不通
「haxi tsxasyxu mitu fu……fxasxomininhyxun!」
イエフオウハウングは半兵衛に、何を言っているか分からんと伝える。
しかし、その間にも。
イエフオウハウングの刀と半兵衛の小刀はぶつかり合い、火花を散らす。
「いいねえ……なるほど、刀語はやっぱり悪くない!」
「txu ryxurxa txankxegu gxe!」
全く通じぬ言葉とは裏腹に、刀にて語り合う二人の顔はどこか楽しげである。
とはいえ。
「うーん、誠に惜しむらくは……刀だけじゃなく言葉で語り合えたらいいんだがな!」
「iyxu……fxagxeryxu!」
相変わらず言葉が通じぬことには歯がゆさを禁じえぬが。
と、その刹那である。
「は、半兵衛殿!」
「何!」
妖の取り囲む外より言葉が聞こえ。
その声の方を半兵衛がちらりと見れば。
妖一一ニンクオスフたちが、半兵衛らを取り囲む外にも数多おり。氏原の兵らを襲っている。
「な……待っていてくれ、今」
「ixetu ixorigu hyxamyxu!」
「ぐっ! ……今、はできなさそうだよ……」
半兵衛の目が逸れし隙にイエフオウハウングが、自らの刀を打ちつける。取り囲むニンクオスフたちも、その鋏のごとき口を開きまた閉じ音を立て。
虎視眈々と、半兵衛を狙う。
「なるほど……俺は誘い込まれちまったか!」
「ixetu sxohyxu ywxo……gyxonhyxu!」
「くっ!」
今のところ、まったくもって抜け出せそうにない。
「中々やるなあ蝦夷の大将も……とはいえ、こんなくらいでは負けられないぜ!」
「n!」
しかし、押されるのみの半兵衛であるはずもなく。
イエフオウハウングの刀に、自らの小刀を打ちつけ引き離し、次には自ら向かって行く。
「nyxo! txu ryxurxa txasxonwxu nyxa!」
「ああ! 相変わらず言葉は分からんが、ここでは終わらない!」
イエフオウハウングは、半兵衛の力はあの刀一一紫丸のみではなかったとその力を称え。
半兵衛も言葉こそ分からぬが、刀と和人の言葉にて応える。
「nw……tsxaku!」
「まだまだだ!」
半兵衛の攻めに、イエフオウハウングも押されていく。
しかし、押されるのみではない。
攻めの隙を見て躱し、異なる向きよりまた攻めて来る。
「ぐっ……!」
「txu ixerin……turxon!」
「何だい? まだまだやれるじゃねえか!」
半兵衛が攻め、時には鍔迫り合いとなり。
また、イエフオウハウングも力強き刀捌きにて半兵衛の小刀を振り払い。
再び攻めに打って出るなど、退いては進みをひたすらに繰り返す。
「くっ……もう少し刀語をしていたいのも山々なんだが、そうもいかないな!」
「fxasyxu ywxo? ixetu sxohyxu ywxo、gyxonhyxu hyxatu!」
「ああもう……やはり刀だけで語り合うのはもどかしいなあ!」
しかし、再び鍔迫り合いとなりし時。
半兵衛は、イエフオウハウングの刀の形に気づく。
「なっ……何だこの刀は?」
今まで刀の形が目に止まらぬ訳ではなかったが、おそらくは知らず知らずの内に自らの刀と蝦夷の刀が同じものと思い込んでいたために気づかなかったのである。
まず、刀身は和人の刀と同じくやや曲がった形であるが。
和人のものよりはやや短い。そして何より。
柄も曲がっており、柄頭がさながら蕨の穂先のごとく。
これぞ蝦夷の刀一一蕨手刀の所以である。
そして、イエフオウハウングは。
その蕨のごとく曲がりし柄を握り込み、半兵衛の小刀を押す。
「ぐっ! なるほど、どうも振りの一つ一つが力強いと思ったら……あの刀は力が込めやすいのか!」
半兵衛は唸る。
イエフオウハウングの刀は、さながら腕より生えているかのごとく、腕の動きと実によく馴染んでおる。
これぞ腕の力をそのまま、刀の力に変えられる所以でもある。
「くっ、くっ! こりゃあ、舐めていたと認めざるを得ないな……しかしな!」
半兵衛もここで、負ける訳には行かず。
蕨手刀の刃に小刀をなぞらせ、力を受け流し。
次々とかわし続けつつ、尚も喰らいつくがごとく攻める。
と、その刹那である。
何やら、大勢の叫びが聞こえる。
「kyxemu、nyxeuxa sikxon ixe in!」
「何だ、何事だ!」
「bxo……ryxeutumu nyxa!」
叫びを聞きしイエフオウハウングは、半兵衛と鍔迫り合いとなりし自らの刀にて勢いよく半兵衛の小刀に打ちつけ、振り払う。
「くっ! 何を!」
半兵衛はすかさず構える。
しかし、イエフオウハウングは。
そのまま半兵衛の元より、自らの馬めがけ走り去る。
「な……おい、逃げるのかい!」
「yisxosxa ifumi nyxa……usikxon nwxu!」
そのまま馬に飛び乗りしイエフオウハウングは、半兵衛に命拾いしたなと吐き捨て走り去る。
半兵衛も追わんとするが。
たちまち先ほどまでイエフオウハウングのために道を開けていたニンクオスフたちが、動き出し行く手を阻む。
「おやおや……とうとうこいつの見せ場再びかな!」
言うや半兵衛は、小刀を鞘に納め紫丸を抜く。
「何じゃ……? 妖共が!」
半兵衛抜きにて妖に抗していた氏原の兵らは、にわかに妖が半兵衛の元に集まって行くことに驚く。
そして、その先に。
「nyxeuxa、hati gufw tsaixumyxun! nyxeuxa sikxon ixe in、gxeixon!」
「蝦夷の奴らめ……妖だけに任せておればいいものを、自ら攻め寄せるとは愚かなり! ここは我らと奴らとでは多勢に無勢! 一息に滅ぼすぞ!」
「しかし、半兵衛殿に妖が」
「皆の者よい、妖を退けるなど半兵衛殿ならば造作もなきこと! 我らは蝦夷を」
「ははあ!」
乱れし兵も、秀原の鶴の一声にまとまる。
戦場より離れし所の蝦夷の陣より、蝦夷の軍勢が数多攻め寄せる。
しかし、先ほどの言葉の通り数は和人方に及ばず。
そもそも、妖を従え手駒とせしはそのためだったのだが。
「矢を射かけよ!」
「yisxosxa kyxemugxeryxu ixe in!」
しかし今、イエフオウハウングを救い出すことのみ考えている蝦夷に、さようなことも分かる訳もなく。
蝦夷と和人、それぞれ矢を射る。
「b、bxo!」
「kyxemu!」
「ははは、そなたらの矢では我らの矢に劣る!」
「ぐっ!」
「!? 大事ないか!」
「ああ、案ずるな。ちと刺さっただけじゃ……!?」
「! お、おい!」
和人の矢に比べ、蝦夷の矢は中々届かぬが。
その中でも、数少ない届きし矢を喰らいし氏原の兵らは苦しみ出す。
「ぐああ!」
「くっ……これは毒矢か!」
ヌルア一一蝦夷の言葉で遍く毒、そしてトリカブトを指す言葉である。頗る強い毒であり、人であればすぐに死ぬ。
「yisxosxa nyxa……ixetu kyxunyxu ywxo nurxa tsxinu utu tsxenyxu!」
矢を喰らいしは、蝦夷方が多い。
リエウトゥムはそのことに憤りを覚え、再び矢を多く射かけるよう命じ。
蝦夷は矢を、構える。
その刹那である。
「uxai txa! tsxi fxaixatxaku mimyxu ixe!」
「ts……tsxi fxanyxeuxahaxa!?」
イエフオウハウングが蝦夷と和人、相対する中に割って入る。
「あれは……秀原様、蝦夷共の大将です!」
「何と! ……大将自ら前に出て的になろうとは、どこまでも愚かな蝦夷め! 矢を射ち放て!」
「ははあ!!!」
その様を好機と見し秀原は、矢を放つよう命じ。
それに応え、氏原の兵らは数多矢を射かける。
「nyxeuxa!」
「ixetu uxatsxiuxakumisyxu! txu nyxatu tsxinu!」
イエフオウハウングは臆せず、放たれし矢をその腕の蕨手刀にて斬り払って行く。
「何!? くっ、大将のみに射かけるは止めよ! 蝦夷たち全てに数多射よ!」
「は、ははあ!!!」
射かけし矢が全て払われし所を見、秀原は策を変える。
ならば、他の蝦夷たちと共に射殺してしまえとばかりの策を兵らに伝え。
兵らはこれを承服し、射んとするが。
すぐ傍にて、嵐とも人の叫びともつかぬ大きな音が響く。
「!? 何だ!」
「ixu……t、txu utxo!」
蝦夷も和人も、この時ばかりは戦を忘れて見れば。
先ほどニンクオスフに囲まれし地には何もなく、その空には数多血を撒き散らし斬り刻まれるニンクオスフたちが舞い上がり。
かと思えばすぐさま、それらは妖喰い一一紫丸に吸い込まれていく。
たちまち吸い込まれし血肉は蒼き刃を紫に染め上げる。
「おお……なんと! ……やはり妖喰いの力恐るべし。」
兵は皆呆ける中、秀原は密かにほくそ笑む。
しかし、半兵衛は。
馬を指笛にて呼ぶや飛び乗り。
次にはイエフオウハウングの所へと、走り来る。
「!? bxo……yisxosxa ifumi nyxa! txu nyxatu ixorugu mxigu gxeixa uixonyxun hyxa ywxofu gxesxofu tsxaurumyxun nyxatu……tsxaku utxo gxeixa tsxanwxu!」
恐れをなしたイエフオウハウングは、蕨手刀を構え。
あれほどの妖に囲まれながら生きているとは化け物かと言うが。
「あ? だから言葉は分からん! ……だから、刀語を再び始めようぜ?」
半兵衛は分かるはずもなく、紫丸を鞘に納め小刀を抜く。
「rxu……nyxaru fxnwxu! mxogxeryxu ixe!」
「うん? ……いいって言ってくれたのかな!」
またも半兵衛とイエフオウハウングは戦う。
互いに馬に乗りつつの戦である。
「bxa!」
「えい!」
馬にてすれ違いつつ、互いに刃を食らわせるが。
「くっ! やっぱりあの刀も、大将も強いな!」
半兵衛はイエフオウハウングを称える。
蕨手刀により、余すことなく刃に伝えられしイエフオウハウングの力は。
半兵衛の小刀を斬り払い、左腕に手傷を負わせる。
「とはいえ、負けない!」
「fxasyxu ywxo? txu ryxurxa txankxegu gxe hyxatu!」
「分からんて言ってるだろ、そっちの言葉は!」
尚も向かい来る半兵衛に、イエフオウハウングは紫丸を使えと言っているだろうと煽るが。
半兵衛は言葉が分からぬことと、よしんば分かったとしても妖喰いは妖か妖喰いにのみ向けると腹に決めているため。
引き続き小刀にて、挑む。
「半兵衛殿! 秀原様、矢を!」
「見えぬか! 今放てば、半兵衛殿に当たる!」
「bxo……txu nurxan tsxinwxu!」
「ixetu tsxenyxu! nyxeuxa uxafu tsxi fxagxeryxu hyxa ywxafu fxasxominin!」
和人と蝦夷は、互いに矢を放たんとするが。
互いの分かれ目にて戦う半兵衛とイエフオウハウングを気遣い、攻めあぐぬいておる。
しかし、次には。
「b、byxaru!」
「! あれは!」
蝦夷の方より声が上がり、見れば。
そこには、ニンクオスフが一つ。
「bxo……gyxosi usikxon nyxa!」
「え? 待て、あんたじゃ!」
再び戦いを投げ出し仲間の元へ向かいしイエフオウハウングを、半兵衛は止めんとするが。
そのまま行ってしまう。
「あやつら、まだ妖を隠し持っておったか! 半兵衛殿退かれよ! 我らが」
「待て! 何かおかしい!」
蝦夷を再び攻めんとする秀原を、半兵衛が止める。
その間にも、妖は。
蝦夷の兵を幾人か退け、狙うはリエウトゥムである。
「i、ixetu gxe! ixoyiri、sikxon hyxa iyxagxehyxu!」
リエウトゥムは命乞いをするが、妖に通ずる訳もなく。
そのまま無慈悲にも、妖の鋭き足が刃のごとく振り下ろされ一一
「ni、nyxeuxa!」
しかし、リエウトゥムは庇われる。
その足を蕨手刀にて受け止めし、イエフオウハウングによって。
「bxomi……txasxo-rinwxu fu nyxatu!」
イエフオウハウングは言いつつ、足を打ち払い。
そのままがら空きになりし胴を狙い。
蕨手刀にて斬り裂く一一
「nyxeuxa!」
が、まだ七つありし蜘蛛の足により、イエフオウハウングは刺されてしまう。
そして蕨手刀は、斬り裂くさなかで主人の手を離れしことにより、胴に刺さるが。
妖には事足りるほどの痛みであったらしく、たちまち暴れ、蕨手刀が刺さりしままに蝦夷方を突っ切り、和人方へと突っ込む。
「くっ、妖が!」
和人方は矢を構えるが。
その前に。
「またこいつの見せ場とはな……紫丸さんよ、まだ腹に空きはあるか?」
「は、半兵衛殿!」
立ちはだかりし半兵衛は、小刀を納め、三度紫丸を抜く。
果たして、半兵衛の問いに答えるがごとく。
紫丸の刃は、蒼く光る。
「よおしよし……さて妖さんよ! 喰い盛りの妖喰いに飛び込むたあ、蜘蛛だけに」
言いつつ半兵衛は、そのまま痛みに苦しみつつも半兵衛を喰わんと迫るニンクオスフに、紫丸を振るい。
「飛んで火に入る、夏の虫ってな!」
その身を、真っ二つにする。
たちまちその斬り裂かれし身は、血肉となり潰れ。
紫丸へと、吸い込まれて行く。
「おお……何と美しき紫の輝きか。」
和人たちが紫丸に、見とれる中。
「nyxeuxa、nyxeuxa! tsxasxomyxun hyxa nyxan?」
「……sxagyxan tsxanwxu? fxaixumyxun。txu nyxatu myxonfu ixetu gxe ywxo……nxogyxoryxu ixe in nyxa!」
「u……uximyxun!」
蝦夷方では、皆が深手を負いしイエフオウハウングの身を案ずるが。
イエフオウハウングは息があり、兵を退けとリエウトゥム に命じ。
リエウトゥムはこれに従い、兵を退いたのであった。
「半兵衛様は、大事ないのですか?」
明くる日。蝦夷の村をお忍びにて訪れし半兵衛は、白布に昨日の戦の始終を話す。
「ああ、傷は深くないよ。……深手を負ったのは、むしろ蝦夷の大将だ。妖喰いがない身ながら、仲間を守るために突っ込んで行く……あの人は、俺は嫌いじゃない。」
「半兵衛様……」
「でも、言葉は分からんかった……ああ、こんなんで俺は、蝦夷と和人の橋渡しになんてなれるのかな……」
「……申し訳ございませぬ、半兵衛様を苦しめること、元より分かっておりましたのに……」
白布は恥じ入ったように目を落とす。
「あ、すまない白布ちゃん! そうだな、俺が弱っていてどうするんだって話だよな! すまんすまん。……まあ言葉は通じなかったが、刀では通じ合えなくもなさそうだった! それだけでもいいよな!」
「そう……でございますね。」
白布は未だに、浮かぬ様である。
「ああ! そういえば……ありがとうな、野代さんにあの刀の直しを頼んでもらって!」
半兵衛は話を変える。
あの刀とは、昨日ニンクオスフに刺さっておったイエフオウハウングの蕨手刀である。
半兵衛がニンクオスフを斬り裂きし時、前よりヒビが入っていたのか、落ちて折れてしまったのである。
刀は持ち帰られ、蝦夷の長の持ち物として大事にされることになり。
折れし刃を継ぎ合せるため、野代に頼むことになったのである。
「あ、いえいえ! 半兵衛様の頼みでございますし。」
「いやいや、だって……俺が頼んでも、聞いてもらえないだろ?」
ようやく白布の顔に、笑顔が戻る。
半兵衛はその様に、胸を撫で下ろしたのであるが。
どうも一つ、気がかりなことが。
「まさか、な……」
変わって、野代の家の鍛冶場にて。
「全く……何故私があんな男のために! しかし、白布の頼みであるしな……」
言いつつ、直しに取り組んでいる蕨手刀は。
見事に鍛え直され、再び銀の輝きを取り戻す。
「おお……しかし、これが蝦夷の長の刀とは……うん?」
その刹那である。
何やら刃より、人の呻き声とも風の音ともつかぬ音が。
いや、音だけではない。
たちまち蕨手刀の刃より、色のつきし光が一一
「な……何だこれは!」
この蕨手刀は。
妖に折られ、そして鍛冶師により継ぎ合わされし刃につき。
妖喰いに、なったのであった一一