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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 宵闇(禁断の妖喰い編)
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自死

「くっ……貴様、何をした! 陰陽師!」

鬼神は、口より言葉を絞り出す。


斬られしは左肩より右脇腹まで、斜めにである。

血がほとばしり、ややよろけておるが。


それでも倒れこむことはない。

鬼神は力のみならず、身体も強き者のようである。

「答えよ!」

「はざさん、逃げろ!」

「……破魔、急急如律令!」


食ってかかり、刃笹麿に斬りかからんとする鬼神に。

半兵衛も止めに入らんとするが。

刃笹麿は動じつつも落ち着き、新たに宵闇の欠片に命ずる。


宵闇の欠片は刃笹麿の命ずるがままに、再び右腕を変化させし刃にて。鬼神に斬りかかる。

「くっ! まだ刃向かうというのか!」


此度は鬼神も、侮ってはおらぬため。

宵闇の欠片が差し向けし刃を自らの右腕の刃にて、受け止める。


「ふん……図に乗るな! 私を殺せると思うてか!」

「鬼神さんよ……もうあんたが血を流しちまってる! あんたの負けだよ!」

「黙れえ!」


半兵衛は鬼神に叫ぶが、鬼神は聞く耳を持たず。

尚も宵闇の欠片と、戦う。

鬼神は宵闇の欠片の刃を、右腕の刃で防ぎつつ。


左腕の刃にて、宵闇の欠片に斬りかかる。

「……破魔、急急如律令!」

刃笹麿も尚も。

新たな命を叫ぶ。


命を受けし宵闇の欠片も、左腕を刃へ変化させ。

鬼神の左腕の刃を、受け止める。


「図に乗るなと言っておろう! 陰陽師ごときが!」

鬼神も未だ、引かぬ。


鬼神の先ほど負いし傷は、浅くはないはずであるが。

既に、血の流れておる様ではない。こんなにも早く、傷がふさがるとは。


「どうだ! さあ、此奴を渡せ!」

鬼神は勢い衰えず、宵闇の欠片を押し切り。

刃笹麿は苦しき様にて、耐える。


「……引く気なしか。広人!」

「分かっておる!」

鬼神の隙を伺い、手をこまねいておった半兵衛と広人も、ついに動き出す。


未だ鬼神には一片の隙もないが、かと言って攻めあぐねいている場合ではない。


「鬼神!」

「阿江殿に、もう手出しするでない!」

半兵衛と広人は鬼神の後ろより、斬りかかるが。


「ふふふ……どいつもこいつも侮りおって!」

鬼神は言うが早いか、飛び上がり。


背を宙にて反らし、そのまま一回りし。

後ろより迫る半兵衛と広人の、後ろへと地に足を運び、二人を両の刃にて、斬りつける。


「くっ!」

「おのれ!」

かろうじて向けられし刃は二人とも防ぎきるが、勢いを全て受け止められし訳ではなく。


そのまま宵闇の欠片の足元まで、飛ばされてしまう。

「そなたら!」

「さあ、欠片を寄越さぬか!」


二人の身を案ずる刃笹麿をよそに、鬼神は容赦なく襲いかかる。

何とか宵闇の欠片により、守られるが。


「欠片よ……既に多くの欠片たちは我が手中にあるぞ! さあ、来ぬか……」

鬼神は呪文のように、唱える。


と、鬼神の身体の全てより闇色の殺気が湧き出し。

引き合うかのごとく、宵闇の欠片からも闇色の殺気が激しく湧き出す。


「くっ……くう……」

「はざさん!」

「さあ、渡さぬか!」

「……ふん、どうせ近く死ぬ身なれば、如何に苦しかろうと辛くないわ!」


苦しむ刃笹麿であったが、一向に引く様は見せぬ。

むしろ、その顔には笑みすらあった。


「ふん! 強がりを……ならばそなたのその顔、望むがままにより苦しみにて歪めてくれるわ!」

「ぐっ……うおお!」

鬼神はより、殺気の滾りを強める。


その滾りに応えるが如く、宵闇の欠片もより滾りを強め。

刃笹麿の顔はより、苦しみにーーではなく、笑みに満たされる。


「くっ……何がおかしい!」

「……封呪、急急如律令!」

「何? ……くっ……ぐあああ!」

苦しみの声を上げしは、鬼神の方であった。


「ま、まさか殺気を通して力を……くっ!」

「封呪、急急如律令! 封呪、急急如律令! 封呪、急急如律令! 封呪……」

鬼神は悟る。今刃笹麿の手中にある式神型の宵闇の欠片、そして自らの持つ宵闇の欠片。


この二つのつながりを使い、刃笹麿が力を送り込んでいることに。そして今。


刃笹麿は取り憑かれしように呪文を唱え続ける。

そしてその度に、鬼神は痛みに悶える。


「お、おのれえええ! ……かくなる上は!」

「封呪、急急如律令! 封呪……ぐあああ!」

「!? はざさん!」

呪文を唱えるさなかの刃笹麿が此度は、苦しみ出す。


「ふふふ……はははは! そなたが殺気を通して力を送り込めるとあらば、私もまた然りということよ! そしてこの宵闇は人をも喰らう……ならばそなたを、喰らうまで!」

「ぐ……封呪、急急如律令! 封呪、急急……」

「な、何!?」


鬼神は殺気を通して刃笹麿を喰わんとするが、刃笹麿は一時苦しんだかと思えばまた、呪文を唱え直す。


「な、何故だ……く……これだけでは喰いたりぬか!」

「ぐう……ふ、封呪、急急如律令! 封呪、急急如律令!」

「く……どこまでも忌々しい者め!」


再び力を送り込まれし鬼神であるが、負けじと刃笹麿を喰わんとする。刃笹麿も負けじと力を送り込み。すっかり力比べの様相を呈しておる。


「ぐぐぐ……おのれ! 死すら厭わぬというのか!」

「はざさん、もういい! 後は俺たちが」

「封呪、急急如律令! 封呪、急急如律令!」

「はざさん!」

「阿江殿!」


半兵衛も広人も、刃笹麿を案ずるが。

鬼神の言う通り、刃笹麿は死すら厭わぬと言わんばかり。

尚も力を、送り込み続ける。


「くっ、何で……」

半兵衛は訝る。

しかし、先ほどの刃笹麿の言葉をふと、思い出す。


どうせ近く死ぬ身なればーー


どういうことか。まさか、それ故にーー

「くっ……広人、何が何でもはざさん止めるぞ!」

「な……あ、ああそうであるな!」


半兵衛と広人は動く。

「広人、あんたははざさんに呼びかけ続けるんだ! 俺は鬼神を止める!」

「む……心得た、陰陽師のお守りは任せよ!」


彼らは二手に分かれ、それぞれの務めへと急ぐ。

「さあて、鬼神さんよ……いいのかい、そんな隙だらけで!」

半兵衛は鬼神へと迫る。


「……ふん、隙だらけ? 何とも舐められたものであるな!」

「ぐっ!」

鬼神へと向けられし半兵衛の紫丸であるが、鬼神を覆いし炎の如く滾る闇色の殺気に阻まれ、弾かれる。


「……なるほど、でもな!」

半兵衛は紫丸の殺気を、鬼神と同じく滾らせ。

そのまま、改めて鬼神に斬りつける。


「殺気には、殺気ってな!」

「くっ、ぐっ!」

半兵衛の差し向けし紫丸を、尚も弾かんとする鬼神であるが。


紫丸の刃は、滾る闇色の殺気と、自らの青き殺気を交わらせ。そのまま宵闇の殺気を伝い鬼神に痛みを与える。


「なるほど、こいつは効くみたいだな……ならば!」

半兵衛はそのまま、次々と紫丸の殺気の刃を宵闇の殺気越しに打ち込む。


「ぐっ……おのれえ、どこまでも邪魔立てしおって!」

「今だ、広人!」

「任せよ!」

半兵衛が鬼神の動きを止め、広人に合図を送り。


広人が、それに応じるが。

「阿江殿! もうよい、阿江殿!」

「封呪、急急如律令! 封呪、急急如律令!」

「阿江殿!」

「封呪、急急……」


広人の呼びかけも虚しく、刃笹麿は取り憑かれしがごとき呪文の唱えを止めぬ。

「できねえか……広人、弱くはざさんの操ってる式神に殺気の刃打ち込んで! はざさんが我に返ったら、大急ぎで連れて行け!」

「くっ……また難しきことを……分かった!」


半兵衛は痺れを切らし、広人に荒療治を命ずる。

広人はすかさず、式神型の宵闇の欠片に紅蓮の殺気の刃を打ち込む。


「ぐあああ!」

「くっ……ようやく陰陽師の力が弱まったわい!」

「おおっとお! よそ見は禁物だぜ!」

「くっ……うああああ!」

刃笹麿は広人の刃にて力が緩み、その隙を突かんとせし鬼神の隙を見逃さず、半兵衛が紫丸の殺気の刃を打ち込む。


鬼神は悶えつつも、かろうじて自らを保ち。

「許さぬ……そなたらああ!」

自らの周りを、力いっぱいに振りかざせし宵闇の刃にて斬りたおす。


たちまち大きな土煙が舞い、鬼神も自らの勢いを受け止め切れはせずについに、地に伏す。


「ふん、見たか! 使い手、共……」

鬼神はそのまま、気を失う。





「……何じゃ、外が騒がしい!」

鬼神との戦の場は大内裏の横であったがために。

先ほど鬼神が周りを薙ぎ払った故、内裏では大変な騒ぎとなっておった。


「な、何じゃあれは……ええい、見えぬ! 土煙が邪魔じゃ!」


内裏より先ほどの戦の場へと出る、殷冨門や上西門といった門には公家が女官が、押し寄せておる。

「くっ、どうする……早く検非違使を向かわせねば!」

「いや、それは我らでは……」

「くっ……帝はいづこへいらっしゃる! 探さねば」

「騒々しいぞそなたら! この内裏で何をはしたなきことを!」


その場の騒ぎも、現れし中宮嫜子の鶴の一声にて収まる。

「はっ、これは中宮様!」

「み、皆、直らぬか!」


公家や女官は皆一様に、その場に直る。

「……検非違使では役不足やも知れぬ。静清栄(しずかのきよさか)殿や、泉義暁(いずみのよしあけ)殿に当たらせよ! ……案ずるな、帝は今お休みの所である。何か責があらば、その時は私が。」

「……ははっ!」


こうしてこの場は、収まったのであった。





「大事ないか、はざさ……」

半兵衛は右肩を貸しておる刃笹麿に声をかけるが、刃笹麿はすっかり寝入ってしまっておる。


場所は半兵衛らがあの内裏の横より抜け出したことにより、半兵衛の屋敷の前に移っておった。


「はざさんは大事ないみたいだな……広人は?」

「案ずるな、私も大事はない。」

「そっか……ああよかったわ広人。……んで、よかったついでになんだが……」

半兵衛は広人に安堵の顔を浮かべ、しかし次にはせわしなく、恐れ多き様を顔に描く。


「な、何じゃ顔をころころと……忙しい奴め!」

「ああ、ごめん……頼む、このことは義常さんや頼庵、夏ちゃんには内密に!」

「……半兵衛、すまぬがそれはできぬ頼みじゃ。」

「な、何で!?」


半兵衛の頼みを広人は断るが、広人の様が何やらおかしい。いつになく断り方が、申し訳なさげなのである。


「何でだ? 黙っておいてもらえれば……」

「いや、それがな……これまでのこと全て、筒抜けなのじゃ。」

「え、筒抜け……!」

広人の言葉に半兵衛は、全てを悟る。

筒抜け。もはやその言葉だけで、十分であった。


「何が内密であるのでしょう? 主人様!」

「半兵衛様! お覚悟を!」

「半兵衛、水臭いカビ臭いぞ!」

屋敷の門が開き、噂をすれば義常、頼庵、夏が顔を出す。


「あ、あれ……皆起きてたの〜!」

「起きてたの〜、ではございませぬ!」

半兵衛の間の抜けし言葉に、三人は一斉に返す。




刃笹麿や半兵衛、広人が鬼神と戦を交えし夜より、一夜明けて。


内裏の中を、しっかりとした足取りにて進むは中宮である。昨夜あれだけの騒ぎを収めし後とは思えぬ様である。


このような朝早くより、どこへ向かうかと言えばーー

「……女御殿か。」


渡殿にて向かう先の部屋の主ーー女御冥子とばったり、対面する。

「これはこれは中宮様、お久しぶりでございます。長くお暇をいただき、申し訳ございませぬ。」


女御は深々と、頭を下げる。

「いや、よい。達者で何よりであった。」

中宮も、労わりの言葉をかける。


表向きこそ、穏やかであるがーー

冥子。表は女御、裏では"影の中宮"。

嫜子。真正の中宮。


いわば不倶戴天の敵同士たるこの二人が再び、相見えし時。

それが悩乱の始まりであることは、言うまでもなく。

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