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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 宵闇(禁断の妖喰い編)
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方陣

「お身体はもう、大事ないのか?」

「はい、お陰様で。」

渡殿の上にて、立ち話という形で中宮嫜子と女御冥子は言葉を交わす。


「……昨夜の騒ぎをお鎮めになりましたこと、お聴きしましたわ。さすがは中宮様、よくぞ」

「よい、帝がお休みになられている間とあっては、私が責を負ってでもやらねばならぬことよ。」

女御の褒め言葉にも、中宮は顔を引き締めしままである。


「そうだ、女御殿も昨夜の騒ぎ、お身体に障ってはおらぬか?」

「ほほ、ご心配に与かり光栄でございます。しかし、ご安心を。……昨夜は帰りまして早々に、帝が通ってくださったものですから。」

中宮の言葉に、女御は厚かましくも中宮が最も知りたがっていたであろうことを告げる。


中宮も思わず、右眉をぴくりと動かす。


「……そうか、よかったではないか。」

中宮は事も無げに返し、その場を後にしようとする。


「……もしや、帝は昨夜、元々は中宮様の御許に!?」

中宮はその女御の言葉に、はっと振り返る。


女御はその声に驚きを含ませ、手で口を覆っておる。

「……いや、いらしておらぬが。」

「……左様でございますか。申し訳ございませぬ私、つい要らぬ言葉を……」

「……よい、では。」


中宮はそのまま、立ち去る。


「(くっ……何なのだ、女御め! あのゆとりは!)」

努めて心を鎮めつつ、中宮は尚も落ち着かぬ様にて渡殿を進む。


先ほどの女御の言葉、まさしく中宮への嫌みであったのであり、それは中宮も分かっておる。


しかし、振る舞いは前の女御と、違っていた。

相対し、気圧されてしまったのは中宮の方である。


何やら女御からは、底知れぬゆとりのようなものが見て取れたからである。




日を同じくして、内裏の帝の御前。

「……では半兵衛、始めてほしい。」

帝は半兵衛に、命ずる。


「あ、ああ……では、全て……」

半兵衛は昨夜のいきさつを事細かに、話す。


聴き終えて、帝の顔は強張る。

「ううむ……話は分かった。しかしよもや……宵闇の欠片が刃笹麿に味方するとは……」

帝の顔には戸惑いとも、憂いともつかぬ色が浮かんでおる。


「まあお気持ちは察するよ……まあ俺の目から見た限りでは、よく使えてたと思うけどな、はざさんは。」

気休めにもなるか知れぬが、半兵衛は帝に声をかける。


「うむ……しかしあの宵闇であるぞ? 今は良いとて、ゆくゆくは……現に、刃笹麿がここにおらぬのは」

「帝、それにつきましてはご安心を。私の夫となるもの、こんなことで死にはしませぬわ。」

「? ……そなたは……」


にわかに半兵衛の後ろより声を上げしは、帝も見覚えなき若い女であった。


「ああ、えっと……この人ははざさんの」

「名乗り遅れて申し訳ございませぬわ、帝。私は阿江の妻となる女、上姫(かみひめ)と申しますわ。」

半兵衛のためらいつつの紹介の言葉を遮り、上姫が自ら名乗る。


「お、おお……そうか、思い出した。そなたは刃笹麿の許嫁か。……して、何故ここにおる?」

帝は問う。そういえば、そうである。


「ははあ! ごもっともなお言葉……私は動けぬ阿江に代わり、阿江のお伝えせんとした言葉を伝えに参りし次第にございますわ!」

「ほ、ほほう……」

帝は座りつつ少し、身を仰け反らせる。


上姫が話しつつ、身を前へ乗り出し、右の袖を捲り腕を見せたからである。帝は少しばかり、気圧されておる。


「お、おい上さん……若い女がそんな肌見せちゃ」

「誰が()()()()ですわ? そなたの嫁じゃないですわ! それに女が何とは! 女を蔑む気ですの?」

「あ、いや……」

「こ、こほん。」

「……あらいやですわ、私とせしことが♡」


半兵衛の言葉に怒り心頭の上姫であるが、帝の咳払いに我に返る。


半兵衛はやや、上姫の夫となる刃笹麿の尻に敷かれるであろう身の上を案じつつあった。


さておき。

「……では、お話いたしましょう。我が許嫁、刃笹麿が申しておりましたことの全てを。」

上姫は先ほどまでのおどけし様からは打って変わり、落ち着きし様にて話し始める。


「まず、こちらをご覧くださいませ。」

上姫はおもむろに、二つの紙を取り出だす。


帝も、半兵衛も、その場にいる者は全て紙を覗き込む。


まず、一つの紙に書かれしは。


四◼️九◼️二

三◼️五◼️七

八◼️一◼️六


次に、二つ目の紙に書かれしは。


何某◼️兜◼️何某

籠手◼️胴◼️籠手

脛巾◼️腰◼️脛巾


「これは、何なのだ?」

帝の問いに、上姫は話し始める。


まず、一つ目の紙にある九つの数の並び。

これは後天定位盤(こうてんていいばん)といい、

陰陽師が占いなどに用いるものであるという。


「これら九つの数にはそれぞれ、五行(ごぎょう)(古代中国において考えられた万物の元となる五つの要素)と色が割り当てられております。そして、その色の割り当てはこうなっております。」

上姫はさらに、新たな紙を取り出して見せる。


緑◼️紫◼️黒

青◼️黄◼️赤

白◼️白◼️白


さらに上姫が続けて曰く。

「二つ目の紙は見ての通り、北を上に都の中における宵闇の欠片の、それぞれに封じられし所を記したものにございます。」

「うむ……」

「そしてこの色の割り当てを記せし紙と、二つ目の紙を重ね合わせて見てくださいませ。」

「よし……」


帝は言われるがままに、二つの紙を重ねる。


何某◼️兜◼️何某

籠手◼️胴◼️籠手

脛巾◼️腰◼️脛巾


緑◼️紫◼️黒

青◼️黄◼️赤

白◼️白◼️白


「ふむ……これは、兜が紫、籠手が赤、といった具合に重なるが……?」

「この色……紫は紫丸に、赤は広人の紅蓮に、何かつながりあるのかな……?」

「ななんと!? くう……私が言わんとせしことを! でも合っておるぞ半人前!」

「ああ、そう……いや、半人前じゃなくて半兵衛だからな俺!」

「こほん!」


半兵衛の呟きに上姫が返し、またも先ほどの騒ぎと同じくなりそうなところを、帝が咳払いにて諌める。


「……すみませぬわ、帝。」

「……はい、すみません。」

「……それで? この色の並びは妖喰いと如何なるつながりが?」

帝の問いに、上姫はまた改めて話し始める。


「はい。……そこの半人前が申せし通り、色の割り当ては妖喰いの殺気の色とつながりがございます。例えば……左籠手の封じられし所に割り当てられし色は赤。妖喰い紅蓮は妖の血と交わってようやく、その名の通りの色となりますが故、封じられし所でも相手の血を流さねばならない」

「!? 誠か!」


その言葉に帝は声を上げるが、ようやく半兵衛も解す。

今、上姫が挙げし例えは、まさに左籠手を取られし時に半兵衛が鬼神により傷をつけられし話である。


「では、もしや……」

「……はい。この宵闇の封じられし所は、北を上に記されております。そして残る欠片は兜、胴、そして紙の右上に書かれし何某……この三つのうち兜の封じられし所、この内裏では血が流されねばならぬということでございます!」


上姫の言葉に、帝は次には考え込む。

半兵衛も考え込む。

狙われるのは残る三つの欠片の封じられし所である。


この三つの、どこにあの鬼神は打って出て来るか……

「……半兵衛よ、妖喰い使いたちは全て動かせるか?」

「……ああ、ていうよりあいつらはすぐにでも動くつもりだよ……」


半兵衛は力なく答える。

前であれば一人で三つとも守ると言ったであろうが、いかんせん()()()()()であるため、もはや止めるだけ野暮というもの。


「?……そういえばそなた、両の目と口元に傷が……」

帝はふと気づく。

先ほどは見えなかったが、半兵衛は今言った所に痣のような傷が。


これは言うまでもなく、昨夜半兵衛の隠し事に怒り心頭に発せし義常・頼庵・夏に、気が晴れるようやらせたためである。


「しっかし、主人を殴るとはな……まったく、広人が義常さんと殺気を繋げてさえなけりゃ……」

「半兵衛?」

「……すまねえ、こっちの話だ。」

さておき。


「うむ……ではこの三つとも、まとめて守りにあたってもらわねばな。しかし案ずるな、そなたらのみでは戦わせぬ。」

「え、俺たちのみではって」

「さあ、摂政! 連れて参れ!」

帝が手を叩くと、襖が開き摂政が進んで来る。


後ろには見たことのない男二人が。

二人はそのまま、摂政とともに帝へ一礼すると座り込む。


「うむ、半兵衛……こちらにおるのは京の侍を束ねる頭二人、静清栄(しずかのきよさか)泉義暁(いずみのよしあけ)と申す者たちよ!」

帝のこの言葉に、二人は半兵衛の方を振り返り一礼する。


「えっ……ああ、どうも……」

半兵衛も軽く一礼する。


侍を見るのは水上兄弟振りであるが、兄弟とはまた違う佇まいである。


着ておるものが正装であることも、無関係ではなかろうが。

「昨夜も内裏の横であった鬼神との一件……あれにて騒ぎとなりし内裏を、一件の調べにあたり纏めしがこの二人じゃ!」

「あ……それはそれはすまない……」


帝の言葉に、昨夜の騒ぎは自らと鬼神の戦により起こしたも同然の半兵衛は縮こまる。


「おやめください、帝。私も静殿も、当たり前のことをしたまでのこと。」

「さようでございますぞ。都の守りはもとより、我らが全て担うべきもの。」

清栄と義暁は、微笑み合う。


この二人は、やがて起こる摂政氏原家及び朝廷の揉め事に深く関わり、後々まで永く続く侍の世のきっかけとなる大乱をこの次の年には引き起こすのであるが。


さておき。

「帝、今更だが一つ聞きたい。」

「うむ、都の守りについてか? 仔細についてはこの清栄・義暁と」

「いや、そうじゃない。……宵闇についてだ。」

「!? ……な、何じゃ?」

帝は訝しげに聞き返す。


「……宵闇の欠片って、九つなのか? 七つじゃねえのか?」

半兵衛のこの言葉には、帝もはっとする。




「む……ここは……」

長門の屋敷にて、道虚は目覚める。


「父上! よくぞ……ここにはあなた様が息子、伊末・高无が控えております。どうぞお気を楽に……」

「うむ……そうか、私は……」


道虚は思い出す。

不覚にも陰陽師刃笹麿に、宵闇の欠片を奪われてしまったこと。


そして、半兵衛や広人、刃笹麿にとどめを刺さんとせし折逃げられてしまったことも。

「……私は怒りに身を任せた。伊末、高无よ。見苦しきものを……」

「い、いえ父上! 私どもは父上のお帰りが遅い故、案じて参れば内裏の横に父上のお倒れになりし様を見つけ、こうしてお連れしたまでのことでございます!」


落ち込みし声の様である父に、伊末は慰めの言葉を送る。

「まあ、父上のお倒れになりし様を見つけしは女御でございますが」

「これ、高无!」

伊末は慌てる。その件は高无に、口止めを命じていたからである。


「そうか……まったく、優しき娘であることよ。無論そなたらも、大儀であったぞ。」

「……はっ、勿体なきお言葉。」

父の言葉に、伊末は頭を下げる。


父には直に向けられぬが、下げしその顔は面白くなき様である。


「……行かねばならぬな。」

おもむろに道虚は、起き上がる。

どこも痛がらず、苦しみもせぬ。


既に傷は、治っておるのだ。

「まったく、忌々しき使い手どもに加え陰陽師までも……さすがは帝すら欺きし者の血筋よ。」

「まったくでございます。よもや宵闇の欠片が全てで七つなどと、嘘八百を。」

父の言葉に、伊末はまた返す。


「しかし、それしきで我が父を騙そうなどと、舐めてくれしものですな。」

「その通り。私は知っておるぞ、百年前の時の帝……()()()により、九つという数におかしな程こだわっていたことを!」

「それを書き留めし日記を内裏に残すとは、あの陰陽師の祖も、所詮は詰めが甘かったということですな。」


伊末は言う。

この前の毛見郷の一件、それは内裏に秘されしその日記を盗み見る隙を作るため、都から妖喰いの使い手の目を逸らそうという目当てもあった。


「うむ、しかし……宵闇は全て私の物! ならばあの陰陽師より取り戻さねばならぬ。しかしその前に……まだ残る欠片も集めねばならぬ! 出陣する、支度を整えよ!」

「はっ!」

道虚がかけ声を叫び、伊末もそれに応え。


支度をするため、高无の袖を引いて伊末は部屋より出る。

「いっ痛い! あ、兄上……」

「愛しくも愚かな弟め! あの妹に手柄、取らせぬ絶好の機であったというに!」

少しは軽口を含みつつ、伊末は怒りを弟にぶつける。


「も、申し訳ございませぬ!」

「ふん、もうよい! ……まったく、そろそろ危ういと思わぬか! もうあの妹に手柄は取らせぬ、我らがいただくぞ!」

伊末は目に、炎を宿す。




「む……ここは?」

刃笹麿は目覚める。


「遅いお目覚めだな、いつまで寝てんだい?」

「!? ……半兵衛。」

声の主に刃笹麿は、驚く。


傍らには、半兵衛が控えておる。

「さあてと……聞かせてもらわねえとなあ、()()()()()って、どういうことかい?」


半兵衛は刃笹麿に、問う。

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