独力
「野代さん、すまないお待たせした! ようやく追いついたな。」
馬を駆りつつ、半兵衛はようやく隣に見えし野代に言葉をかける。
「まったく……遅いぞ! 今は戦の時、呆けている場では」
「ああ、だからすまないって! ……さあて、ようやくあいつも見えてきたな!」
野代の言葉を遮り、半兵衛は前にようやく見えし土蜘蛛凶道王を睨む。
「さあて、どうしたものか……頼みの綱の黒乙さんに力を貸すつもりはなさそうとなれば……こりゃあ、難しいぞ」
「半兵衛! 弱音を吐いている場合でもない! 我らは我らの力にて、あの妖を倒さねばならないだろう!」
黒乙の力を借りられぬことを嘆く半兵衛を、野代は叱責する。
「すまん……そうだな、無い物ねだりをしている場合じゃないものなあ! 行こうぜ、野代さん!」
「ふん……元よりそう言っている!」
野代は半兵衛に、憎まれ口を叩く。
二人は馬を、より速く走らせる。
「くっ、速い! これは追いつけるかどうか……」
「弱音を吐いていないで刈吉! 早く行きましょう!」
「応!」
刈吉と白布は、半兵衛と野代に追いつかんとして馬を走らせる。
そうするうち、半兵衛と野代は凶道王の後ろにつける。
「やい、凶道王さん! そんな姿になって、仲間も大和の奴らも見境なく焼き殺して! それがあんたの望むことか? 今だって……この先には蝦夷の村もある! あんたは新たに仲間を」
「止めろ! もうあいつはただの霊よ。さようなことも忘れてただ、暴れるのみの妖に成り下がったのだ!」
凶道王の心に訴えんとする半兵衛であるが、野代に止められる。
野代のその言葉を地で行くかの如く、凶道王は半兵衛の言葉に全く答えぬまま、単に平泉の都を目指すのみである。
「なるほど……そういや蝦夷の言葉しか話せなかったなあ。すまない、忘れていたよ。」
「さようなことでもなかろう! ……もうよい、行くぞ半兵衛!」
「やむを得ないか。」
半兵衛と野代は、馬より飛び上がり凶道王に取りつく。
「ふん、どうした? 我らを恐れることもなくなったか?」
「待て、何かおかしい……!? 野代さん、跳べ!」
「!? くっ!」
半兵衛と野代は、飛び上がる。
すんでの所にて、凶道王の尻より出た糸を躱す。
「なるほど……蜘蛛といえば糸か!」
「関心している場ではない!」
半兵衛と野代はそれぞれの馬に、再び飛び乗る。
「ふん……それで避けきったつもりかいな!」
「! ちっ、どこにいる!」
にわかに響き渡るツアンリエウグの声に、半兵衛は思わず周りを見渡す。
「ははは! ここやここ!」
笑い声とともに、凶道王の背の肉が盛り上がり。
やがてそれは、人の姿となる。
「!? くっ、凶道王と一つになったってか!」
「ははは、さようや! これで前よりも……ぐはあ!」
「! 野代さん。」
ツアンリエウグが得意げに話している隙に。
野代は蕨手刀より殺気の刃を飛ばし、斬り裂いてしまう。
「ふん! 口ほどにもない!」
「ははは、なんてな!」
「何!?」
しかし、すぐに他の肉が盛り上がり、新たなツアンリエウグを生じる。
「ははは、言うたやろ! これは傀儡、代わりはいくらでもおるんや!」
「くっ、おのれ!」
「待て、野代さん下がれ!」
逆上した野代を、半兵衛が宥めるが。
再び凶道王の尻より、糸が出される。
「ははは、絡めとられてまえや!」
「くっ!」
「皆下がれ!」
半兵衛は皆を転回させ、間合いを取る。
「ふふふ……まあええ。さて、凶道王急ぐんや!」
半兵衛らを見届けしツアンリエウグは、再び凶道王を急がせる。
すると凶道王は、脚をせっせと前よりも更に速くし。
どんどん半兵衛らより、遠ざかる。
「くっ……半兵衛! 奴め我らを引き離すことがしたかったようだ! お前のせいで乗せられてしまったのだぞ!」
「なっ……そりゃあすまん! 急いで追おう!」
半兵衛、野代はくるりと馬の向きを変える。
しかし。
「はははは! 何や? またこの糸に絡まれたいんか?」
「くっ……」
野代は大いに歯ぎしりする。
追いついて平泉に辿り着くまでに滅さねばならないが、近づけば反対に、こちらが平泉に辿り着く前にやられてしまうやもしれぬ。
しかし。
「それでも何でも……あやつをどうにかしなければ、イオフヤたちは!」
野代は馬ごと飛び出す。
先ほどのツアンリエウグによる脅しなどものともせぬ。
「野代さん!」
「おやおや……とんだ奴め! 自ら喰われに来よるとは、でもええわ、望み通りに!」
凶道王は尻より、糸を野代めがけ吐き出す。
「ふん、大外れだな!」
糸を躱し、野代は尚も追いかける。
「何やと! ならばこれや!」
「また外れているぞ!」
野代は蜘蛛の糸を次々と躱して行く。
「くう……猪口才な!」
「今だ! もらう!」
野代は馬より飛び、凶道王の胴を鋭く斬りつける。
「なっ……おのれえ!」
「まだまだだ!」
野代は素早く胴を動き回り、脚の根元を斬り裂く。
「ぐう!」
「よし、やはり脚の根元までは力が及ばぬな!」
「ふん……図に乗るなやあ!」
「ふん、何を……なっ!」
刹那、凶道王の身体は大きく傾き、野代はそのまま足を、滑らせて地に降り立つ。
「くっ、少し驕ったか……ぬっ?」
「野代さん!」
そのまま飛び上がらんとする野代であるが、何故か足が動かぬ。
「なっ、これは!」
いつの間にやら地には、蜘蛛の巣ができていた。
「はははは、引っかかりおったなあ! さっきからせっせと蜘蛛の巣を作っとったんやい!」
「くっ、この……!」
「野代!!」
「野代さん、今助け」
「そうはいくかい!」
ツアンリエウグが新たに、凶道王に命じるや。
凶道王の腹が割れ、中より小さな蜘蛛が数多現れる。
子蜘蛛たちはそのまま、野代の元へ向かわんとする半兵衛らを阻む。
「くっ! 邪魔すんな!」
半兵衛は紫丸より蒼き殺気の刃を伸ばし。
そのまま子蜘蛛らを斬り裂くが。
「ふん、かかれかかれ! まだまだ止まへんぞ!」
凶道王は半兵衛らに、更に多くの子蜘蛛を無限に生み出し差し向ける。
「ふふふ……イオキハウン! 自分からまずは餌食になってもらおか?」
子蜘蛛を差し向けつつ凶道王は、ゆっくりと野代の方に身体を向ける。
一一tsxaku tsxasxo-rinwxu ixufu tsxasxokxehyxun ixufu、ixori ixu tsxakximimyxu ixufu nyxaru tsxanwxu ywxo? 一一
「……nyxeuxa。」
野代は、洞穴でのイエフオウハウングの言葉を思い出していた。
一人で分からぬことがあれば、他の者を頼ればよいと。
しかし。
「野代さん!」
「野代!」
今、半兵衛らは凶道王の僕の子蜘蛛らに阻まれている。
ここは。
「私は……やはり、自らの手で終わらせる!」
野代のその言葉と共に、黄の殺気がその身体より瞬き光となりて溢れ出す。
「! 何や!」
「fxasxokuywxanhyxun muuxe nwxu……nyxeuxa。iyxamyxun uxasyxu fu……sxomyxungxehyxun ywxou nwxu muuxe nwxu。」
野代は心の中にて、イエフオウハウングに詫びる。
言いつけを守れそうになく、申し訳ないと。
「さあ、ツアンリエウグ、凶道王……共に楽しもう、宴を!」
そのまま野代は蜘蛛の巣より、抜け出す。
「な、何や! どういうことや! この凶道王の手から、その巣から、何が逃げられるというんや!」
ツアンリエウグは揺らぎながらも、凶道王に命ずる。
近寄るのならば、叩き潰すのみである。
「終いやあ!!」
「舐めるな!」
凶道王の刃の如き脚先が野代に迫るが、野代は蕨手刀にて受け流し、地に突き刺す。
そのまま突き刺さりし脚先を、蕨手刀にて斬り裂く。
「くっ……おのれえ!」
「まだまだだ!」
野代は黄の殺気を吹き出し、それにより更なる速さを得て凶道王に迫る。
「くっ……もう一息にやったるわ!」
凶道王は飛び上がり、未だ斬り裂かれておらぬ六つの脚先を一点に纏め、そのまま野代めがけ落ちる。
「くたばれえい!」
「くたばるか!」
野代は再びその身体より、黄の殺気を吹き出し。
そのまま蕨手刀に纏わせ、長き殺気の刃にし凶道王めがけ振るう。
「うおりゃあ!」
「ふんんんっ!」
たちまち凶道王の降りし勢いにて土煙が舞い、更にそれを続けて放たれし殺気の光が晴らし。
「くっ! 野代!」
「何も、見えねえ!」
半兵衛らはあまりの瞬さに、目を腕で覆う。
「どう、なった……?」
半兵衛らが、目を開けるや。
そこには脚を斬り裂かれし土蜘蛛凶道王が、腹を上に倒れている。
「くっ……おのれえ! よくも凶道王を……やが、これで恨みは高まり、更なる力になる! すぐその力を見せてやるさかい、首を洗って待っとれや!」
そう言うやツアンリエウグは、凶道王に命じる。
凶道王は腹を、上に向けて折り曲げ。
そのまま地に、勢いよく振り下ろす。
たちまち再び土煙が舞い、凶道王は地の下へ消える。
「やったぞ……野代さん! これで凶道王は」
「野代、野代!」
半兵衛らは、倒れる野代に駆け寄る。
しかし、野代は。
「くっ……どうだ半兵衛。そなたの、力を借りずとも」
「!? 野代さん!」
半兵衛は笑顔をたちまち、こわばらせる。
野代は、身体が朽ちつつある。
もはや、虫の息である。
「野代さん! ……まさか、妖喰いに身体が」
「半兵衛様! 野代は何故!」
刈吉と白布が、半兵衛にすがるがごとく聞く。
「白布ちゃん、刈吉さん……すまねえ、野代さんはもう永くない! 妖喰いの力を使いすぎて、身体が保たなくなっちまったんだ!」
半兵衛は涙声にて、二人に告げる。
「そんな……野代!」
「案、ずるな……しかしここは吹きさらしであるな。……すまぬ、私をあの洞穴まで運んではくれぬか?」
「……分かった。半兵衛様、お手伝いいただけますか?」
刈吉は半兵衛と共に野代を、近くの洞穴に入れる。
白布もそこについて行く。
「半兵衛様……野代は助からないのですか!」
「ああ……すまない! 俺が野代さんだけに戦わせたせいで」
半兵衛には、思い当たる節がある。
それは、前に帝の言っていた言葉である。
妖喰い使いは、永くは生きられぬ一一
「ふん、うるさい……しかし、しまいにはそなたの言う通り、この妖喰いは私には扱いきれぬ物だったな。……認めてやる、私の負けだ。」
「野代、さん……」
野代の身体は、より朽ちて行く。
「そして、半兵衛。……黒乙、gyxanixerinそれはつまり……一人で幾人もの力を持つ、ということではないか?」
「!? 野代さん。」
「これを手がかりにすれば、必ずや……黒乙の力は、借りられよう……」
「ありがとう、野代さん……」
半兵衛は涙を一筋、目より出す。
「ふん……しかし、まだそなたを認めはしない! ……まだ凶道王はいる、だから……この蕨手刀を使い、あの妖を喰え! 認めこそはせぬが、止むを得ん、信じる。半兵衛ならば、必ずあの妖を滅すると!」
「……分かった、命に賭けて誓おう。」
野代が差し出しし蕨手刀を、半兵衛は受け取る。
「野代! まだ認められないのはお前とて同じだ! ……白布を、共にどんなことがあろうと守ると! その誓いを忘れたか!」
「……刈吉、野代……!」
刈吉の言葉に、白布ははっとする。
「ははは……先ほど白布を守りしは誰だ! ……私だ、半兵衛ではない。そうだ、私は……そのことにおいては半兵衛に勝った。」
「……ああ、そうだな。」
「まだであろうに! まだこれからも……白布も私も生きるのだぞ! お前だけ先に抜けるなど」
「ああ、そうであるな……だが」
野代は、皆を見比べる。
「……半兵衛、癪だが頼む。……刈吉や白布らをあの妖を喰い、守れ……!」
野代はまた、その右手に想いの証を持ち、半兵衛に託す。
「……無論だ、野代さん! 受け取ったぜ、この想い。」
「待て、野代! 何より、お前白布に」
言いかけし刈吉の口を、野代は朽ちつつある手を伸ばし塞ぐ。
そして、その手を次には白布の頰に当てる。
「……野代!」
白布は自らの手にて、その手を握る。
「白布、私は……お前が……」
しかし、言い切りは待たれず。
野代の身体はそのまま、塵となり消える。
「野代……!」
「野代、野代お!」
刈吉と白布は、その場にて慟哭する。




