表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第5章 北都(奥州氏原氏編)
63/192

白刃

「それは……妖喰い!」

「ほう……妖喰いというか! それはよい!」


野代が叫ぶ。

そしてそれをきっかけとし、互いに馬上にて睨み合いし半兵衛と野代がその馬を動かす。

「野代さん! それはただの人に扱える代物じゃねえ、悪いことは言わない! 今すぐそいつを捨てろ!」

「ああ、捨てるとも! そなたをここで切り捨てし後でな!」


野代は半兵衛に、蕨手刀を振り下ろす。

半兵衛は小刀にて受け流し、二人は再びすれ違う。

「ふん、この期に及んで小刀とは! まだ侮ってくれているようであるな、ならば!」

「ぐっ!」


野代は蕨手刀にて空を切る。

たちまち描かれし弧は、そのまま殺気の刃となり。


風に乗って半兵衛に迫る。

「なるほど……止むを得ないか!」


半兵衛は鞘に収まりし紫丸の柄に手をかける。

思っていたよりは野代が妖喰いを使いこなしていたとなれば、もはや半兵衛も妖喰いを使う訳には事足りる。


「ぐっ……えい!」

半兵衛は風ごと、殺気の刃を切り裂く。

紫丸の刃も蝦夷の蕨手刀と引き合うかのごとく、青き殺気を吹き上げる。


「なるほど……それがそなたの妖喰いかあ!」

「ぐっ、この!」

野代は攻めの手を緩めず、次々と殺気の刃を半兵衛に飛ばす。


しかし。

「止めよ、野代!」


刈吉が叫ぶ。

「刈吉!」


野代は友の声に、手を止める。

半兵衛も、手を止める。

「何故だ! 半兵衛様に刃を向けるとは、白布を悲しませたいか!」

「何を言う! 悲しませるはそこの男ではないか! 津軽の蝦夷の村一一イオフヤの故郷を攻め滅ぼそうなどと!」

「なるほど……やっぱり聞かれてしまったか。」


半兵衛は頭を掻く。

しかし、刈吉は続ける。

「しかし、白布は言った。このお方ならば、蝦夷と和人を橋渡しできるであろうと! ならば、信じぬか!」

「白布は! その男の妖喰いにそう思っただけだ。そして私も今、こうして妖喰いを持っている! ならば!」


野代は高らかに、叫ぶ。

「私は津軽に行き、今虐げられ、傷つく蝦夷の者たちを救う! それが今はできるであろう。この、妖喰いを持ってすれば!」


野代は高々と、蕨手刀を掲げる。

ちょうど日の出の時と重なり、その刃は日の光と殺気にて輝く。

「野代!」

「邪魔立てするな! いくら友であってもそれは許さぬ!」


それだけ言うや、野代は馬を走らせ。

津軽へと、向かう。

「野代!」

「野代さん!」


半兵衛と刈吉も、追いかけるが。

早くも、まかれてしまう。





「な、何と! 蝦夷の刀が妖喰いであっただと! それを鍛冶屋の蝦夷の息子が、持って逃げたなどと……どうなっておる!」

秀原は叫ぶ。


この報は白布から受けていた。

半兵衛が明かすと言ったのであるが、それでは半兵衛の立場が危ういと白布は断じ、自らが明かすと言って聞かなかった。


「申し訳ございません!」

「うむ……止むを得まい。蝦夷の村の者たちを、白布含め全て捕らえる! 逃げし野代という男もまだ津軽までは行けておるまい。探し出しひっ捕らえよ!」

「待ってくれ、秀原さん!」

「? 半兵衛殿。」


秀原が訝しみしことに。

半兵衛は蝦夷を庇うべく、口を挟んでいた。

「いかがしたのか? 蝦夷たちの罪は明らかである。捨て置く訳には」

「でも! 逃げたのは野代さ……野代って者だけなんだろ? だったら、村の人々は」

「だが! 逃せしは村の者である。それで事足りるであろう?」


秀原は返す。

「あ、ああ……そうだな。」


半兵衛も不承不承ではあるが、ひとまず良かったことがある。それは、白布たちが蝦夷の言葉や習わしを守りしことは知られていないと見受けられることである。


しかし、それでも。

半兵衛としては、村の皆が捕らわれることは防がねばなるまい。


村を調べられれば、白布の祖母のことが明るみに出てしまうやもしれぬ。そうなれば一一

「でも、秀原さん」

「い、一大事でございます!」

「何だ、騒々しい!」


二人の話を遮りしは、にわかに入って来た秀原の従者である。

「す、すみませぬ……き、北より! 妖共がこちらへ!」

「何と!」

「え……?」


驚く秀原をよそに、半兵衛は首を傾げる。

それはつまり、既に野代は津軽に至り、そこから津軽の蝦夷たちに和人が攻め入ることが漏れたということだろうか。


それとも、たまたま間の悪いことに、蝦夷の方より仕掛けて来たというだけであろうか。


半兵衛が考えていると。

「半兵衛殿、半兵衛殿!」

「え? ……あ、す、すまない!」


秀原より呼ばれた。

先ほどから、声をかけられていたらしい。

「うむ、にわかに起こりしことにて、この秀原も皆も惑っておるが……妖の始末、お願いする!」

「わ、分かった……でも、少しでも後ろに控えてくれる兵が多いと助かる! だから」

「うむ……止むを得まい。蝦夷の村は少し見張りをつけるのみとする! 今は少しでも多くの兵がいる!」

「お分りいただき、かたじけない。」


半兵衛は頭を下げる。

どうにか白布の祖母のことが明るみに出ることは、避けられそうである。





「なるほど……」

戻りし白布の話を聞き、刈吉が頷く。


再び、蝦夷の村にて。

白布は刈吉と共に、自らの家にて話をしていた。


「半兵衛様は、イオフヤを守ろうとしてくださった! だから刈吉、半兵衛様は仇にはならないから信じて!」

「それは分かる……だから、白布。お前が落ち着け!」

「え……?」

刈吉に宥められ、白布ははっとする。


「私も、野代のことは気がかりだ……しかし! ここで慌てれば、何が起こるか分からぬ。だから、まずは落ち着こう。」

「そう……ね。」

白布はようやく、落ち着きを取り戻す。


「今、半兵衛様は戦っておられる……野代がまた半兵衛様に刃を向けることも、そう遠くはない内に起こる。」

「ああ……野代め、しかしあいつはいつもいつも……昔より変わらぬ奴め。」

「そうね……でも、刈吉だって。私や野代が落ち着かないでいると、こうやって落ち着けてくれた。」

「白布……」


白布の言葉に、刈吉は息をつく。

「そうであったな……私たちはつまるところ、何も変わっていないということか。」

「そう……そして、野代も。確かに考えが浅い所はあるけれど、常に優しかった。だから、此度もひたすら私たちを守ろうとして……そう、信じましょう。」

「ああ……何だ、此度はお前に落ち着かされるとは。」

刈吉と白布は、笑い合う。


外は戦であるが、村は見張られ、下手に動けぬ。

ともすれば、動いただけでも津軽の蝦夷への加勢を疑われかねぬ有様である。


ただただ、祈り待つのみの今において、どうにか二人は落ち着く。





「えい! ……こりゃ、全て出して来たか!」

翻って、半兵衛は。


蝦夷の差し向けし妖たちを、陸奥と奥州の境にて迎え討っていた。


しかし、数が如何せん多く。

切りがない。

「半兵衛殿!」

「分かっている……こいつらを斬り尽くして、道を開く!」


後ろより響く兵の声に、半兵衛は勢いを増し。

斬る手を緩めず、ひたすら進んでいく。





「あの男は、きっと妖たちを斬っている……ならば、急がねば!」

「haxi tsxasyxu mitu?」

「ああ……"himyxo yurxon tsxi fxakyxarxan ixufu myxomyxun" hyxatu。 txanwxu ywxo?」


野代は、自らの言葉の意を聞いてきたリエウトゥム に伝え、道を急ぐ。


今や、野代は蝦夷の軍勢の先鋒を務めていた。

しかし、やはり津軽の蝦夷たちにしてみれば、和人の元で暮らしていた彼を疑わしく思う者は多く、今こうして軍勢に加わる者たちの中には、いや、その多くは。


野代を信じぬ者も多いはずであると、彼自らがよく知っていた。


しかし、そのことに屈する訳にはいかぬ。

「ここで勝たねば……私にこの任を与えてくれた、村長殿のためにも!」


野代は、手に持つ蕨手刀を握りこむ。

しかし、ここまで早く蝦夷の軍勢に加われたのは何故か。


話は、野代が蕨手刀を持ち逃げせしあの後に遡る。


馬を走らせる野代だが、津軽までそこまですぐ行ける筈などないと知っていた。しかし。

「このまま手をこまねいていれば、和人共に津軽の蝦夷村は滅ぼされ終わる……しかし、私が間に合えば村を救うことはできよう! そうだ、あの男もつまるところは和人、あの男などではない、私が蝦夷の皆を救う!」


野代の心には、揺るがぬ思いが。

さような思いを聞き届けしか、腰に挿す蕨手刀の柄と鞘の隙間より、黄色の殺気が漏れ、広がる。

「!? こ、これは!」


野代が驚く間に、彼は乗る馬諸共殺気の光の中に、消えていく。



「ううむ……ん?」

野代が、馬上で目を開けると。

そこは、見慣れぬ山の中であった。


「何だ? ここは……」

今の有様を呑み込みきれず、戸惑っていると。


にわかに、近くの茂みを何者かが揺らす。

次には、茂みより出て野代に襲いかかる。

「!? 何者か!」


野代は弾みにて、腰より蕨手刀を抜き襲いかかるものを往なす。

「……? イタチ、とは?」


野代は往なせしそれを見、またも驚く。

それは角の生えしイタチであった。


それは先ほどの猛々しき様が嘘であるかのように、可愛らしく野代を見つめる。

「おおっ……いや! これは」


しかし、野代は惑わされはせぬ。

そのため、再びイタチが襲いかかりし時には、それを躊躇いなく斬り捨てた。


たちまち黄色の刃には、赤き妖の血が混ざり合い橙色の刃となる。

「これは……なるほど、()()()、か。」


野代が感嘆していると。

次には、茂みより次々と、あのイタチたちが出てくる。

いや、イタチだけではない。


その後ろより出て来るのは、人である。

「!? 何だ!」

野代は叫ぶ。


しかし、返る声は。

「tsxaku utxo……yisxosxa tsxanwxu!?」

「な……tsxaku utxo、uxai ixatxaku tsxasxohyxuhyxun mitu!?」


蝦夷の言葉である。

つられて野代も、思わず蝦夷の言葉にて返していた。

「tsxaku uxafu、uxai ixatxaku……? txu utxo hawxo……ixon、ixetu ukxetu ixe! uxai ixatxaku txasxohyxuhyxun yisxosxa txanwxu hyxa ywxafu tsxi fxasxomininhyxun ywxo nyxa!」

「ixa!? t、txagyxohyxu! i、iyxamyxun utxo」


しかし、これでは。

相手を大いに揺らがせ、挙句蝦夷の言葉を話せる和人などと更に疑いを抱かせてしまう始末であった。


野代は、弁明の言葉を継がんとするが。

相手は聞く耳を持たず、毒矢を番える者さえいる。


その上。

「!? hyxu utxo txaixomyxun ryxurxa utxo……nyxeuxa utxo txaixomyxun fu txasxonwxu mitu!」

「txu……txu txanwxu fxanwxen!」

「nyxeuxa utxo ryxurxa hyxa ixufu、yisxosxa txakxigyxonhyxu ryxu nwxuki txu gufw txamyxogxegu gxe hyxa nyxan hyxatu…… ixusxo、hyxu utxo」

「tsxi uxatsxiuxku ixoruugu! hyxu utxo yisxosxa txanwxu! gxemyun txanwxu!」

「i、ixon」

「si yisxosxa nyxa!」


次は、野代の持つ蕨手刀が彼らの長・イエフオウハウングの物であったことが、より場をかき乱す。


しかし。

「nwxaixomyxun!」

「!? ……ts、tsxanryxeugu!」

「な……?」


妖たちと、蝦夷たちを、その後ろより現れし老爺が制す。

老爺は、ツアンリエウグと呼ばれていた。




「fxasxokuywxan!」

床に臥せりつつ、イエフオウハウングは野代にひたすら謝る。


「ixonmyxun……sxo-rigxeunwxenhyxun muuxe nwxu。

iyxamyxun uxafu、fxasxokuywxan muuxe nwxu。」

野代はそれについて、自らも謝る。

あの有様では疑われて然るべきであったと。


場は、津軽の蝦夷の村の中に移る。

ツアンリエウグは、あの場を治めてくれ、野代を中に入れてくれたのである。


無論、あの場の全ての者が腑に落ちた訳ではなかろうが。

さておき。

「tsxaku uxai……i()x()o()f()u()y()x()a() utxo uxai ixatxaku utiiyxugu txagxe hyxa iyxugxehyxu ixusxo、tsxasxohyxuhyxun hyxatu fxamimyxu。tsxafxonhaxihaxi utxo?」


イエフオウハウングは、野代がイオフヤより蝦夷の言葉を教えられたという話をツアンリエウグづてに聞いたことを野代に伝える。


その上で、野代の名を聞いた。

「ixokihaxun hyxatu fxanwxu muuxe nwxu。 平泉 hyxatu gu fxaixogyxoryxu muuxe nwxu。」


野代は、イオキハウン(常に野山を駆け回る)という自らの仮の名を伝える。

「txanwxu nwxu……ixentxu、ixofuyxa utxo haywxa uxai ixatxaku sxohyxuhyxun mitu?」

「ixofuyxa utxo……txu fxosxa gufw usxarin hyxatu fxamimyxu muuxe nwxu。hyxu utxo、kyxatxa hyxa ixufu fxatxa-ryxaku txaixomyxun txaixofuyxahxa txanwxu muuxe nwxu。」

「kyxatxa txanwxu!? ……txu、ixofuyxa txafxonhaxihaxi utxo haxi txanwxu!?」


イエフオウハウングは次に、野代たちに蝦夷の言葉を教えしイオフヤが、何故蝦夷の言葉を話せるのかと聞く。


しかし、野代がイオフヤは実を言えば自らの友の祖母であり、元々津軽の辺りの出であるため話せるのだと伝えるや。


イエフオウハウングはこれまでの落ち着きはどこへやら、急かすがごとくイオフヤの名を聞き出さんとする。

「i……ixonmyxun……txu hyxa ixufu……」

「……txanwxu nwxu……」

「nyxeuxa、hawxo tsxanwxu muuxe nwxu mitu?」

「ixon。」


しかし、野代はイオフヤの名までは知らぬと伝える。

するとイエフオウハウングは、すこし落ち込みし様になる。


野代は訝るが、イエフオウハウングはまたすぐに落ち着きを取り戻し。


野代は彼に、彼の持っていた蕨手刀が妖喰いという武具に変じたことなどを伝える。


「gxehayxagu……txu utxo、txu yisxosxa utxo txaixomyxun ryxurxa sxanyxa txakxinwxu fu txanwxu nwxu……txu ixufu、yisxosxa gxehayxagu

txasxo-rikxigyxonhyxu fu txanwxu fxanwxen。txagyxohyxu mitu?」

「ixonmyxun。……iyxamyxun utxo txu hi gufw fxakyxarxan tuwxa utxo、ixanyxun uxafu txu fxasigxe fu txanwxu muuxe nwxu! ixennu txu、yisxosxa utxo txu hi tsxi txarxaixu ywxou gxe muuxe nwxu! ixusxo、uxai utxo gyxe tsxigyxonhyxu ixufu myxomyxun muuxe nwxu!」

「txanwxu nwxu……」


イエフオウハウングは妖喰いとなりしこの蕨手刀こそが、あの半兵衛の持つ紫丸に抗えるただ一つの力なのかと尋ねる。


野代はそうだと伝え、これからこの村は和人により攻め滅ぼされそうになっており、それに抗う力となるべくこの村にやって来たのだと伝える。


すると、イエフオウハウングは。

「fxaminin……ixokihaxun、uxai tsxakxuhan fu ywxou gxesxa hyxa ixufu fxasxoyunin ixusxo iyxayutxan ixen、gyxonhyxu hyxa ixagxehyxun mitu?」

「! uximyxun!」


動けぬ自らに代わり、戦ってほしいと野代に頼む。

野代も、それを受け入れる。


こうして野代は、蝦夷を率いることになったのである。




「半兵衛……この妖喰いの力で、次こそ……」

戦へ向かう道すがら、野代は馬上で自らの蕨手刀を握りしめる。


「野代さん……俺も腹を決めにゃならんかい?」

半兵衛は妖たちを斬り払いながら、その先にいるであろう野代を睨む。




「ふふふ……ちと見積もりにて手違いはあったが、些末事よ……!」

秀原は半兵衛の後ろより、不敵な笑みを浮かべる。



蝦夷と和人。

それぞれに妖喰いを持って初めての戦が始まる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ