雷獣
「あそこは……そう遠くはない。すぐに着こうぞ!」
刃笹麿を同じく馬にて追いかけつつ、義常が言う。
見れば、先ほど妖が現れたと思しき所からは黒き煙が。
「兄者、そろそろだ!」
「よし皆、くれぐれも」
「分かっている!」
義常の釘を刺す言葉に、頼庵も夏も刃笹麿も返す。
と、その時。
「ぐあっ!」
「!? 広人殿!」
刃笹麿らが走る道の先に、脇道より広人が飛ばされるがごとく現れる。
「うう……! そなたらか、遅いぞ!」
広人は刃笹麿らの姿を見るや、遅れしことを咎める。
「すまぬ。それで、妖は」
「!? 結界封魔、急急如律令!」
義常の広人への言葉を遮り、刃笹麿がまじないを唱える。
たちまち結界が張られ、そのわずかばかり後に。
激しき雷が、結界へと打ちつける。
「ぐうう! これは」
「妖の放つ雷だ! これのために碌に近づけぬ。」
広人が苦しげに言う。
見れば、その妖の姿は猫のごとく。
しかしその仔細は、雷に包まれてよくは見えぬ。
刃笹麿には、聞き覚えがあった。
「"雷獣"、か。」
「何?」
「雷を操る妖だ、小さいからといって侮るな。」
刃笹麿は自らの知ることを、義常らに伝える。
「案ずるな、近づけぬならば!」
義常は翡翠を持ち、殺気の矢を纏めて三つ番える。
弦を引き延ばし、一息に放つ。
たちまち矢は数多に分かれ、雷獣を襲う。
「さあ、どうじゃ!」
しかし、雷獣も素早い。
たちまち空より雷を数多落とし、自らを囲む結界とする。
翡翠の矢はことごとく雷により落とされ、防がれてしまう。
「くっ、矢も防ぎきるか!」
「いささか部が悪いか……」
義常が矢を放たずにいるや、お返しとばかりに雷獣は。
たちまち雷を、四方八方に放つ。
「結界封魔、急急如律令!」
「くっ、私が近寄れれば」
「いや、待たれよ夏殿! 近づきし所で奴は、雷でその身を囲んでおろう?」
今すぐにでも結界の外へ飛び出さんばかりの勢いである夏を、義常が引き止める。
見れば、雷獣は雷を放つ間にも自らを雷で囲んでいる。
確かに、近づいても防がれそうである。
「それに、あの妖は……毒気を放つぞ!」
「な、何!? 誠か広人殿!」
義常らは広人の言葉に驚く。
「ああ……私が駆けつけし時には、既に幾人か当てられていてな。何とか医師の元へ送ったのだが……」
広人は言葉を切る。
義常らも、少しの間はそれには答えられぬ様で黙り込むが。
「その者たちがどうなったか、そなたにも分からぬだろう? ならば、今は気に病むな。」
「し、しかし一一」
「広人殿。今は、奴をいかに屠るかを考えよ。」
義常は刃笹麿の結界越しに、雷獣を睨む。
雷獣はひたすら、近づく者は許すまいとばかりに雷を四方八方に放ち続ける。
と、その時である。
雷により地が打たれる、その猛々しい音の中にひときわ激しき音を、義常は聞く。
「? これは……」
義常はその音の方へ、目を向ける。
すると。
まず、地に落ちし雷が、地を燃やし。
さらにその火めがけ雷が落ちるや、そこは激しき音にて爆ぜる。
「そうか……これならば!」
「? 兄者?」
「夏殿! すまぬが、私に乗ってはくれぬか?」
「なっ!」
「あ、兄者!? お、女子に向かって何を」
「そなたこそ、女子の前で何を思い浮かべておる? 私は、肩に跨るよう言ったのだ。」
慌てる弟を窘め、義常は言う。
「肩、車を?」
「さよう。そうして夏殿には、我が上を守っていただきたい。」
「何をするのですか、義常殿?」
「うむ……流鏑馬兵法、と洒落込みたくてな!」
尋ねる夏に、義常は歯を見せ笑いかける。
「では、阿江殿!」
「うむ……火炎招来、急急如律令!」
刃笹麿は結界を守りつつ、小さき火を起こす。
火は、義常の持つ殺気の矢の鏃に灯り、火矢となす。
「よおし……では、夏殿!」
「いざ……参らん!」
義常は夏を肩に乗せ、走り出す。
刃笹麿の結界が切り開かれ、そこより義常は躍り出る。
ここより先は一一
「夏殿!」
「承知! くっ!」
夏は、義常より頼まれるままに爪に殺気を纏わせ、振るうことにて次々と風に、殺気の刃を乗せていく。
殺気の刃は無論、すぐに雷獣の雷により粉微塵であるが、それを盾に義常は、前へと進んでいく。
「夏殿、できそうか?」
「少し難しいが、何とか!」
怒涛の勢いたる雷を受けながらも、夏は義常を守り通している。
やがて、雷獣は狙いをしぼる。
たちまち雷は、束ねられ夏と義常を襲う。
「くっ、こちらにひとまとめに……なら!」
夏は爪による殺気の刃の風を、これまでより多く隙間なく起こす。
たちまち周りには風の鎧ができ、雷をかろうじて防ぎきる。
「くっ! 夏殿、一時だけでよい。雷を割り、道を開けぬか?」
「できなくはないが……しかし」
「案ずるな……しくじれば焼かれるのみだ!」
「……承知。」
夏は腕の動きを、少し鈍くする。
これは、溜めである。
「……達者で!」
「ああ、夏殿!」
次には夏は、爪を力強く素早く振りかぶる。
たちまち、夏自らが張る風の鎧も雷の束も割れる。
それは、雷獣へと続く道である。
それは、読んで字のごとく瞬く間の出来事一一
刹那、その隙間を縫うように鏃に火を灯しし殺気の矢が飛ぶ。
矢は、雷獣へと迫るが。
雷獣を囲む、結界のごとく空より落ち続ける幾筋かの雷。
それに阻まれる。
しかし、ただでは済まぬ。
たちまち鏃の火は雷に触れ一一
激しく、爆ぜる。
「ぐう! 熱い!」
「くっ……見えた!」
熱き風が吹き続ける中でも、義常は見失わず。
爆ぜし風にて宙を舞う雷獣を目で捉え、次には。
「いただく!」
殺気の矢にて、捉える。
たちまち数多放たれし矢のいくつかが、雷獣に当たる。
雷獣は血と肉になり、やがてそれは翡翠の殺気に呑まれ消えた。
あっという間の、出来事である。
「兄者!」
「頼庵、来るな! ……まだ何やら気配が。」
妖が倒されしことで喜び勇み歩みよろうとする弟を、義常が制す。
夏も、その気配は汲み取りし有様にて、周りをキョロキョロと見渡す。
「そこか!」
「!? 夏殿!」
夏は近くの茂みへと飛び込む。
義常も後を追い、さらに頼庵らもその後を追うことで茂みに皆入る。
「お、お助け!」
「さあ、何をしていたか言え! 言わぬと」
「これ、夏殿! ……まさか、そなたが?」
茂みの中で何やら男に詰め寄る夏を止めつつ、義常はその男に問う。
「この男が、こんなものを」
「これは!?」
夏が男を押さえる右腕の力を強めつつ、左腕で握りしめ差し出ししもの。
それはかつて毛見郷で向麿が見せし、妖を操るために小さな妖を括り付けし棒であった。
「案ずるな、こんなものは」
夏は言いつつ、左手を殺気の爪により妖を棒ごと握り潰す。
「お、おい夏殿」
「さあ! 吐くのだ!」
刃笹麿は調べるべき棒を潰され苦言を呈そうとするが、夏はすぐに男に向き直り再び激しく詰め寄る。
「ち、違う……私は」
男が怯え、言葉を継がんとしたその刹那である。
にわかに、気配を感じる。
これは、先ほど夏が握り潰しし棒ではない。
「妖……傀儡の札か!」
広人は、思わず声を上げる。
「夏殿、離れよ! そやつは」
「くっ!」
広人の言葉に、夏も男よりただならぬものを感じたため離れる。
そのまま、男は。
「ふふふ……上院様に、栄えあれ!」
「!? 何!」
言うが早いか、懐より刀を出し。
そのまま、自らの首を掻き切ってしまった。
刹那。
妖傀儡の札の気配も、ふと消える。
「さあ、これでいいのだな? 冥子よ。」
茂みの中に、首を掻き切りし男とそれに駆け寄る妖喰い使いらを遠巻きに眺める男が。
長門高无である。
「ん?」
「? 阿江殿、どうされた?」
「……いや。」
背中に何者かの目を感じし刃笹麿は、振り返る。
しかし、何もない。




