢をつがえる。


頼庵は兄と為暁の一騎打ちと悟り、一歩引く。

そして、互いの弓は。


「はっ!」

「ふんっ!」


弦が引かれ、ほぼ時同じくして矢も放たれる。


「兄者!」


果たして、この戦の行方は如何に。


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