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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 宵闇(禁断の妖喰い編)
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中宮

「刃笹麿の屋敷に皆集まるようにと? 知らぬぞ、私はそのようには言っておらぬ!」

帝からは否む言葉が返る。


「……やっぱり、罠だ。すまねえ帝。罠に落ちて挙句、はざさんを……」

半兵衛は手をつき、床に頭を埋まらぬばかりに下げ謝る。


「……よい、そなたらが事なきを得たというだけでも良かった。」

帝は返す言葉もなき中で、なんとか言葉を絞り出す。


あの洞穴での一件より、一夜明け。

這々の体にて半兵衛らは逃げ帰り、そのまま半兵衛のみ、こうして帝に伝える為に内裏に来たのであった。


「して、刃笹麿は」

「……」

半兵衛は黙りこくる。


「……半兵衛、言わぬか! ……まさか」

帝だけではなく、居合わせる公家らも皆、息を呑む。

誰もが、()()()()()()を思い浮かべておる。


「……すまねえ、俺らがついていながら」

「……何と! 刃笹麿が……」

たちまちその場に、ざわめきが起こる。


「ああ、待った! すまねえ、紛らわしい言い方で……はざさんはまだ生きてる。」

「……くっ! 半兵衛! 心の臓に悪いではないか!」

帝は糸が切れたかのごとく、座りしまま身体を前に折り曲げる。傍らの摂政も手を貸す。


「す、すまない……尤も、かろうじてといった所か。」

「……さようか。そこまで重い傷を?」

「いや、身体には幸いというべきか傷はねえ。……ただ、禁じられた術を使っちまったから……だな。」

半兵衛は後ろめたげに、付け足す。


「うむ……千里眼、であるな? 私も話には聞いておったが……ううむ、刃笹麿をできれば止めてくれれば」

「……すまねえ、誠に申し訳ねえ!」

帝がつい漏らせし言葉尻に、半兵衛はその身全てを震わせて詫びる。


「いや、すまぬつい……最も辛きは共におったそなたであろう、今は刃笹麿が治るをただ祈るばかりよ。」

「……相変わらずの寛大さ、誠に有り難い。はざさんは今、従者の陰陽師に囲まれて身体を癒しているが……今夜が峠かもしれないって。」

半兵衛のその言葉には、また場がざわつく。


「……何ということか。刃笹麿は……」

「まあ皆! 帝も! 今ははざさんを信じるしかねえ。だから、静かに待とうや。」

此度は、場を収めしは半兵衛であった。


「……その通りであるな。私たちがここでいくら憂いても詮無きことか……うむ。今はまだ、宵闇の欠片も二つ残っておる! これを守りきらねばなるまい。」

「ああ、そうだな……」

帝は気を取り直し皆を鼓舞する。

しかし、半兵衛には引っかかることが。


無論、刃笹麿のことは気がかりである。

しかし、それよりも。


鬼神は果たしていつ、どの宵闇の欠片を奪い、水上兄弟の父を殺したのか一一。


「半兵衛、半兵衛!」

「え?」

刹那、帝の声に我に返る。

幾度も呼ばれていたようである。


「これ、半兵衛! 如何にそなたといえども帝の御前であるぞ、呆けるでない!」

「……すまない。」

摂政より叱責され、半兵衛は肩を落とす。


「よい、刃笹麿のことはそなたも気がかりであろう? 屋敷へ見舞いへ行くとよい。」

「……お気遣い感謝する。」

帝の言葉に、半兵衛は恭しく頭を垂れる。





「……入っても、いいか?」

所は変わり、刃笹麿の屋敷にて。


半兵衛は中に通され、刃笹麿の眠る部屋へ向かう。

と、その部屋の前に佇む上姫を見つけ、声をかけたのである。


が、上姫は答えず、そっぽを向く。

「(……まあ、当たり前か。どの面下げて会いに来れたって話だよな……)上さん、すまない……」

「……何故謝るんですの? そなたが私の夫を傷つけたんですの?」

「えっ……」


恐る恐る声をかける半兵衛であるが、上姫より返る言葉は思いがけぬものであり。


思わず間の抜けた声を、漏らす。

「いや……はざさんは、俺たちを守ろうとして禁術を……だから、これは俺の体たらくが招いたことで」

「……なら、尚更半人前が謝ることではないですわ。あの人は誠に体たらくな人など、すぐ見捨てる人。命を賭し守らんとしたのであれば、あの人が誠に望むことであればこそですから。」

「……すまない!」


上姫の涙を拭いつつの言葉に、半兵衛も堪りかね。

その場にしゃがみ込み手をつき、頭を下げる。

「……そなたの謝ることではないと申していますわ。だから、さあ。お顔をお上げください半人前。」

「……かたじけない。俺は必ず、仇を」

「……まだ死んでいませんわ!」


半兵衛の言葉に、上姫は思わず声を荒げる。

「……すまない、軽はずみだった。……いずれにしても、はざさんを傷つけてくれた借りは、件の鬼神にしっかり返さなきゃいけねえ。だから、必ず返す。」

「……そう。ならばくれぐれも、あの人と同じにはならないで……」

「……ありがとう。」


半兵衛の謝りに、上姫は尚も涙を堪えつつ返す。




「中宮様! どちらへ?」

再び内裏にて。


氏式部はにわかに部屋を飛び出せし中宮に、尋ねる。

「……昨夜、半兵衛らが洞穴に囚われたと耳にした。あやつは今どこに?」

「さ、さあ……そういえば先ほど、帝とお会いになったと」

「誠か! ならば今も内裏に?」

「い、いえそこまでは……」

「すまぬ、氏式部!」


そこまで話すと、中宮はいても立ってもいられぬ素振りにて早歩きになる。


と、その刹那である。

「おやおや……中宮ともあろうお方が、妖喰いの刀使いごときにご執心とは……誠に嘆かわしや!」

「!? この声は!」


中宮が声の主を思い出すよりも早く、声の主自ら庭の物陰より中宮のいる、渡殿へ飛び出す。


「そ、そなたは……」

「……お久しぶりでございます、いかにも私が影の中宮でございます!」

「!? 中宮様!」


言うが早いか影の中宮は、そのまま刀を抜き中宮に斬りかかる。


氏式部は慌てて中宮の前に出んとするが、間に合いそうにない一一。


「!? そなたは!」

と、影の中宮と中宮の間に割って入るは。


「こちらもお久しぶりさ……影の中宮様よお!」

半兵衛である。


「一国半兵衛……! 中宮様の守り刀を続けられていたのかな?」

「いいや、中宮様だけじゃない……俺はこの都、全ての守り刀だ!」

半兵衛は受け止めていた影の中宮の刃を跳ね除け、斬りかかる。


「都全ての守り刀……なるほど。しかしならば()()()()()は、都の人には入らないのでしょうな!」

「ああ、そう皮肉言われちゃ受け止めるしかねえ! 俺ははざさんに守られた、だから! 此度こそ守りきる!」

影の中宮も半兵衛の刃を一度は跳ね除けるが、再び半兵衛も刀を振り下ろす。


「しかしあんた……あの影の中宮と同じお方か? なんか成りが違うぞ!」

刀を続け様に振るいつつ半兵衛は尋ねる。


「……! そういえば……」

半兵衛の後ろに佇む中宮も、はっとする。


影の中宮は前とは、装いが変わっておった。

鎧に狐面の組み合わせこそ変わっていないが、その狐面が変わっていた。


狐面は、より真の狐に近い見た目となり。

更にそこから尾のように毛が伸び、首に飾りとして巻きついているのである。


いや、違うは成りだけではないのかもしれぬ。


「ふふふ……より美しくなったでしょう? さあ……戦を楽しもうではないですか!」

前の、どこか気の激しき様とは異なり、落ち着いていてゆとりのある様である。


「ああ……だから同じ奴だとは思えなかったんだよ!」

言葉を交わす間にも、激しく刃は交わされ。

火花が散るほどである。


「嫌ですわ……まあ、そなたに言われたところで何も思いませぬが。」

「そりゃどうも!」

と、その時である。


「動くな! 影の中宮!」

にわかに声が響く。


影の中宮が半兵衛の紫丸に、自らの刃を打ちつけ。

その勢いにて半兵衛を引き離し、周りを見渡せば。


半兵衛と影の中宮は、侍たちに取り囲まれておる。

「おや……今更手柄目当ての侍たちとは」

「口を慎め! 中宮様に刃を向けるとは、一度は半兵衛殿に退けられていながらなんと懲りぬ奴!」

影の中宮の言葉を遮り、清栄が叫ぶ。


「ふふふ……はははは!」

しかし、影の中宮はその笑みもゆとりも、絶やさぬ。


「あの侍女がいませぬな……なるほど、いつの間にやらこの侍たちを呼びに……これは私とせしことが。」

「減らぬ口を聞くな! 既にそなたは囲まれておる、さあ!」

「ふふふ……」

影の中宮と睨み合う清栄や侍たちであるが、にわかに後ずさる。


影の中宮の笑い声には影の中宮自らの声のみではない、男の一一()()の声が混じっているためである。


「はははは! それで追い詰めたつもりとは……つくづくめでたき奴らめが!」

声と共に鬼神が、闇色の殺気をその場に滾らせ現れる。


「鬼神……! おのれ、宵闇を奪いに!」

清栄が再び叫び、後ずさりし侍たちは再び鬼神を狙う。


「おやおや……これはこれは、あの時私が喰らいし間抜けな侍共の親玉ではないか!」

「我が名は静清栄! ……これよりそなたの首をとり、散りし我らが同胞への手向けとしよう!」

「いや、清栄さんはいい!」


鬼神に斬りかからんとした清栄を止め、半兵衛が鬼神に斬りかかる。

「半兵衛!」

「鬼神様の邪魔立ては許しませぬ!」

「影の中宮さんよ! 悪いがあんたと戯れてる暇はねえ!」

立ちはだかる影の中宮と、半兵衛は再び刃を交わす。


「戯れ? さような心持ちでは、真っ先に討ち死にしますよ!」

「分かった、なら死合おうか!」

半兵衛は紫丸の刃を、より力強く振るう。


「ふふふ……影の中宮よ、そなたの斬り合いは邪魔立てせぬ。……さあて。」

鬼神は影の中宮を優しげに見つめ、すぐに周りの侍たちに目を向ける。


「皆、宵闇を守れ!」

「ふうむ。一つ正さねばならぬな。……この内裏にある宵闇の欠片は、とうに我が手中にある!」

「な、何と!」

「何!」


清栄をはじめとする侍たちのみならず、半兵衛も刃を交えつつ耳を疑う。

「戯言を抜かすな!」

「……ならば見せようか。これを!」

鬼神が指を鳴らすと、その手元には。


「くっ、兜が!」

それは見まごうことなき、この内裏にあるはずの宵闇の欠片・兜であった。


「なっ……貴様、いかにして奪った!」

「ふふふ……そこの影の中宮が起こせし、再びの百鬼夜行の折。もぬけの殻となりしこの内裏より持ち出すことなど、造作もなかった! これまであるように見せかけておったのは、この殺気にて形のみ作りし張り子である!」

「なるほど……なっ!」

鬼神の言葉に、半兵衛は合点せし様にて影の中宮の刃を、力強く跳ね除ける。


「ふむ……前よりも腕を上げましたね。」

「よい、影の中宮よ。……見てのごとく、誠であればこの内裏に用はない! しかし、聞け! この鬼神、告げたきことがあり参った!」

跳ね飛ばされし影の中宮と背中合わせになりつつ、鬼神は高らかに叫ぶ。


「年が明ければ、中宮が変わる! しかしそなたらは、その前に戦の行方を決めたいであろう? よって、あと一つの宵闇の欠片・胴を巡る戦は大晦日に行う! 年の明るまでにそなたらが勝つか、私が奪うか……決めようではないか!」

「何、中宮様が変わる!?」


鬼神のその言葉は、その場の全ての者を凍りつかせるには過ぎるほどに事足りた。

「おいおい……中宮様が変わるって、影の中宮を中宮様とすげ替えようってか!」


半兵衛のこの言葉に、鬼神や影の中宮が面の下にて笑みを浮かべしことが見てとれた。

「何と……もはや許さぬ! この場で倒せ!」

「ふん……まったく、今の言葉を聞いておらぬのか!」


清栄の言葉と共に鬼神たちに斬りかからんとせし侍たちであるが、刹那鬼神は、炎のごとく闇色の殺気を吹き上げて自らと影の中宮を覆い消える。


「くっ……どこへ消えた!」


周りを見渡し、鬼神を探す清栄や侍たちを尻目に、その場に声が響く。

「はははは……言うておるに、大晦日に戦をすると! 名残惜しきも分かるが、少しは待たぬか!」

「おのれ……探せ、隈なく探せえ!」


声ははたと消え、清栄らは再び探し回るためその場を後にする。

「……中宮様、お怪我は?」

「……ない。氏式部よ、皆を呼んでくれたこと、大儀である。」

「……もったいなきお言葉。」

「……半兵衛も、私を守らんとしてくれしこと大儀である。」


中宮は氏式部と、半兵衛に感謝する。

「あ、いや……中宮様。」

半兵衛は照れくさげに笑いを浮かべ、すぐに真顔となり中宮に言う。


「何か?」

「……俺は必ず、鬼神を倒す。はざさんの借りを返すためと、何より中宮様を守るために!」

「……ありがたい、半兵衛。」

中宮は笑みを、浮かべる。




「な、何と! あれが罠であるとは……阿江殿はさようなことで」

「兄者、嘆いても仕方あるまい! ……半兵衛様、大晦日のその戦、負ける訳には参りませぬな。」

「私もそう思う。……阿江殿にはまた目覚め、占ってもらわねば!」

「いや、夏殿? それが目当てか?」


半兵衛は屋敷に戻り。

屋敷にいる水上兄弟や夏、そして広人に真実を告げる。


しかし、ざわめく皆をよそに、半兵衛は考え込む。

「主人様?」

「……あ、いや。何でも……」


と、その時である。

「たのもう! は、半兵衛殿お!」

「!? あんたは、はざさん所の!」


にわかに屋敷へ駆け込みしは、刃笹麿に付く陰陽師である。

「は、はい……い、一大事でございます、我が主人が!」

「!?」


その言葉には皆、息を呑む。


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