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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 夜京(中宮編)
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蜜談

「"妖喰い"とはすなわち、文字通り妖を喰うもの。元となりしは百鬼夜行の折に妖に立ち向かい壊されし武具の、継ぎ合わされしもの。」

 帝が滔々と述べる。


「武具……ではもしや、妖喰いはその刀のみには……」

「あらぬ。」

 躊躇いがちに問う道虚に対し、帝は尚も滔々と答え、続ける。


「継ぎ合わされし武具には、妖に壊されしことへの強き恨み故か、妖に対する殺気が宿った。そして武具は妖を喰らうもの、妖喰いと呼ばるるに至ったということよ。」

 帝が話を終える。


「しかし帝、恐れながら何故さように大事なることを民に明かぬままなのでしょうか?」

 道虚がまたも聞く。


「……賢明なるわが曾祖父・時の帝はそれら妖喰いを集め、いざ再び妖が都を襲いし時に備えていらしたが……時の帝が病の床につかれてよりおかくれになるまでの間ばかりか、今日に至るまで終ぞ、妖は再び姿を見せぬ時が続いた。」


 帝は言葉を確かめるように考えながら話し、やがて次には道虚をしかと見て。


「そこで、時の帝のお言葉に従ったのだ。妖喰いは、妖に対しのみ向けられるべきもの。妖現れぬうちは人にとりて大きすぎる力とならん。しかるに、妖が来たるまでそれをとることはならぬ、とのお言葉をな。」


「何と、ではこれまで公にできぬは……」

「使わぬ力について話すことなどなき故である。」

 帝の言葉には道虚をはじめ、公家や女官たちも揺らぐ心を隠せぬ様で、ざわめく。


「であるが、今何故か分からぬとはいえ、妖が都に現れしこと、まごうことなき事実にあれば。ここに私は、妖喰いの力を使うべき時と考え、皆にかくして話す次第である。」

 帝は深々と、皆に頭を下げる。


「皆も先ほどの目を疑いたくもなろう光景に、そして今の我が言葉に、目を逸らしたくもなろう。しかし、先ほども申せし通り、妖が現れしこと誠にあれば。妖喰いの力を使うことを今一度、許してほしく思っておる。」

 帝の見たこともなき姿に、更に公家らはざわめく。


「帝、そのようなお姿なりませぬ!何卒」

「これはこれは、すまぬ。」

 帝はすぐに元のように座る。


「しっかしよお、それで何で俺の代わりがいないってなるんだ?妖喰いが他にもあるんなら、それこそ代わりなんていくらでもいそうなものを。」

 半兵衛は帝に食いつくがごとく問う。


 するとすかさず帝も、

「それは、妖喰いの殺気に耐えうる者の少なき故よ。」

 半兵衛に返す。


「妖喰いの殺気に、ただの人はまず触れることすら能わぬ。よしんば触れられ、尚且つその場では耐えられたとて、それは長くは続かぬ。」

「そら一体なんで――」

「うむ、それは――」

 半兵衛と帝のこの淀みなきやり取りも、やがて帝が二の句を躊躇いしことで淀みはじめる。


「何だ、言いづれえことか?」

 半兵衛の乱れし言葉遣いにも、諫める者は誰もおらぬほど、皆はただこの話に聞き入っておる。


「……うむ、話すと申しておいてこの様ではかなわぬな。

 すまぬ。……半兵衛。この任に関しもう一つ話しておかねばならぬことがある。そなたら妖喰いの使い手は、長くは生きられぬ身なのだ。」

 帝が躊躇いし二の句がつがれし時、皆のざわめきはこの上なきほど大きくなった。


「ふうん、そらどういった意味だ?」

 が、半兵衛はまるで気にせぬ様で続ける。その様に、皆はよりざわめくのであるが。


「妖喰いは先ほども申せしように、妖への殺気を持つ者。しかし、その殺気は妖に効くのであれば、人も殺しうるものである。さらにその殺気は、妖を喰らうごとに増してゆき、ゆくゆくは……使い手自らをも喰らう。」

 帝もまた、滔々と語る。


「真実として、妖喰いを作りしは時の帝の頃の鍛治師たちであるが、その鍛治師たちの消息も妖喰いを作りし後は分からぬものとなっている。様々に噂があるが、私は妖喰いの殺気に喰われ死んだと信じておる。」

 皆のざわめきがぴたりとやむ。信じられぬことを聞いたといった様である。


「なるほど、それで俺も長くは生きられないと。」

 半兵衛はまたも、何ら気にせぬ様である。


「さよう、であれば半兵衛。そなたの代わりをゆくゆくは見つけねばならねもまた事実である。しかし、今すぐに妖喰いの殺気に喰われぬ者、また妖を喰らい続けてなお耐えうる者を見つけることなど到底かなわぬ。故に私は、今はそなたをおいて他に、この任にふさわしき者はおらぬと考えておるのだ。」

 帝は今度は、半兵衛に対し再び頼み込まんとする様である。


「お待ち下さい!分かりました、今はその任半兵衛に任せれば良いでしょう。しかし、代わりを早く見つけねばならぬもまた事実であるはず。ならば、私をその代わりに!」

 一時はだんまりを決め込んでいた広人が、再び声を上げる。


「うむ、広人。そなたは耐えられぬかもしれぬのだぞ?

 それに代わりとなるは、そなたのような半兵衛と何一つ縁なき者ではならぬと私は考えておる。代わりとなるは…半兵衛が子である。」

 これには広人も言葉を失う。


 また、さしもの半兵衛も、

「え……、い、いや俺に子なんていないぞ…!」

 揺らぐ様を隠せぬ。


「さよう、故に……半兵衛、この任には位のみならず、そなたの子を産む者も与えよう!案ずるな、そなたはこれより決して低くはなき位につく故、尊き家の出の者を幾人か引き会わせ選ばせよう!悪くはなき話であろう。」

 尚も戸惑う半兵衛をよそに、帝は嬉々として語る。


 公家や女官にとりてもこれは、他人事ではない。

「何と……まさか我が家の娘を!」

「いや、我が妹やもしれぬ!」

「まさか私が……」

 口々に穏やかならぬ心を漏らす。


「ああ、もう待て!人のことを勝手に!帝も帝だ!」

 声を上げたは半兵衛である。これには皆も静まるが、

 それでもまだ幾人かは、声を上げる。


「ぶ、無礼者!!帝に向かい何たる……」

「そもそも、その妖喰いはいづこにて得た!?」

「そうだ、おぬしもしや、帝のお持ちになりし中より盗んだのであろう、痴れ者め!」


 声を上げる数こそ少ないが、大きな声にて罵られし半兵衛は、にわかに立ち上がり。

「これは俺がなけなしの銭を叩いて買った!それの何が悪い!?」

 大きな声にて言い返す。


「な、何を白白しくも!そのように見え透いた嘘を…」

「止めぬか!」

 尚も争わんとする公家を一喝せしは、帝である。


「……止めぬか、皆も、半兵衛も。今は妖に立ち向かうべく手を取り合わねばならぬというに、このような……」

 怒りではない、苦々しきを纏わせ、帝は半兵衛と皆を宥める。


「……申し訳ございませぬ。」

 謝りしは、先ほど半兵衛を罵りし公家である。


「……言い忘れておったが、先の帝は全ての妖喰いを集められし訳ではない。なにぶん、あの頃は未だに百鬼夜行の後の悩乱冷めやらぬ頃であったが故な。」

 帝は半兵衛の妖喰いが盗品ではないことを語る。


「ああ、まあなけなしの銭でよくこんないい刃の刀が得られたと思って、曰くを刀屋の親父に聞いた時にはまさかなと思ったんだが……まさかな。」

 半兵衛は少々笑い混じりに話す。


「でもなあ帝、話を戻すが、俺は嫁なんざ……」

「こ、これ半兵衛!帝にせっかくのお計らいを」

 半兵衛を嗜めたは道中である。


「……すまねえ、帝。そのお心遣いは有り難え限りだが、いきなり妖を喰らう任につけといわれてその上、誰かも知らねえ人と夫婦(めおと)になれと言われて、心がただただ落ち着かん。」

 半兵衛もやや決まり悪そうに、帝に返す。



「……うむ、私も一挙に話を進めすぎたな。半兵衛、申し訳なきことをした。故に少しだけ、考えた上で答えをもらえぬか?いずれにても、今私が申せしことは全て、まごうことなき真実である。」

 帝も半兵衛にそう返す。


 謁見の間での話はそれにて一度終わりとなり、公家や女官たちは部屋を出る。道中は半兵衛や従者らに先に牛車の元に行くよう促し、帝とともに謁見の間に残る。


「帝、先代の帝がお考えになりしことを、今目の前で起こらんとしていることは越えようとしております。」

 道中は恐れ多いといった様で、帝に述べる。


「うむ、出し惜しんでおる場合にはないのやもしれぬ。やはり先代の帝が集めし妖喰いの封、切らぬべきか……」

 帝はふと外を見やりながら、これから起こるであろう災いに思いを馳せる。


 翻って、氏原の牛車の前。従者たちは命じられしままに半兵衛を守るが、やはり先ほどの帝の話は納得いかぬ様である。

「ふん、よいか半兵衛、図に乗るでないぞ!他の妖喰いを扱えし者さえあればお前など、すぐにでも!」


 殊に気に入らぬは、広人である。

「じゃあ、いい。ほら、お前に譲ろう。」

 半兵衛はあっさりと、広人に刀を寄越す。


「何……と!よし、お前ごときが扱えるもの私が……」

 刀を受け取りし刹那、広人はおかしな様を感ずる。


 刃より出でしあの風とも呻きともつかぬ声が聞こえ、目の前の景色はまた歪み、陰り。


 肌もうすら寒きを感じ、何やら血のごとき生臭さを嗅ぎ、口の中もざらつく砂のごときものを感じる。


 何より、目にも映らず、耳にも聞こえず、肌でも感じず、臭いもせず、味もしないがただただ感じる。死にも勝るほどの大きな"怖さ"を――


「なんて、戯れてる場合じゃねえな。」

 半兵衛の声に広人は気がつくと。


 空より落ちしは、見上げんばかりの猫。

「化け猫……いや、山猫の類か!」

 半兵衛は広人より紫丸を取り上げ、刃を露わにし迫る。


「広人、どうしたのだ!」

 呆けていた広人に従者たちが駆け寄る。

 それにようやく広人も、目を醒ます。


「はっ!半兵衛め、また……あのような妖ごとき、この我が!」

 広人も妖に迫らんとするが

「やめぬか!半兵衛に任せておくより他になかろう。」

 他の従者に止められる。


 山猫は舞うがごとく跳ね回り、半兵衛を喰わんとするが躱され。

「喰らうならこいつだあ!」

 振り下ろされし刃を受け流し、宙に舞う。


 半兵衛も山猫を追い、飛び上がり。

 山猫は宙をひたすらに舞いながら、半兵衛を喰わんとし、

 半兵衛もそれを躱し、どこかの屋根に降りたつと次には、

 また宙を舞う。山猫はまるで地につかず、あたかも宙を泳ぐがごとく。


「早いのみならず、飛べるってか!」

 半兵衛が吼える。

 先の鬼-忘れもせぬ隼人との戦いを思いやり、今一度飛び上がりて狙うはただ一つ。

自分(てめえ)の、札どこだああ!」

 妖を操りし"札"である。


 山猫も、あたかも自らの"札"を見つけられまいとするかのごとく身体を捩り、尾で半兵衛を打たんとするが、

「札はそこか!」

 その尾に、"札"あり。


 紫丸の青き刃が札を捉えて尾諸共切り裂き、立ち所に血と肉となり舞う。

「ようしこれで……」

 そう微かに半兵衛が気を緩め、地に降りるに身を任せんとせし折。

 にわかに山猫の爪が、半兵衛を捉えんとする。


 素早く躱した半兵衛であるが、

 何かがおかしい。

「こいつ、まだ……?」

 血と肉となりしは、山猫の尾のみであった。


 山猫は未だ宙を舞い、地にただ落ちんとする獲物を捕らえんとしておる。

「くそ、何故だ!札はもう……」

 しかし、またも隼人のことに考えが及び、やがて山猫のまだ死なぬ訳に思い至る。


「札が、もう一つあるのか!」

 間抜けにも山猫が自ら向けた尾の札は、ただのもう一つに過ぎず、真にあの妖を操りし札は他にあるのである。


 半兵衛は次には身を捩り、素早く地に降り立ち、次こそ山猫を打たんとして。

「待て!その刀今一度!」

 こう声を上げ紫丸を掴みしは、広人である。


 いつの間にやら他の従者の縛りを脱し、半兵衛に迫っていた。

「引っ込んでろ、戦の妨げだ!」

 半兵衛が引っ込むよう促すが、

「お前は先ほど不覚をとった!私ならばさようなことはない!瞬く間にあんな妖など!」

 半兵衛から紫丸を奪わんとする。


「離せ!嘘言うんじゃねえ、さっきはこの刀手にしただけで呆けてただけのくせしやがって!」

 半兵衛はついに、怒りの声を上げるが、

「先ほどはたまたまだ!今度こそ!」

 広人は尚も、聞く耳を持たぬ。


 と、山猫が。

 先ほどまでひたすら宙を舞っておったが、目の前で諍う獲物を前にこれは好機と、獲物めがけ地に降りたたんとする。

「く、退け!」

 もはや諍う場合ではないと、尚も縋る広人を押しのけ、守るように広人の前に立ちはだかりし半兵衛は。


「うおお!」

 もはや間合いが詰められており、札を狙うだけのゆとりなどなくただひたすらに、迫る妖を狙う。

 紫丸の刃が、妖を捉えるや。


 嵐のごとき、咆哮のごとき音と共に、妖は血と肉と化し、刃へ吸い込まれ、刃は紫に染まる。

 しかし、半兵衛は尚も、"あれ"を探す。


「見えた!」

 "あれ"――妖を真に操りし札が、血の雨の只中に浮かんで見えるや、半兵衛は札めがけ飛び上がる。


 が、札はすかさず身を翻し、そのまま自らを庇うように広人の背後に回らんとする。

「もう、同じ手は食わねええ!」


 半兵衛も身を翻し、ひとえに札めがけ迫る。

「や、やめろ!」

 広人は自らに――正しくは札に――向かい襲い来る半兵衛に怯える。しかし半兵衛の勢いや止まる所しらず、そのままあわや広人を貫かんとして。


 刃は広人をかすめ、その背後の札を捉えた。

 札もまた肉片となり、刃に吸われ。

 刃はまた、紫に染まり切る。


「は、半兵衛!私を殺そうとしおって!」

 広人が半兵衛に迫るが。


「ふん、そんなのいいだろ、妖は殺してやったんだからよ……」

 言いかけた半兵衛は、そのままどうと倒れた。


 腹より血が出ておる。あの時、妖と間合いを詰めし時。

 その実妖と相討ちとなっていたのである。


「こ、これ半兵衛!」

 さしもの広人も声を上げる。従者たちも駆け寄る。


 どれほどの時が経ちしか――

 半兵衛が目を覚ませば、そこは何やら横たわる自らの傍らに御簾のある部屋。

「何、だ……ここ。」


「目は醒めたか。」

 御簾の向こうより女の声が。

 それは中宮、嫜子の声である。


「あんた、中宮様、だっけ……」

 半兵衛が声を張らんとするが、腹の傷が疼き悶える。


「まあよく休め。そなたの身は我らが光明である。」

 中宮が、半兵衛に労わりの言葉をかける。

 他にいかなる甘き言葉をかけようか。この男、人が変じた鬼も躊躇いなく殺し、人を盾にせし妖も人に構わずせしめたと聞く。うまく乗せれば、"影の中宮"を斬るための刃となろう。


 かくして、半兵衛――この男を乗せるための"蜜談"が始まらんとしていた。

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