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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 宵闇(禁断の妖喰い編)
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計都

「さあ、欠片を寄越さぬか!」

「謹んで断らせてもらう」

「ぜ!」


鬼神の誘いに乗り、今にも飛び出さんとする半兵衛と刃笹麿であるが。


二人の前に立ち、その行く手を阻む者が。

侍たちの長の一人・清栄である。

「待たれい、お二人とも……そこの者、鬼神とやらとお見受けする!」


清栄は小声にて半兵衛らを引き止め、きっと鬼神に向き直り言う。

「さようであるが?」

「お初にお目にかかる。我こそは静清栄なり! 帝の命によりそなたが首と宵闇とやら、いただきたく存じる!」


清栄は高らかに名乗る。

「これはこれは、()()()()()の侍、静殿か。」


鬼神は底意地の悪い笑いを上げる。

「ほほう、存じてくれていたとは光栄である……皆、礼の代わりに討ち取って差し上げよ!」

「ははあ!」


清栄の命により、傍らに控えたる兵が動き出す。

「止めろ、よせ!」

「鬼神め、その首!」

「ふん!」

「ぐあっ!」


半兵衛は叫び止めるが、兵たちは聞く耳持たず突っ走り。

あっさり鬼神により、まとめて斬られ。


なんとその場より闇色の炎となり消える。

「なっ……皆!」

「くっ……おい鬼神さんよ、ここでも血を流しちゃいけねえんだろ!?」

半兵衛は鬼神に問う。


「ふっ……愚かな。周りのどこに血などある?」

「なっ……あんた何を……?」

半兵衛は周りを見渡すが、血は一雫もない。


「ふふふ……こういうことよ。」

と、鬼神は手より殺気を鞠のごとき形にて出す。


「うわあああ!」

「き、清栄さ、まあああ!」

鞠のごとき形の殺気の中より、聞くも悍ましき苦悶の叫びが一つ、また一つと聞こえては消えてゆく。


「ふうん、うう〜ん……素晴らしい、やはり人がその肉身果てる苦しみを嘆く声、これぞ何者にも勝る弦楽である!」

鬼神はうっとりと、殺気の中より聞こえる叫びに耳を傾ける。


「止めよ、皆を!」

「くっ、何と浅ましい!」

「ああ、さすがに趣味悪いぜ」


半兵衛らは口々に、非難を言う。


しかしそうする間にも、人の叫び声は絶えぬ。


また、何やら噛み砕くような音も……

余りの惨たらしさに、半兵衛も清栄も刃笹麿も、目を瞑り顔を逸らす。


「ふうむ……死人の纏し鎧が練り込まれたるがため、この宵闇は人も喰らう! それはそなたらとて、解しておったはず。」

鬼神は相変わらず笑い混じりにて言う。


「まさか……飲み込んで噛み砕いちまうとはな。」

「くっ……よくも皆を!」

「静殿。」

何とか目を前に向けし半兵衛、刃笹麿、清栄。


今にも飛び出さんとする清栄を刃笹麿は制し。

「侍の方々の勇ましき戦いぶり、無駄にするわけにはいかぬ……半兵衛!」

「分かってるよ! はざさんは後ろから助けてくれ。」


清栄を後ろへ下がらせ、半兵衛、刃笹麿は前へと進み出る。そうして今一度半兵衛は紫丸を、刃笹麿は式神の術の構えを直す。


「ふん……ちょうどよい。そなたらも我が糧となりこの美しき音色を奏でる者の一人となれ!」

「悪いがあんたの余興はまっぴら御免被りたい!」


闇色の鬼神と今は青き刃、そして闇色の式神が乱舞する。

式神と青き刃は、鬼神を捉えはするがその鎧に阻まれ。


身に刃を、通すことはできぬ。

「くっ、猪口才な!」

「我が言葉だ!」

鬼神は尚もゆとりを持ちつつ、紫丸と式神を退ける。


「まだ終わらぬぞ!」

半兵衛らを大きく飛ばせし後も、鬼神は勢い衰えることなく迫る。


「ああ、こんなんじゃ終わらねえっての!」

半兵衛も負けじと、紫丸を構え直し迎え討つ。


「ふん、口の減らぬ小僧が!」

鬼神と半兵衛、そして式神は再び鍔迫り合いとなる。


「なるほど、殺気にて身の全てを鎧う、か……でもな、既にその技は前の戦で見切り済みなんだよ!」

半兵衛は鍔迫り合いの紫丸の刃を一時ふわりと、鬼神の刃から離したかと思えば、また打ちつける。


その勢いには、鬼神も少しよろめく。

「ぐう!」

「おりゃあ!」

その隙に半兵衛は、紫丸の刃をより前に突き出し。


鬼神はそれを、刃にて防ぐが。

そこに式神も刃を叩き込み、三つ巴となる。

「ふうむ忌々しい……ならば!」


鬼神の刃が、前に押し出されたかと思えば。

そのまま鬼神は身体ごと、ぐるぐると回りつつ続け様に刃を半兵衛に、式神に叩き込む。


「うわ! ぐっ……くっ!」

いきなりの攻めには、半兵衛も刃笹麿も間を外され。


そのまま守るのみとなる。

「ふん、防ぐか……しかし、攻めねば勝機はないぞ!」

「分かってるっての!」


半兵衛は鬼神に返すが、声にはいつものゆとりはない。

「ふふふ……しかし一国半兵衛よ、私が用があるのは貴様ではない! 私はその闇色の式神と、それを奪い使う陰陽師に用がある。」

鬼神は低く笑う。


「ああ、そうだろうな……この鎧を全て揃えてえんだろ? でもそれを聞いちゃあ、尚更引けねえな!」

「ふうむ……妖喰い使いの癖しおってなんと天邪鬼な!」

「よく言われるぜ……いや、今が初めてか!」


半兵衛は言いつつ、鬼神の刃を少しずつではあるが押し返す。

「ほほう、少しは抗い見せるというか……ならば!」

鬼神は身体全ての殺気を、滾らせる。


「何だ、殺気で更に守ろうってのか? そんなこと……くっ!」

「半兵衛?」

半兵衛はにわかに苦しみ出す。


「ふふふ……この前の借り、同じ形でお返し致そう!」

「何! そういうことか……」

鬼神は殺気を、半兵衛の紫丸の殺気に食い込ませているのである。


「さあ、とくと味わうがよい!」

「くっ……なるほど、でもこっちもやられたままじゃねえよ!」

半兵衛も紫丸の殺気を滾らせる。


「くっ! おのれ、また貸しを作らんとするとは! ここで私が借りを返してやると言うておるに!」

「ははは、まあ案ずるなよ! これで終いの、返さねえでいい貸しにしてやっからよ!」

「どこまでも口の減らぬ小僧風情が!」

鬼神と半兵衛は拮抗し合う。


「半兵衛! 私も」

「ふん、隙を突かんと? 甘えるな!」

この抗い合いに乗じ鬼神を討たんと打って出た刃笹麿であるが、鬼神はその身全ての殺気を、更に滾らせる。


「くっ!」

式神を差し向けし刃笹麿であるが、式神は滾る殺気に溶けるがごとく吸い込まれんとする。


「はざさん!」

刃笹麿も殺気そのものに食い込まれているため、苦しみ。

半兵衛もその身を案じる。


「ふん、どこまでゆとりを装えば気が済む? そなたら二人とも、この宵闇の肥やしとなれ!」

「くっ!」

「ああっ!」


鬼神は叫び、より宵闇の殺気を滾らせ。

それにより半兵衛、刃笹麿の妖喰いの殺気をも侵し、二人を苦しめる。


「くっ……何のこれしき」

言葉とは裏腹に、半兵衛はついに膝をつく。


「ふっ、はっはっはっ! さしものそなたもこれには恐れ入ったか! さあて、それでは陰陽師も……」

鬼神は笑いつつ刃笹麿を見やり、呆気に取られる。


刃笹麿は苦しみ、俯きつつもまだ耐えておるのだ。

「なっ……? ほう、これはこれは。まだ立てるとはなあ、戦慣れしておらぬ貴様の方が。」

「ふん、驚いた、か……まだ私はそなたなどに……」

刃笹麿は笑みすら浮かべ、鬼神に返す。


「ふふふ……だが、できるか? 頼みの一国半兵衛はこの通りであるぞ?」

「ああ……だが案ずるな。あやつが相手するまでもない、そなたなど私一人の手に負える!」

刃笹麿は顔を上げ、鬼神を睨みつつ言う。


「ふふふ、よく言うたな……所詮は勿怪の幸いにて宵闇の欠片を手にした陰陽師風情が!」

「ぐう!」

「うっ! はざさん!」

鬼神の殺気は、より滾りを増し。


半兵衛と刃笹麿を飲み込まんばかりである。

「ははは! ここがそなたらの墓場である……今すぐにでも二人とも楽にしてやりたいが……すまぬ、先ほどの言葉の報いとして、その陰陽師から先に逝かせよう!」

「はざさん!」


動きし鬼神を、今しがたまで鬼神に刃を食い込ませし半兵衛は止めんとするが。


殺気の苦しみにより、身動きが取れぬ。

「ふうむ……今、そなたを解放する!」

鬼神は先ほどまで飲み込みかけであった式神を、ついに飲み込み。


そのまま刃笹麿へ、迫る。

「はざさん!」

「さあ、喰らう!」

「ふん……」


鬼神はそのまま、闇色の刃を取り出だし刃笹麿を斬らんとするが。


にわかに、防がれる。

「何? ふん、まだかような力を……」

鬼神の言葉はそこにて、止まる。


刃笹麿が、何やらおかしき様なのである。

と、またもにわかに。


刃笹麿の身体より、闇色の殺気が火のごとく飛び出し。

たちまち鬼神を、吹き飛ばす。


「くう! 何じゃ、いきなり何が……」

と、次には。


祠にて闇色の光が飛び出し、そのまま刃のごとき鋭さにて鬼神の顔を、斬りつける。

「ぐっ! 馬鹿な、宵闇の欠片が……」


鬼神は驚く。

その闇色の光は、そのまま式神の形となる。

「……降伏、式神"ケトラ"招来、急急如律令!」

俯いておった刃笹麿が、顔を上げ。


そのまま呪文を唱える。

「はざさん……?」

半兵衛も呆気に取られる。


刃笹麿の目が闇色に、光っておるためである。

そのまま刃笹麿の命ずるがままに宵闇の欠片ーー式神"ケトラ"は鬼神へと、迫る。


「ふん……図に乗るな! 自ら来てくれるとは手間が省ける。そのまま我が糧となれ!」

鬼神は右手を広げ、先ほどの闇色の鞠のごとき殺気を呼び出し。


そのままケトラを、吸い込まんとする。

「はざさん!」

「……ケトラ、破呪急急如律令!」

刃笹麿は取り憑かれしがごとく、ケトラに再び命ずる。


と、ケトラは両の腕を刃に変えーー

「ぐっ……ああああ!」

なんとそのまま鞠のごとき殺気にその刃を入れ、こじ開けんとする。


「ぐっ……おのれ、何を」

「はざ、さん……?」

「……破呪、急急如律令!」

刃笹麿は鬼神も、果ては半兵衛も意に介さず。


ケトラは命じられるがまま、右の腕を殺気の奥へと潜らせ。先ほど飲み込まれし式神型の宵闇の欠片を、取り出す。

「ぐっ、はあはあ……ぐはっ!」

鬼神は血を吐くかのごとく、苦悶の声を上げる。


「……うむ、よい音だ。そなたののたうち回る声は……」

「おの、れええ! 貴様!」

その声に聞き惚れし顔の刃笹麿に、鬼神は怒りを露わにする。


「う、嘘だろ……」

半兵衛は戸惑う。

いつもの刃笹麿ではない、何故先ほどの鬼神のようにーー


「さあ、取り戻せし式神よ……そなたにも名を。呪物降伏、式神"ラゴラ"招来急急如律令!」

刃笹麿はもう一つの宵闇の欠片ーー式神"ラゴラ"に命ずる。


「な、何?」

「さあラゴラ、ケトラ……天竺に伝わる九つの星・九曜の一つ"羅ごう"、"計都"の名を与えられし式神として、その名のごとく妖の日であり月であるあの鬼神を喰らえ!」


刃笹麿は二つの式神を従え、高らかに叫ぶ。

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