二刀
「ixefxo、yu nwxuki hyxa ixufu hati gufw? ……mi?」
「? tusirxanixu、hawxo tsxanwxu?」
傷を負いし蝦夷や和人を手当てして回っていたヌムアンは、何やらおかしな様を感じる。
イエフオウハウングもそんな孫の有様を訝るが。
「ixokihaxun……」
「……txu txanwxu……nyxarugu tsxagxe hyxa uxai gxehyxu……」
ヌムアンは野代の名を呟き、イエフオウハウングに抱き着く。
イエフオウハウングもヌムアンを抱きしめ、野代によくやったと呟く。
「よくもやってくれたなあ! もう大和も蝦夷も知るかい、仲良く喰いつくしたる!」
洞穴の外より、ツアンリエウグの声と凶道王による地響きが、聞こえる。
それを聞きし刈吉、白布は口を塞ぐ。
しかし、堪え切れる悲しみではなく。
嗚咽を、漏らす。
それを見かねし半兵衛は。
「何泣くのをやめてる、二人とも! 涙が涸れるまで泣けばいい、さあ!」
「半兵衛、様……し、しかし」
「案ずるな! あんたたちの悲しみの時も、平泉の大和も蝦夷も、纏めて守ってやる!」
半兵衛は立ち上がり、洞穴の出口まで歩く。
「野代さん……ありがとうよ。……さあて、ここからは」
半兵衛は、野代より託されし蕨手刀を見る。
「わかったよ……黒乙さん! あんたが何を"試して"いたのか!」
半兵衛は、蕨手刀に語りかける。
「これは蝦夷の人たちだけでも、かといって大和の人たちだけでも解けない……でも! 蝦夷の白布ちゃん、野代さん、刈吉さんや津軽の村の人たち! そして大和の秀原さんや平泉の人たち、俺が揃って初めて! あんたの真の名は解かれた。」
半兵衛は息を、吸い込む。
「蝦夷と大和が力を、心から合わせる一一これはあんたと凶道王、そして征夷大将軍ができなかったことだ! あんたはそれを求めていたんだよな?」
蕨手刀からは、まだ何も言葉は返らぬ。
半兵衛は、思い出す。
野代の言葉。
黒乙の仮の名には、一人で幾人もの力を持つという意が隠されている。
そしてこの地に来る前に、清栄より聞きし言葉。
えみしを一人百な人。
その他、この奥州の地であったことの全て一一
「あんたの真の名は……"百人力の子"、だろ!」
半兵衛は答える。
それは蝦夷の言葉でではない、大和の言葉にてその意を言い当てたのである。
はたして、蕨手刀より。
「ふふふ……tsxasxogyxohyxu!(お前は間違っていない!)
nyxarugu tsxasyxu!(よくぞ言い当てた!)
fxaryxufxonhaxi utxo……mxourxi txanwxu!(私の真の名は、ムオウルイだ!)」
黒乙、いや、ムオウルイの喜びの声が返ってくる。
その刹那。
蕨手刀より放たれし黄の殺気と、紫丸より放たれし蒼き殺気が交わり。
それは一つの、大きな人の形となり半兵衛を包む。
「ふん! さあ妖喰い使い共、此度こそ」
その言葉と共に凶道王も、地を割り出でる。
蜘蛛の形は、未だ留めてはいるが。
その身は憎しみの炎にて覆われ、その炎は大きな人の形となっている。
「何や!? その姿は!」
「その姿……凶道王の生きていた時の姿か! そしてこちらは黒乙の……生きていた時の姿だな!」
「な、何やと!」
ツアンリエウグは、半兵衛を覆う殺気の形に、ただただ恐れおののくのみである。
しかし、半兵衛は。
「凶道王さん……あんたも俺たちを、大和の民を信じたかった! しかしすまない……その大和の民があんたを信じられなかったから、あんたも大和を信じられなかった!」
「ふん……今さら何や!? そないなことでこの凶道王の憎しみを癒せるとでも」
「そんなことは思っちゃいない! でも、せめて……憎しみばかりのその有様を、変えてやることはできる! 行くぞ!」
半兵衛は右手の蕨手刀、左手の紫丸を振り上げ、凶道王へと突っ込んで行く。
「訳の分からんこと言いおって! これで真に終いやあ!」
憎しみの炎の凶道王は、その腕を八つに増やし、殺気の黒乙に挑む。
「ええい!」
「うりゃあ!」
半兵衛の蕨手刀の振りにより、黒乙は凶道王の左頬へ拳を打ち込むが。
次には凶道王の八つの拳が、黒乙を打つ。
「ぐあ!」
「ぐう! ……しかし、腕と憎しみの多さで、こっちが上みたいやでえ!」
「ぐう!」
凶道王は黒乙の隙を見逃さず、ひたすら八つの拳を休みなく、黒乙へと叩き込む。
「はははは!! おや? その蕨手刀、野代のもんやな? 何や、さっきので死んだんか? 弱っちいやっちゃなあ!」
「くっ……何だと!」
半兵衛の蕨手刀に気づきしツアンリエウグは、野代を嘲る。
「あんた……!」
「ははは、何や? 憎しみは悪いとか言うてた奴が、それがしを憎むんかいな!」
「ぐあ!」
凶道王の拳は、更に勢いを増す。
「あんたが元はといえば、一人で戦わせたせいやんな? 恨むなら自らを恨めや! さあ!」
「くっ、この!」
凶道王の炎は、更に激しく燃え上がり。
そのまま黒乙を、取り込みかねぬ勢いである。
「くっ!」
「ふははは!」
「半兵衛様! 野代は半兵衛様にその刀と、凶道王を滅する役目を託しました! ここで勝たねばなりませぬ!」
「!? 白布ちゃん!」
いつの間にやら白布と刈吉が、洞穴の外に出ていた。
「半兵衛様! 野代と私たちは親しき友! あいつの全てを知っていたとは申しません! しかし……これだけは言えます! 野代の今際の際のあの言葉は、まごうことなき真の言葉であったと!」
「刈吉さん……」
「ふん、呆けとる場かいな! このまま」
と、その時である。
たちまち蕨手刀の殺気が、より勢いを増し。
そのまま殴り続ける凶道王に、迫って来たのである。
「ぐう! 何やこれは!」
「これは……」
半兵衛は蕨手刀を見る。
その刃より聞こえる声に、耳を傾けるや。
「半兵衛殿! 今一度お願いする! 我らのこの地をお救い願いたい!」
「半兵衛様!」
秀原と、基昼の声である。
それだけではない。
「yisxosxa ifumi! tsxauxaisxo-risikxonhyxun! gxe ixe!」
「ixokihaxun txasxogxehyxun hyxufu uxafu、gxe ixe!」
「fxasxosyxu gyxosi……iyxamyxun fxaryxufxonhaxihaxi utxo kxokyxagyxo hyxatu nwxu! minin ixe!」
イエフオウハウングは、もう半兵衛より他に自分たちを救える者はいない、だから救ってくれと言う。
ヌムアンは、野代のできなかったこともやってくれと言う。
そしてリエウトゥムは、自らの真の名・クオキヤギオを明かす。
「津軽の皆……」
いや、まだある。
「半兵衛様! 傷ある蝦夷も和人も皆で治し合っています! どうぞご心配なく!」
「森丸……」
それは、皆の声であった。
「ふん、うるさい奴らめ! こうなりゃ早く終わらしたるわ!」
「ああ、奇遇だなあ!」
半兵衛は右手の蕨手刀を更に振り上げる。
たちまち先ほどより、更に勢いを得し黄の殺気は。
そのまま半兵衛を、凶道王の中へと送り込む。
「ふん、飛んで火に入る夏の虫やな!」
ツアンリエウグが、凶道王に更に命じるや。
たちまち凶道王の中に、半兵衛と同じ大きさの凶道王が生じる。
「いいねえ……凶道王さんよ! 改めて死合え!」
「よかろう……来い!」
凶道王は大和の言葉にて答え、半兵衛に迫る。
「はあ!」
「ふん! 何故だ、ムオウルイ! 何故大和に力を!」
「それはさっき俺が言った通りだ! 俺たちは試されていた、心から力を合わせられるか!」
半兵衛の言葉に、炎の凶道王の拳を受け止めつつ殺気の黒乙はこくりと、頷く。
「ふん……この大和の若人を信じたと? ならば我が手で、こやつを!」
「そう来るかい! ならば、より負けられないね!」
凶道王の刃が半兵衛に炎の如く迫る。
半兵衛は右手の蕨手刀にてそれを受け止め、左手の紫丸を叩き込むが。
「甘い!」
たちまち蕨手刀が討ち払われ、その隙を狙い凶道王が半兵衛に斬り込む。
「これにてとどめ!」
「やったれや!」
しかし、半兵衛も。
「やられるか!」
「半兵衛殿!」
「yisxosxa uxai!」
「半兵衛様!」
蝦夷と、大和。
その二つの民の想いを乗せ。
蕨手刀と紫丸を、二つとも凶道王に突き出す。
「はあああ!!」
「うおお!」
二人の刃は一一
「半兵衛様!」
刈吉と、白布は、目をみはる。
凶道王と半兵衛の刃は、互いを貫いていた。
「何や、相打ちかいな……まあええ! 後はこの土蜘蛛凶道王を、抜け殻やけど使わせてもらうだけや! それがしの勝ちや、はははは!」
「そん、な……」
刈吉と白布は、がっくりとその場にへたり込む。
と、その時である。
半兵衛の貫かれし腹より、黄の殺気が、瞬き光となる。
「ぐっ! ま、眩しい!」
「勝ち? ……それを感じるには早すぎるなあ!」
「な!? 妖喰い使い、まだ……?」
「うおりゃ!」
「ぐあっ!」
半兵衛はそのまま、凶道王を貫きし二つの刃を、そのまま振り払う。
凶道王は、そのまま消え、小さな火の玉となる。
「半兵衛様、何故……」
「!? あれは!」
半兵衛の懐より、野代が託しし想いの証一一小刀が溢れ出る。
「ありがとうよ……野代さん。」
「お、おのれええ!」
ツアンリエウグが悔しさのあまり叫ぶと。
たちまち凶道王の炎は勢いを失い、それを待っていたかのごとく黒乙の殺気が、凶道王を呑み込んでいく。
凶道王の炎は瞬く間に消え、やがてその身も。
「ぐあああ!」
ツアンリエウグの叫びを残し、殺気に喰われていく。
その血が、肉が殺気を、血の赤と混ざりし色に変えていく。
黄の殺気は橙に、蒼き紫丸の殺気は紫へと。
やがて全ては殺気の中に、消えていった。
「半兵衛様!」
「半兵衛様!」
殺気が消え、地に降り立つ半兵衛に、刈吉と白布が駆け寄る。
「見てるか、野代さん……」
半兵衛は蕨手刀に目をやり、それからすぐに空を仰ぐ。
奇しくも、それは黄昏時であった。




