幕開
「改めて……そなたらの武勲、讃えられてしかるべきである。誠に、よくやってくれた。」
いつもの通りと言うべきか、帝は半兵衛に向かい言葉をかける。
鬼神との戦いより、六日ほど経った頃。
正月の祝いもそこそこに、戦勝の祝いとして半兵衛はこうして内裏に呼ばれる。
「ああ、その言葉は恐れ多いな……尤も、此度ははざさんの手柄が大きいが。」
「うむ……それは確かであるが、いずれにせよそなたら妖喰い使いがいてくれればこその話には違いない。いつも思うが半兵衛、そなたもちと素直にならぬか!」
帝は窘める。
「ああ、すまない……いずれにしてもよかったよ、また都を守れてな。」
半兵衛は笑顔を浮かべる。
「して、刃笹麿や、妖喰い使いの皆はどうしておる?」
「ああ、妖喰い使いの皆の傷は浅い。ただ、はざさんはまだ一一」
「うむ、血を吐くほどであったと聞いておるぞ。」
帝はため息を漏らす。
それは、刃笹麿の身を案じてのことのみならず、こうも大事が続け様に起きていることもあるのだろう。
「ああ、て言っても。治ってきてはいるんだ。まだ伏せってはいるけど、そんなにかからずに起き上がれるようになるって医師も見立ててる。」
半兵衛は付け足す。
昨日、改めて新年の挨拶も兼ねて阿江邸を訪れたのであるが。
「さああなた……お口をお開けください!」
「う、うむ上姫よ……私は食わせてもらわずとも自らで食える、もう下がってよいぞ。」
「まあ……恥ずかしがることはありませんわ、さあお上りください」
「あ、熱い! せめて冷ましてはくれぬか? やはり自らで食うからよい!」
「まあ、何と! 私の心を受け取っては下さらぬのですか! 悲しい!」
「わ、分かった! ひとまず落ち着かぬか!」
入り込む隙間がなかったことは、言うまでもない。
さておき。
半兵衛は、最も尋ねたかったことを尋ねる。
「帝も……中宮様も、大事ないかい?」
半兵衛が尋ねると、帝ははっと顔を上げる。
「ああ、そうであったな……うむ、中宮のことでは大晦から、元旦まで誠に、そなたらの気を揉ませてしまったようであるな……」
「いや、そんなことは……お達者なら、それでいいんだ。」
半兵衛は少し照れ臭げに、顔を逸らす。
「ただ、帝。鬼神はまだ、死んではいないと思うぜ。」
半兵衛は、話を変える。
「うむ、そのようであるな。……深手を負ったとはいえ、あれほどの妖喰いを従えていた者。あれで死んでくれたとは思えぬ。」
「ああ……こっちも止めを刺すことはできなかった。それに、宵闇の砕けた欠片も全て集めきれずすまない。」
半兵衛は平謝りである。
あの戦の後、砕けた宵闇の欠片はできる限り集められたが、全てではない。
何せ百鬼夜行にて、妖に折られし武具の欠片の継ぎ合せが妖喰いである。
此度は、妖喰いに砕かれし妖喰いである。
欠片をまた継ぎ合わされれば、次はどうなることやら。
「いや、よいのだ! そなたらに責められるべきことなど何もない、ひとまず今都はこうして助かっておるのだから。」
帝は半兵衛を宥める。
集めきれぬ物は致し方ないと帝は考える。
「その言葉はありがたい……これからもこの都を守ることに、命をかけさせてもらう所存だ。」
「うむ、頼もしいのう。ところで半兵衛。少し遅れたが、正月と戦勝祝いを兼ねての宴を催さんとしておるところなのだが、どうじゃ?」
帝からは、思いも寄らぬ言葉が。
「え! ……うーん、申し訳ない。せっかくだけど、辞退させていただくよ。そういう賑やかすぎるのはちょっと苦手でね。」
「これこれ半兵衛! 帝からのご好意を」
「いや、よい摂政! 半兵衛ならばそう言うと思っておって、断られて元々と思い言ったのみじゃ。そうか半兵衛、惜しいのう。分かった、これからも都を頼む。」
「誠にすまない、こちらこそこれからも守らせていただく。」
内裏での謁見は、これにてお開きとなった。
「帝、申し訳ございませぬ。半兵衛も、もう少し素直ならばよいのですが……」
「よいよい、摂政もそう気に病むでない。」
「はあ、ありがたきお言葉。」
帝と摂政が話をしつつ従者たちと共に渡殿を進んでいた、その時である。
「いっ、一大事にございます!」
渡殿の向こうより他の従者が、顔色を変えて走り来る。
「何じゃ、帝の御前でなんとはしたない!」
「も、申し訳ございませぬ……奥州より使いが、参られました……!」
「よい。……何? 奥州から? 供物は既に届いておるというのに、何事じゃ。」
「そ、それが……北にて妖による害があったと……!」
「何!?」
帝らは、耳を疑う。
「……父上のご様子は?」
「はい、今は眠られとりますわ。よほど応えたとお見受けしますなあ」
「……そなたが出歩いたりしておらねば、我らは!」
伊末は向麿の胸ぐらを掴む。
所は長門の屋敷にて。
担ぎ込まれし鬼神一一道虚は床に臥せる。
如何に道虚と言えどあれほどの傷は応えたようである。
「それがしは勝手に出歩いとったんやない、鬼神様直々のご命にて出歩いとったんやで?」
「だとしても……! 様子や機を窺いほんの一時だけでも戻ることはできぬのか!」
「妖は手配しましたがな。まさかあげに早く食いつぶされようとは思うとりませんでしたが。」
「そなた……!」
「お止めください、兄上。」
声に伊末が振り返るや、そこには冥子と高无が来ていた。
「ふん、今さらのこのこと……高无も何を遅くなっておる!」
「も、申し訳ございませぬ!」
「兄上方、お静かに願えませぬか? 父上に聞こえますわ。」
「……ふん。」
その言葉に伊末は、向麿より手を離す。
向麿は、着物を整え。
「さあ、お座りくだされ長門のお子らよ。ここはこれからのことと、それがしが"種"に水をやってきたことについて話合わねばならんと違いますか?」
自らは先に床に座り、長門の兄妹らにも促す。
「まったく、図々しい……さあ、話してもらわねばな。どこをほっつき歩いておったかを。」
冥子、高无は座り、そして伊末も苛立ちはそのままに座り。
向麿に話を促す。
「よくぞお訊きくださいまして! それがしは、北は奥州へ行っておりましたわ。」
「ふん、奥州か……何!? そなた、さような所へ何を!」
「くくく……まあそれについては、水をやった"種"がもう間もなく芽吹きますから、すぐに分かりますがな。」
伊末の驚きを、向麿は軽く受け流す。
「むう……勿体つけおって! まあよい、さてこれからのこととは?」
少し苛立ちを増す伊末であるが、一度落ち着き。
尋ねる。
「ふふふ……しかし! "種"はそれだけやありません。この京と……尾張にありましてん! その二つも芽吹かせなあきません。」
「京と……尾張だと! そなた、まさか」
向麿の言葉に、驚きしは伊末のみならず。
冥子、高无もである。
「くくく……覚えてますやな? かつて伊末様、あなた様らが蒔いて、放ったらかしとる種のことを。」
向麿は何とも、恐ろしき笑みを浮かべる。
「半兵衛、会えたな……!」
所は内裏へと、戻る。
帝との謁見を終え帰らんとせし半兵衛の前に。
来し人は氏式部一一の、なりをせし中宮である。
「中宮様……!」
半兵衛は驚く。
心のどこかでは、かように中宮が会いに来てくれることを待っていたのかも知れぬが。
「……大事なくて良かった。」
「それはこちらの言葉だ! あの禁じられし妖喰いと死合ったのであろう、傷は……!」
「ああ、俺たち妖喰いの使い手は大事ない。殆どはざさん一一陰陽師の阿江さんが片付けてくれたからよ。尤も、またはざさんには軽くない傷を負わせちまったが。」
半兵衛は中宮に、宵闇との戦いの経緯を話す。
中宮はうんうんと、うなずきつつ。
そっと半兵衛に、歩み寄る。
「!? ちょ、中宮様……」
「半兵衛……何はともあれ、そなたを救ってくれた阿江の陰陽師には礼を言わねばな。そして、そなたは大事なくてよかったぞ。」
「ああ……中宮様も、大事なくてよかった。」
「半兵衛……」
と、その刹那である。
「半兵衛殿、探したぞ! 少し話が……おや?」
現れしは、清栄であった。
「!? さあ、わ、私は中宮様の元へ帰らねば! で、では半兵衛殿、また。」
「お、おう……ち、氏式部さんも達者でな!」
そのまま、中宮は立ち去る。
「……おやおや、中宮様の侍女殿と。すまぬ、お邪魔したか?」
「……い、いやそんなことは! ないよ。」
「ふふふ……まあよい。」
清栄は笑みを浮かべつつも、努めて真顔に戻り。
「さて、半兵衛殿。私は帝より、そなたへ知らせてほしいことがあるとご命を受け参った。」
「ああ……え、帝から?」
「ああ、そうじゃ……そなた、凶道王なる者をご存じか?」
「え?」
半兵衛は聞き覚えなき言葉に、思わず間の抜けた声を出す。
今より時は、幾年か遡る。
所は奥州、平泉。
「ほら、蝦夷が通ったぞ!」
「ははは、こちらに来るな阿呆が!」
「石を投げてやれ!」
和人の子供たちが、蝦夷の子を嘲り。
石を投げ、それが蝦夷の子・野代に当たる。
石は野代の、体のあちこちに当たり。
野代は倒れる。
「ははは、どうした! 悔しければ起き上がってみよ蝦夷!」
すると野代は、顔を上げ。
石を掴み、和人の子供たちを睨む。
「おい、何だ?」
「蝦夷ごときが、やり合うというのか?」
和人の子供たちはまた嘲るが。
野代も引かず、そのまま石を持つ腕を、頭の後ろに回し。
「sxagー」
叫びと共に、そのまま石を一一
投げんとして、腕を押さえられる。
誰が。
その腕を押さえる者を見た野代は。
「!? ixeuhyー」
そこまで言いかけた所で、腕を押さえる者は野代の口を塞ぐ。
「おいおい、蝦夷の子がもう一人来たか。」
「何だ? まだやろうというか?」
和人の子供たちはまだ煽る。
現れしはもう一人の蝦夷の子一一刈吉である。
刈吉は和人の子供たちを睨み、野代から石を取り上げるや。
自らの右手に、握る。
「な、何だ! やろうと一一」
しかし、刈吉は。
そのまま両の腕をだらりと下げ、石も捨て。
頭を深く、下げる。
「!?」
「……すまぬ、今日は許してくれぬか?」
刈吉は頼み込む。
和人の子供たちは、しばし互いに見合ったのち。
「ふん、こーし抜けが! つまらん、帰ろう!」
笑いつつ、走り去る。
その様に再び怒りを覚える、野代であるが。
「……傷は浅い。村まで帰ろう。」
しゃがみこむ野代に、刈吉は手を貸す。
そのまま二人は、帰路にて。
「……iyxa nwxuki、uxai ixatxaku tsxasxohyxu ywxou gxe ywxo? tsxasxomyxomyxun ywxo、ixofuyxa utxo」
「byxaru txanwxu! uxai utxo tsxi fuuxaixatxaku tsxi
fxasxohyxu hyxa ywxofu、ixotifu byxaru fu txaixon ywxo!」
刈吉は野代が、先ほど蝦夷の言葉を話そうとしたことを咎めるが、野代は自らの言葉を話して何が悪いと返す。
しかし、刈吉は続ける。
「ixofuyxa utxo! rxo-n gufw hyxa ixufu ixetu sxohyxu hyxatu txasyxu ywxo? tsxaku utxo uxai ixatxaku
tsxasxohyxu ixufu tsxaku tsxasxo-rinwxu hyxa txasxonwxu……ixofuyxa ywxofu、"txatukxi" ywxofu、tsxi fxahyxaku gufw ixoti utxo、ugxeryxu hyxa ywxafu fxasxominin nyxa!」
婆様の言いつけを破れば、野代だけではない、村の者全てが殺されてしまうかも知れないと訴える。
それには野代も言葉が出ない。
「……uixon txatukxi kxuhan ixe in hixatu tsxi fxafxosyxu fu tsxarxemyxu hyxa nyxan mitu? tsxaku utxo……」
かつて、あの子一一白布を守ろうと誓い合ったことは忘れてしまったかと、刈吉は言葉を続けるが。
言葉に、つまる。
「……fxasxokuywxan、hirxanti! txu gyxosi txu fxasxorxemyxu! txu fuuxatsxiuxaku fxasxomyxumyun。」
野代は謝り、白布を守らんとする心は変わらず持ったままであることを告げて手を差し出す。
「sumxasiku……」
「hirxanti、gyxosi fxosyxu ixe in! txatukxi tsxi fxakxuhan hyxatu。」
「……iwxi!」
二人は改めて、白布を守ると誓うのであった。
そして、時は京の鬼神との戦の後に戻る。
奥州を治める奥州氏原氏。
その屋敷にて。
「では……白布! 舞を。」
氏原氏当主代理・氏原秀原が命じるや。
命じられし踊り子・白布が出る。
その容貌、白く麗しく。
優美な舞を、舞う。
「ううむ、見事じゃ……前祝いには実によい。」
秀原は笑みを浮かべる。
京より離れ、栄える北の都・奥州平泉。
ここにて果たして、何が起こっているのか。
次回より、第5章 北都(奥州氏原氏編)開始。




