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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 宵闇(禁断の妖喰い編)
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破鎧

「さあて、行くぜ!」

半兵衛が先陣を切り駆け出し、義常・頼庵・広人・夏もそれに続く。


「来い、自らの墓穴へと!」

鬼神は六つの腕を広げ、これを迎え討つ。


「死ぬかよ!」

半兵衛らもすかさず、駆けつつ自らの妖喰いを構える。


「ふん!」

鬼神は六つの腕に、再びそれぞれ妖喰いを形作りし殺気を持ち。


妖喰いと鬼神、二つの力がぶつかり合う。

「おりゃ!」

「甘い!」

「たあ!」

「弱い!」

「喰らえ!」

「つまらぬ!」

「くう!」

「そんなものか!」


半兵衛の紫丸、夏の爪、水上兄弟の翡翠の矢、広人の紅蓮。


妖喰い使いたちは駆け回り、鬼神にそれぞれの妖喰いを喰らわせるが。


鬼神はいずれも、六つの腕に持つそれぞれの殺気にて尽く防ぎきる。

「くっ、確かに弱ってはいるが……こりゃあまだ戦えるってか!」


半兵衛は唸る。

かつて、妖喰い使いを五人一息に抑え込んでいた頃とは違い、今は迎え討つことで手一杯といった形である。

宵闇の殺気は、やはり揺らいではいるものの。


それでも未だ、妖喰い五つを相手取ることはできるようである。

「侮るなというておろう! この宵闇の力はまだまだある! そこの陰陽師が少しばかり頭より捻り出したくらいの浅知恵では砕かれぬぞ!」


鬼神は高らかに叫ぶ。

「なるほど……まだまだか。」

刃笹麿は歯ぎしりする。


「そうだな……しかし、いくらでも攻める。そうすりゃいつか、隙が見つかる!」

「はい!!」

「応!!」

半兵衛の鼓舞により、使い手たちもより活気を増す。


「粋がるな、弱き者どもめ!」

鬼神が叫ぶ。

再び妖喰いの力が、ぶつかり合う。


半兵衛がまず、鬼神の胴を狙う。

しかし鬼神は、それを見逃さず。


槍を持つ宵闇の腕にて、防ぐ。

その間にも、広人も鬼神の胴を狙うが。


やはり次には宵闇の、刃を備えし腕にて防がれ。

次に、夏には。


弓を備えし腕に、他の腕に備えし矢をつがえ。

矢を放ち続け遠ざける。


「くっ、くそ!」

「ふん、雑魚共が!」

言いつつも鬼神は、目で水上兄弟を探す。


この場にはおらぬ所を見るに、恐らく半兵衛・広人・夏をけしかけ、その間に隙を見て襲わんとしているのであろう。


しかし、そうと分かれば防ぐことは難しくない。

恐るるに足らず。

なのだが。


「くっ……何故じゃ! いつまで出てこぬ!」

鬼神は苛立ちを強める。


隙を伺いすぎて動けぬのか、はたまた腰が抜けたか。

いや、もしや。

「なるほど……私とてこやつらに手こずっておるは同じ。ならば、自らは出てこなくともまだ良いと、高をくくっておるのだな!」


鬼神は再び、辺りを見渡す。

尚も自らに仕掛け続ける半兵衛・広人・夏。


それらの攻めはいずれも決め手には欠けるが、しつこいために鬼神も手を焼く。


できれば一息に仕留めたい所であるが、そうはできぬ訳があった。


それは、あの陰陽師により宵闇が暴れさせられ自らが弱らされたことである。


あの宵闇の暴れは、鬼神の傷を早く治す力を持ってもすぐには治せぬほど、鬼神を弱らせていた。先ほどは少しばかり弱らされただけと言ったが、その実かなりの痛手になっていたのである。


よって、あまり一息に大きな力を振るうことはできない。

すなわち決め手に欠けるは、鬼神とて同じなのである。


「なるほど……もしや私が激し、一息に力を振るい弱りし隙を突かんとしているのやもしれぬ。これは面倒な。」

鬼神は兜の鬼面の下の顔を、歪める。


相変わらず、半兵衛らは攻めの手を緩めず。

鬼神は力を使いすぎぬよう、守りに徹する。


戦いはすっかり、前に進まぬ様である。

「ふうむ……まだ早いな。」

「ああ……しかし阿江殿、鬼神とて勘付いておるのではないか? 弱らせて倒さんという、我らの策に。」

「うむ……」


物陰に隠れ隙を窺う刃笹麿と水上兄弟であるが、鬼神の隙なき守りに綻びは見出せぬ。


刃笹麿は唸る。

「ううむ……よく考えれば半兵衛らも、既に長き戦の後であったな……」


半兵衛らを見れば。

僅かにではあるが、息を切らし始めている。


戦を長引かせ、鬼神に隙を作る策であったが。

これでは半兵衛らの方が先に音を上げてしまうかも知れぬ。


「……致し方ないな、義常殿、頼庵殿! 策を変える。今より私の示す所に、殺気の矢をできる限り多く放ってくれ!」

「な……心得た!」

義常、頼庵はためらいつつも。


刃笹麿の指し示す所へ、翡翠の矢を放つ。

矢の、飛ぶ先は。


鬼神の、ひいては宵闇の左右の肩である。

「何じゃ!? これを隙と見たか、阿呆が!」

鬼神はすぐに勘づき、すぐさま夏に向けておった矢を、

水上兄弟の方にも向ける。


たちまち闇色と翡翠色、二つの矢が宙にてぶつかり合う。

しかし、それでも。

「くっまだまだ!」

「ほほう、諦めの悪さだけは褒めてやろう!」

「私を忘れるな!」

「くっ、あの娘もか!」

()も忘れるな!!」

「ふん、ならば!」


尚も諦めず、矢を放つ水上兄弟のみならず。

夏も、広人も、半兵衛も、鬼神が兄弟に手を焼き始めし隙を見逃さずに攻める。


しかし鬼神もそれに抗さんと。

次には六つの腕のうち三つに、闇色の弓を持ち。

残りの三つに、闇色の矢を持ちて番え、全ての方位に放つ。

「ぐう! 矢が!」

「皆、引くぞ!」


鬼神の矢は数を増せば勢いも増し。

そのまま飛んで来る水上兄弟の矢のみならず、迫る妖喰い使いたちも退ける。


「ふん、だから侮るなと……ぐっ!」

鬼神が僅かに気を緩めし時、すれ違い様に何者かに宵闇の左肩を斬られる。


無論、鎧越しなので傷は負わぬが。

鬼神は斬りし者を見、驚く。

「一国、半兵衛! 退いたのではなかったのか!」

「鬼神さんともあろうお方が、仇の言葉に惑わされんなっての!」


それは半兵衛であった。

なんと、あの矢の雨の中をかいくぐり。

矢を少し喰らいながらも鬼神に、迫ったのである。


しかし、斬られしは所詮鎧越し。

少しばかり左肩より生える殺気の腕や頭に乱れが起きたが、すぐに元通りとなりとるに足るものではない。

「ふん、しかし血迷ったな! かような所を斬ったところで……ぐっ!」


そこまで言いかけ、鬼神は先ほど斬りつけられし所一一のみならず、斬られておらぬはずの右肩にまでおかしき様を感ずる。


なんと、左右の肩に生えるそれぞれの頭と腕が、剥がれ始めているのである。

「ぐっ、ぐっ! 何じゃこれは!」

「……呪物降伏、式神招来急急如律令! 呪物降伏、式神招来急急如律令……」

「なっ、まさか!」


鬼神は殺気を通じ聴こえる声に、我が耳を疑う。

刃笹麿が、宵闇に働きかけあの式神たちを取り戻さんとしているのである。


「お……のれ! 陰陽師、どこまでも忌々しき奴め! まだ邪魔立てするか!」

「……呪物降伏、式神招来急急如律令! 呪物降伏、式神招来急急如律令……」

「ぐっ……この!」

「隙ありだ!」

鬼神は膝をついておる。

この千載一遇の機を逃すかとばかり、半兵衛ら妖喰い使いたちは群がる。


「ぐっ!」

「呪物降伏、式神招……ぐっ!」

「!? はざさん! そうか、殺気で繋がってるから痛みまで……」

「私はよい! そなたらは鬼神に!」

「……承知した!」

鬼神の痛みは、刃笹麿にも伝わる。

しかし、今は鬼神の宵闇を狙わねば。


半兵衛ははやる心を抑え、鬼神への攻めを緩めぬ。

と、そこへ。


「隙ありはこちらもですね、陰陽師よ!」

「ふん! 我らを忘れるな!」

「! 水上の兄弟ですか。」

刃笹麿を狙う影の中宮が飛び出す。

しかし、頼庵が小刀にて止める。


「頼庵、義常さん!」

「主人様、それぞれの務め! 互いに手出し無用と致しましょう!」

「……承知だ!」

半兵衛、夏、広人は鬼神に群がり。

刃笹麿は呪いを唱え続け、次々とその肩より式神を剥がして行き。


その剥がれし殺気により露わとなりし鎧に、半兵衛らは刃を次々と叩き込む。

そして、水上兄弟は影の中宮と闘う。

「おや? あの二人の翁の面の男はどうした!」

「あの者たちは妖がなければ何もできませぬが故、私一人でもあなた方ごとき相手取って差し上げますわ!」

「侮ってくれるな!」


「くっ、固いな……だが!」

半兵衛らは、次々と宵闇の殺気の隙間より覗く鎧そのものに刃を叩き込むが、殺気は無くともそこは力のみを求め作られし妖喰いだけに。


尽くその鎧は、刃を弾く。

「ふん……図に乗るでないぞそなたら!」

「くっ……呪物降伏、式神招来……ぐっ!」

「はざさん!」

「ははは、陰陽師よ! そなたが術を殺気にて送り込むのであれば、私はこの殺気を通じそなたを喰らう!」


鬼神も負けじと、刃笹麿を襲う。

そのために刃笹麿の攻めが緩み、鬼神は再び勢いを取り戻しつつある。

「ふははは!」

「ぐあ!」

半兵衛らも、宵闇の肩より生える殺気の腕にて再び押しのけられる。


「ぐっ……式神……招来……!」

「阿江殿!」

刃笹麿は血を吐く。

傍の水上兄弟も、その身を案ずる。


「よそ見とは侮ってくれますね!」

「くっ、兄者!」

「頼庵、まだまだじゃ!」

その隙を影の中宮は見逃さぬが、水上兄弟も何とか抗う。


「式神……招来……」

膝をつきつつも、刃笹麿は周りを見渡す。


半兵衛らも、水上兄弟も、戦っておる。

ならば、ここで負けられはせぬ。

「(せめて、私の力は及ばずともそなたらの力だけでも半兵衛らの力となれ……!)式神、ラゴラ、ケトラ招来、急急如律令……!!」


刃笹麿は、口より血を甚だしく出しつつも。

力づよく呪いを唱える。


と、次には。

「ぐっ……くっ、こやつらは!」

鬼神は目を見開く。


宵闇の鎧の両の肩より、それぞれに生える殺気の腕と頭が剥がれ。


式神ラゴラ・ケトラが現れ、鎧を剥がさんとする。

「くっ……何をする!」

「今だ、いくぞ!」


半兵衛らも、この機は逃さず。

宵闇の鎧に、立て続けに技を喰らわせていく。


「ふふふ……面白いぞ、陰陽師! だがさようなことでは負けぬ!」

「ぐっ……ぐあ!」

「はざさん!」

「言うておろう……私に構うなと!」

刃笹麿には、先ほどよりも強き殺気が送り込まれ。


刃笹麿もより苦しむが、耐える。

「ははは! ……な、ぐあ!」

その刹那、おかしきことに。


鬼神の両の肩にて鎧を剥がさんとした式神たちが、勢いよく爆ぜる。たちまち鬼神は、激しき痛みを感ずる。

「ぐ……陰陽師、何をした!」

「くっ……ん? 殺気の繋がりが、切れたのか……!」


しかし、刃笹麿が何かしたわけではない。

式神たちは自ら、刃笹麿と鬼神の繋がりを断つために爆ぜたのである。

「ラゴラ、ケトラ……そなたらが、私を……」


いや、それだけではない。

「鬼神!」

「小癪な……くっ!」

再び迫り来る半兵衛らに、鬼神も再び肩より殺気の腕を出さんとするが。


出ぬ。

先ほど九つの欠片のうち二つも失われたため、力が目に見えて減ってしまったのである。


たちまちその身全てを覆っていた殺気は目減りし、下の鎧をむき出しにして行く。

「おのれえ! 雑魚共ごときがどこまでも邪魔立てしおって!」


鬼神は怒りもむき出しに、残る殺気にて刃を形作る。

「おりゃ!」

「ふん、甘い! ……ぐっ!」


半兵衛らの攻めを、迎え討たんとする鬼神であるが。

殺気が衰えたとはいえ、未だ固さを誇るはずの鎧の上より、痛みを感ずる。


「ようやくヒビが入ってくれたな! 雨垂れ石を穿つってな!」

「何! そなたらまさか」

半兵衛らは出鱈目に攻めているように見せかけ、その実同じ所ばかりを攻めていたのである。


如何に堅牢な鎧であっても、耐え切れぬ時は来る。

果たして、半兵衛の言葉通りに。

「うりゃ!」

「く……ぐ……ぐあ!」


遂に鎧に入りしヒビに、半兵衛らは躊躇いなく追い討ちをかけ、鎧のヒビは更に広がり。


その下より鬼神の赤き血が、噴き出す。

「ぐあああ!」

「さあ、まだまだだ!」

「応!!」


半兵衛らは尚も、追い討ちの手を緩めず。

鬼神の身体につく傷は、次々と増えていく。



「鬼神様!」

「待つのだ高无! 我らは妖がなければ」

「し、しかし!」

伊末は歯ぎしりする。


このまま、鬼神一一父が嬲られる様を黙って見ておれと言うのか。


と、その刹那である。




「お待たせしました……何やらやられそうですがな!」

にわかに鬼神に群がる半兵衛らに向かい声が響き、地の中より何かが出でる。


「くっ、半兵衛!」

「引くぜ!」

半兵衛らはすぐに避け事無きを得るが、鬼神を持って行かれてしまう。


地より出でしは、妖・影鰐(かげわに)

鰐(鮫)の姿の妖である。

「遅いぞ!」

「鬼神様!」


伊末・高无・そして水上兄弟と戦っていた影の中宮もその妖の背へと、乗り込む。


向麿は、乗っていない。

声のみが聞こえる。


と、その時。

鬼神の身より宵闇の鎧が、ばらばらと崩れ剥がれ落ちる。


「な……宵闇が! そなた、何を!」

「いやいや、それがしやありません。」

伊末が怒るが、無論影鰐が噛み砕いたのではない。


先ほどの攻めにて宵闇の鎧は、遂に終わりを迎えたのである。

「くっ……おのれ妖喰い使い共め!」

「お待ちください、ここは引かねば。」


今にも妖にて迫らんとする伊末を、影の中宮が止める。

「何故じゃ! 鬼神様のために一矢でも」

「あれをご覧くださいませ。」


影の中宮の言葉に、伊末がふと見やるや。

内裏の方より侍たちが数多、迫っておる。

「あれは……清栄さんたちか!」

「半兵衛殿、待たせたな!」


先陣を切る清栄が、半兵衛へと呼びかける。

「さあ、引かねば。」

「ぐっ……この屈辱、忘れぬぞ!」

長門一門を乗せ、影鰐はその場を後にする。


「……はざさん、大事ねえか!?」

半兵衛・水上兄弟・夏・広人は刃笹麿へと駆け寄る。


「ふん……あれしきのことで……」

言いかけて刃笹麿は、目を閉じる。


しかし、事切れてはおらぬ。

いびきをかき眠っていた。

「まったく……はざさんは殺されても死なないんじゃねえか?」

「主人様、それは」

「分かってるよ……なあ。」

「はい?」


半兵衛は空を見上げる。

空が白み、日が顔を出し始める。

「あれは……初日の出ですな!」

「そういえば、今日年が明けたのか……年明け早々、皆お疲れ様。今年もよろしくな!」


半兵衛は、水上兄弟・夏・広人に呼びかける。

「はい、主人様!」

「そういえばそうでしたな……いやはや、こちらこそ!」

「何じゃにわかに……まあよろしく!」

「ああ、よろしく!」


半兵衛らの心は、大戦の後とのこともあり、疲れながらもどこか安らかであった。


しかし、未だ知る由もない。

この年が波乱の年になることを。


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