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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第5章 北都(奥州氏原氏編)
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凶道

「はあ、はあ……こりゃあ、中々の悪路だな……」

半兵衛は馬上より、愚痴を漏らす。

平泉に至る山道は、かなり険しい。


「いや、……凶道か。」


しかし、何故に半兵衛は、この地にいるのか。

話はこの時より、半月ばかり前に遡る。


「凶道王? 何だ、それは?」

半兵衛は話相手、静清栄に問う。

二人は僅かな従者を伴い、京から馬にてある所へと向かうさなかであった。


馬上にて清栄は静かに、話し始める。

「その昔……大和の国(現奈良県)よりこの京へと都が移される時。未だこの朝廷にまつろわぬ者たちがいた。」

「まつろわぬ者?」

「うむ。……従わぬ者という意よ。それらは蝦夷(えみし)と呼ばれておった。」


蝦夷一一それは凶道王と同じく、半兵衛も初めて耳にする言葉であった。

「蝦夷……恥ずかしながら初めて聞く言葉だな。」

「無理からぬことよ……もう忘れられつつある言葉であるからな。」


清栄は事も無げに言う。

「忘れられてる……か。何でそんなことに?」

「それも無理からぬこと。……京の都が出来上がる前に、それらは朝廷の軍門に下ったからだ。」

「……え?」

半兵衛は聞き返す。


「蝦夷はとても強き者たちと聞いている。歌にあるからだ、"えみしを一人百な人、人は言えどもたむかいもせす"とな。」

「うーん、どういう」

「"蝦夷は一人で百人力というが、手向かわなかった"ということよ。」

「……へ、へえ〜」

半兵衛は曖昧に頷く。


今ひとつ、飲み込みづらいが。

そんな半兵衛をよそに、清栄は続ける。


「その強さ故に送り込まれし大和の軍勢は尽く、蝦夷に退けられてしまった。そこで……その時の帝は、時の征夷大将軍を東北へ送り込み、蝦夷を制させたのだ。」

「征夷大将軍?」

(えみし)を征する大将軍だ。それはこれまで誰もなし得ておらぬことだった。制されし蝦夷たちは、自らの言葉や習わしを伝えることを禁じられた。そして、その長であった凶道王ともう一人、黒乙(くろおと)は河内国(現大阪府)にて刑に処された。」


そこまで言い終わるや、清栄は馬を止める。

半兵衛もそれに倣い、馬を止める。


「ここは……?」

「先ほど話しておった凶道王と、恐らく黒乙を祀った地だ。」

そう言いつつ清栄は、山道へと入って行く。


「あ、ちょっと!」

半兵衛や、従者らは慌てて後を追う。


「え? でもここは京の近くだろ?」

「ああ、まあいわば……飾りといった所か。」

「飾り?」

「黙ってついて来ればよい。」

清栄は有無を言わさぬ様である。


「……ったく。」

少々息を漏らしつつも、半兵衛は黙り従う。

そうして、しばらく歩いた頃。


「……ここじゃ。」

「……ん?」

ついた所には。


一つの、大きな石が。

「……悪いが、半兵衛と二人だけで話したい。そなたらは外してくれ。」

清栄のこの言葉に、従者らはすぐに去る。


「……石?」

「碑だ。あの凶道王と、黒乙を祀った、な。」

「え?」

半兵衛は碑を見る。


その碑には、こう書かれていた。


狗余宇斗


「……何て読むんだ?」

「くようと、と読む。恐らくは凶道王と、黒乙のことよ。」

「恐らく? あれ、ここは確かに、凶道王と黒乙を祀った所なんだろ?」

半兵衛は訝しむ。


「言うておろう? 恐らく、と。見ての通りここには、凶道王と黒乙、どちらの名も刻まれてはおらぬことも含め、ここに誠に二人の骸があるか分からぬ。であるからこれは、飾りであるかもしれぬということよ。」

清栄は淡々と話す。


「何だ、つまるところ分からないことだらけじゃないか。」

「もうすでに幾百年も前のことよ。こうして私まで伝わりし話も、先ほど言うた時の征夷大将軍についての物語として伝わる話であるしな。」

「もうすでに、嘘か誠すら分かりづらいって訳か。」

半兵衛はうーんと嘆息を漏らす。


幾百年一一それは想いを馳せることもできなくはなかろうが、やはり古きことには変わりない。

「……さて、言わねばならぬな。私が頼みたきことを。」

「え? 清栄さんが俺に頼むのか?」


半兵衛は驚く。

今までは、近く帝より奥州の妖退治を命じられるであろう時に備え、前もって清栄が蝦夷について教えるという話であったからだ。


「うむ、半兵衛。……奥州に探りを入れ、できる限り多くを知って来てほしい。」

「……それが、清栄さんの頼みか? 言うなれば、俺に奥州に間者 (スパイ) として行けと?」

「さよう。半兵衛、実はな……奥州とは、この京が治めるこの日の本の国にある、もう一つの国なのだ。」

「……え?」

半兵衛はまたも驚く。


「えっと……それはつまり」

「つまり、帝より氏原氏は、奥州を国として治めることを認められておるということよ。」

「……なるほど。しかし、それが清栄さんが俺に間者になるよう頼むこととどう繋がるんだ?」

半兵衛のこの問いに、清栄はふふん、と鼻を鳴らす。


「よくぞ聞いてくれた……私はいずれ、この日の本の国を帝に代わり治める! それに辺り、もう一つの日の本とあらば私に楯突かぬとも限らぬ故、私にとりて益となる国か見極めたいのだ!」

「な……何!」

清栄のこの言葉には、半兵衛は言葉を失う。


今の言葉は、謀反と取られても致し方ない。

「き、清栄さん……まさか」

「叛意がある、と取られても構わぬ。……しかしこれは、私のみではない、全ての侍たちの願いよ。自ら命を削る侍たちが、私腹を肥やすだけの公家共にいつまでも跪いていいように使われて黙ったままでいてやる道理など、微塵もない故にもう終わらせるべきなのだ。」

「……それは」


半兵衛は言葉を失う。

確かに、侍たちがそう思ったとしても無理からぬことである。しかし。

「……なるべく、人と人が争い合わないことにはできないのか?」

「……そなたは優しいな!」


言いつつ清栄は、半兵衛に詰め寄る。

「!? ……俺を殺すかい?」

「……何故、そう思う?」

「今、この世で清栄さんの叛意を知るのは俺だけさ。俺をここで野放しにして、帝に密告されたりしたら清栄さんはどうなる?」

「……無論」


清栄は再び言いつつ、自らの刀の柄へ手をかける。

それを見、半兵衛も紫丸の柄へ手を回す。


が、清栄は抜く兆しを見せぬ。

「……ここで、()()()()()そなたであれば斬る。だが、力を貸していただけるならば、この場で手を組みたい。」

「生きるか死ぬか、この場で決めろって? ……俺を斬れば、清栄さんはその咎を受けるんじゃないか?」


半兵衛もさして揺らぐ様は見せず、淡々と返す。

それを受け、清栄はくすりと笑う。

「……何がおかしい?」

「ふふふ……その時はそなたの側より斬りかかって来たがために返り討ちにしてやったと帝には申そう。」


半兵衛は尚も、揺らがず。

ため息を吐く。

「……今の顔、自分(てめえ)で見てみろ。人じゃねえって顔だぜ?」

「……さようかもしれぬな。今の私はただの、己の願いの傀儡よ……!」


半兵衛は紫丸の柄より、手を離す。

「……いい、わかった。」

「では、私に?」

「いいや。あんたを全て許せば、俺も帝に楯突く仇になっちまう。でも、今は帝には明かさないでやる。少なくとも、奥州に間者として行けって話は聞き入れよう。」


清栄はやや、拍子抜けの色を浮かべる。

「ふうむ……そなたはそれでよいのか?」

「それはこっちの言葉だ。俺の今の話信じるってか? 嘘だったらあんたの立場、どうなる?」


しかし、清栄の答えは。

刀の柄より手を離し、半兵衛からも離れる。


「……信じるってか。」

「否、私は怯えることが癪なのだ。今の話が嘘か誠かなどと考えていては身動きが取れぬ。だから、一度は賭けに出ようと思ってな。」

「なるほど、信じてないが腹は決まったか。……うん、あんたはただ悪いだけの奴じゃないようだ。」

半兵衛と清栄は、向き合う。


「では半兵衛……一つ頼むぞ。」

「ああ……心得た。」





そして、その間もなく後に。

帝より奥州に行くよう命が下り、半月ばかり京より進み今に至る。


「はあ、はあ……ったく、まだかよ……」

「! 半兵衛殿、あれでは?」

半兵衛が疲れ、馬上にてうつむいていると。


従者はどこかを、指差している。

「え? ふう、ようやく着いたか……!?」


半兵衛は山の上より望む平泉の様に、驚く。

それは、京の都よりは幾許か小さく見えるものの。


土の壁にて囲まれ、その周りは更に山々に囲まれ。

寺社や屋敷が壁の中に数多立ち並ぶ、まさに北の都と呼ぶに相応しき美しさである。


「……なるほど。これは確かに、北の都だな。」

半兵衛は、嘆息を漏らす。




「ようこそお越しくださった、妖喰い使い殿よ。私は奥州を治める氏原家当主代理・氏原秀原と申す。」

氏原の屋敷にて。

当主代理・秀原は半兵衛に謁見する。


「こちらこそよろしくお願いしたい。京から来た、妖喰い使い一国半兵衛と申す者だ。」

半兵衛は頭を下げる。


「うむ、お初にお目にかかる……さて、北のあらましをお話しせねばならぬな。」

秀原は語り始める。


妖が見られるようになったのは一月ほど前。

そして妖を率いていたのは、何やら入れ墨を入れ、訳の分からぬ言葉を話す者たちだった。


「蝦夷か一一」

「ほう、お話が早い。そこまでご存知であったとは。」

「いや、ちと待ってくれ。聞いた所によれば、たしか凶道王と黒乙が処刑されてから、蝦夷たちは言葉や習わしが禁じられたって……」

「ほほう! さらにそこまでご存知であったとは。」


半兵衛の言葉に秀原は、さらに驚く。

「いや、それはいい……何で一月前に出会った蝦夷たちは言葉や習わしを?」

「ふむ、それには心当たりが。」


秀原は続ける。

実はこの平泉を造った祖父・清原の代まで、まだ抗う蝦夷の一団が津軽にあり。


その時に討ち漏らした生き残りがいたのであろうと。

「しかし分からぬは、そやつらがどのようにして妖を手にしたかということだが……いずれにても、妖を打ち倒せる者は北にはおらず、困り果てて来ていただいたということである。」


秀原は半兵衛に向き直る。

「なるほど……まあ、来たからにはお力添えさせていただく所存だ。」


半兵衛は秀原に、頭を下げる。

「何と頼もしい……よろしくお願い申し上げる。……さて、これより宴をせねばな。」

「え?」


半兵衛は間の抜けし声を上げる。

「いやいや、何せ大事な客人がいらした訳ですからな! ささやかながらおもてなしをせねば。」

「いやいやそんな、お構いなく!」


半兵衛は次は恐れおののく。

「ははは、まあそう気後れしなさるな! ……うむ、ではこうしましょう。こちらも妖の害にて正月の祝いが碌にできずじまいであったが故に、此度はそれも兼ねての祝いということに。」

「ああ……承知した。ありがたい。」


半兵衛は渋々、その言葉に甘える。

そう言われては、断る訳がない。


すぐに下男、下女らが膳を持って来る。

酒も運ばれ、たちまち宴は始まる。


踊り子たちが数多出て、麗しい舞を見せる。

半兵衛はその中の一人に、ふと目を見開く。


それは、色が白く見目麗しい娘であった。

「半兵衛殿、楽しまれていますかな?」


秀原が半兵衛の元にやって来る。

「ああ、それはそれは……ところて、あの娘は?」

「ああ、中々美しき女であろう? あの者は白布といい、蝦夷の血筋の者でしてな。」

「……!? えっ……」


半兵衛は驚嘆する。

まさか、屋敷に仕える者に蝦夷がいたとは。


「蝦夷と聞いて驚かれたか。しかしご安心を、今我らに刃向かうはごく僅かな蝦夷。殆どの蝦夷は我らの軍門に下っておる故害はありませぬぞ。」

「あ、ああ……何も害なんて考えてないよ。」

秀原の言葉を聞き、半兵衛は再び舞を見る。


姿形のみならず、所作の一つ一つが実に優美である。

白布。半兵衛はすっかり、その娘の踊りの虜となっていた。



その夜。

「はあ、ちと呑みすぎたかな……しっかし白布ちゃんか、可愛いかったなあ……」

半兵衛は客間にて、床についていた。


頭を痛めつつ、その頭に焼き付く白布の姿を半兵衛は、思い返していた。


が、旅の疲れと酒により。

眠りに落ちるは遅くなかった。


そうして、夜も明け始めし頃。

「一大事にございます!」

平泉の氏原屋敷に早馬にて従者が駆け込む。


「うむ、朝早くから騒々しいことへの咎はさておき……出たのだな?」

秀原は寝ぼけ眼を努めて見開き、従者に言う。


「はい! 陸奥国(現青森県)にて蝦夷の軍勢及び、妖が数多あり!」

「うむ、戦の支度じゃ! 皆起きよ! 誰か半兵衛殿を起こしてはくれぬか!」

「はっ!」

屋敷の中はてんやわんやである。


蝦夷と、和人。

そして白布と、半兵衛。


この出会いは確かに、北の地に更なる波乱を呼び込まんとしていた一一

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