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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第6章 泉静(京都大乱編)
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火種

「中宮様、一つお耳に入れたきことが。」

中宮の部屋に、氏式部内侍が入る。


話は半兵衛が奥州へと発ちし日に、遡る。

「氏式部? かような日にどうした。」

中宮は訝る。


「……東宮が身罷られたとのことです。」

「何!?」

中宮は我が耳を疑う。


東宮、それは次の帝になるべき人。

それは今上の帝の、弟にあたる人であった。


「身罷られた……? それは」

「病にて、と聞いておりますが……それを言いし方は」

「……叔父上、か。」

中宮は合点する。


氏原忠弦(ただつる)一一中宮の叔父で、大納言の位にある者である。


東宮が幼き頃より、その身の回りのことを一手に引き受けていたが、それが東宮を我が物にしようとしていると宮中では噂されていた。


故に、東宮は誠に病であったのか。

人望なき忠弦の言葉とあっては、疑われてもやむなし。


「叔父上……」

「中宮様、それよりもこれからのことが気がかりでございます。」

「うむ。……そうであるな。」

氏式部の言葉に、中宮は頷く。


これから東宮を、決めねばなるまい。

無論、そこには一一



「帝! 何卒ご決断を!」

清涼殿にて。


次の東宮を決めるため、帝の前にて話し合いが行われていた。

「道中。帝の御前故、何卒」

「兄上。あまり聞くべきでないやも知れませぬが……東宮は誠に、病であったのですか?」

「!? 道中!」


忠弦は弟・道中の言葉に、勢い余り身を乗り出す。

「忠弦!」


道中ではない、帝がそれを声にて制する。

「帝……申し訳ございませぬ。」


帝は咳払いを一つすると、道中と忠弦の兄弟を見比べる。

「うむ……東宮が死んだかくなる上は、新たな東宮を速やかに擁立せねばならぬ。しかし……」


帝は考え込む。

すでに目の前にて繰り広げられている通り、このことは争いの火種である。


「ここは先の帝の皇子を立てられてはいかがでしょうか?」

「……頼中(よりなか)か。」

忠弦、道中の弟である頼中は、そう提言する。

先の帝一一それは、今上の帝の兄に当たる。


その皇子を東宮に立てるとあっては、それはすなわち今上の帝の甥を立てるということである。

「しかし、兄の皇子はまだ」

「ああ帝、お言葉のさなか申し訳ございませぬが続けさせてはくれませぬか?」


大胆にも帝の言葉を遮り、頼中は言葉を継がんとする。

「……よかろう、続けよ。」

「帝!」

「忠弦! まずは聞かぬか?」

「……はっ、申し訳ございませぬ。」


頼中を立てる帝を諌めんとして忠弦は、却って諌められてしまう。

「こほん。では、手短に。……先の帝の皇子は帝とお歳も近く、次の帝にされるにはよいかと。」

「ふむ……道理であるな。」

「であれば、帝」

「では忠弦! そなたの話も聞こう。」

「!? 帝……!」


忠弦は、顔を綻ばせる。

頼中は、それとは裏腹に顔を強張らせるが。

「何をふくれておる? ここはどちらの言い分も聞き、落とし所を決めるが妥当であろう?」

「……申し訳ございませぬ。」


頼中は帝の諌めに、萎れる。

「さて、忠弦。」

「はっ。次の帝には、私は帝のもう一人の兄君である親王様の皇子をと思っております!」

「なるほど……そちらがよいかもしれぬな。」

「なっ!? み、帝!」


萎れていた頼中が、帝の思わぬ言葉に驚き顔を上げる。

見れば、帝はもうそれに決めていると言わんばかりの顔である。


「帝、それはもしや……」

「うむ。今、先の帝の皇子を立てるには……法皇様のこともある。」

「!? ……くう。」

道中の問いへの帝のこの答えには、頼中も返す言葉なしと言わんばかりに再び萎れる。


()()()により、法皇と先の帝との間はしっくりいかぬ仲となっていた。そのため、帝は親王の皇子を立てた方が波風を立てぬと思ったのである。



「しかし、親王はまだ帝にはなっておらぬぞ? そのまま」

「はっ、そうおっしゃると思いまして、ここはひとつ。……親王様の皇子様は帝にふさわしき御身であり、必ずや帝の位にお付けすべきと存じます。親王様はそれまで、()()として帝になっていただくべきかと。」

「……うむ。」

忠弦のこの言葉に、帝は再び考え込む。


「み、帝! ここは少しばかりご面倒でも、先の帝の」

「いえ、帝! 今は北の地に妖の害もあり、面倒は少しでも減らすべきかと存じます!」

「静まらぬか! 兄上も頼中も。」

考え込む帝に捲したてる二人を、道中が諌める。



「……申し訳ございません。」

忠弦、頼中は共に謝る。


「うむ……済まぬ、少しばかり時をもらえぬか?」

「……はっ。」

かくして清涼殿での話し合いは、ひとまず締めとなる。





清涼殿での話し合いの、すぐ後。

「くう、忠弦め! 面倒を……私を、帝になど! それでなれなければ……私はどうなるのだ! やはりこうなれば、帝になるより他ないが……この!」

親王は誰もおらぬ部屋に篭り、一人怒りに震える。


話し合いのことを従者に探らせており、先ほど事の次第を聞いたのである。


「……くっ、どうすれば」

親王は頭を掻きつつ、立ち上がる。


と、その刹那である。

「親王様、ご機嫌麗しゅう。」

「その声は……女御殿か。何用じゃ?」

親王は御簾越しに声をかけられ、立ち止まる。

その声は今上の帝の女御一一冥子である。


「東宮のこと、誠に口惜しくございます。いえ、それのみではございませぬ。次の帝にも、あなた様が最も相応しくいらっしゃると思いますのに。」

「ほほう……そなたは、そう思ってくれるか。」

親王は少し顔を綻ばせる。


「……ならば、そなたから帝にお願いしてはくれぬか? 寵姫たるそなたの言葉ならば、帝も無碍には」

「親王様。ううむ、申し訳なく存じます。私の立場では、先の帝の皇子とあなた様、どちらにも肩入れする訳には……」

「……すまぬ、今の言葉は忘れてほしい。」

親王はふっと、顔を歪める。


女御にいけ図々しくも、こんなことをお願いしてしまうとは。

そのまま腰を、上げかけるが。


「しかし、お腐りなさらず機を待つべきかと。……ゆくゆくは、帝どころではございませぬ。()()()が、お味方くださるかと。」

「!? 何と、誠か!」

親王は腰を抜かしかける。


法皇一一それは亡き東宮を頗る可愛がっていた、親王・帝・先の帝の父にあたる。


「父上が、何故一一」

「……口が過ぎましたわ、親王様。一一今は何卒、お忘れになって。」

「なっ……女御殿!」

親王は思わず、女御と自らを隔てる御簾を荒々しく捲る。


が、そこには。

「……女御、殿?」


芳しき女の匂いはするが、そこには女御はいない。

そして、次には。

「……? 私は、何を……」





「たのもう! 陰陽師阿江刃笹麿が参った。」

「阿江殿? 一体何故に」


半兵衛の屋敷をいきなり訪ねて来た刃笹麿は、応対に出た頼庵を素通りし屋敷へ上がりこむ。

「ちょ……阿江殿!」

「すまぬ。急ぎで伝えねばならぬこと故に、早く話をさせてもらわねばならぬのでな。」


追いかけて来る頼庵を尻目に、刃笹麿はどんどん屋敷の奥へ入り込む。

「義常殿、夏殿! あと、広人殿は……おらぬか、まあよい。」


言うや、刃笹麿は腰をどかりと下ろす。

「あ、阿江殿! 人の家で」

「すまぬが先ほども申した通り、急いでいる故な。」


刃笹麿は頼庵の言葉にも、何一つ悪びれることなく返す。

これでは、居直り盗人と言うのではないか。

「阿江殿!」

「阿江様!」


騒ぎを聞きつけ、夏と義常もやって来る。

「主人様か? 主人様は」

「分かっておる、おらぬ者に用はない。……頼庵殿には既に申しし通り、急ぎの用故そなたらいる者と話がしたい。」

「!? ……分かった。」


今日の刃笹麿は、やや傲慢である。

無論、いつも腰が低い訳ではないが、今日は違うようである。


「……で、話とは?」

「……うむ、それは」

その刹那である。


「!? くっ、音が!」

「!? 激しき光も……これは、雷か?」

にわかに響く轟音に、刃笹麿と水上兄弟、夏は耳を塞ぐ。


すると。

「待て、これは……妖だ!」

「向かわねばなるまい!」

夏は、義常は、頼庵は。


手元に自らの妖喰いを呼び寄せると、外へ向かう。

「待て!」

「阿江殿、すまぬ! 今は話どころではない。先を急ぐ!」

「そうではない、私も行くから待てと言っているのだ!」

「なっ!」


刃笹麿の言葉に、思わず支度を急ぐ義常らの手が止まる。

「あ、阿江様! そんなご無理を」

「そ、そうであるぞ! そんなことをしては命がいくつあっても」

「あーもう、前に言ったであろう!?」


口々に止める言葉を紡ぐ妖喰い使いたちに、刃笹麿はぴしゃりと、袖を近くの手すりに打ちつけて黙らす。

「私は元より陰陽師! 妖喰いなど持たぬが常なれば、この術さえあれば事足りる。そもそも、件の宵闇のことだとてそなたらが勝てしは、誰のおかげか。」


刃笹麿は意気揚々と叫ぶ。

さすがにこれには、義常らも返す言葉がない。

「さあ、行こうぞ! 妖は暴れておろう?」

「あ、ああ……しかし、そなたが仕切るな!」


刃笹麿は呆ける妖喰い使いらを尻目に、自ら先陣を切り馬にて飛び出す。

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