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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第5章 北都(奥州氏原氏編)
64/192

手合

「見えて来た……ここか。」

野代に率いられし蝦夷の軍勢は、ついに陸奥と奥州の境目に至る。


野代の目の先には。

妖の群れを斬り倒していく、半兵衛の姿が。

「やはり、あのくらいでは歯応えがないか……himyxo turxon kyxarxan ixe in!」


このまま妖だけにやらせていてはいけぬと、野代は蝦夷の軍勢に早くしようと呼びかける。


「行くぞ……一国半兵衛!」

野代の目には、並々ならぬ光が宿る。




「半兵衛殿! 少し先に蝦夷の軍が!」

「おやおや……もう来ちゃったか!」

妖たちを蹴散らす半兵衛に、その後ろに控える秀原の兵より言葉が。


その刹那。

「くっ!」

「妖共が! 秀原様!」

「うむ。我らも効かぬと思うが、妖にせめて一矢報いよう! 矢を射かけよ!」

「おお!」


妖は半兵衛の前にて二手に分かれ、半兵衛を取り囲むもの、後ろの兵を攻めるものとなる。


「くっ、にわかにどうしたってんだ!」

「私がしてもらったことよ……半兵衛!」

「!? 野代さん!」

妖の輪の中には、いつの間にか馬に乗る野代の姿が。


「ここならば、腹を割って話せるであろう?」

「……ああ、そうだな!」

妖に囲まれ馬上にて睨み合う一一紛れもなく、前のイエフオウハウングの時と同じことである。


しかし、今はそれよりも。

「野代さん……白布ちゃんや刈吉さんも、お婆さんも……村の皆だってあんたに帰って来てほしいと思っている! だから」

「そんな話は通じぬ、半兵衛! 分かっているぞ、そなたは私を斬りたくないがためにそんなことを言っているのであろう?」


野代はふんと、鼻を鳴らし返す。

「野代さん……通じないとかじゃない! 今ならまだ間に合う、だから」

「通じぬと言っておろうに!」


野代はもはや聞く耳持たぬとばかり、馬を嗾けて半兵衛との間合いを詰める。


「野代さん! あんた自分(てめえ)の阿呆さを分かってんのか? このままじゃ白布ちゃんも」

「緩い!」

「ぐっ!」


野代の蕨手刀は、半兵衛に馬にてつけられし勢いをそのまま伝えるがごとく激しく迫る。辛くも紫丸にて受け止める半兵衛であるが。


「野代さん……」

「話の時は終わりだ!」

「ぐっ、えい!」

紫丸に打ち付けし蕨手刀を、そのまま振り切らんとする野代だったが。


半兵衛も力では劣らず、紫丸にて蕨手刀を斬り払う。

「くっ! ……なるほど、やはりそなたも侍とやらか!」

「ああ……この戦いは望んじゃいないがなあ!」


次は、半兵衛が自らの馬を嘶かせ、野代に迫る。

「よい。それで!」

「だから、よくねえって!」


妖の輪の中にて蝦夷と和人、二つの刃がぶつかり合う。

和人は青き刃、蝦夷は黄の刃にて。


「半兵衛ええ!」

「野代さんよお!」

野代も半兵衛も、馬を激しく走らせその勢いを刃に乗せ、斬り合いを繰り広げる。


「ふん!」

「くう! 頭を!? 危ねえだろ!」

「緩いと言っている! 危なからぬ戦などあるか!」

半兵衛の頭に突き刺さらん勢いにて野代は蕨手刀を突き出し、半兵衛は躱し紫丸を蕨手刀に打ち付けこれを払う。


「ぐっ! 今私を斬れたであろう?」

「だから、言ってんだろ? 今ならまだ間に合うんだ、野代さん! 頼む、白布ちゃんたちのためにも」

「あいつの名は出すなああ!」

「えい! 野代さん!」

半兵衛は野代を殺す気はなく、野代をただ説き伏せんとする。


しかし。

「半兵衛……そなたは単に私を斬るだけの腹が決まらぬだけよ! さような奴が何を言おうと、響かぬ!」

「くっ! ……なるほど、ならなあ!」


野代は半兵衛へ、より強き力にて刀を振り下ろすが。

半兵衛は、野代の言葉に抗わんと、それを上回る力を見せる。

「ぐぬ!」


野代は力負けし、大きく後ろへ下がる。

「しかしなかなかだな! 侍でもない奴でここまでの腕を持つのは、影の中宮様振りだ!」

「影の中宮? ……ふん、ゆとり故にからかっているのか!」

「あ、そうか……影の中宮様はご存知なかったな、失敬!」


半兵衛は野代へと、立て続けに紫丸を叩き込んでいく。

「話すことはないと言っただろう! 睦み合う時ではないぞ!」

「そう言いなさんなって! 聞かせてくれ、なんでにわかに、妖喰いを持ち出したのか?」

「ふん! 誰がそなたなどに……いや、待て? ……そうだな、そんなに知りたいならば、()()()()()()!」

「ふん、そう来なくっちゃな……え? 見せる!?」


半兵衛は驚く。

こうなった訳を言うでもなく、見せるとは如何なることか。

「案ずるな……見せてやる!」

「な……うわ!」


野代が叫ぶや、その蕨手刀の刃より黄色なる光が広がり。

半兵衛を包み込んでいく。

「うわー!」






「……ん? ここは……」

半兵衛は目を開けると。

そこに野代の姿は、ない。


「何だ、何が……」

「hyxugxeryxu ixe in! (奴らを殺せ!)」

「怯むな! 進め!」

「!? え!?」

何と、半兵衛は。


矢が飛び交い、今まさに二つの軍勢がぶつからんとしている野原にいた。

「うおお!」

「bxo! (おのれえ!)」

「うわああ!」


二つの軍勢はぶつかり合う。

半兵衛を、すり抜けて。

「……あれ? ……まさか、これは。」


かつて、水上兄弟が見せし技。

心空し。


それならば、全て辻褄が合う。

「そういえば、蝦夷の言葉が分かる……なるほど、野代さんは心空しで……ん? 何を見せているんだ?」


しかし、半兵衛はそこで考えに詰まる。

察するに、蝦夷と恐らく、和人の戦である。

しかし、これは。


「将軍! ご覧下さい、蝦夷共が退いていきます!」

「うむ……もはや、我が方の勝ちは揺るぎない! 皆、勇んで進め!」

「おおお!」

"将軍"一一


その言葉には、聞き覚えがある。

それがどこか、半兵衛は思い出さんとし。

やがて。

「そうか……()()()()()! じゃあ、ここは。」


奥州氏原氏がこの地を制する前。

まだ蝦夷が大和にまつろわぬ民であった頃。

すなわち、凶道王の世である。

「なるほど……しかし、こんな昔のことが、野代さんと何の繋がりを?」


半兵衛が訝っておると。

「murxokurxi! ixotusirxi!

(ムルオクルイ! イオトゥシルイ!)」


いつの間にか、半兵衛は竪穴の住まいの中に。

今息も絶え絶えに入りしその二人一一ムルオクルイとイオトゥシルイはどうにか、言葉を絞り出す。

「nyxeuxa! (長よ!) gxesuyxa uxai utxo tsxi fxagyxonhyxu fu ywxou ixerinixaku ixon!

(もはや我らには戦う力がない!)

txu txamyxogxe ixufu…… (このままでは……)」

「……tsxi fxasxo-rimyxomyxun mitu nwxu。

(仕方あるまいか。)」

「nyxeuxa? (長よ?)」


長と呼ばれし男は、苦き顔にて腹をくくる。

半兵衛は、長と呼ばれていることから、その男が何者か合点する。

「そうか……! じゃあ、この人が!」


凶道王である。



場は更に変わり、和人一一否、大和の陣中にて。

中にはわずかな従者を引き連れし凶道王と、数多の従者を従えし大和の征夷大将軍が。


「himyxo nyxi utxo uhyxoryxugu gxe ixufu byxaru fxanwxu……tsxi fxatxankxe ywxou nwxu。」

凶道王は、もはや血を流すことはしたくないので降伏したいと言う。


征夷大将軍は、使いよりその言葉の意を聞き。

口を開く。

「うむ。よくぞ、ご決意なされた。……しかし、そなたらは仇とはいえ、斬るには偲びなき者たち! 私はそなたらを、助けたい。」

「iwxi、nyxarugu tsxarxutu ixe。txu gyxosi tsxaku utxo ugxeryxu hyxa ixufu byxaru fxanwxu。ixusxo tsxi iyxu fxasikxon haxitu。」

「iwxi、iyxamyxun utxo ugxeryxu hyxa ywxofu

txasxo-rigxehyxun hyxatu……haxi!? tsxaku、haxi tsxasyxu?」


凶道王は征夷大将軍の言葉の意を使いより聞き、驚く。

いや、驚きしは周りの大和の武将たちも、ひいては半兵衛も同じである。

「何!? 助けたい……? 征夷大将軍が、そんなことを?」


にわかには信じがたきことであるが、確かにこの耳で聞きしことである。


驚く周りをよそに、征夷大将軍はさらに続ける。

「私がそなたらの命を守る! だから共に都へ来られよ。 そなたらがどれほど素晴らしく、得がたき者たちであるか訴えればきっと」

「txu gyxosi……uxai utxo mxogyxonhyxu。gxesuyxa uxaisikxon hyxa uxaigxehyxu nyxatu tsxi fxasyxuhyxun nyxatu tsxi fxasxosigxe nwxen。」

「将軍様……『我らと大和の者たちは互いに争って来た。今さら助けてくれなどと頼めるとは思えん。』と申しております。」

「ふうむ……頼む!」

「!?」


周りの武将も、凶道王も半兵衛も、驚きしことに。

征夷大将軍は膝と手を地につき、頭を下げ懇願する。

「このままでは、蝦夷の主だった者たちの命を助けることはできぬ! だからお願いしたい、蝦夷の長殿!」

「……kxai hyxohaxo nyxatu hyxa ixufu fxasxonwxu。」

「……!?」

「……tirukxefuryxugu fxanwxu。iyxamyxun fxafxonhaxi utxo。」

「!? 長殿!」


次には、征夷大将軍や言葉を訳す使いたちが驚きしことに。


征夷大将軍の言葉の意を伝えられるより早く、凶道王は征夷大将軍に自らの言葉を伝える。


その凶道王の、言葉の意は。

「ティルクエフリユグ……? まさか、凶道王の名だって言うのか!?」


半兵衛はその言葉の意を解し、驚く。

「長殿……何と言っておる?」

「!……も、申し訳ございません! 『私は蝦夷の長などという名ではない。私はティルクエフリユグだ。』と。」

「……名を、教えてくれたか。ということは」

「ixotu hyxa ixufu、iyxu fxasxomyximyxunhyxun。gyxosi、si txamyxogxe hyxa ywxofu txasxomyxomyxun ixusxo hyxa txasxo-rinwxu。」

「『大和の者たちを全て信じたわけではない。ただ、このままではいけないと思っただけだ。』と。」

「し、しかし……都には来ていただけるのか?」

「tsxi fxasxo-rigxehyxun、tsxi fxagyxoryxu ywxou nwxu。」

「『止むを得まい、行こう。』と。」

「……ありがたい!」


征夷大将軍は涙を流すほどに、喜ぶ。

と、その刹那。


「分かったか……これが和人一一大和の者共の愚かしさよ!」

「く!」

半兵衛ははたと気づく。


目の前には、野代の姿が。

「野代さん……何でこんなことを」

「分からぬのか!? 大和の将軍とやらは、凶道王を救うという誓いをあろうことか反故にし、我らを愚弄したのだ!」

「な……そういえば。」


半兵衛は、またも合点する。

そういえば、征夷大将軍と凶道王の間であのような誓いが交わされていたなどと、清栄の話にも、イオフヤの聞かせてくれた蝦夷の言い伝えにも出てこなかった。


「分かるか!? 私はもはや、和人への愛想が尽きたのだ!」

野代は、涙混じりにしゃくり上げる。


「野代さん……」

と、その時。


にわかに半兵衛たちを取り囲みし妖たちが、動き出し。

そのまま野代を抱き込み、逃げる。

「なっ……?」


半兵衛も驚くが、最も驚きしは野代である。

「な……何をする!」


と、野代が周りを見れば。

蝦夷の軍勢も、退かんとして野代を抱える妖の群れと共に走っていた。

「ryxeutumu! haxi tsxi fxanwxugu myxomyxun!?」

「gxesuyxa nwxogyxoryxu ixe hyxatu。tsxanryxeugu utxo txasyxu。」

「……bxo、tsxi fxasxo-rigxehyxun nwxu……」


野代は暴れつつ、リエウトゥムに退く訳を尋ねるが。

ツアンリエウグの差し金とリエウトゥムから聞かされ、大人しくなる。


ツアンリエウグは、野代を津軽の村に引き入れし恩人だったからである。



「……野代さん。」

翻って、半兵衛は。


呆けしまま、野代の去りし方を見ていた。






その夜、奥州の氏原の屋敷にて。

「……!? 何者か!」


秀原は殺気立つ。

彼の部屋に、何者かが。


入って来た者は、なんと。

津軽の蝦夷方であるはずの、ツアンリエウグである。

「やあこれはこれは……そなたか。」


しかし、秀原は事も無げに受け入れる。

「kxai uxai utxo、gxesxofu tsxi txasxominin fxanwxen。ixamyxun」

「おやおや、ちと待たれよ。さように蝦夷の言葉にて語りかけられては私とて、解せはせぬぞ?」

「……おや、これは失敬しましたなあ……すんません、つい癖で。それがしとしたことが。」


この、話し方は。

長門一門に仕える薬売り・向麿である。

「そなたが種を蒔いてくれたおかげで、私は今こうして富を得るための苅り働きができるというもの。」

「ほほほ、何の何の! 蝦夷たちが思うよりさらに愚かで、いい駒。否、鴨と言うべきかいな? よく踊ってくれたおかげですがな!」

「誠にのう!」


向麿と秀原は、高らかに笑い合う。

「……しっかし、惜しむらくは。」

「うむ。……すまぬ、蝦夷のあの野代という男が持ち逃げせしあの妖喰いを取り返すこと、能わなかった。」

「まあそれは……それがしも思いがけぬことやさかい、気に病まんといてや!」


苦き顔の秀原に、向麿はニヤリと歯を見せる。

「そう言っていただけるとありがたい……必ずや、取り返す!」

「ふふふ……まあ、いざとなればそれがしも奪えるんやけどな。」

「いや、そこまでしていただいては決まり悪きこと! ここは我らにて。」

「ほほう……かたじけないなあ。では」


向麿は秀原に、言う。

「それがしは凶道王を、そなたはこの国を、手に入れるため。……互いのために改めて、働くことを誓おうや!」

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