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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第5章 北都(奥州氏原氏編)
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談合

「津軽の蝦夷……? 今戦っているあの蝦夷たちと同じってことか……?」

「くっ、おのれ和人! イオフヤを殺すのか!」

「待て、野代!」


半兵衛の言葉に、野代は再び腰の小刀に手を回し。

刈吉が止めに入る。


今やこの場は、今にも戦場になりかねぬ様である。

しかし、白布は続ける。

「津軽の蝦夷の村は未だ氏原に刃向かい、他の和人に組する蝦夷たちには禁じられし、蝦夷の言葉や習わしを代々伝えて来ました所です。しかし、それも。……氏原清原に見つかり、死に物狂いの抗いも虚しく滅ぼされました。」


その言葉には、その場にいる者たちが長く、皆気まずげな色を浮かべる。


半兵衛はようやく、こう尋ねる。

「……それで、お婆さんはこの村に落ち延びたのか。」

「はい、祖母はその頃、まだ若い娘でした。それがこの村に逃げ、幸いにも受け入れていただけました。それからは、この村にて。蝦夷の言葉や習わしを密かに伝えて来たのです。」

「……そうか。」


半兵衛はイオフヤを見る。

イオフヤは努めて、穏やかな顔であるが。

その心にどんな思いがあるのか、察して余りある。


「そうだ、yisxosxa……和人はいつにおいても我らの仇だ! イオフヤの村を滅ぼせしことに飽き足らず、白布のムヤもリユも……!」

「野代!」

「ムヤとリユは! 和人のやったことかどうか分かったことでは……」

「え?」


野代の恨めしげなる言葉には、刈吉と白布は言い返すが。

半兵衛は話が読めず、呆ける。

「あ、申し訳ございません……ムヤは母、リユは父のことです。私のまだ幼き頃、山で二人とも死にました。」

「……それは……」

「言っておる、和人の仕業であると!」

「それはまだ分からないことです! 確かに解せぬ所は多いですが、和人の仕業と決まった訳では……」

「白布! お前はもっと和人を」

「野代、お前はもっと落ち着け!」


野代と白布の言い争いを、刈吉が諌める。

「……もし、白布ちゃんのご父母が俺たち和人によって亡くなったなら、それは俺も知らなければならなかった。知らせてくれてありがとう……」

「……半兵衛様」

「そして、申し訳ない。もし和人の仕業なら、同じ和人として償わなければならない……」

「……いえ、さようなことは……」


半兵衛の言葉に、白布は恐れ入る。

「謝って済むことではなかろう!」

「野代! 止めなさい!」

「まあまあ! 野代さんの怒りは尤もさ。……それで白布ちゃん、何でそんな大きなことを俺に?」

「そうだ、何のつもりだ!」


半兵衛は白布たちの言い争いに割って入り、最も知りたきことを尋ねる。

「……はい、ではこれより。……半兵衛様、私たちが蝦夷と和人の橋渡しをするため、お力添えをお願いしたく存じます!」

「な……?」

「何!?」

「!?」


これに驚きしは、半兵衛だけではない。

野代と、刈吉も息を呑む。

「し、白布ちゃん……? 今何て」

「そ、そうだ! 何を考えておる白布! 和人と我らとで手を組もうなどと」

「まあ待て野代! ……白布、それは私も寝耳に水だ。軽はずみに言っているのではないだろうな?」


落ち着かぬ皆の中でも、刈吉は努めて落ち着き。

白布に尋ねる。

「刈吉、これは前々より考えていたこと。でなければ陸奥の蝦夷と和人の戦場に足を運んだりなどしないでしょう?」

「……そうか。」


刈吉は、その答えが腑に落ちたようである。

白布は、続ける。

「私は確かに……和人を憎みしことがないと言えば嘘になる。子供の頃より、和人の子供から石を投げられることもあった……それに父母のことも、和人の仕業ではないかと思いしことは幾度もある! ……でも、私は思った。和人と蝦夷、二つが争い合わねばいいと。だから。」


白布は言う内にも、涙声になっておる。

これには野代も刈吉も、かける言葉がない。


白布は心の底より、そう思っているようである。

「俺も白布ちゃんが戯れで言っていないことは分かった。まあ、元より白布ちゃんの心を疑う訳じゃないが……それで、俺は何をすればいい?」

「はい……それは」


白布は何故か、言葉に詰まる。

「白布ちゃん? ……すまない、言わせてもらうなら……俺はあんたたちが仇と見る和人だ。その話も腑に落ちなければ、あんたたちも俺を信じられないだろうし、俺もおいそれと話に乗ることはできない。」

「!? そなた、やはり!」

「野代! ……半兵衛様のおっしゃることは正しい。すみませぬ半兵衛様。白布や野代は分かりませぬが、私は未だ……あなたを信じ切れている訳ではございませぬ。」

「……ああ、分かっている。」


半兵衛は敢えて厳しい言葉を投げかけ、刈吉もそれに返す。半兵衛は刈吉と初めて顔を合わせた時の、彼の顔を思い出す。


やはりあれは、少しばかり睨みをきかせた顔だったのだ。

「……さあ、白布ちゃん。命を救ってくれた恩を返せず悪いが……ここは今、戦場だ。白布ちゃんも筋を通してくれないとな、さあ、今一度聞く。俺は何をすればいい?」


再び、半兵衛は問いかける。

「なんだ、お前たち! 刈吉まで、白布を苛むな。白布、こんな者たちの言うことなど聞かずとも」

「野代、庇ってくれてありがとう。……でも言わなければいけない。……半兵衛様、私の望みは」




その次の日。

「い、一大事でございます! 秀原様!」

従者が血相を変え、平泉の氏原屋敷へと飛び込む。


「何事か!? ……まさか、半兵衛殿が見つかったのか!」

「はい、さようでございます!」

「……そうか。」

秀原と従者が話す間。


半兵衛が一人、部屋へと入る。

「半兵衛殿! ……その身を案じておりましたぞ!」

「申し訳ない、ご心配をおかけした。」

「して、どちらに?」


秀原の言葉に、半兵衛は居ずまいを正し。

「あの後、妖を倒しに行って。妖は何とか喰らったんだが、こちらの侮りが元で俺は傷を喰らっちまった。そこからは」


半兵衛は淡々と話す。

「何とか這々の体で平泉の近くまでは戻ったんだが、傷が深くて動けず……どうにか治すのに、ここまで時を要してしまった、申し訳ない。」

「さようか……しかし、帝からのお手紙にありましたが、そなたは誠に傷を自らのみでも治せるのですな。」

「ああ、ただ割合深手を負ってしまってな。面目もない。」

「いやいや、こうして帰ってこられたのですから良かった!」


秀原は笑い、従者らも笑う。

半兵衛はそれらを見渡し、少し気まずげである。


それは、白布との誓いが元である。



「半兵衛様……あなたが私たちの人質となっていただくことです。」

「……へ!?」

白布のこの言葉には半兵衛も、間の抜けた声に更に勢いが加わる。


否、半兵衛だけではない。

野代と刈吉は、そもそも声すら出せぬと見える。


白布が何を言っているのか、分からぬ有様である。

「……人質……? それは、どういうことだ?」


半兵衛は聞き返す。

なるほど、先ほど言葉に詰まりしことにようやく合点が行く。


人質になれなどと、言う自らの正気を疑われかねぬ。

しかし、白布は今口にした。それが如何なることになるか、解しているのであろうか。


半兵衛はそのことについての確かめたさもあり、今聞き返したのであるが。

「はい! 私たちは和人の言葉と蝦夷の言葉を操る者。であれば、この二つを橋渡しできるやもしれませぬ。しかし、お考え下さい。二つの言葉を操れるからと言って、果たして和人の長も蝦夷の長も、私たちの言葉に易々と耳を傾けてくださるでしょうか?」


自らの言葉を誠に解しているのか、白布は誇らしげに熱く話す。


お考え下さい一一その言葉はそっくりそのまま白布にお返ししたいと思う半兵衛であったが。


さておき。

「なるほど……つまり白布ちゃんのお話では、俺を人質にすれば和人の長も蝦夷の長もこちらの言葉に耳を傾けてくれると言っているんだな?」

「はい! さすがは半兵衛様!」

「おおそうかい、なんか照れるな……って、じゃなくて。問いたいのは、それで和人の長一一秀原さんはともかくも、蝦夷の長は話を聞いてくれるかということなんだがな。」

「はい! なぜならそれは。」


白布は話す毎に、その口に帯びる熱を増していく。

「半兵衛様には、あの蝦夷たちが操る妖を退ける力があります。さようなお方が共にいる者の話を、無碍にはできませぬでしょう?」

「うん……まあ一理あるな。」


半兵衛はうーんと声を漏らす。

先ほど言った通り一理はある。


だが、蝦夷は半兵衛が共にいると分かれば、和人の手先と疑ってくることもあり得る。いや、そもそも秀原も必ず耳を傾けてくれるということも言い切れはすまい。


「白布ちゃん……白布ちゃんの想いと、話は分かった。ただ……やはり()()()()()()乗ることはできない。」

「……さようですか。」

「白布、離れよ! ……白布の話を受け入れぬということは、すなわちこの村のことはこの男が密告するということだ!」

「わ、ま、待った!」


前向きでない半兵衛の答えに、野代はすっかり戦腰であるが。半兵衛はそれを、自ら宥める。

「落ち着いてくれ!」

「ふん、命乞いか!」

「ここでこちらの話も聞いてくれないようなら、あんたたちも自らの言葉を人に聞かせるなんてできないぞ!」

「何? おのれ」

「nwaixomyxun!」

「! ixofuyxa!」


再び半兵衛を斬らんとする野代を、イオフヤは止める。

「ixa nwxuki fxaixtxaku gyxe tsxarxemyxu hyxa nyxan mitu? ixetu hyxugxeryxu hyxatu」

「ixofuyxa! mimyxu hyxa ixagxehyxu! txu hyxu utxo」

「ああ、すまない! ……俺も言っただろう、()()()()()()って。こちらの話をまずは全て聞いてくれよ。そんなに蝦夷の言葉で話されても何言っているか分からないし。」


此度は、イオフヤと野代の話を止めしは半兵衛であった。

それを受け、野代は未だふくれてはいるが黙り込む。

イオフヤは。


「……fxasxokuywxan ixe、nyxeuxa。fxasxosxohyxuywxu hyxatu fxakxehyxun gyxosi。」

「……お婆さんは何て?」

「……私が口を挟むべきではなかったのに、申し訳ございませんと申しております。申し訳ございません、半兵衛様。身勝手に話が過ぎました。」

「いや、いいよ……俺も言い過ぎてしまったし。お婆さんも野代さんも、すまない。」


半兵衛は謝る。

イオフヤは白布より半兵衛の言葉を聞き、申し訳なさげに首を横に振る。


野代はといえば、顔を逸らすのみであるが。

さておき。

「おほん。では……白布ちゃんの今の考えだけでは、おそらく橋渡しはできないと思う。しかし、それでも争いを終わらせようという白布ちゃんの心はいいと思う。だから、俺も共にそのやり方を考えさせてほしい!」

「……! 半兵衛様。」

「ありがたく存じます。」


半兵衛のこの言葉に、白布も刈吉も礼を言う。

しかし、野代は。

「……すまぬ、白布。お前の願いでもそれはできぬ。私は力添えできぬ。」


そう言うや野代は、白布の家を出る。

「野代! ……すみませぬ、半兵衛様。」


刈吉は野代を追いかけて行く。

「……申し訳ございませぬ。」

「いや、そんな……でも野代さんが乗ってくれないとは、悔しいよな? 仲良しの幼馴染なのに。」

「はい。……すみませぬ、よほど和人の方々を恨んでいるのか……」

「だから、謝ることはないって。……何はともあれ、もう夜が明けそうだな。それまでにもう少し寝ておくよ。」

「は、はい! お休みください。」

「あはは、そんなに恭しくどうも。」


半兵衛は再び床につく。

白布もイオフヤも、寝床を整えると隣の部屋へと戻る。


さてその時。

「野代、待て!」

「刈吉。」


刈吉はようやく、野代に追いつく。

「何故助けてやらぬのだ? 白布の考えだぞ!」

「ふん、白布もお前も騙されておる! あんな和人の言うこと、鵜呑みにするのか?」

「……ふーむ、野代。さてはお前」


刈吉は、何かを悟りし様である。

「な、何だその目は!」

「……txatxukxi tsxasxosikxonhyxun hyxatu fu hyxa ixufu txu fumi tsxakxikxomyxu futxan hyxa txanwxu kyxatu?

tsxamxen txatxukxi utxo txu fumi txamyximyxun ixusxo」

「ha、haywxa! txasxonwxu ywxo!」


刈吉が、野代が白布を助けられぬと言いし訳を察した言葉に、野代はかなり照れ、顔を真っ赤にし否む。


刈吉の言葉がいかなるものであったかは、言うまでもない。さておき。




それから夜が明け、半兵衛が氏原屋敷に帰りし今に至る。

「何はともあれ半兵衛殿……これからもお願いしますぞ!」

「ああ、無論だ! ……ただ、こうやっで尽く皆に気苦労をおかけした身としては、不躾な頼みがある。」

「ほう? ……いやいや、半兵衛殿。どうぞなんなりと。」

「分かった。……では。」


次の半兵衛の言葉は、秀原が思いもよらぬ物であった。

「あの踊り子……白布ちゃん、だっけ? その子が蝦夷の村に住んでいるというから、その村をちょっと見させてくれないかい?」

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