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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第6章 泉静(京都大乱編)
78/192

火付

「……それは、誠か?」

時は雷獣騒ぎより少しばかり後、清涼殿にて。


帝は刃笹麿よりもたらされし話に、顔を歪める。

「は、確かにこの耳にてしかと。……上院様に栄えあれと。」


上院一一それは、先の帝のことである。

「ならば、あの妖騒ぎは兄上の差し金であると? 一一否、そればかりではない。……東宮を殺ししも。」

「……はい。」


帝は、次には片手で顔を覆う。

先の帝が、呪詛により東宮を一一


それはこれまでも噂にならなかった訳ではない。

しかし、此度証となりうるものが出てしまったことで、噂が再び広まるは確かである。


いつもであれば、ただの噂と一笑に付すこともできようが。


その妖は雷のみならず、人を病にする毒気まで吐けるという。さらに先ほどの、その妖が上院の差し金であるという話が合わさり、真しやかな噂となってしまいかねぬ。


しかし。

「……帝、この一件はご内密にされた方が」

「刃笹麿、それは遅きに失するというものだ。……既に、誰が広めたか、噂になっておる。」

「……ううむ。」

刃笹麿は歯ぎしりする。


これでは、親王派にとって格好の種であることは言うまでもない。


「何をコソコソと話しておる? 帝。」

「!? 父上!」

帝が驚きしことに、にわかに法皇が入ってくる。


「法皇様!」

刃笹麿も、その場にいる道中も頭を下げる。


「よいよい、そう固くなるな。……帝、既に噂は聞いておる。上院一一あの忌々しき()()()が、可愛い我が子を妖の呪詛にて手にかけしと。……この行い、許されるべきか……!」

「ち、父上。」

法皇はその場に座り込むと、静かにではあるが怒りを滲ませる。


「し、しかし……父上。この陰陽師、刃笹麿が言いしことには、件の妖を操りし男からは傀儡の術を感じ取ったと。」

「それで? 陰陽師。その男の骸からは、術の札は出て来たのか?」


帝の言葉にも、法皇は既に知っているとばかりの有様であり、刃笹麿に尋ねる。


既に法皇は、刃笹麿が男の骸を預かり、検分せしことも知っているようである。


刃笹麿は少し溜息をつき、法皇へ向き直る。

「いえ……見つかりませぬ。」


法皇は、その言葉を待っていたとばかりににやける。

「ならば、よい。その男はそもそも、あの叔父子の手の者であったのだろう? ならば、何を手をこまねいておる! さっさと上院を捕らえよ!」

「いえ、法皇様。お待ち下さい。」

「何?」


その言葉に、法皇はきっと刃笹麿を睨む。

陰陽師風情が、この法皇に何を物申せるのかと言わんばかりである。


しかし、刃笹麿は顔色一つ変えずに返す。

「それにつきましては、今一度上院様とお話をせねばなりませぬ。少しお待ち下さい。」

「ふん、何を! この私が申しておること、聞けぬと言うのか!?」


法皇は怒り心頭である。

しかし、刃笹麿は尚も続ける。

「これは、次の東宮を選ぶことにもつながること。まだこれしきの証だけでは足りませぬ。従いましては、何卒」

「……もうよい。」


法皇は腹の虫が治りしさまではないが、そのまま立ち上がり、出て行く。




「叔父子?」

「ああ……話さねばならぬことの一つだったな。」

清涼殿での、法皇との一件のすぐ後。


半兵衛の屋敷にて、義常・頼庵・夏・広人を前に刃笹麿は話す。


「実を申せば、先の帝は……法皇様の子ではないと言われているのだ。」

「!? 何?」

義常らは耳を疑う。


「まあ……あまり大声では言えることではない。ゆめゆめ、言いふらさぬよう。」

「う、うむ……」

義常らは、声を落とす。


「しかし、法皇様がお父上でないとするならば……叔父子、まさか?」

義常は刃笹麿を見る。

刃笹麿は頷く。


「さすがは義常殿。先の帝は、法皇様の祖父……百鬼夜行の時の帝と法皇様のお后とのお子との噂がある。」

「なっ、なんと!」

「これ、皆!」

ゆめゆめ静かにと言われていたにも関わらず、義常を除く全ての者が叫び声を上げ、義常に窘められる。


「まったく、そなたらは。」

「す、すまない阿江殿……!」

叫び声を上げていない義常も含め、頼庵、広人、夏は刃笹麿に謝る。


「まあよい。……しかるに、法皇様のご意向ある内は先の帝の皇子ではなく親王様が東宮になろうが……一悶着は避けられぬであろうな。」

「それで、我らに?」

刃笹麿に、義常が尋ねる。


「うむ。まあ、これは宮中の諍い。妖喰いの出る幕はないと思うが……しかし、先の雷獣の件もある。」

刃笹麿はため息をつく。


「阿江殿は、あの鬼神一派がこの宮中で諍う隙を突かんとしていると思っているか?」

義常は、ふと尋ねる。


「さよう。そこで、そなたらに伝えねばと思った次第よ。」

刃笹麿は答える。


「ふふん、任せよ! 今はあの半兵衛もおらぬが、むしろこれは、あいつの無き時に手柄を立てる絶好の機ではないだろうか!」

「広人殿、確かにそうであるな。……半兵衛様のいぬ間に、我らの力を世に示そうぞ!」

「ふうん……よし、私も爪を研がねば」

「ああ、夏殿! 幾度も言うが、屋敷の柱一一まして大黒柱などで研いではなら」

「大黒柱……どこにある?」

「いや、探すな!」

「ああ待て!」

広人たちは、いつものごとくはしゃぎ始める。


「これ、皆!」

義常も皆を止めるため、向かう。


「ふむ……雷獣の件、この半兵衛のおらぬ、尚且つ宮中での諍いの隙を突かんとしているだけなのか? いや……」

そんな皆をよそに、刃笹麿は思索を巡らせる。


それならば、あの雷獣を操りし男。

あの男より妖傀儡の気配がありしことは、どういうことなのか。

「まさか……ふうむ、できれば当たらねばよいが。」


少し気がかりとなった刃笹麿は、北の地にいる半兵衛にもこのことを知らせんとするが。


そこで義常に止められてしまう。

しかし、このことにより刃笹麿の中で疑念は強まることとなる。


鬼神一派が、この争いを煽っているのではないか一一




それから一月も経たぬうちに。

再び、東宮を決める話し合いは開かれる。


いや、前と同じでないことがある。

それは一一


「……では、父上。」

帝が促す。


前とは違い、法皇がいるのである。

「ふむ……まず、内覧(ないらん)頼中よ! そなたが推す先の帝の皇子であるが……先の帝とそなたについて、良からぬ噂があること知っておるな?」

「……はっ! しかし法皇様、お言葉ですが……我と上院様が東宮を呪詛などと。……私はともかくも、上院様が弟君にさようなことをするなどという御疑いはいかがなものかと。」

「何?」


法皇は頼中の言葉に、青筋を立てる。

いつもであれば、ここで引く頼中であるが。


此度は、次の帝に関わる重大な儀。

容易く引く訳にはいかぬ。

「上院様が! 弟君を呪詛により殺められるなど、さようなことをされる方でないこと、帝がよくご存じのはずではございませんか?」

「いいや?」


しかし、頼中の言葉は法皇により、言下に否定されてしまう。

「もはや、それは疑いなきこと。……のう? 大納言よ。」


法皇は忠弦に目を向ける。

忠弦はおもむろに、口を開く。

「はっ。私はこの目にてしかと見ましてございます。……東宮が妖により、毒気を吐かれ病に倒れし所を。」

「!?」


この言葉に、その場が凍りつく。

「なっ……兄上! 戯言はおやめください!」

「戯言ではない!」

「待て! ……忠弦、それが誠だとすれば何故に、今まで黙っていた?」


頼中と忠弦の諍いを諌め、帝が忠弦に尋ねる。

「申し訳ございませぬ。すぐにでもお話しすべきであると思いましたが……お恥ずかしいことに私めは人望なき身。妖のことも見間違えかと思いましたことや、申してもおそらく信じてもらえぬと思い、つい……」

「左様でございます! 帝、兄は人望なき身! このような者の言うこと、信じられるに値しませぬぞ!」

「鎮まれ!」


またも始まりし兄弟の諍いを、今度は法皇が制する。

「帝、知ったであろう? ……上院には叛意がある。さような者を東宮に関わらせればどうなるか、よく考えよ。」

「……はっ。」

「帝!」


帝は法皇の言葉に、もはや頷くよりほかなし。

法皇はそのまま、場を後にする。



忠弦の言葉は、無論嘘である。

何故かようなことを言ったのか。


そのきっかけは、東宮の亡くなってすぐ後に遡る。

「大納言殿、一つお言葉が。」

「そなたは……女御殿!? 何用か。」

忠弦は驚く。

直に話ししことはあまりない相手である。


「此度東宮のこと……誠にお悔やみ申し上げます。」

「うむ……」

忠弦は女御の言葉に、俯く。


「次の東宮の選定について、お話は聞かせていただきました。しかし、解せぬのは……何故、先の帝の皇子を盛り立てられないのです?」

「何?」

忠弦は振り返る。


御簾越しであるが、確かに女御の影は見える。

「申し訳ございませぬ、不躾な問いを。……大納言殿のご息女が、先の帝の皇后様でございました故に。」

「ううむ……それは」


忠弦は言いかけるが、止める。

「……先の帝が、皇后の女房との間に皇子を儲けられたからでございますか?」

「!? 何故、それを」


忠弦は図星を突かれし思いである。

「左様でございましたか。……大納言殿。不躾ついでに、一つご助言が。」

「……何だ?」


忠弦はごくりと喉を鳴らす。

「……既に、東宮様呪詛のこと、噂になっております。そしてその噂、まもなく真となる日が来ましょう。さすれば、先の帝の皇子ではなく、親王様に東宮となる機が与えられましょう。」

「……誠か?」

「はい、嘘など申しませぬわ……では。」


御簾越しにも笑みのよく伝わる、女御の声が響き。

刹那、御簾をその向こうより風が吹きつけ、捲り上げる。

「くう! ……に、女御殿……?」


風が治る頃には、既に御簾の向こうに女御は香のみ残し。

そして、忠弦は。

「……? 私は、何を」




「それで? 次の東宮は」

「うむ……親王様だ。」

刃笹麿は重々しく口を開く。


話し合いより、さらに一月後。

半兵衛の屋敷にて刃笹麿は、集まりし義常・頼庵・夏に話す。


「あれほど揉めていた割には、すんなりと決まったな。」

頼庵が呟く。


「まあ、法皇様の後ろ盾とあっては仕方あるまい。」

「……うむ。」

刃笹麿の言葉に、義常らも考え込む。



しかし、それよりさらに一月後。

話し合いより、二月後のことである。


にわかにその知らせは飛び込む。

「ち、中宮様! お耳に入れたきことが!」

「氏式部? 何事じゃ。」


氏式部は中宮の部屋に駆け込み、こう言う。

「法皇様が……病の床に。」


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