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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第5章 北都(奥州氏原氏編)
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決裂

「くっ、急がねえと!」

半兵衛は馬を飛ばし、先を急ぐ。


「さあて、さっきの誓いは守ってくれるよな! 秀原さん!」

半兵衛は、斜め後ろを同じく馬にて走る秀原に言う。


「ああ、私はそのつもりである。……しかし、蝦夷の人らは許してくれるのか?」

「悪いが、それは知らない。でも、それは何が何でも果たしてもらうぜ……蝦夷の人たちと、真に和睦するって誓いをな!」

半兵衛は力強く、秀原に言う。


蝦夷の村に、土蜘蛛凶道王が現れ。

時は、そのすぐ後に遡る。


その場にはいなかったが、気配にてその底知れぬ力を感じし半兵衛は。


牢の外に置かれし紫丸を取り。


ただちに馬に乗り、平泉の蝦夷の村を白布と刈吉に任せ津軽を目指す。


そのさなか、津軽より平泉に引き返す秀原らと会う。

「半兵衛殿!」

「秀原さん! ……悪いが、牢に入っている時ではないと思ったのでね。行かせてもらう!」


半兵衛は紫丸の柄に手をかける。

ここで、ぶつかり合うことも辞さぬつもりであった。


が、秀原らは微塵もさような素振りは見せず。

馬より皆降りると、地に膝を、手をつく。

「え? ち、ちょっと……」

「この通りである! 何卒、我らのこの奥州を!」


秀原らは死に物狂いとばかりに、頭を下げる。

しかし。

「さんざん、人を罪人扱いしておいて。いざ困ったら、手の平返しかい?」


半兵衛はこれまで誰にせしこともなき程に、冷たき言葉をかける。

「……おっしゃること、ごもっとも故に返す言葉もない。……だが、私はこの場で斬られても構わぬ! しかし、どうかこの」

「だあもう! 戯れだよ! あんたたちの手の平返しが気にくわんのは確かだが、それを言い訳に任を怠るつもりはねえから皆頭を上げてくれ!」

「……かたじけない。」


秀原と従者たちは、ようやく頭を上げる。

「ひとまず、立ち止まってる場合でもないだろ? 早く津軽へ行こう! 話はその道すがら……それから。平泉の蝦夷の村を、見張りから解き放ってくれないか? 今、白布ちゃんと刈吉さんが着いたと思うが。」

「……分かった。行け、平泉の蝦夷の村の見張りを引き上げよ! できうる限りの兵を揃え、津軽へ向かわせるのだ!」

「はっ!」


秀原の命を受けし従者の一人が、早馬として平泉へ向かう。


半兵衛は秀原とその従者と共に、津軽へと向かう。

「さあて、秀原さん! ……今、京を騒がせている鬼神一派のことは聞いたことぐらいはあるな? 俺が思うに、此度の蝦夷の人たちの反逆はあんた自ら起こしたんじゃないか?」

「……やはり、ご存知か。」


秀原は観念し、話し始める。

鬼神一派の男一一向麿だが、秀原も半兵衛もその名は知らない一一がこの地に現れしは、この前の年。


向麿は秀原に、自らは蝦夷を装いし和人であることを告げ。


そこで秀原は初めて、これまでは噂でしか知らぬままであった妖喰いの仔細を知らされたという。

「その妖喰いの力は、私の考えをはるかに凌ぐものであった。さようなものが京にあり、この奥州にはない……今は国として認められしこの奥州を揺るがしかねぬ力が、京にあると知りし時の私の心を、半兵衛殿は解せるか!?」

「さあな、俺は国の主人になったことはないから。」

「……であろうな。そこでその男は、一計を案じてくれたのだ。妖を自ら放ち、その害を取り除かねばならぬという大義名分を得れば、妖喰いをこちらに持って来さすことができると!」

「……なるほど、狙いは俺だったと。」


半兵衛は合点する。蝦夷に反逆を起こさせし訳は、そこにありということか。

「……申し訳ない。私はそこで、その男の計に乗った。津軽にいる、かつて我が祖父の滅ぼせし者たちの生き残りに乱を起こさせてな。」

「それは、分かった。しかし……その男の目当ては何だったんだ?」

「……凶道王よ。」

「え!?」


これは、半兵衛にとって思いもせぬことであった。

いかなることなのか。

彼奴(きゃつ)は、凶道王を妖として蘇らさんとしていた。そのためにはその骸の眠る津軽の蝦夷の村と、あの妖喰いとなりしかつての凶道王の刀、そして凶道王の真の名が要るのだ。」

「何!?」


これも更に、半兵衛が思いもせぬことである。

あの妖喰いと、村、そして凶道王の真の名一一

いや、待て。

「凶道王の真の名? 他の二つは件の和睦とやらを口実に手に入ったとして……そんなもんどうやって手に入れるんだ?」

「分からぬ。しかし、現に彼奴は手に入れた。凶道王は妖として、蘇ったのだからな……」

「何!? 何故それを早く言わない!」

「あ……す、すまぬ半兵衛殿!」


何ということか。

半兵衛は焦りを増す。


既に蘇っているとあらば……

「野代さんは!? 津軽の蝦夷の人たちは!?

何事もないんだよな!?」

「……」

「秀原さん!」

「すまぬ。」

「謝るな! 教えるんだ、蝦夷のみんなをどうした!」

「は、半兵衛殿!」


半兵衛は、秀原に馬ごと、幅寄せにて迫っていた。

今にも、ぶつかりかねぬ勢いである。

さすがにこれには、周りの従者らも身構える。


しかし。

半兵衛の馬は秀原の馬より離れ、半兵衛も落ち着き払う。

「すまない。……でも、知っていたら話してくれ。」

「……村は、凶道王の蘇りにより土煙と消えた。が、村人たちは私の見る限り、多くが村の外の我らの陣まで出て来ておった……その後我らもこうして逃げたため、どうなったかは分からぬがな。」

「……そうか。」


半兵衛は考え込む。

野代らは何事も無ければよいが。


そして、そればかりではない。

秀原に、妖を差し向けるよう唆した男。


その男が、凶道王の真の名を知っていたという。

それは果たして一一

「なあ、秀原さん。さっきの話になるけど……凶道王の真の名って、何か思い当たる節はないか?」


半兵衛は、再び秀原に聞いていた。

「いや、それがお恥ずかしきことに。すまぬ、何も分からぬ。野代は、何やら思い当たる節があったようであるが……」


真の名一一

半兵衛は、白布の話を思い出す。


真の名は、仮の名が分かれば分かる一一

「そうか……"ティルクエフリユグ"!」

「な、何!?」


秀原は半兵衛の言葉に驚く。

「"ティルクエフリユグ"! それが恐らく凶道王の……仮の名だ。」


半兵衛は言う。

実は、白布たちにその凶道王の仮の名について聞いていた。


時は、牢より半兵衛らが出でしすぐ後。

半兵衛・刈吉・白布が馬にて、平泉の蝦夷の村へと走る道すがらであった。

「ティルクエフリユグ?」

「そうだ! 戦いのさなか野代さんに見せられた中で凶道王が言っていた……名前だ!」

「え!? 凶道王……キヤウトゥとお話ができたのですか?」


白布と刈吉は馬上で腰を抜かす。

「あ、いや……俺はただ見ただけなんだ。頼む、その名前について分かることを教えてくれないか!」


半兵衛は二人に、頼み込む。

二人は未だ、よく分からぬ有様であるが。


刈吉がやがて、口を開く。

「ティルクエフリユグ……名の響きからして、恐らく仮の名でしょう。」


白布も頷く。

「すごいな、分かるのか!」

「ええ。真の名であれば、男と女を見分けることができるはずですから。例えば、男であればルイ、ティが名の後ろにつき。女であればクイがつくというように。」

「なるほど……」


半兵衛も腑に落ちる。

白布の真の名も、そういえばクイがついていた。

「じゃあさ、その意は分かるか?」

「ええと……」

「それは私が。」

「あ、ああ……頼む、白布ちゃん。」

「はい。」


白布は考える。

やがて、口を開く。

ティル(穢れ)クエ(欠く)()リユ()(とする)……でございましょう。」

「なるほど……」

「半兵衛様?」

「いや、ありがとう!」


訝る白布に、半兵衛は笑顔を返す。


その時は、さして大事とは思わなかったが。

「恐らく男は、あの時野代さんが俺に見せたことを盗み見たんだろう。……仮の名が分かれば真の名も自ずと分かることがあると、白布ちゃんも言っていたから。男はきっと、その仮の名を手掛かりに。」

「……うむ、確かにそんなことを言っていたような。」


秀原も頷く。

時は、再び今に戻る。


いずれにせよ、その仮の名が分かりしことにより男は、動き出したのであろう。

「……訳は分かった。何にせよ、今は津軽の蝦夷の人たちが気がかりだ。」

「う、うむ……」

「見えます! あれぞ蝦夷の村ですぞ!」


半兵衛は驚き見る。

いつの間にか、津軽に来ていた。

「!? 来たか! ……でも、件の蜘蛛みたいな凶道王は見えないな。」

「ええ……」

「秀原様、危ない!」

「!? 何!」


従者は秀原を庇う。

どこからともなく矢が、飛んで来たためである。


いや、一つだけではない。

数多の矢が、迫っていた。

「下がれ!」

「半兵衛殿!」

「くっ! ……もしかして!」


半兵衛は紫丸を抜き、矢を打ちそらす。

もしや、蝦夷か。


果たして、半兵衛の思いし通りに。

「よくものこのこと戻れしものだな! 和人……もはやこの怒り、そなたらをこの場で射殺しても収まらぬであろう!」


茂みより野代をはじめ、津軽の蝦夷たちが出て来る。

その顔は、まさに怒り心頭を絵に描いたかのごとし。

「野代さん……生きていたんだな!」

「な……そなた!」


野代は、半兵衛の場違いに嬉しげなる声に驚く。

「蝦夷の皆、すまない! 皆をこんな目に合わせたのは、おっしゃる通り俺たちだ! だからその憎しみ、好きにぶつけてくれ!」

「なっ……半兵衛殿!」

「ふうむ……? ……よい、ならば望み通りに」

「でも! 今はそれどころじゃないから、後でにしてくれないか?」

「何?」


半兵衛の言葉に、野代は首をかしげる。

しかし、やがて笑い出す。

「ははは! 先ほど自らの命を差し出すがごとく言っておきながら、もう命乞いか!?」

「ああ、そう取ってもらっていい! ただ……見るところによると凶道王は、どこかへ行ったみたいだな! でも次に現れたらどうする? 見た所、どうやら野代さんは妖喰いも持っていないらしいしな! それでどうやって戦う?」

「くっ……何だ? 命乞いの次は脅しか?」


野代は少し揺らぐが、半兵衛に再び言葉を返す。

「まあそうなってしまうかな……でも、どうするんだ?」

「ふん……あの妖喰いは必ず見つけ出す! それができれば」

「どうやって? あの村の跡を暴くつもりかい?」

「ああ、そうだ!」

「なら永遠(とわ)に見つからない! 俺には分かる。あの妖喰いは今、凶道王と共にあるからあんたたちだけじゃ見つからない!」

「くっ……何故そんなことが分かる?」

「それが知りたきゃ、ここじゃない! じっくりと話をしよう!」

「くっ……」


野代は言葉に詰まる。

今の半兵衛の言葉は脅しではない。

では命乞い、ととることはできなくもないが。


野代には半兵衛が、嘘をついているようには見えぬ。

「さあ、野代さん!」

「くっ……!」


半兵衛は野代から目を離さぬ。

この場をやり過ごしたとしても、今凶道王という敵を前に蝦夷と和人が戦い合うこの有様を、捨て置けば後々命取りになる。


ここは、やり過ごさず向き合わねばなるまい、蝦夷に。

半兵衛の頭は、それだけであった。


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