黄刃
「やれやれ……にわかにどうしたんだい、白布ちゃん? 弓矢まで持って、狩りに行こうだなんて。」
半兵衛は訝しむ。
「すみませぬ、半兵衛様……蝦夷の狩りについてお教えしたいと思いまして。」
「蝦夷の狩り?」
「さあ、もう少し奥まで。」
白布は細かきことはさておきといった具合に、より山の奥へと進む。
「待ってくれ白布ちゃん! ……まあ、いいや。津軽の蝦夷たちが次に攻めて来るまでの、しばしの楽しみって所だな。」
半兵衛は白布の後ろ姿を見つつ、物思いにふける。
前の戦にて、蝦夷の長が傷を負い。
それが元でか、蝦夷はこの所静けさを保っていた。
まあおかげで、白布と休みを楽しむことができているのであるが。
「あ、こんな所にいらっしゃいましたか! 半兵衛様、お忍び故に名を大声で呼ぶこともできぬのですから、離れずついていらっしゃってください!」
白布はやや、むくれし様である。
「ああ、すまない白布ちゃん! すぐ行くよ……まったく、近頃は俺を山の中に連れ回すのが流行っているのかな?」
奥州に来る前の清栄との一件や、来て後の秀原に連れ出され金色の堂を見せられしことを思い出し、半兵衛は苦笑いする。
「あ、おりました! ……我らの獲物です。」
白布は立ち止まり、茂みに隠れる。
「お、おう……なるほど、あのカモシカか!」
半兵衛も白布に倣い、茂みに隠れんとしつつ言う。
「いえ、そちらではなく……あちらの鳥です。」
「鳥?」
半兵衛がそう言われ、辺りを見通すや。
カモシカより少し離れし所に、小さな鳥が。
「なんだい……もっと大きな獲物を取ろうぜ?」
「すみませぬ……あまり大きな獲物は獲ってはいかぬというお触れがありまして。」
「……それは、蝦夷はってことかい?」
「……はい。」
「まったく」
半兵衛は、少々ムカッ腹を立てる。
狩りの一つさえ、蝦夷は好きにやれぬというのか一一
「半兵衛様、見ていてくださいませ! ……狙います。」
「え? ああ、すまん……頼む。」
呆けていた半兵衛は、白布の言葉にはたと気がつく。
白布は横目にて、半兵衛が目を向けしことを確かめ。
弓を再び、構え直し。
「……!」
矢を放つ。
が、矢は外れ。
鳥は、逃げてしまう。
「うん、惜しいな。」
「ああ! 申し訳ございませぬ。腕が鈍っていたようで……しかし、あれはキジバト。鳴き真似にて再び引き寄せますので、次こそ仕留めます。」
白布は強く言う。
「あ、ああそうかい……なんかいつもより勇ましいな、白布ちゃん。」
「え? ああ、すみませぬ! 私としたことがはしたなき」
「いやいや、いいと思うぜ? ……で、白布ちゃん。次は俺が仕留めたいな。だから、白布ちゃんは鳴き真似に徹しててくれ。」
「え……? な、何と! それはありがたきお言葉ですが……」
思いがけぬ半兵衛の言葉に、白布はすっかりしどろもどろである。
「まあそう案じなさんな? こう見えて、俺都に来る前は狩りで暮らしてたんだぜ?」
半兵衛はにっと口を緩ませ、右手の親指にて自らを指す。
「半兵衛様が、狩りを?」
白布が少しばかり首を傾げるが、そこまで柄にない訳ではないためか、やがて笑みを浮かべ。
「はい! では半兵衛様、お願いいたします!」
「おう、任せな!」
半兵衛は勢いづき、弓を構える。
白布は低く咳払いをするや。
「sitsu mxadukxatu
ixofuyxa uwxakxatu
hasikxi tyxagyxu
nwxontu siixe」
「!? すごいな、キジバトの鳴き声だ!」
「しっ、半兵衛様! ほら、あちらに。」
「へ?」
白布の指差す方には。
いつの間にやら、キジバトが。
「これはいい! 白布ちゃんの鳴き真似におびき出されたな。」
「半兵衛様。」
「分かってる……今だ!」
半兵衛は手に力を込め。
矢を放つ。
と、キジバトも迫る矢に勘付くが。
時すでに遅し。
「よし、仕留めた!」
半兵衛と白布はキジバトへ駆け寄る。
「矢を受け取っていただき、ありがとうございます……キジバトの神様。」
「え? 何だいそれ?」
白布は冷たくなったキジバトを前に、拝んでいる。
「はい、山の獣たちは神の化身といいます。神はその身に私たち人のためになるよう肉や皮を纏い現れるといいますから、私たちは狩で獲物を獲るたびにこうして礼を捧げているのです。」
「へえ……蝦夷の人たちはいいこと考えるなあ。さっきの鳥の鳴き真似も、蝦夷の人たちに伝わるものかい?」
「はい。あれは聞き做しと申しまして、鳥の鳴き声を聞こえしままに人の言葉にしたものです。」
「え? そんなものがあったのか!」
半兵衛は驚く。
あれが、人の言葉に聞こえるとは。
「じゃあさっきのは……蝦夷の言葉ってわけか。どんな意なんだい?」
「はい。『キジバトは 畑仕事をする。 婆は水汲みをする。貴婦人は炊き出しをする。若殿は食う。』といいます。」
「へえ……そんな具合に聞こえるのか!」
半兵衛は蝦夷の習わしに、ただただ驚く。
しかし、それを好ましからず思う者が。
「おのれ……あの和人め! 白布を誑かしおって……」
野代である。
木の上に立ち、右手を両の目の上に翳し。
目を凝らして、半兵衛と白布を見る。
その心の中にあるは言うまでもなく、妬みである。
「秀原さん、急な用って何だい?」
半兵衛が尋ねる。
白布との狩から一夜明け。
にわかに秀原より呼び出しを受け、半兵衛は秀原とこうして会うことになった。
「ああ、すまぬ半兵衛殿。お休みの所に。」
「いや、いいよそんなことは。」
「さようか。では……実はな、蝦夷共のねぐらへ攻め入ろうと思う!」
「え! な、何だって! 蝦夷のねぐら!?」
半兵衛は、ひっくり返りたくなる。
これまでとは違い迎え討つのではなく、こちらから仕掛けるのか。
「さよう。かねてより間者に、あの蝦夷共のねぐらを探らせていたのであるが……あの前の戦にて、蝦夷の奴らが這々の体で逃げ帰りおった時、ついに突き止めたのだ!」
「なるほど……それで、攻めようと?」
秀原は首を、深く縦に振る。
「うむ! ねぐらの周りには妖がおるらしく、そちらは半兵衛殿にお願いしたいのであるが……我らはこの幾日か、支度を整えておった! 半兵衛殿、お力添え願う!」
「あ、ああ……分かった。」
半兵衛はうなずきつつも。
考えることは言うまでもなく、白布たちのこと。
「ま、誠ですか!」
「ああ、すまない白布ちゃん、刈吉さん……断れなかった。」
驚く刈吉に、半兵衛は手をつき頭を深々と下げる。
平泉の、蝦夷の村にて。
半兵衛は、秀原より話を受けてその夜。
こうして白布たちにすぐ告げるため村に戻ってきた。
「いえ、半兵衛様にはお立場がございましょう……しかし、それは」
「ああ……このままじゃ、橋渡しする前に……」
白布、半兵衛、刈吉は考え込む。
だが、今や蝦夷の長は深手を負っており。
そして、ただでさえ数の上で劣る津軽の蝦夷の村に秀原の大軍が攻め寄せるとなれば。
どうなるかなど、考えるまでもあるまい。
「……くっ、どうしたものか。」
と、その時である。
「これえ、野代! どこへ行くのか!」
「!? 何ですって、野代!」
外から聞こえし怒鳴り声に、白布は驚き飛び出す。
「野代!」
「何! 何が起こっているんだ!」
刈吉と半兵衛も、白布の家から出るが。
すでに野代の姿はない。
「野代の親父殿! 野代は!」
「か、刈吉……の、野代は……馬に乗ってえ、あっ、あそこへ」
先ほどの怒鳴り声は、野代の父のものであった。
しかし野代の父も、急なことで驚き悲しみ、その声もしゃくり上げたような声である。
「白布、親父殿を頼む!」
「えっ……か、刈吉!」
「待ってくれ、刈吉さん! 俺も」
刈吉と半兵衛は、そのまま厩へ急ぎ。
馬に乗るや先ほど野代の父が指差していた方へと急ぐ。
「くっ、なぜ野代が!」
「恐らく……俺たちの話を聞かれてたんだ!」
半兵衛は走らせつつ、悔しげに歯をくいしばる。
どうか、追いつけ一一
しかし、その願いが届いたか。
いや、そう願うまでもなかったと言うべきか。
野代は、村より少し離れし所にて馬に乗りしまま、待っていた。
「一国半兵衛……待っていた。」
「野代さん……! なんでこんな」
「お前に、これを見せよう。」
「え?」
言うが早いか、野代は腰より刀を抜き、そのまま馬を走らせ半兵衛に斬りかかる。
「くっ! ……!? これは!」
「小刀……? ふん、侮るな!」
「ぐっ!」
思わず懐の小刀にて刃を受け止めし半兵衛であるが、野代はそれに腹を立て、半兵衛の刀を振り払う。
「それは、あの刀じゃねえか!」
「そうだ……これは」
半兵衛は驚く。
野代の刀は、直すよう半兵衛から白布づてに託せしあの蝦夷の長の刀・蕨手刀であった。
それは何と。
「黄の色に輝く……これは何というのだ?」
野代は半兵衛に、問う。
半兵衛は紫丸を鞘より持ち上げ、ちらりと見る。
間違いなく、紫丸は共鳴して光る。
野代の蕨手刀はまごうことなき、妖喰いであった一一




