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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 夜京(中宮編)
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悩乱

「昨夜我が中宮を救いしこと、誠に大義であった。」

 帝は幾度も半兵衛にそう声をかけ讃える。


「私からも礼を言う、誠に大義である。」

 道中も讃える。


「だから、礼も言われ慣れてねえって!」

 半兵衛は相変わらず苦々しく返す。


 影の中宮により中宮が襲われし時より夜が明けし後。

 半兵衛が中宮を守りしとの知らせは、瞬く間に内裏を駆け巡る。


 半兵衛が帝の前に呼ばれしは、まさにこれがためである。

「しかし、影の中宮が現れしとは……そのような者がこの宮中にいるなど、聞きしのみにても恐怖である。」

 帝は心より震え上がりし様で、声を上げる。


「……奴は昨夜腕に傷を負ってる。つまり、影の中宮は……」

「我が后たちの中にて、腕に傷を負いしものとのことであるな。」

 帝はやや憚りながらも、はっきりと声に出す。


「后たちを疑いとうないが、現に中宮が襲われしとあってはそう申してもおれぬ。直ちに全ての后たちを調べるのみ。」

 帝は尚も声に出す。半兵衛はその声に、自らが腹を決めんとする心を感ずる。


「半兵衛、どうした?」

 帝から問われ、半兵衛は我に返る。笑いながら帝の方を見ていたようであった。

「いや……あの人とは違うなと思ってさ」


 帝は顔にも、頭の中にも疑問符を浮かべるが、それを振り払うが如く咳払いをし。


「……半兵衛、傷は誠に治ったのだな。」

 半兵衛の身を案ずる。


「……ご心配痛み入る。お気を煩わせて申し訳ねえ。」

 半兵衛は決まりの悪き様で、手をつき、深々と頭を下げる。


「そなたの謝ることではない、やはりそなた一人のみでは済まぬほどに、事は重大であったということよ。」

 帝は半兵衛に頭を上げるよう促す。


「これまで尽く妖を、そなたが退けたことで私は誤った心を持った。そなたならば一人でもやりうると。しかしそなたも一人の人ならば傷つくこともあろう、そしてその隙をつき我らが仇が攻め入ろうことを忘れていたようじゃ。」

 帝は尚も、申し訳なさを滲み出し声に出す。


「やはり、先の帝が封じし妖喰い、今解き放つしかあるまい。かくなる上はその使い手を選ばん。」

 帝が高らかに声を上げる。


「さようでございます。やはり来たる戦に備え、妖喰いを使いし者を増やさねばなりませぬな。」

 道中もそれに同調する。



「半兵衛、ようやく出てきたか。」

 帝との謁見の間より出でし半兵衛に声をかけたるは侍女-の形をした中宮である。


「待っていてくれたか。」

 半兵衛は微笑みを返すが、中宮は愛想など無用とばかり、昨夜半兵衛より寄越されし刃を突き返す。


「このもう一振りの刃、いずこで得た?」

 そう聞きつつ、中宮は半兵衛に刃を寄越す。


「宮中の誰かから拝借した。」

 悪びれず半兵衛は、すかさずそう返す。


 が、中宮はとりわけそれを咎めるでもなく、

 半兵衛を連れ物陰に隠れ。

「……昨夜の話だが半兵衛、夜が明けようともそなたが心は」

 こう尋ねるが、

「変わらねえな。」

 その話も半兵衛にはすげなく終わらされる。


「……考えたのだ、私を守ること能う者、それはそなたをおいて他にはおらぬ。であれば……」

「それでも答えは、変わらねえ。」

 半兵衛はそのまま去らんとする。


「帝がおっしゃってたぜ、ゆくゆくは他の妖喰いをも選ぶと。なら、そいつを手懐けた方がいいんじゃねえか?」

 ふと立ち止まりし半兵衛は、中宮にそう声をかける。


「……それはいつだ。」

 中宮は静かに問う。


「はっきりとはおっしゃらなかったが、そう遅くはならないように俺からも言っておいた。昨夜のことで怒り狂ってた奴だ、きっと近く打って出てくるからな。」

 半兵衛はそういい、微笑む。


「……待ってはおられぬ! また次、いつの隙を突いてあの影の中宮が現れるか!」

 中宮は半ば狂いしがごとく、半兵衛にすがるように言う。


「……恐ろしさ、か。中宮様、あんた昨夜より、ますます腹を決めることから遠のいているぜ。」

 半兵衛はつれなく返す。


「では! どうすればよい! 何を持って腹を決めしとそなたは見る?私に、私にどうせよと……」

 中宮は尚も食い下がる。


 半兵衛はふとため息をつき、中宮を見やり

「影の中宮、奴は少なくともあんたよりは腹を決めている上に、剣の心得もある。あんたは今、影の中宮に既に負けているんだよ。」

 そう諭すかのごとく、言葉をかける。


「どうせよと言いたいのかって?そうだなあ、自ら刃を取って妖に斬り込むか、或いは……自ら妖喰い使いになるか。」

 半兵衛は戯れのように話す。


「……さすれば、そなたは私の腹を決めしを認めるのか?」

 中宮は尚も怯える目であるがその目には少し、ほんの少しのみ、力が宿りしことを感じる。


 半兵衛はそれには少し慌てし様で、

「……戯れだって、そんな風に受け取らないでくれよ! なあに、守ってはやるって言ってんだからよ。」

 軽く流すように声を上げ、今度こそ立ち去らんとして。


 中宮はその袖を捕まえるや半兵衛を手繰り寄せ、後ろより抱く。


「ちょ、中宮様……」

「今のなりは侍女であれば、気づくものはおらぬ。」

 此度においては思わぬことに震えるは半兵衛、落ち着くは中宮である。


「……何で、こんな自分(てめえ)の嫌がることしてまで影の中宮を……」

 後ろに抱きつく中宮を敢えて振り返らず、半兵衛は問う。


「私は氏原を、この国を背負うものである。影の中宮などに潰されてよきものではない。」

 中宮は半兵衛に回す手を緩めぬが、半兵衛は体に力を入れ、それを振りほどく。


「……そう思うんなら、戦場で仇を前に動けねえなんてことにはもうなるな。あんたも戦をしねえとな。」

 半兵衛は先ほどよりは少し穏やかに、中宮に声をかける。


「……できぬ。私に戦など……」

 中宮はすっかり弱りし様で言う。


「あー、もう!必ずしも刃振るって相手を討つだけが戦じゃねえ! 少なくとも抗え、抗えはするはずだろ! あんたには、あんたの戦ってもんがある!」

 半兵衛は中宮の弱りし言葉に痺れを切らし、ついに声を荒げる。


「私の戦だと?」

 中宮は問う。


「そうだ、せめて戦う前に負けるな、抗い続けるんだよ。」

 半兵衛は中宮をまっすぐ見つめ、答える。



「女御様、ご機嫌麗しゅう……」

 帝の使いが、深々と頭を下げる。


「件の影の中宮のことか、よかろう。私の腕を調べるがよい。」

 女御は今にも着物をはだけさせんとする。


「お、お待ちくだされ! それは他のお部屋にて女官に調べさせます故、まずはお受けになっていただきありがとうございます。」

 帝の使いは慌てし様で、女御を止める。


 帝より影の中宮を洗い出すよう命を受けし使いたちは、既にあらかた后たちを調べておったが、未だ腕に刀傷を負いし后を見つけられずであった。


「命が下りしよりそうそう短い時ではないな? 何をしておる、一人后を洗い出すことに徒らに時を費やしおって……」

 女御は目の前の使いたちを咎める。使いたちは返す言葉もないといった様で、ただただ聴くのみである。


「も、申し開きの次第もございませぬ! さあ、どうぞこちらへ……」

 使いは恐る恐るといった様で、女御を調べるための部屋へ案内する。


「女御様、お待ちしておりました。此度のこと、誠に……」

「よい、このような中で前口上など無用である。」

 部屋に女御が入るや待ち構えし女官たちが声をかけるが、女御はそれをあしらう。


 その後、自ら進んで腕を露わにし女御を、女官たちは目を凝らし調べる。

 念のためと両の腕を調べるがそこに刀傷は-ない。


「もう、よいか?」

 女御は調べを終え調べ女官たちにそう問う。


「はっ。お力添えありがとうございます。」

 女官たちも深々と頭を下げる。


 女御は女官たちに微笑み返すと、部屋を出る。


 自らの部屋に戻りし女御は、再び腕を露わにし、何やら腕より皮のようなものを剥がすや、その下より-刀傷が。

「まったく、それがしは傷をすぐ治すべきや言うたに。」


 にわかに御簾越しに声が響く。女御は思わず、胸を庇い腕で覆い隠す。


「く、薬売り!何をしておる!部屋に忍び込むとは……」

 声の主は、いつの間にやら部屋におる向麿である。


 御簾越しとはいえ、薄い衣一つを纏いしのみの女御は、怒りの声を上げる。


「これはご無礼をお許しを。」

 言葉とは裏腹に、向麿はさしたる悪びれもなく笑う。


「……どこまでも痴れ者め、今に見ておれ!」

 向麿のその様に女御は、怒りを強める。


「誠に申し訳ない……さて、お后。なして、さように腕を治したがらないのかお聞かせ願えます?」

 向麿は尚も顔色一つ変えず、女御に問う。


「……決まっておろう、あの男によるこの辱め!忘れるわけにはいかぬが故!」

 女御は心を吐き出すかのごとく、激しく言う。


「おかげで、傷のないことを装う貼り薬なんてわけわからんもん……作るこちらの身にもなってや。」

 向麿の言うその薬――先ほど女御が剥がせしあの皮のごときもの。女御はそれにて、影の中宮でなき者を装っていたのである。


「ふん、薬売り! 礼など言わぬ。むしろあと少し間に合わねば、露見するところであった! そのような強気な様よくも……そなたなど、術が使えねば使えぬ奴よ!」

 いかに向麿の言葉が無礼とはいえ、少し過ぎた怒りともいえよう怒りを纏わせ、女御は言葉を吐き出す。


「そうやな! しかしそれがしは術が使える。故にあんた方一門はいかに怒り抱こうとそれがしをやむを得ず使う、やろ?」

 向麿は尚も下心ありといった笑いを浮かべる。


 女御は慄く。この薬売りは一門の足元を見ておる。

「……ふん、私も少し言い過ぎた。すまぬ、薬売り。」

 取り繕うように、そう女御は向麿に返す。


「ふうん、お后が下手に出るいうことは……その心は?」

「……妖は今、数が揃っておるか?」

 向麿は女御の様より察して問う。女御も本題を切り出す。


「ふん、まだ百鬼夜行とはいかんがそれなりに……ん? ちょ、お后! いくらなんでもそれは」

 言いかけし向麿の前に、女御は御簾より腕を出し、人差し指を一つ立てて見せる。"問答無用"の意である。


「……あかん、それやったら、お父上のお考えは台無しや! さすがにそれがしの立場も……」

「……そなたの立場などどうでもよい、むしろそなたが後ろ盾を失えば追い出したき私には好都合じゃ。」

 今度は、慄き言葉を紡ぐは向麿の方である。女御はしたり顔にて微笑み、かつてのゆとりを取り戻せし様である。


「……だとしても、お父上は?再び百鬼夜行を起こすんが遅れたら……」

 向麿のこの言葉にも、女御は少しも揺らがぬ様にて。


「私がこの内裏を欲しいままにするもまた、父上の意。

 しかれば、ここで何としてもあの女を仕留めねばならぬ……!」

 こう返す。


「もう! さすがにお后も、まったくのお咎めなしとは限らんで!」

 尚も向麿は諌めるを諦めぬが。


「構わぬ、もはや私の最たる意は、あの女を仕留めることにこそある……!」

 女御は尚も揺るがぬ。


「……せやかて、あの妖喰い使い一匹ごときに妖を数多使うなんて……」

「もはやあの男はこれまでにも妖を尽く喰らいし者! さすればむしろ、その位でなければ倒れぬと言えよう!」

「……ああ言えばこう言うんやな……それがしは知らんぞ!」

 もはや女御の揺るがぬ様に、向麿はすっかり兜を脱ぐ。


「ふふ、薬売り……そなたもこれにて終わり、あの女もあの妖喰い使いも終わり、そして私も終わりかも知れぬ……もはやこの上なき好機! 逃すものか!」

 女御はすっかり狂いし様を見せる。


「女御、冥子よ! ご機嫌麗しゅう……」

 そう言いかけ詰まるは、女御冥子が父、道虚である。

 部屋に女御を見舞いに来たのであるが、道虚が来し頃には既に、もぬけの殻である。

「冥子……」



「刀傷負いし后は見つからぬと! そのようなことあるわけが……」

 帝は首をひねる。


 女御冥子を調べ、ようやく后を全て調べたのであるが、影の中宮は見つからず仕舞いであったことに帝も、ほとほと困りし様である。

「ううむ、影の中宮と言っても、后の中の何者かではないと……?」

 その時である。


 雷鳴のごとき音がし、地も震える。

「こ、これはなんであるか……?」

 帝も座ることさえままならぬ様である中、何とか言葉を上げる。


「み、帝を早く外へ……」

 同じく謁見の間にいし道中も、似たように動けなき様なれど帝も案ずる。


 揺れは、すぐに収まる。

「な、何じゃ今のは……」

「帝、お怪我は!」

「な、ない。叔父上は?」

 帝と道中は、互いに声をかけ合う。


「……大事ないか?」

 未だ物陰におった半兵衛と中宮。

 半兵衛は中宮を庇うように抱きしめ、揺れより守った。


「……大義である。」

 中宮は落ち着かぬ様であるが、半兵衛に礼を言う。


「ならいいってことよ。しかし、今のは……」

 半兵衛が周りを見回せし時。


「あ、妖! 妖じゃ!」

 誰かが声を上げる。それとともに内裏も、一息の内に騒ぎ出す。


 半兵衛は中宮に物陰から動かぬよう言うや、素早く飛び出し、そのまま近くの屋根に登りて遠くを見る。


 火の手が上がる様の中に、妖の群れがうごうごと騒めく様が見える。

「百鬼、夜行……!」

 半兵衛も噂にしか聞かぬその名を、口にする。


「……冥子、大義である。この父は嬉しいぞ……!」

 騒ぎを聞き、女御の部屋より出て屋根よりこの様を見し道虚も、声を上げる。


 かくして都に、悩乱が迫る――

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