蝦夷
「白布ちゃん! ……俺だ、半兵衛だ。」
半兵衛は白布の家の扉を叩く。
「はい、お待ちしておりました。どうぞ」
白布は扉越しに声をかけつつ、扉を開ける。
「いや、すまない……全く、お忍びで通いというのも容易くはないな。」
半兵衛は家に入りつつ、羽織を脱ぐ。
「まるで……夫婦になったかのようですね。」
「え? 何か言ったか?」
「いえ、何も。」
白布はくすりと笑う。
「しかし、あの時はとても驚きました。よもや、あのような形でまた村に来られようとは……」
「いや、それについては……すまないとしか言えないな。まあ、俺にも考えがあってさ。」
半兵衛は頭を掻きつつ、答える。
話は、半兵衛が村より氏原屋敷に帰り一晩開けた後に遡る。
「なるほど……ここが蝦夷の村かー! いやー、初めて見るなー!」
半兵衛は言いつつ、しまったと思っている。
蝦夷の村に来ることは、これが初めてではない。
そのことを悟られまいと、努めていたのであるが。
これでは却って、怪しまれそうである。
事実、従者たちは馬上の半兵衛をおかしげに見ている。
「しかし半兵衛殿……にわかにどうされたのか? 蝦夷の村をご覧になりたいなどと。」
共に馬にて進む秀原が、訝しむ。
「あ、いや……まあ、先の蝦夷との戦いで、蝦夷の人たちのことも知っておかなければと思ってさ。」
「なるほど……しかし半兵衛殿、あちらは仇の蝦夷たち。こちらは我らの同胞。同じ蝦夷とはいえ違う物ばかりですぞ?」
「ああ……まあそうなんだけどさ。」
半兵衛は言葉を濁す。
無論、嘘である。
これから白布に力を貸す手前、半兵衛は蝦夷の村にお忍びで通わねばならない。
仮に村に出入りする所を見られれば、来たこともない村に通っている訳を問い詰められても言い訳はできぬ。
そのため、せめて蝦夷の村を一度は見に来たことにしておかねばならなかったのである。
さておき。
そう、表向きにはこの村に来ることは初めてであるが、半兵衛は実の所、この村にはすでに来たことがある。
来たことがある、のであるが。
「あれ? 何だいあれは?」
半兵衛は尋ねる。
それは、誠に初めて見るものだった。
家の中より何やら、火花が散っている。
「おやおや! 半兵衛殿、ここで少しお待ちください……頼もう、鍛治師の家よ! 主人はおるか!」
慌てし様にて秀原の従者は半兵衛を待たせるや、火花の飛ぶ家に向かい叫ぶ。
「は、はい! ……これはこれはお侍様方、ご機嫌麗しゅう」
「只今は一大事である故に虚礼は無用! 家の主人よ、今このような寂れし村に参るお方をどなたと心得る! 京よりはるばるいらっしゃった侍の方にあらせられるぞ、直れ!」
「は、ははあ!」
火花の飛ぶ所とは他の扉を開け家より出て来た主人は、怒号を浴び跪く。
「何を考えておる! 外へ火花を飛び散らせるなどと! 客人に火傷を負わせるつもりか!」
「ははあ、申し訳ございませぬ!」
「あ、待ってくれよ! いいんだよ、そんなに俺なんかのために畏まってくれなくて……」
半兵衛は目の前のことに驚き、止めるが。
「半兵衛殿! よくはございませぬ!」
「はい、誠にその通りにございます! 今たたら場と鍛治場共に息子に任せているのですが、再びこのようなことないよう言って聞かせます故に何卒」
「さようか、ならばその息子を今すぐここへ連れて参れ!」
「は、ははあ! ……これ野代、お前も聞こえておろう! 出てこぬか!」
「!」
家の主人の言葉に、半兵衛も驚き声を上げそうになる。
幸い、周りには悟られてはおらぬ様であるが。
出て来た者ははたして、野代であった。
「これ野代、そなた謝らぬか!」
野代は半兵衛の姿を見届けるなり驚くが、すぐに顔を逸らす。それからは野代のそういった姿に、秀原の従者より厳し言葉が幾時も浴びせられた。
その後は、少し村を見回り帰った。
そして、今日、蝦夷の村を再び訪れたという訳である。
「まさか野代さんが怒られることになるたあ思ってなくてな……野代さんに謝らなきゃならねえ所だが、白布ちゃんにも、お友達に厄介させたことを詫びなけりゃな。」
半兵衛は深々と、頭を下げる。
「いえいえ! 野代にはむしろ、日頃の半兵衛様への非礼へのバチが当たったのでしょうから、いい薬かと存じます。」
「うーん、そうかい? お心遣いどうも……ところで白布ちゃん、秀原さんに聞いたんだが、この村は鍛治の村らしいな。」
白布の慰めの言葉に、半兵衛は礼を返す。
「はい、我らの祖は刀鍛治に秀でておりまして、その腕を買われこうして今も村は和人の方々の刀を打つことで盛り立てられております。」
「なるほど……前に来た時は知らなかったな。それでさ、白布ちゃん……今日は」
「分かっております……fxaixofuyxahaxa、nyxeuxa utxo txagyxoryxu ixe!」
白布が声をかけるや。
隣の部屋の襖が開き、中よりイオフヤが出て来る。
「……お婆さん、前にも言っていた通り、"凶道王"について教えていただきたい。」
「txaixofuyxahaxa、ixa nwxuki hyxa uxafu fxasyxu ixoruugu "kyxautu" kxisxohyxu hyxa iyxagxehyxu。」
「……uximyxun、fxasxohyxu ywxou nwxu muuxe nwxu。」
半兵衛の言葉を白布が蝦夷の言葉に変えて伝え、それを聞きしイオフヤが語り始める。
「"sunwxon u〜xo〜、uxafu bxahyxamyxu hyxa uxai gxehyxu ixe……」
白布はそれを、和人の言葉にして半兵衛に伝える。
蝦夷の長・キヤウトゥがyisxosxa snwxontu一一和人の将軍と激しく戦う有様を語るものであった。
キャウトゥは、キヤ・ウ・トゥの意と言う。
尤も、全てを語るには長すぎるため、一夜では足りぬ。
そのためイオフヤは、今宵語るべき所まで語り終えると口を閉じる。
半兵衛はまず、蝦夷について見聞を深めるべきと考え。
イオフヤにお願いし、凶道王について知ろうと考えたのである。
「……続きはまた明日の夜に。」
「ああ、かたじけない……しかし白布ちゃん、一つ聞いていいか? ……白布ちゃんは凶道王と黒乙という名は聞いたことがあるんだよな?」
「はい、和人の間に伝わる蝦夷についての言い伝えではその名で聞いております。」
「でも、蝦夷に伝わる名は、キヤウト……だっけ?」
白布は息を吸い、半兵衛を見据える。
「それは私も、おかしく思っていました。そのことについてはイオフヤに問い質したのですが……」
「どうやら、ご存知なかったか。」
「はい。……申し訳ございません。」
白布は肩を落とす。
「ああいや、いいんだ! そうか、お婆さんでもご存知ないか……」
半兵衛は腕を組み考え込む。
和人には凶道王、黒乙という二人として。
蝦夷にはキヤウトゥという一人として伝わっている。
これがどんな訳を持つかは、考えあぐぬいた所で分かりそうにもない。
ならば。
「白布ちゃん、狗余宇斗ってのは知らないかい?」
「く、よう……と?」
半兵衛は白布に、都の近くのあの碑に刻まれし名を問い質すが。
白布は首をかしげてばかりである。
「あ、すまない……いいんだ。」
「ああ、また申し訳ございません! ク、クヨウトゥやも知れませんね! イ、イオフヤならば存じているかと!」
「すまない白布ちゃん、まず落ち着こう。急いで答えが出ないなら、ゆっくりすべき時はゆっくりしないとだろ?」
「す、すみません……」
半兵衛の宥めを受け、白布はようやく落ち着きし様である。
「おほん。それでは。……ixofuyxa、"kuywxoutu" hyxatu txafxonhaxihaxi tsxamimyxu ryxu nwxukixaku tsxaixomyxun mitu?」
「n? ……?」
白布はイオフヤに、狗余宇斗について問い質すが。
イオフヤも首をかしげてばかりである。
「……fxasxokuywxan、fxamimyxu ryxu nwxukixaku fxaixon。」
「txu nwxu……半兵衛様」
「狗余宇斗も知られてないか……」
「申し訳ございません!」
「いや、だからいいんだって! ……とはいえ、ここまで手がかりがないとはな……」
半兵衛もため息をつく。
凶道王や黒乙について探るということは、清栄より引き受けし『間者』としての務めの一つでもあるが、半兵衛自らにそれを知りたいという強き願いがあり、それによるものでもある。
北に来れば何某かは分かると思っていただけに、かくも分からぬとあれば落ち込みはしてしまう。
「ただ、これはかねてより思っていましたが……」
「うん?」
「……凶道王と黒乙は、元は一人のことであったのやも知れません。」
「!」
白布が躊躇いがちに言いし言葉に、半兵衛は驚く。
「あ、いえ……あくまで私一人の考えですが、凶道王とキヤウトゥという名は、とても音が似ています。黒乙とキヤウトゥはあまり似ていなさそうですが……黒乙とクユオウトゥならば、似ていそうです。」
「……なるほどな。」
白布が継ぎし言葉を、半兵衛は噛み締める。
それは狗余宇斗という名と黒乙の名を聞きし時に半兵衛も、ちらりとは考えたことであった。
「つまり……もともとキヤウトゥさんという名だった一人の蝦夷の主が、凶道王と黒乙という二人の蝦夷の主として伝わったと……?」
「はい。……クユオウトゥという名も、キヤウトゥと似ております。和人には、そのように伝わったのでしょう。」
「なるほど……な!」
半兵衛は考えつつ、馬上より目の前の蜘蛛のごとき妖を斬り倒す。
時はイオフヤから凶道王の話を聞きし時より一夜明けて。
にわかに蝦夷の軍勢が陸奥より、押し寄せていたため。
半兵衛はこれを、奥州の金山へと至る道にて迎え討っていた。
「くっ……蝦夷の奴らめ、何故にわかに湧いて出た!」
「おそらく夜の間に息を潜めつつ進んだのであろう……くっ、妖め!」
「こちらで引き受ける!」
悪罵を漏らしつつ妖に苦しむ仲間を、半兵衛が妖を倒し救う。
「おお半兵衛殿! かたじけない。」
「はは……いいってことよお!」
礼に答えつつ、半兵衛は再び迫る蜘蛛の妖一一ニンクオスフを斬り倒す。
この前の妖一一スムグウクアイと同じく、数が揃いし時が最も恐ろしき妖のようである。
「とはいえ、前の二の舞は踏まないよう……うりゃ!」
一つ、また一つと斬り倒していく。
しかし、もしも。
もしも、この妖を使っている蝦夷たちと言葉を交わし合えたら。
凶道王のこと一一白布たちでは分からぬことも、分かるようになるのだろうか。
さようなことを考えてしまうとは、やはり白布の話を未だ素直に受け止められておらぬようである。
「(まったく、白布ちゃんに悪いことしちまってる……そうだ、凶道王と黒乙は元は一人、キヤウトゥ。それでいいだろ!)」
心の迷いを振り切らんとして、半兵衛は紫丸を振り切る。
「nyxeuxa……gyxosi gxeixa utxo!」
「fxaminin! ryxeutumu、nwxaixomyxun!」
戦場より、少し離れし所にて。
蝦夷方の大将・イエフオウハウングは、傍らの従者・リエウトゥムを宥める。
「txu gyxosi……gyxosi txu ryxurxa utxo」
「nwxaixomyxun hyxatu、fxasyxu ywxo! ……txu gyxosi、gyxosi txu ryxurxa nwxu!」
また仕向けし妖が、和人のあの刃にやられてしまう一一再びそう騒ぎしリエウトゥムを宥めるイエフオウハウングであるが。
宥める言葉とは裏腹に、こみ上げし物は前にあの刃を見かけし時より抱く恨みであった。
「ryxeutumu……tsxamyxungxe、sigufw sunwxon hyxamyxu。」
「……? i、iwxi……nyxeuxa utxo hatigufw?」
「……tsxaminin ywxo? ……sunwxon murxo gufw!」
「ni、nyxeuxa!」
リエウトゥムにその場を任せると言うが早いか、イエフオウハウングは馬を走らせてその場を跡にする。
「よし、また一つ……ん?」
ニンクオスフをまた一つ斬り倒せし半兵衛であるが、その目の先には。
とても早き馬にて、迫る者の姿が。
「秀原さん!」
半兵衛は、自らの馬を秀原の馬に寄せ、秀原を守らんとする。
と、その時である。
「な、妖が!」
秀原の従者が叫ぶ。
主人を迎えるかのごとく、あれほど迫っていたニンクオスフたちが道を開ける。
早き馬に乗る者一一イエフオウハウングは、そのまま秀原の馬めがけて迫る一一かに思われた。
と、にわかに馬を止める。
その隙を突かんと、秀原の兵らが矢を構えるが。
その前にニンクオスフたちが立ちはだかる。
「くっ……退かぬか!」
兵らが矢を射るや。
たちまち動きを止めていたニンクオスフたちが動き出す。
「何と! くっ、秀原様に触れさせるな!」
「応!」
妖と兵が入り乱れての戦となる中。
半兵衛はたちまち、ニンクオスフの群れに囲まれてしまう。
「くっ……えい!」
迫るニンクオスフたちを、再び一つまた一つと紫丸にて斬り倒すが。
そこへゆっくり、しかし力強く地を踏みしめる音が。
たちまちニンクオスフたちは、半兵衛を取り囲みつつにわかに動きを止め。
足音の主のために、道を開ける。
イエフオウハウングである。
「あんた……蝦夷の長か。」
「txu ryxurxa hyxa ixufu……sigufw iyxamyxun utxo、fxarxaixu ixufu myxomyxun nwxu……」
「……すまない、言葉は分からん。」
「……mxogxehyxu ixe in!」
イエフオウハウングは叫び、半兵衛に斬りかかる。
半兵衛もこれを防がんとするが、自らの持つ紫丸に気づきそのまま躱す。
半兵衛はそのまま間合いを取るが。
取り囲むニンクオスフたちが、鋏のごとき口を鳴らし脅す。
「おっと、怖いねえ……しかし、こいつをただの人に向ける訳にはいかんて決めたんでな!」
「haxi?!」
半兵衛は紫丸を素早く鞘に収め、持つもう一つの鞘より小刀を引き抜きイエフオウハウングに斬りかかる。
「nwxa……txu ryxurxa nugyxonhyxu!」
イエフオウハウングはこれを自らの刀にて防ぐ。
しかし、あの刀一一紫丸ではないことに苛立っておる。
「だから何言ってるか分からんての! ……でもこっちも聞かせてもらいたいな、どうして鬼神一派と通じているのか! あと一つ……いや、何でもない!」
半兵衛と蝦夷の長、ここに相見える。




