修羅
「何と……? 最初から我らは踊らされていたと申すか!」
広人は怒りを、滲ませる。
内裏の前にて。
鬼神の一派が中宮を狙っていると知り、中宮(嫜子)を広人・頼庵・夏、さらに清栄をはじめとする侍たちにより守っていたのであるが。
先ほど戦に敗れ取り囲まれし影の中宮らの言葉により、すっかり場の空気は様変わりしておる。
中宮とは、都の真ん中に割り当てられし数のことであると。
「くっ……兄者!」
「半兵衛……!」
頼庵と夏も、歯ぎしりする。
と、その時である。
にわかに、影の中宮と伊末・高无、そして広人・頼庵・夏の周りは火の如く滾る殺気により取り囲まれ。
そのまま殺気に、包まれる。
「なっ!」
「ほほほ……お喜び下さい、使い手の方々よ! 我らが鬼神はあなた方をも終いの戦に、招いて下さるとのことらしいですよ!」
影の中宮は誇らしげに叫ぶ。
そのまま殺気は、晴れ。
所は都の真ん中へと、移る。
「み、皆!」
半兵衛は、にわかに送り込まれし妖喰い使いたちと長門一門を見、驚く。
「半兵衛! ……! あれは、まさか」
「ああ……すまねえ、あの化け物を目覚めさせちまった!」
広人の声に、半兵衛は歯ぎしりを返す。
広人、否、皆の目の先には。
鬼面を備えし闇色の大鎧型の妖喰い一一宵闇の姿が。
「おお、鬼神様……!」
「何とお美しきお姿……」
「あの鎧を、宵闇を目覚めさせられたのですね!」
渋き顔の妖喰い使いたちとは打って変わり、影の中宮らは喜びの声を上げる。
鬼神は白い息を鬼面の隙間より吐き、叫ぶ。
「我が可愛い僕たちよ! 大儀であった。これよりこの場は私が引き受けよう!」
「鬼神様! はっ!」
その言葉に従い、影の中宮らは鬼神の後ろへと移る。
鬼神は後ろの僕一一自らの子らに愛おしげに顔を向け。
そのまま妖喰い使いたちに、顔を向ける。
「よくぞ長き間抗った! 仇でありながらその力、賞賛に値する。……しかし、もう時は満ちた。この揃いし宵闇の力をもって、そなたらを永遠の眠りへと誘おうではないか!」
鬼神は咆哮する。
その力だけにても、妖喰い使いたちが前を向けぬほどである。
しかし、そのような様であっても。
「好き勝手言ってくれてんなあ! もう勝ったつもりか? 侮ってると負けるぞ!」
半兵衛は一人叫び、鬼神に向かって行く。
「半兵衛!」
「主人様!」
「半兵衛様!」
「半兵衛!」
未だ動けぬ広人・義常・頼庵・夏は半兵衛に向かい止めんと叫ぶが。
無論、それで止まる半兵衛ではなく。
「うりゃあ!」
押されつつも鬼神の元へたどり着き、紫丸を振り下ろす。
しかし、それであっさり斬られる鬼神でもなく。
「ふん!」
「ぐっ!」
右手より闇色の刀を出し、紫丸の刃を受け止める。
「何じゃ、今なお自らの手で全てを終わらせんとするか?」
「……ああ、そうかもな! 何にせよあんたは義常さんたち兄弟だけじゃねえ、夏ちゃんと広人の仇であることに変わりはない! だったらもう」
「よかろう、斬ってみよ!」
半兵衛の言い切りを待たず、鬼神は闇色の刀を大きく振るう。
「ぐあ!」
その勢いは、これまでのものとは比べられぬほどにて。
半兵衛は大きく、後ろへと飛ばされる。
「主人様!」
鬼神はその声の方に振り返るや。
たちまち数多の矢が、迫ってくる。
「鬼神! 父の仇!」
義常と頼庵らは激しく、されど光は失わぬ目にて矢を次々と放つ。
咆哮が止んだ隙を突き、攻めてきたのである。
「なるほど、弓か!」
鬼神はさして防ぐこともなく、そのままその身に、矢を全て受ける。
が、殺気の矢はまるで刺さらず。
ことごとく宵闇の鎧にて、弾かれる。
「ぐっ……鎧が!」
「惜しいのお……当たってはおるというに!」
と、次には。
鬼神はにわかに弓に矢をつがえ構え、放つ。
放たれし矢はたちまち、数多に分かれ水上兄弟に襲いかかる。
「くっ! あれは!」
「防ぎきれはすまい! 一度引くぞ頼庵!」
水上兄弟は下がり、矢を避ける。
「兄者、あれは……!」
「あれは……闇色の弓! そしてこの闇色の矢……まさか!」
義常、頼庵は気づく。
鬼神は殺気により、二人の妖喰い・翡翠を真似たのである。
「ふふふ……弓はいささか不得手ゆえ、当たらなんだか……しかし案ずるな、そなたらへの礼として、こちらもそなたらに合わせた武具にて相手をしよう!」
「なっ……この!」
「止めよ、頼庵!」
怒りを抑え、水上兄弟と鬼神が睨み合う。
と、その時。
「ならば、我らにも合わせてくれるのだろうな!」
「む!」
鬼神の左右より、それぞれ広人・夏が時同じくして攻める。
しかし。
「ほう……二人して同じくか、これは難しかろうな!」
「ぐっ!!」
言葉とは裏腹に、鬼神は左右の手に持つ武具を殺気にて作り直し。
広人と夏、二人の攻めをどちらも受け止める。
「くっ、これは!」
「槍と爪……!? おのれ、また我らの妖喰いを真似たか……!」
広人と夏は鬼神の左右の手に握られしものを見、感嘆を漏らす。
鬼神の左手には左より攻めて来た広人に合わせ闇色の槍を、右手には右より攻めし夏に合わせ闇色の鉤爪を備え。
鬼神は二人を左右それぞれに受け止めつつ、笑う。
「ふふふ……素晴らしい! 押せばそれなりに手ごたえはある、この鬼神をまだまだ喜ばせてくれると申すか!」
そのまま、鬼神は勢いよく身体を回し。
その竜巻のごとき勢いにて、広人と夏も退けられる。
「ぐあっ!」
「くっ!」
「夏殿、広人殿!」
「人のことを案じておる暇はないぞ!」
鬼神はすぐに、両の手に備えし殺気の形を変え。
たちまち弓と矢を作るや、水上兄弟へ矢を弓につがえ放つ。
「くっ、兄者!」
「私が防ぎきる! 頼庵、そなたはその間に放て!」
「兄者……くっ、心得た!」
素早く弟の前に回り義常が、殺気を纏わせし刃にて矢を防ぎ。
頼庵はそのまま、矢をつがえ狙い定めるが。
「ぐっ!」
「兄者!」
義常が肩に、矢を一つ、二つと受けてしまう。
「兄者! おのれよくも!」
頼庵は矢を数多放ち続けるが。
悉く鬼神の矢とぶつかり合いとなり、防がれる。
「兄者!」
「なあに、案ずるな……矢は素早く取り出した、さあ!」
義常はこの、矢がぶつかり続ける僅かな隙に。
頼庵の後ろへ回り。
肩に食い込み、その肉を闇色に染め上げ喰らわんとする矢を刃にて抉り出し、事なきを得ていた。
「ぐっ!」
「兄者!」
「頼庵! 矢は絶やすな!」
義常は弟に厳命する。
「くっ、兄者!」
「よく耐えた頼庵、後は私が」
「ふん、図に乗るな!」
兄弟が言葉を交わす間にも。
鬼神から放たれる矢は勢いを増し。
兄弟が矢を放っても、防ぎきれなくなって行く。
「くう!」
「ふははは! そんなものか!」
「隙ありだぜ!」
「!? ……一国、半兵衛か!」
にわかに飛び出せし半兵衛が向けし紫丸の刃は、鬼神の身体を捉えるも。
宵闇の鎧により、防がれてしまう。
「くそ!」
「ふふふ……既に知っておろう? この鎧にそなたの刃など、通らぬ!」
お返しとばかり、鬼神は持ちし弓の形を崩し。
そのまま闇色の太刀を創り出し、半兵衛に向ける。
「くっ! ……知ってるさ、ならば!」
半兵衛は向けられし太刀を、勢いよく振り払う。
「ぬう!」
「再び身体ががら空きだ!」
ややよろけし、鬼神の隙を半兵衛は逃さず。
狙うは一一
「そこだ!」
「ぐう!」
胴と、草摺の隙間の土手っ腹である。
「これでどうだ!」
半兵衛は切り裂きすれ違い、振り返る。
しかし。
「ふははは! 甘いわ!」
「くっ、やっぱりか!」
先ほどの斬りには、まるで手ごたえがなかった。
鬼神から再び迫る闇色の刃を、紫丸にて受け止め。
先ほど斬りしはずの隙間を、見るや。
「くっ、隙間にも殺気が!」
「ふははは、なるほど考えたが……所詮は浅知恵! それでは及ばぬぞ!」
「はあ、そうかい!」
鬼神の闇色の刃は、尚も続け様に。
紫丸へと、力強く打ちつけられる。
「くっ、くそ!」
「ふふふ、まだ終わらぬぞ!」
「ぐあ!」
紫丸は大きく振り払われ、半兵衛はその勢いにて後ろへと、大きく飛ばされる。
「ふふふ……さあ、では止めを……おや?」
鬼神はふと、周りを見渡す。
いつの間にやら、妖喰い使いたちには囲まれておった。
「何じゃ? 今更皆で私を討つと?」
「さよう……何かご不満か、鬼神殿?」
義常が言い返す。
「ふふふ……はははは! 誠に面白いぞ、使い手共!未だ抗うと? よかろう、さあ!」
鬼神は一度顔を真上に向けて高らかに笑い、水上兄弟の所へ向かう。
「鬼神!」
「我らも忘れるな!」
夏、広人も鬼神の元へ。
「兄者!」
「行くぞ頼庵!」
翡翠の矢が再び、数多放たれ。
鬼神を襲うが。
やはりことごとく、鎧に弾かれる。
「くっ!」
「案ずるな頼庵殿! かくなる上は!」
夏と広人が、鬼神を攻める。
「ふん……やはり蝿共ごときが! いくら群れようと弱き力、変わってはおらぬぞ!」
「くう!」
「くあ!」
変わらず放たれる、翡翠の矢を弾きつつ。
再び両の手にそれぞれ、闇色の槍、爪を持ち。
鬼神は舞うがごとく、夏と広人を共に往なす。
「夏殿、広人殿!」
「人のことを案じておる暇があるか!」
「いかぬ、頼庵!」
義常が言い終わるより早く、鬼神は闇色の弓に矢をつがえ放つ。
たちまち数多に分かれし矢が、宙を舞い。
水上兄弟を襲う。
「ぐああ!」
「ふははは!」
「くっ……皆!」
倒れ込む半兵衛は、歯ぎしりする。
と、そこへ。
「半兵衛、半兵衛! 聞こえるか?」
「!? はざさん!」
懐の折鶴より、刃笹麿の声が響き渡る。
「音を聞く限り……かなり追い詰められておるな。私がそちらへ向かうまでのしばしの間、持ち堪えよ!」
「な……いいのかよ、病み上がりで!」
「案ずるな、病み上がりはこれで初めてではない! それより、持ち堪えること能うのか、否か!?」
「うん……少しは厳しそうだな。」
半兵衛も、目の当たりにせし宵闇の力に弱音を吐いておる。
「むう、しっかりせい! そなたが諦めては……仕方ない、より急ぎ向かう! 何とかやるのじゃ!」
「はは……何だよ、励まされちまったのか俺?」
照れておるのか、刃笹麿はそこで押し黙る。
しかし、半兵衛は再び立ち上がり。
そのまままっすぐ、鬼神を目指す。
「鬼神さんよお!」
「ふん? ……まだ残っておったか!」
半兵衛は紫丸にて、再び斬りかかり。
鬼神により、これまた再び防がれる。
「性懲りも無く……だが、よい。そなたより先に送ってやろう!」
「そうかい……謹んで御免こうむるわ!」
鬼神は半兵衛を、闇色の刃にて押し切らんとするが。
何故か、押せぬ。
力が、半兵衛の力が。
強く、なっておる。
「ふむ? 何のつもりか……」
と、にわかに半兵衛の刃は弱まる。
「隙ありであるぞ!」
「ああ……あんたがなあ!」
「何!」
半兵衛は叫び、紫丸の刃にて。
振り下ろされし鬼神の、闇色の刃を。
地に勢いよく、打ちつける。
「何を……」
「隙ありだっての!」
「……ぐああ!」
鬼神は半兵衛の刃の振りを、胴と草摺の間に喰らい。
いつもであれば傷など負うはずもないその攻めにて、苦しみの声を上げる。
「ぐ……何を!」
「やっぱり……同じ殺気の刃は効くな!」
「何!」
鬼神が自らの手を、見るや。
闇色の刃は、なく。
半兵衛の振り払われし左手に、握られておる。
地に打ちつけられしあの刹那、半兵衛は素早くその刃を奪い、斬りつけたのである。
「ぐっ……おのれ!」
「さあ、皆!」
怒り狂う鬼神をよそに、半兵衛が呼びかけるや。
先ほどまで倒れし妖喰い使いたちが、一斉に飛びかかり。
「ぐあああ!」
そのまま斬られし宵闇の鎧の隙間を、皆してより深く薙ぎ払う。
「主人様!」
「皆、よくやった!」
「よく言うわい、そなたこそ伸びておったくせしおって!」
「半兵衛、うまくいったな!」
「やりましたな、半兵衛様!」
妖喰い使いたちは、半兵衛の元へ集う。
が、しかし。
「ふふふ……この宵闇の力全て集いし私を凌ぐとは! 思いのほか、やる奴らよのう!」
鬼神は胴と草摺の隙間と、兜の鬼面の口より。
血を流しながらも、怒り混じりにゆとりを含んだ笑みを漏らす。
「ほざけ! さあ、そなたも深手を負ったな! 今こそ隼人の……仇を!」
「私は……虻隈の仇を!」
「我らは……」
「父の仇を!」
妖喰い使いたちは鬼神と再び、相対し。
「さあて……行くぞ!」
「応!!!!」
半兵衛の叫びと共に、妖喰い使いたちは再び一斉に、鬼神へと斬りかかる一一
「あ、兄上!」
「いかぬ……鬼神様が!」
「お待ち下さい、兄上方!」
戦場より離れて戦いを見守りながらも、鬼神の危うき目に思わず助けに入らんとする兄たちを、影の中宮が制す。
「くっ……邪魔立てするな、影の中宮!」
「兄上……あれを。」
「ふん、何を……な、なんと!」
伊末は再び目を向け、目で捉えし戦場の様に目を疑う。
「な、何!?」
我が目を疑うは、半兵衛らも同じであった。
それは一一
「ははははは! まさかそなたらごときに見せることになるとは思わなんだが、よかろう、冥途の土産とせよ!」
先ほどの怒り狂いし様が失せ、ゆとりのみとなりし鬼神は。
その宵闇の鎧の両の肩より、それぞれ大きな二つの腕と一つの頭を殺気にて作り出し。
元の腕と合わせ六つとなる腕のそれぞれにて、妖喰い使いたちを抑える。
さらにその腕に、抑える妖喰いと同じ形の殺気の武具を備えておる。
「くっ、これは!」
「三つの頭に六つの腕……三面六臂!? 阿修羅か!」
義常が、声を上げる。
元の腕、頭と合わせ三つの頭に六つの腕一一三面六臂のその姿は、争いが絶えぬという六道の一つ・阿修羅道に巣食う鬼神を思わせる。
「何、てこった……!」
半兵衛は、鬼神の闇色の太刀を備えし左肩の右の腕を紫丸の刃にて受け止めつつ言う。
「ふふふ……おや、何じゃ? ぴたりと腕の数が相手せし妖喰い使いの数に合うておると思いきや、一つ余っておるな!」
鬼神は六つの腕のうち、左肩より出でし腕のうち左の腕が余っておることに気づき。
「……よい。この余りし腕にて、妖喰い使いを一人ずつ喰おうとしようではないか! ……のう? 一国半兵衛!」
「くっ……ほざいていろ!」
「ふふふ……その言葉、自らに聞かせておけ!」
鬼神はそのまま、余りの腕に殺気の刃を持たせ。
半兵衛に、斬りかかる。
「主人様!」
「半兵衛様!」
「半兵衛!」
「半兵衛!」
「くっ!」
半兵衛は防ごうにも、身動きが取れぬ一一
「……結界封呪」
「ほう?」
「……急急如律令!」
刹那、声が響き渡り。
結界が余りの腕を、囲み動きを止める。
「はざさん!」
「阿江殿!!!!」
妖喰い使いも鬼神も、その目の先には。
「……また性懲りも無く生き恥を晒しに来おったか? 死に損ないの陰陽師よ。」
「黙れ! 私を一度は殺さんとしてくれし借り、ここでしかと返させていただこうぞ!」
刃笹麿の、姿が。




