死守
「うむ……いや、それは」
床に伏したまま、刃笹麿は答えに窮する。
ここは半兵衛の屋敷。
昨夜、戦の疲れ故か寝込んでしまった刃笹麿はここに担ぎ込まれた。
しかし、一時は目を覚まし。
先ほど上姫が帝の前にて読み上げしことを事細かに紙に書き上げ、上姫に渡して帝にお伝えするよう言いつけたのであった。
その時には聞けなかったこと。
「だから、近く死ぬ身ってどういうことか聞いてんだけど?」
半兵衛はまた一度問う。
刃笹麿は目を逸らす。
「まあ言いづらいのもわかるけど……でも、たしかあんた千里眼、だっけ? それが使えることとか色々考え合わせるに」
「ああ、待たぬか! それより先は」
「おいおい、ここまで言わせたんなら言わせろって!」
半兵衛が言わんとせしことを遮る刃笹麿を、さらに半兵衛が遮る。
半兵衛はそのまま、咳払いをする。
「考え合わせるに、あんたはその千里眼であの鬼神が現れる所を調べるついでに、自分の死の運命まで見ちまったって所か。」
「……」
半兵衛の言葉に、刃笹麿は尚も目を逸らし黙りを決め込む。
しかし、黙ることにより肯んじたも同じであった。
「でもようはざさん、褒められたもんじゃねえだろ? 自分の占ったことを自分で叶えようとするなんて、とんだインチキ陰陽師じゃねえか。」
半兵衛は遠回しに、刃笹麿が自死すら厭わぬ真似をしたことを責める。
「……ふん、分かるはずもあるまい。」
「え? 何だい?」
「そなたに分かるか! 先が見えるということへの悩みが!」
半兵衛に刃笹麿は、横になりながら身を乗り出しかねぬ勢いにて叫ぶ。
「お、おい……何だよ、そんな騒ぐと身体に」
「ふん、そうじゃ分かるはずもない! 先が見えたとて避けられぬ運命を避けられぬ、この心を!」
身を案ずる半兵衛の言葉も、刃笹麿は遮る。
「まあ、そりゃ分からねえよ……その、千里眼? そんな物持ってねえから先や人の心なんて言われなきゃ分からねえんだからさ。」
「……そうであったな。私とせしことが、そなたにかようなことを言っても仕方ないと言うに」
刃笹麿は勢いを鎮め、やや気まずげに寝返りをうち半兵衛から身体ごと目を逸らす。
「……何か、あったのか?」
「ああ、あった。人死にを先に見ていたにもかかわらず、避けられぬということがな。」
刃笹麿は語る。
それは自らの、父の死であった。
「父は病を得て亡くなった。私はそれを予め知っていた……千里眼でな。」
やや間を置いて、半兵衛が尋ねる。
「……病は治せなかったのか? その、病を治す術とかで」
「そんな術はない。あるとすれば悪しき霊による病の場合、諸悪の根源たるその悪しき霊を追い払う術ぐらいであるが……父はそうではなかった。救う術などなかった!」
刃笹麿は少しばかりであるが怒りを、言葉に滲ませて叫ぶ。
「悪りい、怒らせて……」
「……よい。この怒りはそなたに向けたものではない。あの時何も出来ず指をただ咥えるのみであった、自らへの怒りだ。」
刃笹麿は半兵衛に返す。
「……だが、分かったであろう? 先が見え、それがどうにかなることであれば、死にものぐるいで避けようとしたであろう。だが、避けられぬ運命であれば? どうせよと。」
そう言うや刃笹麿は、再び半兵衛より身体ごと目を逸らすべく寝返りをうつ。
半兵衛にかようなことを言った所で仕方ない。さぞかし困った顔をしておろうーー
しかし、半兵衛は困った色は浮かべず何やら、考え事に頭を巡らせておる有様である。無論、今の刃笹麿には見えぬが。
「うーん……すまねえ、そこまで言われても分からん!」
「……は!?」
半兵衛の言葉に、思わず刃笹麿も驚き。
次には寝返りをうち半兵衛に身体ごと向く。
「いや、言葉は分かるよ? お父上を亡くすなんて、そりゃ気の毒だろうさ。でもはざさん、あんたの死の運命とやらはどうなんだ? それは避けられねえのかい、誠に?」
「なっ……そなた、私が嘘を言っていると?」
刃笹麿は聞き返す。よもやこのように言われるとはーー
「まさか! そんなことは毛先ほども……ただ、あんたが死ぬってのは、どうやって死ぬんだ? 何の月? 何の日? 何時?」
「いや、そこまでは……私は宵闇の欠片の在り処を探らんとして、ふと自らが倒れ臥す様を垣間見ただけじゃ……」
そこまで聞いた所で、半兵衛はふっと鼻を鳴らす。
「なら、早とちりかもしれねえな! 最初っから死の運命なんてないんじゃねえか?」
「いや……それでも私には分かる! 自らの死の運命くらい」
「ああもう……そうだとしても案ずるな! ほら、これみたいに変えられる運命かも知れねえだろ?」
半兵衛は尚も言う刃笹麿に、小皿を差し出す。
「……何だ、これは?」
「今日の、お菜さ!」
「……焼き鳥?」
刃笹麿が首をかしげる。
何故半兵衛は、こんなものをーー
「何だい、忘れたか? 昨日、次の日のお菜が魚だって言ってたろ? ……でも、ハズレだ! 今日は鳥、雉の焼き鳥だよ!」
半兵衛は大げさに身振りをし、おどけて見せる。
「何……? そなた、昨日の占いは聞いておろう、まさかわざと」
「まあそうカリカリしなさんな、はざさん! つまり俺が言いてえのは……先が見えてんなら、見えてねえよりかはまだ争いようがあるってことさ!」
思わず起き上がり半兵衛に食ってかかる刃笹麿を、その額に自らの左手の中指を押し当てながら半兵衛が言う。
「何だと?」
「お菜を魚から鳥に変えられたように。人の運命だって、そんなもんさ!」
「……そなたは、話を聞いておったか? 私の父は」
「ああもう、皆まで言うなって! それとこれとは別の話だよ。そもそも、死ぬとも限らねえだろ?」
刃笹麿は諦めたように、再び横たわる。
「まったく……そなたは阿保なのか?」
「……それは否めねえけどな。」
半兵衛の言葉に刃笹麿は、くすりと笑う。
その日の夜。
「主人様! そちらはいかがでしょうか?」
内裏の守りとして侍る義常が、殺気を通して半兵衛に尋ねる。
「ああ、こっちもまだだ。……まあ来た所で、はざさんと俺で返り討ちにするけどな。」
半兵衛が返す。
かく言う半兵衛は内裏の横ーー昨日の鬼神との戦場とは逆の所にいた。
先ほど半兵衛の言葉にあったように、刃笹麿と共にである。
「夏ちゃんはどうだい?」
「うむ、恙無い。いかなる仇が来ようと」
「ああ、夏ちゃん。あんまり張り切りすぎるなよ。」
半兵衛はため息をつく。
と、他の所より殺気を感ずる。
「うん? ああ、頼庵か。都のど真ん中はどうだい?」
「ううむ半兵衛様……鬼神は現れませぬな。しかし、いざ現れれば、私が……」
「う、うん頼む……広人はどうだ?」
「ああ、私も胸が高鳴る。さあて、鬼神め……」
「わかった、またな」
半兵衛は頼庵との殺気のつながりを切る。
「どうであった?」
「まあ皆……いつも通りかな。」
半兵衛は深く、ため息をつく。
「なんじゃ……話は聞いておるが、昨夜いざこざがあった後にもかかわらず、皆変わらぬ様でいるとは喜ぶべき所であろう?」
刃笹麿は問う。
「うん、まあそうなんだが……情けねえよなあ、皆巻き込みたくないってほざいといてこの有様とはよ。」
「それは否まぬが。……どちらにせよ、そなた一人には荷が重きこと。却ってよかったと思え。」
「うん……励ましてくれてるんだよな?」
半兵衛が問うと、刃笹麿はぷいっとそっぽを向く。
「ふん、励ましてなど……これから戦というのに、そなたが情けない姿で私が嫌だっただけじゃ! しゃんとせんか!」
刃笹麿は吐き捨てるが如く、言い放つ。
「……ありがとよ、はざさん。」
刃笹麿のぶっきらぼうな様とは裏腹に、半兵衛は笑いながら言う。
「ふ、ふん! まったく……ん!?」
悪罵をつかんとする刃笹麿であるが、何やら気配を感じ。
身構える。
「はざさん、来たな……!」
半兵衛も同じく、身構える。
内裏の横・内裏・都の真ん中ーーいずれも、残る宵闇の欠片が眠る所である。
この三つの所全てに妖喰い使いーー内裏の横には半兵衛・刃笹麿、内裏には義常・夏、都の真ん中には広人・頼庵と、それぞれに静清栄・泉義暁率いる兵が、分けられ控えていた。
そのような中、鬼神はーー
「俺たちの所かよ! 光栄だぜ!」
内裏の、横へとやってきた。
「なるほど……ここがそなたらの守りとは。御誂え向きである、今こそ前の借りを返させてもらう!」
鬼神は出会うや否や、半兵衛と刃笹麿に斬りかかる。
「はざさん!」
「心得ておる! ……式神招来、急急如律令!」
半兵衛は紫丸を引き抜き、刃笹麿が呼び出したるはーー昨夜獲りし、式神型の宵闇である。
「おりゃあ!」
「ふんっ!」
半兵衛の紫丸の刃と、刃笹麿の式神の刃が時同じくして鬼神に振り下ろされるが。
鬼神は刃ではなく、なんと胴にて受け止める。
「くっ! ……何! そんな、なんで鎧を!」
「まさか既に、全て宵闇の欠片を!」
半兵衛と刃笹麿は、月明かりに照らされし鬼神の姿を見て更に驚く。
その身は闇色の鎧にて、覆われておる。
顔にもいつもの鬼面ではなく、兜にある鬼面の飾りにそのまま覆われ。
まさに、闇色の鬼神である。
「ふふふ……隙ありであるぞ!」
鬼神は驚く二人の隙を見逃さず。
胴の鎧にて二人の刃を受け止めておる間に、右腕の闇色の刃を、二人に向けて斬りかかる。
「はざさん!」
「分かっておる!」
半兵衛と刃笹麿の式神は刃を躱し、今一度鬼神より間合いを取る。
「ふん、捉えきれぬか……しかし案ずるな! これは全ての鎧ではない。欠けたる所は殺気にて、補っておるまでのこと。……全てを揃えるまでじっくりと、楽しませてくれよう!」
鬼神は刃笹麿と半兵衛に、再び斬りかかる。
「来るぜはざさん!」
「いちいち言わんでよい!」
刃笹麿と半兵衛も、迎え討つ。
宵闇を巡る戦、いかに。




