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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 宵闇(禁断の妖喰い編)
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睨合

「私を、喰らうと……ふふふ面白い! 喰らうてみよ!」

鬼神は未だふらつきながらも、その身全てを覆う殺気を滾らせ。


刃笹麿と相対す。

「ああ……さあ、改めて"死合おう"ぞ!」


刃笹麿は傍らの式神二つと共に、鬼神を睨む。

「いや、はざさんそれは……」

半兵衛は口を挟みかけ、すぐに閉じる。


明らかに入り込む隙間がない。しかし、それでも。

「はざさん、一体にわかにどうしたっていうのさ!」

刃笹麿には届かぬとわかってはいるが、それでも問わずにはいられぬ。


思いがけず式神ーーラゴラを初めて得た時には刃笹麿は、かなり戸惑っていた。


後には進んで使うようになったとはいえ、やはり刃笹麿のこの様はおかしい。


先ほどから刃笹麿は、これまで押されていた様から打って変わり、むしろ鬼神を進んで攻めておる。にわかにどうしたと半兵衛が思うも、また然りである。


「では行くぞ!」

「だから来いと言うておるに!」

案の上、鬼神も刃笹麿も聞く耳を持たず。


刃笹麿は腕に刃を備えしラゴラ、ケトラを傍らに従えたまま、鬼神に自ら迫りラゴラ、ケトラの腕の刃にて斬りかかる。


「ぐっ!」

「どうした? 押し返してみよ!」

刃笹麿が煽る。

鬼神はかろうじてラゴラ、ケトラの刃を受け止めるが。


ラゴラ、ケトラは押し合いでは足らぬと言わんばかり、

それぞれに右腕の刃を押し付けるのみであったが、

やがてどちらも左腕をも刃に変え、鬼神を斬りつける。


「ぐっ……ぐはあ!」

闇色の殺気での守りがあるとはいえ、先ほどラゴラを奪い返されし時のように、同じ闇色の殺気の刃の斬りは鬼神の肉身を正しく捉える。


鬼神は血を吐き、膝をつく。

「鬼神を……すげえ。」

場違いとは分かっていつつも、半兵衛はそのまま感嘆してしまう。


「これでは終わらぬぞ!」

刃笹麿は尚も、二つの式神に命じ。


鬼神を鎧越しに、殺気の刃にて斬りつけ続ける。

「お、おのれ……!」

「どうした! 何だそのへたれ具合は!」


鬼神は膝をつき、抗うこと叶わずむざむざ斬られつつも。

顔を上げ、自らの仇たる陰陽師を睨む。


それに引き換え、刃笹麿は。

口元、いや顔には笑みすら浮かべ、ただこの戦をあたかも余興を楽しむがごとく続け、鬼神を斬りつけ続ける。


「さあ、これで」

「はざさん、そこまでだ!」

「ぐっ……何!」

尚も斬りつけを楽しまんとする刃笹麿と、斬られ続ける鬼神の間に半兵衛が、にわかに割って入る。


たちまち、半兵衛の振る紫丸の一閃により二人は引き剥がされる。

「ふん……私に情けをかけたつもりか!」

「さようであるぞ半兵衛、今更止めてくれるな!」

「ふん……もう血は流れてんだよ! 終わりでいいじゃねえか!」


口々に言う半兵衛への怒りのみは同じ刃笹麿と鬼神もどこ吹く風と言わんばかり、半兵衛は戦の終わりを告げる。


「ふふふ……この屈辱忘れぬ! そなたらも忘れるな!」


言うや鬼神は、たちまち炎のごとき闇色の殺気に包まれ消える。

「はざさん、大事」

ねえか、と言葉を次ごうとして半兵衛の口が止まる。


刃笹麿は地に崩れ落ち、寝入っていた。





「昨夜のこと、清栄、半兵衛、そしてその他この役割を全うせし者たちよ……誠に大儀であったぞ。」

夜が明け、内裏にて。


目の前の半兵衛、そして清栄や義暁に帝は、讃えの言葉をかける。

「いや、まあ此度は……はざさんの手柄、というか……」


半兵衛は躊躇いがちに言う。

「うむ……しかしこのこと、どうすればよいか……」

帝は唸る。


よもや、刃笹麿が禁じられし力に選ばれあまつさえーー

「その力に、魅入られようとはな。」

「いや、魅入られたって訳じゃ」

「しかし、笑いながら使っておったのであろう? あの力を。」


半兵衛は帝に返す言葉に詰まる。

刃笹麿が宵闇の使い手になるなど半兵衛も思いがけなかったことだけに、帝の煩いを晴らすことはできぬ。


「おほん、帝。一つよろしいですかな?」

帝はその言葉の主、清栄を見る。


「清栄、そなたも昨夜刃笹麿の戦を目の当たりにしておったな……話してくれるか?」

「はっ。阿江殿は、あの鬼神めに一息に食い殺されし我が家臣たちの仇を討たんとして、あのように暴れたのでございます。それはそこの半兵衛殿が申せし通り。」

「うむ。して、何を申したい?」


清栄は居住まいを改めて正し、帝に向き直る。

「すなわち阿江殿があの忌まわしき力を使いしは、自らの欲に駆られてのことにあらず、我が家臣のため。であれば、阿江殿にはその力を我らに仇なす物として使わぬという信頼をよせることもできなくはありますまい。」


言い終わるや次には、手をつき、腰より上を折り曲げ。

「しからば、今一度阿江殿が宵闇の力を使うこと、どうかお許しいただきたく私めからもお願いしたく存じます。」

慎ましく請う。


これには公家らや、義暁、半兵衛もざわつく。

「静さん……」

「なっ、なんと……」

「清栄……」

「静まれ、皆! 帝の御前であるぞ。」


騒ぎし皆も、この摂政道中の鶴の一声にははっとなり。

皆一様に、黙りこくる。


「うむ、摂政。かたじけない。」

「いえ……さあ静殿も顔を。帝もそう堅苦しくなられては扱いに難儀されておる、過ぎた礼節は慎むように。」

「……お騒がせし、申し訳ございませぬ。」


摂政の続く言葉に、清栄も顔を上げる。

その時、清栄が何やら頬が少し引きつりしことに半兵衛は気づくが。


さておき。

「いや、よい摂政。……清栄よ、そなたの言う通りかも知れぬ。半兵衛、今一度二つの宵闇の欠片ーーラゴラとケトラとか言ったか。刃笹麿に託す故、引き続きそなたら妖喰い使いが見守り、共に戦ってほしい。」

帝は清栄と、半兵衛に言う。


「……分かった、かたじけない帝。」

半兵衛も、相変わらずの粗野な言葉ながらも帝へ、手をつき一礼をする。




「待ってくれ、静さん!」

帝との謁見が終わり、渡殿を進む清栄を半兵衛は、後より呼び止める。


「一国殿! さすがに殿に対し礼が」

「よい、()()同格の身通し、堅苦しさは無用である。」

半兵衛の軽さを咎めし従者を止め、清栄が言う。


「いやあかたじけない。……さっきもかたじけない。はざさんのこと、庇ってくれて」

「庇ったのではない。阿江殿のあの力、この都に要る力と考えてのことよ。」

清栄は事も無げに返す。


「そっか……だとしてもかたじけない静さん」

「清栄でよい。半兵衛殿。」

「えっ!?」


清栄のこの言葉には半兵衛も清栄の従者も、驚く。

「えっ、いいのかい?」

「いいと言っておろう? 案ずるな、私はゆくゆくはこの都、否この国を背負って立つ者。仲良くしておいて損は無いぞ?」

「い、いや損だなんて……かたじけない。」

「ははは、礼を言ってばかりだなそなたは。では、また。」


清栄は半兵衛の肩に手を置くや、そのままその場を後にする。

「……何だ、あの人……」

「半兵衛!」

「えっ、あっ……中宮様。」


後ろからの声に振り返れば、そこには中宮が。

「これはこれは……お久しぶりだな。」

「ああ、そうだな……」

二人はどこかぎこちなく、目を逸らし合う。


「聞いたよ? この前の騒動を治めたって。やっぱ中宮様はすごいな……」

「あ、あれしきのこと……治められて然るべきである……」


やはりぎこちない。心なしか二人とも、やや顔を熱くしておる。

と、そこへ。


「おやおや中宮様〜! かような所でお会いできるとは光栄ですわ……おや?」

そこへ、女御冥子が割って入る。


「なっ……これは女御殿! そなたも何故かような所へ?」

中宮は虚を突かれつつも、なんとか落ち着きを装い返す。


「いえいえ、私はこれより屋敷へ戻ります故帝へご挨拶に……して、そなたはもしや、一国半兵衛殿か?」

「あ、ああ……えっと……」

「女御の冥子殿だ。」


女御と初めて相見え戸惑う半兵衛に、中宮は女御を紹介する。

「あ、これはこれは失敬……お初にお目にかかる、女御様。」


やはり粗野はそのままだが、半兵衛は精一杯の礼儀を持って女御に返す。

「ふふふ……いや、堅苦しさは無用よ。しかし、聞きしに勝る逞しさであるな。それに……初めて会う気がせぬ。」

「……そうだな、何かどこかで……」


言いつつ半兵衛と女御は見つめ合う。

いや、ともすれば睨み合うといった所か。


「半兵衛? 中宮殿?」

中宮は訝しがる。


よく見れば二人の違いに、互いを見る目には何やら、穏やかならぬ光が心なしか見えるようなーー


「こ、これ半兵衛! さように見つめられては女御殿も」

「あ、ああ……そうだな、すまない……」

中宮の言葉に女御も思わず、はっとする。


「いや、私もすまぬ。」

女御もはたと気づき、目を逸らす。


「と、ところで女御殿。屋敷にお戻りとはまた、何とした?」

中宮は尋ねる。


「ああ、それは……我が父・長門道虚がこのところ臥せりがちになっておりまして、一度見舞いをと。」

「それはそれは……見舞えばお父上も安らぐであろう。」

「ありがとうございます。……では。」


女御は中宮に一礼し、そのまま踵を返す。

「どうした半兵衛? 何かあったか?」

「あ、いや……何でもない。」


未だ女御の後ろ姿を目で追う半兵衛に、中宮が尋ねる。

半兵衛は返しつつ、未だ女御を目で追う。





「あ、主人様! お帰りなさいませ!」

帰りし屋敷にて半兵衛を出迎えたのは、義常であった。


「あ、ああ……そうだ、義常さん。頼庵や夏ちゃんを呼んでくれ、話が。」

「……承りました。しかし、広人殿は呼ばなくてよいのですか?」

「え? 来てるのか?」

「私はいつもおるぞ、戯け!」


半兵衛の言葉に、ひょっこりと広人は顔を出す。

「いつもいるって……座敷童じゃねえんだぞ。」

半兵衛は先ほどの広人の言葉に、突っ込む。



「……集まってもらったのは他でもない。やっぱり皆には改めて言わねえとと思ってな。鬼神について」

半兵衛が皆を集めし部屋。その中で義常、頼庵、夏、そして広人を見比べつつ半兵衛は言う。


「その話ならばもうされておる! 言ったであろう、さように怖ろしき相手ならば尚更一人では太刀打ちできまい、だから我ら皆で!」

「そうですぞ、主人様! この義常も!」

「頼庵も!」

「この夏も!」

「うん、頼もしいんだが話聞いてくれ!」


半兵衛は皆を鎮める。

「昨日、はざさんが傷ついたことは知ってるだろ? それは俺のせいだ、分かってる……でも、俺はあの時思っちまった。皆もそうなるんじゃねえかってな!」


この言葉には皆も、項垂れる。

「だからさ、皆。鬼神は前にも言った通り、俺たちの仇だ。その仇を前に少しでも勝手に動けば、間違いなく死んじまう! 今一度ようく考えてほしい、心を鎮めて戦えるかどうか……」

言うと半兵衛は、部屋を出る。



「全く、何をしておる? かような所で。」

「!? はざさん……寝てなくていいのか?」

「ふん、人を病人扱いするな!」

渡殿にて惚ける半兵衛に、刃笹麿が軽口を叩く。


「いや、でも」

「それより何じゃ? 人をダシにあの者たちを引き止めて。」

「……聞こえていたのか。」

半兵衛は気まずげに顔を逸らす。


「分かってるだろ? あいつらは」

「ならば問おう。半兵衛、そなたとて心を鎮め切ってあの鬼神と対峙できると言い切れるのか?」

刃笹麿のこの言葉に、半兵衛も口ごもる。


「どちらにせよ、あやつらの力は要るであろう? ならば素直に駆り出せ。そうせねば」

「それでいいのかよ? あいつらはまだ、あの鬼神が仇と知ってからはその鬼神にただの一度も相見えてねえんだぞ! そんなんで」

「それはあやつらが決めればよい! 誠に心を鎮められるか否か、な。そなたのすることは二つに一つ、次にあの鬼神との戦に際しあやつらがついてくれば黙り受け入れ、ついてくれば一人で行く。」

「まったく……陰陽師って奴は。」

刃笹麿の言葉に、半兵衛はすっかり兜を脱ぐ。



「父上? 冥子でございます……身体のあちらこちらに傷を負われたと、何とおいたわしきこと……」

「よい、心配に与かり誠に嬉しいが……そなたが父はこの通り既に治っておる。」


長門の屋敷にて、父を見舞いし女御冥子は、いつもと同じくしっかりと立つその姿を見て驚く。

「まあ何と……この冥子、誠に嬉しゅうございます。」

「ははは……さあ行こうぞ、影の中宮よ! 既に手は打っておる。あの邪魔な陰陽師と妖喰い使い共を一息に潰す手をな。」


「はい。」

そういいつつ屋敷を出んとする父の背中を見つつ、冥子ーー否、影の中宮は考えておった。


一夜にして重き傷を治しきる。それはまるであの忌まわしき男ーー一国半兵衛を思わせると。


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