和睦
「半兵衛様……」
白布は半兵衛の手紙に、涙ぐむ。
すまない、白布ちゃん。
野代さんとやり合う機がありながら、俺は
連れ戻すことはできなかった。
でも、きっと次には連れ戻す。
待っていてくれ。
半兵衛
「白布! 入っていいか?」
「! 刈吉、入って。」
白布は涙を拭い、家の戸を開ける。
「昨日、野代が半兵衛様と戦いしことは、既に村中に知れ渡っておる。……そうか、半兵衛様も計らって下さっていたのだな。」
刈吉は白布の持つ手紙を白布に読んでもらい、そう言う。
と、その時である。
「頼もう、氏原秀原様の命により参った! これよりここをより詳しく、調べさせていただく!」
「!? 外か!」
刈吉は、外の声を聞きつけ見る。
そこには、秀原の従者たちが。
「はあ……白布ちゃんや野代さんは、どうしているかな。」
半兵衛は客間にて、物思いにふける。
白布たちの力になりたいと思い、その提言を受け入れたのであるが。
今や、むしろ足枷にすらなっているのではないかと思ってしまう。
「何しろ……野代さんがあちらに行くきっかけになった妖喰いも、俺が頼んだからだし……あああ! まったく、俺って奴は……」
その時。
「朝早くにすまぬ! 半兵衛殿はいらっしゃるか!」
「あ、ああ……どうした?」
「お話をお聞きしたい! 蝦夷の村の……白布や、刈吉のことについて。」
「!? 何!」
半兵衛は驚く。
まさか一一
「これはどういうことなんだ、秀原さん!」
半兵衛は秀原との場に臨み、彼に問い正す。
「それは私の言葉であるぞ? 半兵衛殿。……これは何か?」
「!? それは!」
半兵衛は、秀原の見せしものに驚く。
それは、半兵衛が白布に書いた手紙であった。
「ほほう、この期に及んで惚けられるか? ならば……引き立てよ!」
「はっ!」
「!? 白布ちゃん、刈吉さん!」
半兵衛は驚く。
秀原が扉の外に声をかけ、兵たちが引き立てしはその二人であった。
「ほほう、やはり知っておったか!」
「……くっ、しまった!」
二人の名を親しげに呼ぶとは、失態であったが。
時既に遅し。
「半兵衛殿……客人とはいえ、今謀反の疑いある村の者と仲がよろしいとは感心しませぬな?」
「くっ……その人たちは何もしていない! 野代さんがあんなことになってしまったのは、俺のせいで」
「うむ、すんなりと自らのことをお認めになるとは潔きこと! ……しかし、そなたのお話と蝦夷の村への更なる調べは、和睦の後にさせていただく。」
「……和睦!?」
白布や刈吉のことについて弁明せし半兵衛は、秀原のその言葉に更に驚く。
和睦一一それはつまり。
「おっと、そなたがご存知であることありきで話してしまっていたな、これは失敬! 津軽の蝦夷たちとは、これより和睦を結ぶ! 昨日、あの戦の後蝦夷の方より使いがあってな。和睦をしたいという提言を、私は受け入れた。」
「何!? 何で」
「おや? ここは喜ばれる所ではなかったのか。そちらの二人の蝦夷に肩入れされていたそなたであれば。」
「……そうだな。ただ、唐突だなと思って。」
半兵衛は返す。
これまで、蝦夷とはあくまで戦うべきとしていたのではなかったか。
「なるほど……訝られても致し方あるまい。しかし、ただではない。手土産を持って来るよう言いつけてある。」
「手土産? ……まさか」
「そう。……あの蝦夷の刀と、野代とか申す蝦夷よ!」
「!? 何!」
そういうことか。
半兵衛は歯ぎしりするが。
「さあ、客人には申し訳ないが……しばらく牢に入っていただかねばなあ!」
「ああ、そうだな……でも待て、白布ちゃんたちは」
「何をおっしゃる? その者たちも何をしでかすか分からぬ! 聞けば、あの野代とは古き友と聞くからな。さあ!」
「秀原さん!」
「ああ、これはそなたには言うまでもないかもしれぬが……そなたならば力づくで牢を抜けられるのかもしれぬが、その場合この二人がどうなっても知らぬぞ!」
「くっ……なるほどな。」
「半兵衛様!」
半兵衛は大人しく、引き立てられる。
白布らも、同じく牢に入れられた。
「申し訳ございませぬ……私が手紙を読んですぐに焼いていれば。」
「いや……私が手紙に書かれしことをお前に聞いたりしていなければ」
「ああ、もういいよ! 俺が悪いんだよ。」
半兵衛らは牢にて、語らう。
とはいえ、房はそれぞれ隣合うのみで同じではない。
格子越しの話は、もどかしきことこの上ない。
とにかく、ここから出ねば。
秀原の先ほどの言葉を信じるならば、村がより詳しく調べられるまではまだ僅かばかりの時がある。
早くせねば。イオフヤのことを知られればそれこそ、平泉の蝦夷の村そのものが滅ぼされかねぬ。
「しかし、分からないな……何で秀原さんは、こんなことを?」
「半兵衛様……遅かれ早かれ、野代があちらに行きしことで我らが調べられることはあることでした。」
「それはそうだが……何故今なんだ?」
半兵衛は考える。
思えば思うほど、やはり和睦の話はにわかに過ぎる。
「何か、きっかけでもあったのかな……?」
きっかけ。
近頃それらしきことがなかったか、思い出さんとする。
「うーん、蝦夷との戦い? いや、それならずっとか……
野代さんとの戦い? そっか、確かに。野代さんと蝦夷がにわかに、妖を率いて攻めてきたから人手をそちらに割かねばならず、それが落ち着いたから? ……いや、それでも。やっぱり和睦のことは解けないな……」
半兵衛は、更に考える。
他に何か、なかったか。
野代との戦い。その中で見せられし、凶道王の一一
「ん!? まさか……」
「しかし……いかにして津軽の蝦夷は、和睦をしたいなどと告げることができたのでしょうか?」
「え? そりゃあ言葉で……ん!?」
刈吉の言葉に、半兵衛も再び訝る。
和人の言葉が分かる者など、津軽方にいるのだろうか?
津軽の生き残りたる、イオフヤは蝦夷の言葉しか話せない。
ということは、今話せるものは野代しかいないはずである。しかし、野代が和睦を望むなどとは無論思えぬ。
では一一
「そうか……そういえば!」
半兵衛は、思い出す。
これまでの一件はいずれも、鬼神一派が噛んでいたことを一一
翻って、津軽蝦夷の村にて。
「fxasxokuywxanhyxun muuxe nwxu、nyxeuxa。」
イエフオウハウングの家にて、野代は自らが和人を討ち漏らしてしまいしことを詫びる。
「txu hyxa ywxofu txamyxomyxun……iyxamyxun utxo txu nyxatu ixoruu txasxonwxu ixufu fuuxagyxonhyxuhyxun nwxefu」
イエフオウハウングは、野代のことは責めず、自らが戦えればよかったのにと自らを責める。
「txu nyxatu fu txasxonwxu hyxatu fxasigxe muuxe nwu! nyxeuxa futxan hyxa gxesxa myxoi txagxehyxun hyxatu kyxemu utxo tsxi txasigxe hyxatu iyxamyxun uxafu fxasigxe muuxe nwxu!」
野代は、これまで津軽の蝦夷が生きてこられたことはイエフオウハウングのおかげであると、きっと皆も思っていると返す。
しかし、その時には。
イエフオウハウングは、眠りに落ちていた。
「nyxeuxa……fxoryxu ixe。」
野代が、布団をかけてやると。
「ixokihaxun! ……tsxanryxeugu nyxeuxa utxo、gyxoryxu hyxa iyxagxehyxu hyxatu。」
「!? ……numxan tsxanwxu nwxu……。」
後ろよりイエフオウハウングの孫の幼子・ヌムアンが現れ、ツアンリエウグが呼んでいることを告げる。
「iwxi、gugxesihyxugu。gyxe fxagyxoryxu。」
野代は、ヌムアンに今行くと告げ、行かんとする。
と、その時。
ヌムアンは野代の袖を掴み、引き止める。
「numxan?」
「ixokihaxun……uxatsxiuxakumisyxu。txu ixu hyxa ixufu fxasxomximyxunhyun。」
ヌムアンは、野代にツアンリエウグは信じられぬから気をつけよと告げる。
野代も、確かにツアンリエウグの出がどこか分からぬと聞いて訝りはしたのである。
他の蝦夷たちから聞いた話であるが、ツアンリエウグは前の年ににわかに現れ、怪しげなる術と妖たちをこの津軽の蝦夷村に供し。
イエフオウハウングや他の蝦夷たちの和人への恨みを煽りこの戦へと駆り立てたという。
しかし。
「gugxesihyxugu。……txu gyxosi、hyxu futxan hyxa iyxamyxun utxo si fxahirihyxaryxuhyxun nwxu。ixusxo、fxahyxumximyxun haxitu。」
野代は、ツアンリエウグは自らを津軽蝦夷の村に引き入れてくれし恩人であるから信じたいと告げ、ヌムアンの頭を人撫でし出て行く。
「……ixetu myxunrinwxen!」
ヌムアンは頭を撫でられしことに、子供扱いするなと返す。
「tsxanryxeugu nyxeuxa。tsxasyxu ixoruugu fxagyxoryxu! haxi iyxa tsxakxisyxu?」
野代はツアンリエウグの所まで来ると、何用か尋ねる。
しかし、ツアンリエウグの言葉は。
「ixokihaxun……tsxaixomyxun ryxurxa ixasxogxeryxu mitu?」
「ha……haxi!?」
野代が驚きしことに、野代の持つ蕨手刀をくれないかというものであった。
「iwxi……ixennu yxisxosxa umxogxosxasyxu haxitu! txu ywxou、tsxaku tsxaixomyxun ryxurxa fxahaxitu!
txu ixusxo、tsxaiyxasxogxehyxu mitu?」
「txu nyxatu fu hyxa ixufu……nyxeuxa utxo! hi gufw kyxeu utxo! tsxi txatxunxikyxu ywxou nwxu hyxatu tsxasigxe mitu!」
そんな野代に、ツアンリエウグは和人と和睦を結びたい、そのためにその蕨手刀が要ると告げるが。
野代は、そんなことはイエフオウハウングや村の皆が許すとは思えないと、撥ね付けんとする。
しかし。
「txu txakxinwxu hyxa ixufu ixetu uxatsxiuxakumisyxu。
txu utxo、nyxeuxa utxo txanxikyxu fu txanwxu ixusxo nyxa!」
「haxi!?」
ツアンリエウグが、更に告げんことには。
この和睦は、イエフオウハウングが許せしことであるという。
野代は、そんなことがあるのかと驚くが。
すぐに考え直す。
「ixon……txu utxo kyxatgu txanwxu ywxo nyxa! ixa nwxuki nyxeuxa utxo、"fuuxagyxonhyxu ixufu" hyxatu txasyxu ixe nyxa!」
先ほどイエフオウハウングは、自ら戦えればと願っていたことを告げ、再び撥ね付ける。
すると。
「ふふふ……ははは! 野代さん、そう来るや思ってましたで!」
「!? そなた……和人なのか!?」
ツアンリエウグはいきなり、和人の言葉で話し出す。
もはや、茶番は無用と言わんばかりである。
「まあいいですわ。なら……力づくで。」
「くっ……ぐああ!」
抜刀せんとした野代であったが、にわかにツアンリエウグは方陣のごときものを描き出し、それにて野代を捕らえる。
「ふははは……さあ、大人しくしてくだはりますやな?」
「お、おの……れ」
野代は術により雷に打たれ、蕨手刀を取り落とし倒れる。
ツアンリエウグは、刀を拾い上げる。
「ふふふふ……儀はなりましたなあ、和睦のための!」
こうして。
ツアンリエウグは津軽の蝦夷たちに、和人との和睦を告げる。
無論、受け入れぬ蝦夷たちであったが。
ツアンリエウグが野代とイエフオウハウング、この二人もその心持ちであることを告げるや、押し黙る。
こうして、津軽の蝦夷の村の近くにて。
和人と蝦夷、和睦の儀が執り行われることとなった。




