坑道
「何だよ、皆来ちまって……」
義常、頼庵、夏、広人を目の前に半兵衛は、ため息をつく。
来れば黙って連れて行き、諦めたならばそのまま置いて行け 一一刃笹麿の言葉に従うならば、連れて行かねばならぬ。
「ったく……少しはこっちの話も聞いてくれっての!」
「聞いておりますとも……我らは貴方様の話を聞いた上で、ここに集まったのでございます。」
義常が、皆を代表して言う。
場は半兵衛……ではなく、刃笹麿の屋敷である。
どういうわけか帝の命により、一度刃笹麿の屋敷に集まるようにと言いつかっていたためだ。
「しっかし……帝も何をお考えなんだろうな。すまねえはざさん、こんな多くで押しかけて。」
「……ふん、今さら何を気にしておる? そなたに面倒をかけられること、これが初めてではなかろう。」
刃笹麿は軽口にて返す。
そして半兵衛は、刃笹麿の傍らの"あの人"にも目を向ける。
「上さんもすまねえ……」
「幾度も言わせるなと言わせないでいただけますか! 誰がカミさんですわ! そなたの嫁ではありませんわと幾度も言っているでしょう半人前!」
「いや、だからそういう訳で言っている訳じゃ……だから半兵衛だっての!」
「ああもう、そなたら静かにせぬか!」
半兵衛としては案の上、上姫より返るは怒りの言葉である。しかしいざ言われればたじろいでしまう。
「あらあなた様! これはこれは、この半人前がご無礼を」
「いや、だから」
「ああもう、よい! 上姫、そなたも騒がしいぞ! 少しは静かにせぬか!」
「……申し訳ございませぬわ。」
「……え?」
刃笹麿の叱責により、上姫が目に見えて萎れる。
「むむ……そう落ち込むな! 何もそなたが憎くて言ったのではない!」
「では……愛おしくておっしゃっていただけたんですの?」
「い、いや……何も」
刃笹麿は慰めるも、此度は上姫は、泣き出さんばかりに顔を歪めて萎れる。
「……あ、ああ。そうだ、そなたが愛おしかったからで」
「ありがたきお言葉ー!!」
先ほどの萎れが嘘であるかのごとく、次には上姫は刃笹麿に抱きつく。
「ああ、止めぬか! 皆の見ておる前で」
「いいではありませんの、あの半人前たちになど見せて差し上げれば!」
刃笹麿の言葉も虚しく、上姫は抱きしめた刃笹麿をこねくり回すように愛でる。
「は、ははは……はざさん。」
半兵衛は力なく笑う。
なるほど、これが尻に敷かれるということか一一
半兵衛は噛み締めつつ、周りを密かに見渡す。
広人は顔を赤くしている。実に産である。
しかし、次に義常や頼庵、夏に目をやった時。
半兵衛ははっとする。
彼らが顔に浮かべるは、悲しげなる様である。
何故か、半兵衛はそのことについて心当たりがあった。
義常と頼庵は彼らの幼馴染であり、義常には妻でもあった治子を上姫に、夏は自らを育ててくれた虻隈を刃笹麿に重ね合わせているのだろう。
半兵衛は息を大きく吸い込み、言う。
「さあて、行こうぜ! そろそろ時は来る。皆、支度はできているか?」
義常、頼庵、広人、夏ははっとして、半兵衛を見やる。
「は、主人様!」
「いつでもいけます!」
「私もいけるぞ。」
「ああ、私も!」
皆からは勢いよく言葉が返る。
半兵衛はその様に息をつきつつ、ちらっと刃笹麿を見やる。
「はざさん……今日ははざさんは止めとこうか。」
「ま、待て早まるな! ……さあ離れぬか上姫!」
「な……もう行くんですの! ならば必ず生きて帰ると誓ってくださるのであれば離しますの! さあ誓ってくださいまし!」
「ああ……誓う! だから離せ!」
「誠にですの?」
「ううむ……まったくこの娘は!」
じゃれ合いつつ別れを惜しむ上姫に、刃笹麿もタジタジである。
さておき。
「はざさん、よかったのか? 何もそこまでして」
「あーもうよいと言っておろう! そなたらだけになど任せられるものか!」
阿江邸の前にて。
どうにか上姫の縛りより抜け出せし刃笹麿は、にやつく半兵衛よりからかわれる。
義常、頼庵、夏、広人も、同じくにやつきつつ刃笹麿を見る。
「まったく……これより戦というのに何と締まりのない! さあ早く持ち場へ行こうぞ!」
刃笹麿は照れ隠しも兼ねて、大声で皆を諫める。
「ああそうだな……皆! 宵闇はあと二つだ、何としても守り切るぞ!」
半兵衛も声を上げ、皆もそれに返す形にて声を上げる。
その刹那である。
何の前触れもなく、いやそのようなものがあれば刃笹麿が勘付くはずであったが勘付かず。
それは襲いかかった。
「!! 皆、散らばれ!」
「!? はざさん?」
刃笹麿が叫ぶも時すでに遅く。
半兵衛、義常、頼庵、夏、広人、そして刃笹麿自らもにわかに沸き立ちし闇色の炎のごときもの一一殺気の中へと吸い込まれる。
「!? 何事ですの?」
物音に気づき、上姫が屋敷の前に出し時には。
すでに皆の姿は、なかった。
「いたたた……皆大事ないか?」
「は、はい……主人様は?」
「あーないよありがとう……はざさん?」
「ふん、何もない。」
「ならいいんだが……」
半兵衛らは気がつき、互いに傷はないか見合う。
頼庵や夏、広人も、無事であった。
「しっかしここは……どこだ?」
半兵衛は首をかしげる。
半兵衛らの傍らには、皆を照らしてやっとといった具合の篝火が壁に打ち付けられておる。
照らし出される輪から出れば、真っ暗である。
そうして、この場が何処か示す手掛かりはどこにもない。
「ううむ……どうもおかしい。」
刃笹麿が唸る。
「どうした、はざさん?」
「いや……この灯りの外の暗がりよ。目で見えぬは分かるが、勘を研ぎ澄ましても分からぬとは。これは」
そこまで言いかけ、はっとして身をよじる。
「はざさん!?」
「そなたらも伏せよ!」
刃笹麿の言葉に半兵衛らも、従うや。
にわかに、闇色の殺気の刃が飛び、半兵衛らの上を通りすぎる。
「くっ……結界封呪、急急如律令!」
刃笹麿は自らも含めて皆を、結界にて取り囲み守る。
たちまち、次の刃が迫るが結界にて防ぎきる。
「はざさん!」
「どうやら、奴がここにいるようじゃ! 暗がりから襲いくる算段にてな。」
「な、何と!」
「しかしやはりおかしい。あそこまで近づくを許すまで気づかぬとは……くっ!」
考え込み始めし刃笹麿の結界を、またも闇色の殺気の刃が襲う。その攻めは立て続けにて、息つく暇もなし。
「これはまいったことよ……結界が保たぬ!」
「はざさん! 俺たちで妖喰いを構える。はざさんを守るが、念のためあの二つ……えっと、ラゴラとケトラは出しといてくれ!」
「……心得た!」
そんな半兵衛と刃笹麿のやりとりのさなか、ついに結界は破られる。
「ぐっ……式神ラゴラ、ケトラ招来、急急如律令!」
「行くぞ! 皆で円陣を組んで守れ!」
「心得ております!」
結界の破れと共に、半兵衛らを囲む暗がりの四方八方より闇色の刃が、一斉に迫る。
「うりゃ!」
「ぐっ……兄者!」
「押し負けるな!」
「ぐぐっ!」
「ぐっ!」
半兵衛らは皆して円陣の中の刃笹麿を守らんとする。
しかし、闇色の刃の勢いたるや、とても押し返しきれる力ではない。
が、その時。
「くっ……はざさんの所へは行かせねえ!」
「……半兵衛、少しならば耐えられるか?」
「えっ?」
刃笹麿が、場違いに落ち着いて半兵衛に尋ねる。
「少しどころか、守りきって」
「よい! 見栄など張るな。私に考えがあるから、そなたらは黙り、耐えてくれるだけでよい。」
「ちっ……持って行く気かよ! だってさ皆、どうする?」
半兵衛も場違いに軽口を叩きつつ、刃を防ぎつつ皆に尋ねる。
「耐えて見せます!」
「お任せください、主人様、阿江殿。」
「任せよ阿江殿!」
「任せよ!」
皆も刃を防ぎつつ場違いに明るく返す。
「ふうむ……たまには頼もしい奴らよ。……さて!」
刃笹麿は感嘆しつつ、構えをとる。
「くっ……いいぜはざさん、落ち着いてゆっくりやってくれれば!」
半兵衛は軽口を叩きつつ、刃を尚も受け続ける。
そうして、ついに。
「……式神ラゴラ、ケトラ! 波状結界退魔、急急如律令!」
刃笹麿が呪いを唱え、命じられるがままに二つの式神が動き出し。
式神たちは踊るかのごとく、妖喰い使いの、刃笹麿を守る輪より打って出て。
そのまま妖喰い使いの輪の周りを回りつつ、刃に変じし右腕にて闇色の弧を描き。
たちまち弧が描かれし所より、仇の刃が打ちのめされ引いて行く。
あっという間の出来事であった。
「これは……すごいな。」
半兵衛が思わず感嘆の声を上げる。
「ふうむ、言うておろう? そなたらは守っておるだけでよいと。ならば……!?」
得意げに刃笹麿が言いかけ、にわかにおかしな様を感じ再び構える。
「はざさん?」
「再び構えよ! 何がこちらへ……」
刃笹麿が言い終わるまで待たず、闇色の刃が暗がりの中より。
二つ湧いて出て、そのまま妖喰い使いの輪を挟み討ちにする。
「!? ラゴラ、ケトラ!」
刃は刃笹麿の命が間に合わなかった二つの式神をそれぞれ捉え、串刺しにし。
刺されし式神は二つとも、殺気へと戻されて仇の闇色の刃より、消える。
「な……そんな!」
半兵衛らはそれぞれに相対する闇色の刃を相手取らんとするが。
刃は暗がりの中へ、ふと消える。
「くっ、どこへ行く!」
「追わねば!」
「……待て! 結界封呪、急急如律令!」
消えし仇の刃を追い暗がりへ飛び込まんとする夏と広人であるが、次には刃笹麿の、再び妖喰い使いと自らを囲みし結界に阻まれる。
「痛い!」
「阿江殿、何をする!」
「あの暗がりには何かあるかわからん! 危ない。それに……」
と、刃笹麿が言いかけし所で。
皆を囲む結界の上より岩が、落ちる。
「な!」
「皆伏せよう!」
「結界封呪、急急如律令!」
驚きし半兵衛らは結界の中にて伏せ、刃笹麿は結界の上にさらに結界を張り守る。
岩は結界に当たり砕けるが、中の皆は事なきを得る。
「……何だこれは? 罠か?」
伏せし皆の中、ただ一人起き上がりし半兵衛は首をかしげるが。
「待て、まだ顔を上げるな!」
刃笹麿が半兵衛を伏せさせるや、否や。
結界の上より、岩が数多落ち、押し寄せる。
「あ、兄者あれは!?」
「とにかく伏せておれ!」
「くう、何だあれは!」
「夏殿も伏せよ!」
「はざさん!」
「そなたも伏せておれ!」
押し寄せる岩を刃笹麿は、結界を保ち凌ぎ続ける。
そうして、少し経った頃。
「……皆、大事ないか?」
半兵衛らはようやく顔を上げ、辺りを見渡す。
先ほどの岩により、壁に打ち付けられし篝火も絶え真っ暗となっておる。
結界の中より透けて見える外は、すっかり岩岩に埋め尽くされし。
「落ち着くはまだであるぞ。これは……まだ崩れるやも知れぬ。」
「え?」
刃笹麿の声に半兵衛がさらに首をかしげるが、すぐに近くにて岩の崩れる音が。
「ぐっ! 何だこりゃ!」
「慌てるな! ……しかし、暗い。」
その言葉に応え、たちまち紫丸より、紅蓮より、翡翠より、そして夏より。
殺気が滾り、闇を照らす。
「どうなってんだい、ここは?」
「七分開放、千里眼……くっ、何ゆえに……」
「はざさん?」
「どうしたのだ、阿江殿?」
刃笹麿は何やら、歯噛みしておる。
それは、このどこか暗がりへ闇色の殺気により送り込まれてより今まで、おかしなことが多すぎたためである。
例えば仇の刃、そして先ほどの岩。
いずれもいつもの刃笹麿であれば、より早く読めておった物。
それが、あそこまで近づかれねば気づかぬとは一一
「……ここには、瘴気が送り込まれておるようじゃ。」
「え? 瘴気?」
聞きなれぬ言葉に、半兵衛は思わず間の抜けた声を出す。
「ああ、霊気一一陰陽術の礎となる力を妨げる力よ。おかげで我が千里眼も、生半可な者では効かぬ。」
「な、何とつまり一一」
「うむ、頼庵殿。明日のお菜は、分からぬな。」
「……何と……」
と、沈みかけし頼庵を起こし、兄の義常が。
「頼庵、今はさような物は知りとうない! ……阿江殿、明日のお菜が分からぬということは。」
尋ねる。
「うむ、明後日のお菜……もとい、ここからの出方は分からぬ。こう岩に挟まれては身動きも取れぬ故に、千里眼により周りを窺うことしかできぬが故な。」
「そんな、じゃあ八方塞がりかよ……」
「否、言うておろう? 生半可な千里眼ではと。すなわち」
刃笹麿は此度は、少し躊躇いつつ。
「全て開放せし千里眼ならば、できるということよ。」
その言葉には、誰もが息を呑む。
それはかつて、半兵衛の屋敷に刃笹麿が泊まりし折、皆に告げたからである。
すなわち、千里眼を全て開放すれば死ぬと一一
「はざさん、何言ってるか分かっているのか!」
「さ、さようですぞ! 少しは自らのお命を」
しかし、そのやりとりの間にも。
岩が崩れる音が、聞こえる。
「……たわけるな、使い手たちよ! 自らの命を顧みよ? その言葉はそっくりそのままお返ししよう。今はどうなっておる? おそらくこのままではこの洞穴一一であろう所は崩れ去る。今でこそ抑えておるこの結界も、私の力保たねば立ち所に消え、私を含めて皆仏じゃ! 分からぬのか!」
刃笹麿の声が木霊し、その音にまた、岩の崩れる音が混ざる。
「……さあ、考えよ。ここで助かるには一刻も早く、最も近き出口を探さねばならぬ。そなたらで闇雲に探しては、よしんば見つけ出したとて出る前にやられる。ここで素早く見つけ出し、事なきを得て出るには……私が千里眼で探し出し、事切れて結界も解けるまでの僅かな間にその出口まで急ぐこと。これをおいて他に何がある!?」
刃笹麿はやや強く言いつつ。
それでもその言葉を超える妙案はなく、皆押し黙る。
しかし。
「いいよ、あんたのその考えこそ違う! 皆助からなきゃ駄目だ! だったら皆で知恵出し合って、全て一息に試す! それで駄目なら……それこそ皆その時は死ぬだけさ!」
半兵衛は頑として、刃笹麿の考えを受け入れぬ。
いや、半兵衛だけではない。
「そうです、阿江殿! そなたも助からねば!」
「まだ私は、明日のお菜を聞いてはおらぬ!」
「ふん、たまにはいいことを言うではないか、半兵衛!」
「私も阿江殿、また違うことを占っていただきたい!」
皆頑として、聞かぬ。
「くっ、そなたら」
しかし、言葉を紡ぎかけ刃笹麿は止まる。
元より説き伏せられる者たちではない。そしてもう時もない。
刃笹麿の心には、諦めが浮かぶ。
そして。
「……分かった、私が間違っておった。すまぬ、半兵衛ら。」
「はざさん……!」
半兵衛らは心を、落ち着かせる。
しかし。
「……全開放、千里眼。急急如律令!」
「!? はざさん!」
「阿江殿!!!!」
刃笹麿は呪文を唱え、時同じくして結界が、揺らぎ始める。
「……そなたらを説き伏せるなど間違っていた。始めより、何も言わずにこうしておれば」
「はざさん、あんた!」
しかし、半兵衛の責め文句が届く前に。
刃笹麿はどうと倒れ、あと少しで結界も解けんばかりに揺らぎを増す。
「はざさん! まだ助かる。今すぐ千里眼を止め」
「……でき、ぬ……さあ、あそこへ、急げ……!」
半兵衛は、刃笹麿を抱き上げるが。
そう言って、刃笹麿の指差す方より大きな音が。
その方より微かに、光が。
しかし、刃笹麿はそれのみに留まらず、千里眼にてあることをも、見抜いておった。
「半兵衛、終いに……中宮に、気をつけよ……」
「中宮!? お后様が何かするのか、はざさん!」
刃笹麿はそのまま、返さず。
指差す手を、はたと下ろす。
「あ、阿江殿……!!!!」
「……うおおお! 皆、急ぐぞ! はざさんの力、無駄にするな!」
「……はい!」
悲しみに暮れる皆を奮い立たせ、半兵衛は刃笹麿を抱えたまま、皆を率いて出口へと急ぐ。
刃笹麿の結界は、無論すぐに解け。
そのまま出口を急ぐ半兵衛らの後ろで、次々と岩の落ちる音が。
「主人様!」
「急げええ!」
何とか半兵衛らが、皆外へと抜け出せし所で。
穴の中が、ついに全て崩れし音が。
外は都の外。既に、夜は明けておった。
「……父上、お見事でございます。後の使い手共は、私が」
「かかか! もうよい、今は捨て置け。元より此度の目当ては、この二つの宵闇の欠片。あやつらごときいつでも、ひねり潰せようぞ。」
「はっ、父上。」
遠くよりこの有様を見る、闇色の鎧纏し鬼神一一道虚と、影の中宮。
嬉しげである父をよそに、影の中宮はふと考え込む。
次こそ、あの使い手共を一一
「あ、主人様……阿江殿は」
「半兵衛様!」
「半兵衛!」
「半兵衛!」
半兵衛も、刃笹麿を案ずる皆と同じく。
刃笹麿を案じ、その胸の音に耳を澄ませる。
刃笹麿の、命は一一




