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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第6章 泉静(京都大乱編)
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火蓋

「なんと……我らを!?」

水上義常、頼庵は耳を疑う。


内覧頼中と上院が、謀叛の疑いに対し蜂起の支度にかかり。


それを見越しし帝も、鎮圧のため軍兵を整えるよう侍らに命じ。


戦が今にも起こらんとする中、なんと妖喰い使いである義常、頼庵を静清栄が軍に迎えたいと言う。


半兵衛の屋敷にて。

刃笹麿が帝より頼まれ、その旨を伝令に来ていた。


「し、しかし……我らは」

「妖喰いを使わねばよいとのことだ。元よりそなたらは侍、戦場でその力を振るわずして心静まりはすまい?」

「……かたじけない。」


水上兄弟はその刃笹麿の言葉に、勢いよく揃い頭を下げる。

「よいよい! さように礼を言われるべき者は私ではない。これはそなたらの叔父貴・夕五殿からお申し入れありしことだと聞いておる。」

「!? な、何!」


水上兄弟は我が耳を疑う。

「おや、聞いておらぬか? 今、京に入っておるぞ。そして、静清栄殿のお元にて働かれる。」

「!? 叔父が京に!」


さらに水上兄弟は我が耳を疑う。

「あ、兄者……」

「ああ。……夕五は、何を……」


水上兄弟にとっては、決して忘れられぬ名。

叔父・夕五は、兄弟の父・義夕の仇である。


そして、鬼神一派とも通じし男。

さような男が、兄弟を自軍に加えたいなどとどういうことなのか。


「ど、どうした? 義常殿も頼庵殿も。」

刃笹麿は訝しむ。


「う、うむ。」

迷いつつも、義常・頼庵は刃笹麿に全てを話す。


「……さようか。すまぬ、私は未だ話を聞いておらなかった故。」

「いや、よい。……さようか、あの叔父が。」

義常、頼庵は再び考え込む。


「うむ、二人共。心持ちは分かるが……この場で腹を決めるよう言われておる。どうする?」

刃笹麿はやや躊躇いつつも、二人を促す。


「……兄者。」

「……阿江殿。()()、加わらせていただく。」

「!? ……分かった。兄者がその心持ちならば」

「待て、頼庵。……あくまで、()()()()()()どうするかを決めよ。」

「!? 兄者!」


頼庵は兄のいつになき言葉に、驚く。

「そなた、私の決めしことに少し驚いたな? ……ならば、その腹はまだ決まっておらぬということよ。」

「兄者……わ、私は兄者と」

「それならば容易いな? 人の決めしことに何も思わずただただ乗るのみ。それならば、仮にうまくいかずとも、その責を他に負わすこともできよう?」

「なっ……」


頼庵は、更に輪をかけて驚く。

これまで兄がここまでの言葉をかけしことはなかった。


「わ、私は……私はうまくいかずとも、その責を兄者に負わすなどと」

「いや、する。現に私は腹を決めたが、そなたは決まっておらぬ。自らで決めぬ道に進むなどと所詮は逃げ道を残すこと。……さあ、今一度問う。そなたはどうする?」


義常は更に頼庵を追い詰める。

「よ、義常殿……何も」

「待たれよ、広人殿。……これは兄と弟のこと。そなたの入り込む隙間はない。」

「……うむ。」


口を挟まんとする広人を、刃笹麿が制する。

場は静まり返り、俯く頼庵を義常は、尚も見つめ続ける。


「さあ、頼庵よ。」

「……私は、叔父や兄者がどう思おうとも! 妖喰い使いの身でありながら戦に関われるというこの千載一遇の機、逃したくなく存ずる!」

「……うむ。では」

「阿江殿、私も軍勢の末席に加えていただきたい!」

「……よく言った、頼庵。」


ようやく義常は、顔に笑みを浮かべる。

「よくぞ言った、水上のご兄弟。ではその旨、しかと帝にお伝えする。」


そう言うや、刃笹麿は半兵衛の屋敷を飛び出していく。

義常らが見送るのも待たず、刃笹麿は内裏へと馬を走らせた。





「頼中、清栄は」

「はっ、一縷の望みは……潰えましてございます。」

「……うむ。」

白河の屋敷にて、僅かな兵や侍らを集めし後にて。


上院と頼中は、ため息をつく。

分かりきりしこととはいえ、いざ前にすれば気も滅入るというものである。


「清栄の継母である禅尼殿のご進言と聞いております。……このままでは。」

「……やむを得ぬこと。今は気に病まず、ただただ目の前の戦に取り掛かることのみ考えようぞ。」

「……はっ。」

先に望みの見えぬ中で、上院は侍らを集め軍議を開く。



「戦場は一刻を争う。先手を取り、親王様の屋敷を夜襲するべきと存じます。」

こう語るは泉民義である。


義暁の父であるが、その義暁は親王方にいる。

いわば、親子の対立であるが。


さておき。


「いや、待て民義よ。」

頼中が止める。


「まだ、大和より悪僧集団が加勢してくれるかも知れぬ。……ここは、様子見と行こうぞ。」








「兄者、夕五は何を考えているのだろうな?」

具足を身につけながら、頼庵は義常に問う。


ここは、親王の屋敷である。

上院方の動きに対するため、僅かな兵しかおらぬ上院方とはうって変わり、ここには兵が雲霞のごとく集められている。


「分からぬ、しかし……誠であれば、我ら妖喰いを使う者が妖も妖喰いも絡まぬ戦一一純然たる人と人との戦に手出しできる道理はない。それをこうして、侍として戦に加わらせていただけること、誠に名誉であるは事実。今は、この戦にて手柄を立てることを考えようぞ。」

「あ、ああ……そうであるな。」


頼庵が驚きしことに、兄は今、侍として戦場に赴けることにただただ誉れを感じ入っている。


しかし、兄はこうも言う。

「しかし……叔父が隙を突き、我らの背中を取ることも考えねばならぬな。」

「……そう言ってくれる時を待っていたぞ。」


頼庵は義常に、笑いかける。


「頼庵……杞憂かもしれぬが、躊躇うことはないな? これまで妖を相手取っておった頃とは違う、我らは」

「人の命を、此度は奪うことになるやもしれぬ……であろう? 侍として生まれし者に今更、それを問うか?」


頼庵はまたも義常に、笑いかける。

義常は、ため息をつく。


「まったく……いつの間にか生意気になりおって! ……だが、そなたがその心持ちならば私はよしとする。」

「ありがとう、兄者!」


義常、頼庵は笑い合い。

屋敷の中へと、入って行く。


「待っていたぞ……我が可愛い甥っ子たちよ。」

「!?」

「……はっ、夕五叔父上、お久しぶりでございます。」


屋敷に入って早々に叔父に出迎えられ、頼庵は面食らう。

義常も面食らいながらも、挨拶を交わす。


「ふふふ……すまぬ、驚かせてしまったな。しかし、あまり懐かしむ暇もないこと、誠に申し訳ない。……さあ、席へ。」

夕五は屈託なく、兄弟に接する。


頼庵は、父を殺しておきながら抜け抜けとと、憮然としし思いが顔に出かけるが。

「頼庵、ここは親王様の御前であるぞ。……奴とて何もすまい、さような顔をするな。」

「……申し訳ない。」


夕五が背を向け場を離れし所で、兄に小声で咎められる。

見れば、周りには既に多くの侍が具足に身を包んでおる。


「では、時がない故に礼は手短に。……皆の者、よくぞ集まってくれた。」

親王の言葉に、侍らは座りしままに頭を下げる。


「では……さて、我が兄・上院と内覧は白河の屋敷に立てこもっておるとのことじゃ。我が軍勢には遠く及ばぬ数ではあるが……数はともかくも、手練れが多分に含まれておる。数をもつのみにて無策で攻めるは愚の骨頂。如何にせん。」


親王は侍らに、策を求める。

すると。


「はっ! この下野守泉太郎義暁、奏上を。」

「述べよ。」

「はっ。一刻も早く、白河の屋敷に夜襲を仕掛けるべきかと存じます!」

「うむ。……異を唱える者は?」


誰も手は、上げぬ。


「うむ、では大納言忠弦。そなたはどうじゃ?」

「は、はあ……下野守よ、何故にそう思う?」

「はっ。」

忠弦が説明を求めるや、すぐに義暁が応じる。


「上院方の兵は、未だ動きも見せませぬ。恐らくは、まだ何か援軍を待っているのではないかと。ならば、ここで躊躇うは間違いと見て、私な先んじて手を打つべきと存じます!」

「……ううむ。し、しかし……何か上院方にも策が」

「義暁、その策しかあるまい。」

「!? 親王様!」


忠弦の言葉は遮られ、親王はすんなりと義暁の策を受け入れる。

「し、しかし」

「では義暁、清栄! 改めて、奏上を述べよ。」

「はっ。」

「はっ。」


呼ばれし義暁、清栄は親王の前へ進み出る。

「これより、白河の屋敷への夜襲をいたします!」

「うむ。……頼む。」

たちまち侍らは、一斉に動き出す。

躊躇う暇などない。今は出陣するのみ。




「何! 親王方に動きじゃと!」

「はっ、こちらへ向かっております。」

「ううむ……」

頼中は歯噛みする。


まだ、悪僧らは来ぬ。

これしきの軍で果たして、勝てるのか。


「頼中!」

「上院様……止むを得ませぬ。鴨川にて迎え討て!」

「はっ!」


その言葉に、遅ればせながら上院方の兵も動き出す。


かくして、大乱への火蓋は切られし。




「義常殿、頼庵殿……」

「阿江様、これは」

「ああ、夏殿……これより、戦じゃ。」

戦へと向かう親王方の軍を、刃笹麿、夏、広人は見通せる屋根の上を選んでそこに立ち。


その行軍を、見送る。

「これより数多の、血が……」

「くははは! まさに、あの大晦日の戦とは立場が入れ替わったな!」

「!? そなたらは!」

にわかに声が響く。


刃笹麿らがその声に振り返るや。

そこには二人の翁の面の男たち、そして影の中宮の姿が。


「久方ぶり……と言うべきかな。」

「おのれ!」

「待て、広人殿! ……渡りに舟であるな。そなたらには、聞きたいことがある故に会いたいと思っておった所よ。」


刃笹麿は今にも鬼神一派に飛びかからんとする広人や夏を制し、鬼神一派に言う。


「ほう、我らに何用じゃ?」

「あの戦乱は! そなたらが仕組みしものか? 妖喰い使いに手出しできぬ形で都を悩乱させるために!」


刃笹麿は無用な話は要らぬとばかり、単刀直入に言う。

少し、その問いの後には間が空き。


やがて鬼神一派からは、ケラケラと笑い声が返る。

「何がおかしい?」

「ふふふ、さすがと言うべきか遅いというべきか……さようだ! そなたらが指を咥え都が焼かれる様をただ見るのみ……そんな姿が見たかった故な!」


伊末が、笑いながら答える。


「おのれえ!」

「京にあの水上兄弟の叔父……夕五を来させしもそなたらか!」

刃笹麿は聞くまでもなしと思いつつも、問う。


しかし。

「いや、あれは……我らにとりても思いの外であった。」

「!? 何?」


刃笹麿は驚く。

が、すぐに頭を切り替え。


「いいや、さようなはずはない……嘘をつくな!」

「ふふふ、嘘など……ならばよい。そこまで戦がしたいと申すのであれば、応えよう!」


伊末は指を鳴らす。

たちまち屋根の上に、雷が落ちる。


「くっ!」

「なっ、これは! ……結界封呪、急急如律令!」

刃笹麿は自らと広人、夏を結界にて取り囲む。


いつぞやの雷獣、再びである。

いや、前とは違い。


「くっ、かように多く!」

「ははは……せいぜい足掻け!」


伊末はまたも指を、鳴らす。

たちまち雷獣たちより、前の比ではない多くの雷が放たれる。


「くっ、防ぎきれるか!?」

「ふははは!」


と、その刹那である。

「おうりゃ!」

「!? な、何!」


たちまち雷獣らとは違う方より、蒼き雷が数多放たれる。

それらは雷獣らの雷に打ち勝つ。



「まったく、皆そんなもんか? やっぱり俺がいねえと締まりがないみてえだな。」

「なっ……そなたまさか!?」


伊末は叫ぶ。

大きな月を背に大仰に語るその姿は、影となっておりはっきりせぬが。


姿が分からずとも、その場にいる皆は既に気づいておる。

「半兵衛!」

「半兵衛!」

「半兵衛!」


一国、半兵衛である。

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