黒乙
「それが凶道王とその傀儡の真の名か!」
半兵衛が叫ぶ。
ツアンリエウグも凶道王も、それには答えず。
凶道王は、その鬼面の如き顔の、口を開く。
口の奥より赤き光が発し、たちまち炎となり周りに撒き散らされる。
「皆! 下がれ!」
「秀原様、お逃げください!」
「ぐあああ!」
半兵衛により平泉の蝦夷たちが、また、秀原や従者たちによりイエフオウハウングやヌムアンらが難を逃れるが。
逃げ遅れし者は多く、その身を焼かれてしまう。
「くっ、皆!」
「野代さん、危ない! 今は下がれ!」
「半兵衛! しかし」
「まだまだ止まんでえ!」
ツアンリエウグの叫びとともに、凶道王は八つの脚のうち後ろの四つにて立ち上がり。
残る前の四つを千手観音像のごとく広げる。
すると、脚より数多の火の玉ができ、周りに飛んでいく。
「くっ、一度下がらないと!」
「くっ……止むを得まいか!」
半兵衛らは馬にて、その場を離れる。
「おやおや? 逃げるんかいな! 」
「くっ……せめて近づければ」
と、その時。
にわかに火の雨が、止む。
「これは好機!」
「待て、野代さん!」
野代は馬を降り、蕨手刀を抜いて凶道王に迫る。
凶道王は先ほどと同じく、立ち上がりしままである。
「この!」
「くっ、止むを得ないな!」
野代を追い、半兵衛も馬を降り飛び出す。
「さあ、相手したれや凶道王!」
ツアンリエウグが命を下し、凶道王が動く。
前の四つの脚をさながら刃のごとく野代に、振るっていく。
「くっ! この!」
野代は防ぐのみで精一杯であり、そのまま地に叩きつけられる。
「ぐっ!」
「ははは、何や! もう終わりか!」
「上がお留守だぜ!」
「おや?」
地に転がりし野代を狙い下を向きし凶道王は、飛び上がりし半兵衛の奇襲を受ける。
「何てな!」
「くっ! えい!」
凶道王は鬼面の口をがぱりと開き、そのまま半兵衛に牙を剥く。
半兵衛は躱すが、何と。
「さあ!」
「ぐっ! ……飛び上がっただと!」
半兵衛が驚きしことに。
凶道王はその大きななりに似合わず、軽やかに飛び上がり。
そのまま宙に舞いし半兵衛に、自らの脚を刃として向ける。
「半兵衛!」
野代は、次は自らに対し隙ありと見て凶道王を狙う。
しかし。
「ははは、隙などあるかい!?」
凶道王は全く怯むことなく、自らに迫る野代にも、半兵衛にも脚を刃として向ける。
「くっ!」
「ぐっ!」
それぞれに妖喰いにて受け止めし半兵衛、野代であるが。
さすがに受け止めきれはせず、そのまま飛ばされる。
しかし、それでどちらも地を転がることはなく。
かろうじて半兵衛も、野代も立ったまま地に降り立つ。
「くっ、まさかこれほどとは!」
「ああ……だが!」
半兵衛、野代は凶道王の力に恐れをなしつつも尚、刃を向け迫る。
「ふん、懲りん奴らが!」
ツアンリエウグは再び、凶道王に命ずる。
と、凶道王は再び飛び上がり。
次には八つの脚を千手観音のごとく広げる。
そのまま八方へと、数多の火の玉を打ち出す。
「くっ! まずい、あれが皆に当たったら!」
「喰いとめるぞ、野代さん!」
「止むを得まい!」
半兵衛、野代は一度、引き返し。
それぞれの妖喰いより殺気の刃を伸ばし、火の玉を切り裂く。
「ぐおお!!」
「ふははは、健気なことやなあ! でもまだまだ止まんぞ!」
ツアンリエウグはそんな二人を嘲笑い、火の玉を再び打ち出す。
また半兵衛らも、殺気の刃にて防ぐ。
「おやおや……これは尽く防がれてしまったなあ!
……まあええ。このまま凶道王は、平泉へ向かわしてもらうでえ! 都を落とせば、この奥州の国は終いやな!」
そういうやツアンリエウグは、凶道王を駆り立てる。
凶道王はそのまま、歩み出す。
「くっ、あの向きは平泉! 奴め、誠に」
「くう……食い止めなきゃ!」
「半兵衛殿!」
「秀原さん! 生きてたか。」
平泉へ向かわんとする半兵衛らの前に、秀原がイエフオウハウングやヌムアンらを連れ現れる。
「秀原さん、すまない……! 凶道王の炎で多くの和人も蝦夷も、焼かれてしまった……」
「いや、よい。……ここは我らに任せよ! 半兵衛殿らは平泉へ行き、あの妖を止めていただきたい!」
秀原は馬上にて、頭を下げる。
「秀原さん……分かった! 頼む!」
「よおし半兵衛様! 行きましょう!」
「いや森丸! お前はここに残り、和人と蝦夷の言葉の中立ちをせよ!」
「え……兄者!」
森丸は戸惑う。
「ここには蝦夷と和人、それぞれに傷つきし者たちがいる! その者たちを救うには、和人と蝦夷が力を合わせねばなるまい。だが、私たちはここを離れねばならぬ故、ここは大和と蝦夷、二つの言葉を解せるお前が要るのだ!」
「……兄者。」
兄刈吉の言葉に、森丸は首を縦に振る。
「いやいや、できれば刈吉さんや白布ちゃんたちも」
「半兵衛様! 我らも連れて行ってくださいませ!」
できればここに残れと言う半兵衛に、刈吉と白布は頭を下げる。
「しかし……」
「半兵衛、もはや言い争う暇はないぞ! ここは」
「……分かった、行こう!」
「ixetu uxatsxiuxakumisyxu。si gufw iyxamyxun uxafu fxamyxogxegu myxomyxun ixen、kyxeusikxon ywxou nwxu ixusxo nyxa。」
「え? 蝦夷の大将さん?」
「ああ、半兵衛様! 先ほど兄の言葉を大将にお伝えした所、ここは私も残り皆を救うから案ずるなと。」
イエフオウハウングの言葉の意を、森丸は半兵衛に伝える。
「!? ……ありがとう、大将さん!」
「……hasumxarxi fxanwxu。txu munrxi utxo、uxadu」
「tusirxanixu fxanwxu。」
「えっ?」
「ああ、半兵衛様……大将の真の名はハスムアルイで、そこのヌムアンの真の名はトゥシルアウであると。」
「!? そっか……ありがとう、行こう皆!」
半兵衛はイエフオウハウングと、ヌムアンの真の名も授かり、そのまま馬に乗り。
野代、白布、刈吉らと共に、平泉を目指す。
「野代さん、一つ弱音吐いていいか?」
「何だ? いいわけが」
「俺たちはあいつ一一凶道王には、勝てない。」
「!? だから、弱音を吐いていいわけないと言うそばから!」
平泉への道中、半兵衛は少し遠くに凶道王の姿を認めつつ言う。
野代は叱責するが。
「あっ、悪い悪い! ……しかし、このままじゃ勝てないことは確かだ! 策を練らなくちゃな。」
「策だと? 向かう他なかろう!」
「ただ向かっていって負けたのが、さっきだろ?」
「くっ……」
半兵衛のこの言葉には、返す言葉もない。
「くっ……あいつに勝てる者、いや、並び立つものがいるとすれば。」
かつて凶道王と共に蝦夷を率いていたというもう一人の長、黒乙一一。
しかし。
「あれは誤りなのか? 蝦夷を率いてた長ってのは凶道王だけなのか? なあ、凶道王さんよ!」
半兵衛は血迷い、凶道王に問いかけるが。
凶道王は答えるはずもなく、ただひたすらに平泉を目指す。
「半兵衛様、何を」
「蝦夷の長が凶道王のみか? 何を聞いているのだ、半兵衛。」
そんな半兵衛を、野代や白布たちは訝る。
「あっ、すまねえ……まあそうだな、かつて白布ちゃんと話した通り、黒乙ってのはいなかったはずだものな!」
半兵衛は落ち込みを紛らわすため、敢えて大声で言う。
事実、かつて野代より見せられし、心空しでも黒乙ないしはそれと思しき者はいなかった。
やはり黒乙は一一
「ああ、くようと、でございましたか? そんな名は聞いたことも。 ……野代は?」
「いや、私もない。」
野代と白布は、やはり知らぬらしい。
「そっか……ありがとうよスムアシクさんよ!」
「なっ……ようやく名を覚えたか!
「いやいや、元から覚えてたって……ん? ク?」
半兵衛は、にわかに閃く。
「は、半兵衛様?」
「狗余宇斗……クヨウト! まさか」
半兵衛は野代に、詰め寄る。
「なあ野代さん! スムアシクのクって、どういう意だ?」
「なっ……危ないぞ! 近い!」
「ああ、すまん……頼む! 教えてくれ!」
「ああ……スムアは山、シクが男……とイオフヤからは聞いたが。」
「そっか……」
シクが、男の意。
ならば、クは何なのか一一
「もしや……kxaiの略では?」
「!? え?」
刈吉の言葉に半兵衛は、驚く。
「クアイ? 何だそれは?」
「あ、はい……我らが自らを呼ぶ際の名です。つまり……蝦夷のことです!」
「!? クヨウト……クヨウト……そうか! 蝦夷の何とかって意なのか!」
しかしそこでふと、また思い出す。
「そういえば……凶道王、キヤウトゥのウトゥは人の王って意だっけ……じゃあ、ヨって何だ!?」
半兵衛は再び、白布らに呼びかける。
「ヨ……? ……もしや、ywxoのことでは?」
白布が言う。
「きっとそれだ! 白布ちゃん、ユオってどういう意だ?」
「はい……二つ、という意で……まさか!?」
白布は話すさなか、これまで分かりしクヨウトゥの意と、今しがた言いしヨの意を合わせ驚く。
「ク・ヨ・ウ・トゥ……!? 間違いない、やっぱり黒乙はいたんだ! よし、望みが見えてきたぞ!」
半兵衛はようやく合点し、歓喜する。
「黒乙……? 何を言っている、半兵衛」
「野代さん、蝦夷には二人の王がいたんだ! 凶道王ともう一人、黒乙ってのが。だとしたら……黒乙はどこに!?」
半兵衛は再び野代に詰め寄る。
「おい、近いぞ! ……知らぬな、私はそもそもその黒乙というものに覚えが……」
「何でもいい! あの心空し一一野代さんが凶道王について俺に見せてくれたものに、まだ何かなかったか!?」
「くっ、さようなものは」
「nyxarugu tsxakxehyxungu myxomyxun nwxu、yisxosxa ifumi!(よくぞ知った、大和の若人よ!)」
「!?」
にわかに声が響き、半兵衛と野代ははっとする。
「これは……俺でも分かる蝦夷の言葉!? まさか」
半兵衛が気づきし通り。
声は、蕨手刀の妖喰いより聞こえていた。
「なっ……」
「あんた、まさか」
「iwxi……fxayutifxonhaxihaxi utxo gyxanixerin!(そうだ、私はギヤンイエリンだ!)」
「くっ!」
「何!」
半兵衛と野代は、蕨手刀より発せられる光に、飲み込まれる。
「……ここは?」
「……半兵衛?」
「……野代さん。」
半兵衛らが、目を開けると。
「nyxeuxa! (長よ!) gxesuyxa uxai utxo tsxi fxagyxonhyxu fu ywxou ixerinixaku ixon!
(もはや我らには戦う力がない!)
txu txamyxogxe ixufu…… (このままでは……)」
「ここは。」
「ああ、昔。大和の征夷大将軍が攻めて来た時の……凶道王の有様だ。」
半兵衛が言う。
その時である。
傷つきし蝦夷の武将と話す凶道王の後ろにて、立ち上がる者が。
「……tsxi fxasxo-rimyxomyxun mitu nwxu。
(仕方あるまいか。)」
「nyxeuxa? (長よ?)」
「tsxi fxasxo-rimyxomyxun? ◯◯◯!(仕方あるまいとは何か、○○○よ!」
「えっ……!」
半兵衛らは驚く。
前に見し時にはこの場には、蝦夷の武将二人と凶道王しかいなかったからである。
と、にわかに半兵衛と野代を除く皆の動きが止まる。
いや、二人だけではない。
今立ち上がりし者はゆっくりと、半兵衛らの所へ歩いて来る。
「nyxaru tsxagyxoryxu、ifumi uxai 。(ようこそ、若人らよ。)」
「あんたが、黒乙さんか。」
野代が一礼する中、半兵衛は目の前の男一一おそらく黒乙に、問いを投げかける。
「iwxi、txu txanwxu一一ああさようだ。すまぬ、こちらの言葉の方がよいか?」
「……ああ、ありがとう。」
「……お初にお目にかかります。」
野代はさらに、一礼する。
「おほん! さて、何が聞きたい?」
「そうだな、まずは……何故、蝦夷の間ではあんたの名は伝わっていなかった? 先ほど見せてくれたあのことも、前に見た時と違うな。……何故、自らのことを隠した?」
半兵衛は問う。
「うむ……それは、試すためよ。」
「え……?」
黒乙の答えは、要領を得ぬ。
「それは、どういう……?」
「これを見よ。」
半兵衛の問いをよそに、黒乙は自らより黄の光を出し、半兵衛と野代の目を眩ませる。
「うああ!……ん?」
半兵衛と野代が再び、目を開けるや。
そこには。
「haywxa……uxai txakxikyxatgusyxu mitu! bxo!
(何故だ……我らは騙されたのか! くそ!)」
「!? ……凶道王と、黒乙さん?」
半兵衛と野代は、思わず目を背けたくなるほどに。
凶道王も黒乙も長き髪を汚く振り乱し、顔には爛れや腫ればかり。
そこへ、大和の刑吏が二人、入って来る。
「おやおや、夷共が聞苦しき言葉を使っておるぞ!」
「ははは、憎き蝦夷め! いい気味じゃ、愚かにもこの高貴な大和に逆らいおってからに! えい!」
二人は凶道王と黒乙を嘲り蔑み、既に深く傷つきし二人を尚も蹴り、嬲る。
「くっ……なんということを……和人め!」
「ああ……同じ民として申し訳なく、恥ずかしく思う。」
これには野代も半兵衛も、怒りを禁じえぬ。
すると再び、場が変わる。
「ここは……?」
次は先ほどまでのごとく、はっきりとは映らず。
何やら暗闇にぼんやりと、丸い光が浮かび。
中に見渡す限り何もなき草原が続く。
と、そこには。
「征夷大将軍! ……凶道王らを騙した!」
野代はその姿を認めるや、怒りをあらわにする。
「yisxosxa sunwxontu……fxaiyxukxikxonyxu!(大和の征夷大将軍……私はお前が憎い!)」
たちまち丸い光に映る征夷大将軍の姿は、瞬く間に近くなり。
そのまままた、他の物を映し出す。
それは。
「どうか帝……蝦夷の長二人に、寛大なるご指示を!」
征夷大将軍は内裏と思しき場にて。
帝に頭をひたすら下げ、懇願する。
「あの者たちの持つ戦の技は、目を見張るものがございます! 私でも敵わぬほどに。このままあやつらを殺すこと、大変勿体なきこと! であれば」
「征夷大将軍、惑わされるでない! あやつらが蛮族であること、忘れたわけではあるまい?」
征夷大将軍の言葉をこう言って遮る者は。
帝の側に侍る、公家である。
「しかし! 今、あやつらは帰郷を強く望んでおります、このまま」
「帝、あやつらは野生獣心、言うなれば我らと姿同じくするのみの獣!」
「さよう、此度はたまたま、帝の威あってこそあやつら梟帥(異民族の長)を得ただけのこと。このまま野に放てば、かの東北の地に後々まで憂いを残すことになりますぞ、帝!」
征夷大将軍は尚も続けるが、まるでそれを聞かせまいとするかのごとく、公家らは帝に揃い奏上する。
これには、帝も。
「……止むを得まい。」
場は、先ほどの草原に戻る。
征夷大将軍が見下ろされる形にて、映る。
「長殿ら……誠にすまぬ! もはや私に言い訳の術はない、殺してくれ!」
征夷大将軍は手を、膝を地につき、頭を深く下ろす。
「征夷大将軍は騙したんじゃ、なかったんだな……」
半兵衛はため息を吐く。
と、その征夷大将軍に。
「……fxaiyxukxikxonyxu。txu gyxosi……fxasxoiyxukxikxonyxu! ixoufu fxasxogxehyxun!(私はお前が憎い……しかし、憎みとうない! どうすることもできぬ!」
「長殿ら……?」
光はそこにて、消え。
暗闇の中に半兵衛、野代、そして黒乙が浮かぶ。
「分かったか?」
「ああ……これが凶道王とあんた、そして征夷大将軍との真実か。」
「ふっ、それだけではないのだがな……」
「何?」
半兵衛は黒乙の含みのある笑いを、訝るが。
「まあよい! ……では、試そう。iyxamyxun fxayutifxonhaxihaxi utxo gyxanixerin。(我が名はギヤンイエリン。)
txu txanunwxu ixen、fxaryxufxonhaxihaxi syxu。(それを手がかりに我が真の名を言い当てよ。)
tsxi tsxasyxuhyxun、fxaiyxuuxaisikxon ywxou nwxu!
(そうすれば、お前たちにお力添えしよう!)」
「えっ……」
そんな半兵衛をよそに、黒乙は終いにそう言い残し。
たちまち先ほどと同じく、黄の光を放ち半兵衛らの目を眩ます。
「うああ!」
「半兵衛様、野代!」
「……ん? ……白布ちゃん!」
「!? やめろ、白布! 顔が近い!」
半兵衛と野代は、目を覚ますと。
いつのまにか、どこかの木陰に横たわっていた。
「にわかに呆けたのですよ、二人とも! 私心配で」
「半兵衛様! 野代! よかった、無事で」
濡れし布を持つ刈吉がそこへ戻り、無事を喜ぶ。
「ああ、ありがとう……う〜ん、黒乙さんは俺たちに力を貸すつもりはあるのかな?」
そんな白布らをよそに、半兵衛は訝る。
黒乙の、先ほどの言葉を。
蝦夷の真の名は、その持ち主が心より望み教えねば真の力を持たぬ。
それは先ほど、凶道王が示した通りである。
したがって、それを言い当てよということは、誠に力添えするつもりか疑わしくなる。
「半兵衛様?」
「あ、ああ! すまない。」
「大事ないならば、先を急ぐと野代が。」
「……そうだな!」
半兵衛は勇んで、馬に乗る。
見れば、周りに凶道王は見当たらぬ。
どうやら見失ったようである。
「野代さんたちはもうあんな所に……すまない白布ちゃん、急ごう!」
「はい!」
「野代、半兵衛様を置いて行くなどと!」
「ふん、この一大事に呆けておるあいつが悪い! 白布も、ついてやることなどないというのに」
言いつつ、野代も考えていた。
先ほどの黒乙の言葉、あれはもしや。
遠回しに、力は貸せぬと言っているのだろうか。
しかし。
「ならばそれでよい! 借りられぬ力に頼る時はない! ……そうだ、時はないのだから。」
野代は、分からぬよう右手を隠す。
右手は、少しずつであるが傷が広がっていたのである。




