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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第5章 北都(奥州氏原氏編)
74/192

和北

「さあて、どうするのだ? 一国半兵衛とやら。」

半兵衛は語りかけられ、居ずまいを正す。


語りかける者は、死神綾路である。


場は、奥州の氏原屋敷。

土蜘蛛凶道王との戦を終え。


和人も蝦夷も多くの犠牲を出しての、からくも掴み取りし勝利であった。


そして、その後始末を。

半兵衛はやらねばならなかった。


「まあ、死神の嬢ちゃんよ。……そいつを、軛から解き放ってやらないとなんだろ?」

半兵衛の目の先には小さな火の玉一一力を失いし凶道王の魂がある。


「これは怨念。この死神の身をもってしても触れられぬらしいな。」

「また、"らしい"か。触れられるか否かはあんた自らのことだろ、そこは言い切ってくれよ。そんな他人事みたいに言うのじゃなくてさ。」

半兵衛は綾路の言葉尻をあげつらう。


しかし、綾路はさして気にするでもなく半兵衛に尋ねる。

「それで? その軛とやらからは何として解き放つ?」

「おいおい、話聞いてなかったのかよ? ……まあいい。そうだな、この人も元は蝦夷。真の名を聞き出せればいいんだろうけど。」


半兵衛は戸惑いつつ、答える。

無論、凶道王の名は知っている。


しかし、それは他人の探り出しし名であり、自らで探り出した名ではない。


従って、再び真の名を聞き出せねばなるまい。

そのやり方は一一

「さあて、黒乙さん一一ムオウルイさんと同じように、この場合仮の名が真の名の手掛かりになるんだな? さて、白布ちゃん。」


半兵衛は目の先を、前の綾路より横の白布に移す。

「はい……で、では。」


白布は小さく震えている。

死神と相見えたとあっては、しかるべきことと言うべきか。

「白布ちゃん、やっぱりやめておくかい?」


半兵衛は白布を案ずる。

「いえ、とんでもございませぬ! 野代のため、ですから。」


白布は自らを振るい立たせ、前に出る。

「じゃあ……ティルクエフリユグってのはどういう意だったかな?」

ティル(汚れ)クエフ(なきもの)リユグ(祖とする)でございます。」

「よし……まず、"汚れなきもの"ってのは何だ?」

「はい。おそらく……uwxa、水ではないかと。私たちは飲み水の採れる川では衣を洗うことも、用を足すことも許されませぬ。汚してはならないものなのです。」

「ありがとう。……じゃあ、"祖とする"ってのは?」

「はい……おそらく、"〜の子"ということではないでしょうか? ……いえ、それよりも」


白布は、凶道王の名からuwxaを取り除いて考える。

ティルイ一一ティ、すなわちtu(王、主)。そしてルイ、すなわちrxi()


それらを考え合わせ、導かれる答えは。

「……"申し子"、と言うべきでしょうか?」

「……道理だ。よし、凶道王さん! あんたの名は、uwxatirxi(水の申し子)だ!」

「……tsxasxogyxohyxu! fxaryxufxonhaxi utxo、uwxatirxi txanwxu!」


半兵衛の言い当てと共に、ようやく凶道王は答える。

そうして自らの真の名が、ウワティルイであることを伝えるのだった。


その刹那、蕨手刀より黒乙一一ムオウルイも抜け出す。


nyxarugu(よくぞ) tsxagxe(お前はやっ) hyxa() iyxa()gxehyxu(れた)、半兵衛。」

ムオウルイは半兵衛に、礼を言う。


「いや、いいんだ……ウワティルイさん、ムオウルイさん。あんたたちが俺たち大和の民を信じようとしてくれたおかげさ! あと……死んだ野代さんもな。」

半兵衛の言葉に白布は、涙ぐむ。


それを横目に捉えし半兵衛は。

「なあ、綾路ちゃんとやら。……野代さんの魂に、会うことはできないか?」


死神に、頼むが。

綾路は大きく、首を横に振る。

「あの魂は、探しているが未だに、見つからんらしい。十王は許すまいがな。」

「……そうか。」


半兵衛は肩を落とす。

白布も、涙を拭う。

「……では、こやつらをこの死神が連れて行く。」

「ああ、頼む。」

「……gugxesihyxugu!」


ウワティルイとムオウルイは、大きく手を振る。

「ああ、極楽へ行けるといいな! また、俺が天寿を全うした後にはよろしく!」

半兵衛と白布は二人の魂を、見守る。



「半兵衛様、私のために」

「いや、いいんだよ。俺も会いたいと思ったし。」

半兵衛は言いつつ、蕨手刀を見る。


蕨手刀からは殺気が、感じられぬ。

「これ、もうただの刀になっちまったみたいだ。」

「え!?」

「きっと、こいつの中に入ってたウワティルイさんとムオウルイさんの魂が、妖にこいつが折られた時に妖への恨みに変わって……それで、こいつは妖喰いになったんだな。」


半兵衛は浸る。

きっとそれが、この呪いも施されていないただの刀が妖喰いになった訳である。

「? 半兵衛様?」


しかし、白布は全く話の見えぬ有様である。

「あ、ああすまねえ! なんて言われても訳分からないよな。……じゃあ、すまねえついでに。この刀は白布ちゃんたちが持っていてくれ。」

「!? ……よろしいのですか?」

「ああ、秀原さんたちには後で俺が言っておくよ。ただの刀になったとあらば、興味はないだろうしな。」

「……ありがとうこざいます! ……半兵衛様。」

「ん?」

「あの、私……」

「半兵衛様! そろそろ時でございます!」


白布の言葉は、部屋に駆け込みし刈吉の言葉で遮られた。





「ixennu yisxosxa tsxi fxasunwxonrihyxaryxu txu uixon yu nwxuki、uxai tsxi fxanwxu kxai utxo yisxosxa tsxi fxakxigxemyxunnwxen ixen gyxoryxu……txu gyxosi! gxesxa hyxa ixufu umxogxosxasyxu fxahaxitu hyxatu tsxi fxasigxe。yisxosxa nyxeuxa uxafu、sxanyxa tsxiuxaku tsxi tsxaixomyxun hyxa iyxagyxehyxu mitu?」


イエフオウハウングは、昔の戦の時より蝦夷は大和を仇と思ってきたが、今は和睦したいと思っていることを伝える。


そして、大和の長一一秀原も同じ考えか尋ねる。



場は、平泉の蝦夷村。

ここにて今、和睦の儀が執り行われている。


津軽の蝦夷たちは、ここに移り住むことになったからである。


白布はイエフオウハウングの言葉の意を秀原に、大和の言葉にて伝える。

「うむ……無論、我らも同じ考えである!」


秀原は高らかに叫び、頭を下げる。

白布は次には、それを蝦夷の言葉にてイエフオウハウングに伝える。

「gugxesihyxugu。txu sunwxon futxan hyxa、mxigu ixu tsxi txaixomyxun myxoiryxuhaxu utxo txaixon hyxa nyxan。gugwu ywxosiyi ifumi txasxomyxun hyxa nyxan fu utxo、uxai yitu utu uxatsxiuxakuityxan nwxen nwxu。

sxagyxan yitu、uxai utxo txaixongu myxomyxun yu nwxuki uxai tsxi fxasxagyxanuxaku miningu myxomyxun。uxai utxo tsxi fxatxurxemyxu ixufu sxomyxomyxun hyxatu fxasigxe。……ixokihaxun、sumxasiku ixetu rxemyxu ixe!」


イエフオウハウングは礼を言い、この戦で多くの命が失われてしまったことを話す。


殊に、野代の死は自らの愚かしさを悟らせてくれたと。

だから、野代一一イオキハウン、スムアシクを忘れてはならないと訴える。


蝦夷たちはその言葉に叫び声を上げる。

「長さま……」


白布も涙ぐむ。

しかし、秀原らは言葉が分からず置いていきぼりである。


「白布ちゃん、言葉を。……まあ、そりゃ涙ぐむよな……」

そんな白布を小声で促しつつ、半兵衛も感慨深げである。


言葉こそ分からぬが、スムアシクという言葉は聞き取れたため野代のことを言っていることは分かったのである。

「おほん、白布よ。」

「……申し訳ございませぬ。」


白布は涙を拭い、秀原に今のイエフオウハウングの言葉の意を伝える。

「……我らも、そなたらに対し非情な振る舞いをした。この罪は、詫びても詫びきれぬ……」


秀原は肩を落とし、改めて頭を下げる。

「ixetu kxotxankxe ywxo iyxagxehyxu。……txu hyxa ywxofu、gyxe hyxa ixufu yisxosxa uxai uxafu uxaisxonyxikyxuhyun hyxatu fxasigxe nwxen ixen、uxai uxafu yisxosxa uxaisxonyxikyxuhyun hyxa ywxafu fxasxominin。 gyxe hyxa ixufu tsxi fxasxogxehyxun hyxa ywxofu、tsxan tsxi fxamxonyxikyxuhyxun fu ywxou ixerinhyxaryxuhyxun ixufu nyxaru txanwxu hyxatu fxasigxe nwxen。sxanyxagu ixerinhyxaryxu hyxa uxaisxogxehyxu mitu?」


イエフオウハウングは秀原に、頭を上げてくれと言う。

その上で、すぐには大和と蝦夷、お互いに許し合えぬと思うがそれでも、先々には許しあえるよう共に歩んでくれないかと続ける。


白布はその意を、また秀原に伝える。

「……ああ、是非! 我らと共に歩んでいただきたい!」

秀原とイエフオウハウングは、手を取り合う。


こうして、北の地を揺るがす大和と蝦夷の戦は、時の征夷大将軍の世より幾百年の時を経てようやく幕を引いたのである。




「白布ちゃん! お疲れ様。」

「白布! 見事だったぞ。」

「ありがとうこざいます、半兵衛様! 刈吉とイオフヤも。」

儀が終わり、白布の元へ三人がやって来る。


と、そこへ。

「tsxaku utxo……iuwxakxi tsxanwxu mitu?」

「!? ……kxafu、hasumxarxi?」

「!? えっ、長様! イオフヤ、tsxahyxuminin?」

「なっ!」

「え?」


白布の元へ、ヌムアンに付き添われしイエフオウハウングがやって来るやイオフヤに話しかける。


あまりにいきなりのことに、場は悩乱するが。

「iwxi……hyxu utxo、uixon mxorxanyximyxun ixe in hyxatu mxofxosyxu ixu txanxu ni。」

「!? mi!」

「? 何だって?」

「あ、すみませぬ……イオフヤと長様は、昔契りを交わしし仲であると……」

「!? 何だって!」


既に驚いていた周りと同じく、ようやく半兵衛も驚く。

そういえばイオフヤは、津軽の出と聞いていた。

「tsxaurumyxun hyxa iyxagxehyxu hyxatu nwxu……uxo utxo txauxaigxehyxu hyxa uxaigxehyxu。」

「txu nxu……」


イエフオウハウングとイオフヤは、互いに会えしことを喜び合う。

「よかったな、お婆さん。」

「……はい。(野代、あなたはおそらく私のことを……ありがとう。でも野代。私はあなたのためにも、踏み出さねば。)」


そのことに背中を押され、白布は。

「半兵衛様……私、あなたのことをお慕いしております!」

「!? ……え!」


にわかなる白布の言葉に、半兵衛は考え込む。

「な……そうか、よく言った白布!」

「そ、そうかい白布ちゃん。……ありがとう、白布ちゃんの心は嬉しい。ただ」

「……はい。」


白布を刈吉が称える横で、半兵衛は白布に返す。

「……すまない! 俺は今、京の守りをしないといけない。だから、その心には応えてやれない。」


半兵衛は頭を下げる。

「!? ……では、私京まで行きます!」

「!? えっ、ええ!?」


白布の思いがけぬ言葉に、半兵衛は混迷を深める。

「い、いや……白布ちゃん! あそこは危ない、妖がここで戦っていた時の比じゃないんだ」

「半兵衛様が守ってくだされば」

「ちょ……刈吉さん!」

「これ、白布!」

「半兵衛様!」

「? haxi txanwxu?」


半兵衛と白布の騒ぎに、刈吉やヌムアンまで巻き込まれていく。宥めるにはかなりの時を要した。




「はああ。まさか白布ちゃんが。……でもなあ。」


その夜、ようやく一人の時が持てた半兵衛には、考えが。


私は、あなたを一一

半兵衛は白布のこの言葉に、中宮を思い浮かべていた。

中宮は一一都の皆は、どうしているのか。


ここで一度、報を聞かせた後。

全く話ができなかった。


半兵衛もこの奥州も混乱していたこともあるが、何より通じようとしても忙しいのか、妖喰い使いたちも清栄も答えてくれず。


いても立ってもいられずに、早馬に京の有様を探らせに行かせたがまだ戻らぬ。


いずれにしても、この蝦夷との和睦のことも知らせねばならぬから、早くしてほしいと半兵衛は思っていた。

「まあいずれにせよ……よかった。」


一仕事を終えし半兵衛は、せめて今くらいは休まんと、床についた。


この夜はこれまでの騒がしさなどどこかに行ってしまったかのごとく、静かであった。


それが、嵐の前の静けさと知るのは。

明くる朝、早馬が慌てて平泉の氏原屋敷に駆け込みし時であった。





「お久しぶりでございますな、夕五殿。」

「そなたは……翁の面の!」

伊末のいきなりの訪問に、水上夕五は大いに驚く。


話は、半兵衛が奥州へ向かい京を発ちし日に、遡る。

ここは尾張。


あの水上兄弟の、故郷である。


「……よくも、のこのこと顔を出せたものよ。私は京に使いをやって確かめたのだ! あの忌まわしき甥共は、帝に牙を剥くという大罪を犯しながらのうのうと妖喰い使いの任についておると聞いた!」

「それはそれは……申し開きの次第もない。あの甥たちを討ち漏らししは我らである。」


恭しく伊末は、頭を下げる。

「ふん、素直なことだ! それで? もう用のないはずの奴が、何を今更に?」


夕五は腹を、大いに立てている。

伊末は跪き、こう言う。

「夕五殿……また一つ、頼まれてはくれぬか?」

「な……ふん、抜け抜けと! 今までの話聞こえなかった訳ではあるまい? 誰が」

「次はそなたが……天下を治められるやもしれぬのだがな。」

「!? 何!」


あしらわんとした夕五は、驚きと共に足を止める。

「……いや、騙されぬぞ! もはや」

「それは口惜しくて堪らぬ。この前我らが図り事に多くのお力添えを賜わりしこと、またそうでありながら我らがそちらの願いを叶えられずじまいであったこと。それらの礼及び詫びに少しでもなればと思ったのだが……」

「……! くっ。」


伊末は翁の面越しではあるが、悲しげな気を言葉に、引いてはその身全てに滲ませ夕五に話す。

「……しかし、確かに礼にせよ詫びにせよ遅きに失するものであったか。すまぬ、そなたにはとても感謝をしておる故つい」

「……よい! 白々しいさような口上などいらぬ。……まあ、()()()()()()()()を葬りしはそなたらであるしな。そのそなたらが、さようにどうしてもと申すのであれば……聞いてやらぬこともない。」





「おうよしよし……初姫、そこの湯を取ってはくれませぬか?」

「はい、母上。」

場は変わり、尾張の山の中にて。


赤子を抱くは水上義常の妻であった、治子である。

赤子は未だに、ぐずりをやめぬ。


「まあまあ、お静まり! あなたの姉もいますよ……」

先ほど初姫と呼ばれし女児は、赤子をなだめすかす。


この子たちは、義常と治子の子である。



これより起こる騒乱。

この者たちこそその、渦中の者たちであった。


そしてその騒乱は、私の死ぬまで忘れられぬこととなる。


私、上東門院の。

次回より、第6章 泉静(京都大乱編)が開始。

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