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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 宵闇(禁断の妖喰い編)
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式神

「はざさん! 何してんだい? 早く行かなきゃいけねえだろう?」

空き部屋の襖の前にて半兵衛が、中の刃笹麿に呼びかける。


日が暮れし後。

夜が更け、水上兄弟や夏が寝静まりし頃を見計らい、半兵衛たちは屋敷を出るつもりであった。


無論、水上兄弟や夏、そして広人をより憎しみへと、掻き立てぬようにである。


しかし、どうにも支度が遅い。

刃笹麿は昼より空き部屋に篭りしまま、出て来ぬ。


「はざさん、大事ないかい? ……開けるぜ。」

半兵衛が襖に、手をかけるが。


にわかに襖が開き、刃笹麿が出て来る。

「ああ、すまぬ……いつの間にやら眠ってしまったようでな……」

刃笹麿は目を、こする。


「全く、なんからしくねえな……」

いいかけて半兵衛は、訝る。


心なしか、刃笹麿の目は腫れておるようにも見えるためである。


「はざさん……?」

「ん? なんじゃ、人の顔をじろじろと。」

「……いや、何でもない。」

半兵衛はそのまま、目を逸らす。


「……まあ、よい。そんなことより、そなたにこれを」

「え?」

刃笹麿の言葉に、再び彼の方へ目を向ける半兵衛であるが、何やら刃笹麿は、半兵衛に何かを投げつける。


「うわ! ……ん? これは折鶴?」

刃笹麿が寄越せしものは、折り紙の鶴であった。


と、にわかに折り紙の尾が、下に降りたかと思えば。

次には立ち上がり。


「これは式神じゃ! これからは逸れし時は、この式神に声をかけよ。そうすれば私に、声を届けることができるぞ。」

羽根をばたつかせ、言う。


「え……は、はざさん?」

折鶴からは確かに、刃笹麿の声が。


「私の声じゃ。そなたには私の声が、私にはそなたの声がその式神を介せば聞こえる。無くすでないぞ!」

「う……うん。」

半兵衛は躊躇う。


何せ、刃笹麿は全く口を開いておらぬ。

またも式神から、声を出しておる様である。


と、先ほどまで騒ぎし式神がにわかに、ぱたんと倒れ。

元の、尾が上を向きし折鶴の形に戻る。


「……まあ、こんなものじゃ。そなたは一人にすると何をしでかすか分からぬ、その式神でもって、私が目付けになってやろうぞ。」

「……いらんお心遣いありがとう。」

刃笹麿と半兵衛は、互いに軽口を叩く。


「……でも、よかったぜ。なんか、しょげてんのかと思っちまってさ。」

「な……わ、私はしょげてなど……」


「いや、いいよ。それは分かったから。……さて、行こうぜ! あの鬼面の野郎にこの前の借り、お釣りつけて返してやらねえとなあ!」

半兵衛はそう言うや、道を駆ける。


「あ……こら、待たぬか!」

刃笹麿も跡を、追わんとするが。


刹那、半兵衛の周りに暗き紫の、殺気が滾り。

あっという間に半兵衛を包み、消える。


「!? くっ、この前と同じとは……ならば、居場所を……」

刃笹麿は焦り、再び千里眼を使わんとして。


ふと動きが、止まる。

思い出したのである、自らの死の運命(さだめ)を。

そして、幼き日のあのことを。


「ち、父上ー……」


そこで、刃笹麿はようやく我に返る。

「な、何をしようとしておる……私は。既に居場所など、あらかじめ見ておるではないか。まったく、焦って……」


そう言いつつも、刃笹麿はその場にしゃがみ込む。

震えが、止まらぬのだ。


「ああ、何をしようとしておる? そなた程の陰陽師が、ここで。」

声に驚き、顔を上げるや。


すぐ目の前に、広人の姿が。






「ここは……なるほど、お招きいただき誠重畳ってことか。」

半兵衛は自らのすぐ目の前にある、祠を見て悟る。


こここそ、刃笹麿の見通せし所。

内裏のすぐ横である。


「よくぞ来た……そなたが墓場へ。」

声とともに、現れしは。


鬼面の男ーー半兵衛は知らぬがーー長門道虚である。

「よう、"鬼神"さん。宴はこれより、始まりってか?」

半兵衛は鬼面の男ーー鬼神に、呼びかける。


「ほほう、鬼神か……いい響きである。」

鬼神は、笑う。

半兵衛には無論、その顔は見えぬが。


「さあて……あんたも早く、蹴りつけてえんじゃねえか?」

「ふむ……睦み合いは無用と? まったく、戯れるゆとりもなしか!」

鬼神は言うが早いか、斬りかかる。


「くっ! なあ、教えてくれねえか? 此度は血い流しちゃいけねえのか、いいのか!」

「ふん! その二つのどちらが正しいかに、何を賭ける?」

「何!?」

半兵衛は鬼神の刃を受け、斬り合いとなるが。

すぐに互いを、刃の勢いにて引き離す。


「何とは何か。戦とはそもそも、何かを賭けるものではないのか? ここで血を流すべきか否か教える、それもまた戦のさなか。ならばそれを求むるためにもまた、何かを賭けねばならぬも然りというものであろう?」

鬼神よりまた、面ごしの笑みを感ずる。


「そうか……なら、こっちの命を賭ける。」

「よかろう。……さあ、血を流すべきか否か、どちらに賭ける?」

「それは……」

答えかけし半兵衛は、ふと考える。


血を流すべきか否か? それはーー

その問いにそのまま、答えてはならぬ。


「……血を流せば、俺の勝ちって所に賭ける。」

「ふ、ふふふ……」

鬼神は宵闇の刃を、半兵衛に振りかざす。


「くっ! 何だよ、外れか!」

半兵衛はあっさりと躱す。どうやら、誠に斬るつもりではないようである。


ということはーー

「いいや……当たりじゃ。」

「まったく……あんたの戯れは笑えねえな。」

「ふ……ふふふ!」

鬼神は再び、半兵衛に宵闇の刃にて斬りかかる。


「くっ! 勢いいいな……」

半兵衛はかろうじて、受け止める。

此度は、斬るつもりのようである。


「そなたも人が悪い……引っかかっておれば良かったものを!」

鬼神は、今半兵衛に振り下ろし受け止められておる右腕の刃のみならず、左腕の刃も振り下ろす。


「痛っ! ……誰が引っかかるかよ! あのまま血を流すべきが正しいって答えてたら、あんたは『血を流せば鬼神の勝ち』っていう風に捉えて俺を殺すつもりだったんだろ!」


半兵衛はまたも受け止め、言い返す。

そう、『血を流すべきが()()()』とは、()()()()()()が分からぬ。


それ故に、如何様にも解せる。これは罠であった。

「ふふふ……なるほど。頭の回りの早き奴め!」

鬼神は半兵衛に振り下ろせし両の刃に、より力を込め。


半兵衛もいささか、力負けする。

「く、ぐぐぐ……まったく、強すぎるぜ鬼神さんよお!」


しかし、負けっぱなしの半兵衛ではなく。

そのまま足を力強く踏み出し、鬼神の刃を受け止めし自らの紫丸の刃を、前へ前へと押し込む。


「さあ、ちょっとは抗えたぞ。」

「ふん、前に進めばよいと思うな!」

鬼神は刹那、にわかに両の刃を引き。


そのまま前へ押し切らんとする半兵衛の勢いを、受け流し。


半兵衛は前に、転びかける。

「隙ありである!」

その隙に乗じ、半兵衛を斬らんと両の刃を振り下ろす鬼神であるが。


「やられるかよ!」

地を転がり、鬼神の刃をどちらも躱しきる。


「くっ!」

「さあ、"死合い"だ!」

そのまま半兵衛は起き上がり、鬼神めがけて駆ける。


「ふん、図に乗るな!」

半兵衛より振り下ろされし刃を、鬼神は右腕の自らの刃にて受け止め。


そのまま左腕の刃を、半兵衛に振りかざす。

「はっ!」

「やられるかっての!」

半兵衛は鬼神の右腕の刃を、力任せに振り払い。


そのまま迫る左腕の刃も、受け止め振り払う。

「くっ! なるほど、骨がある!」

「そりゃどうも!」

またも半兵衛は、鬼神と間合いを取り。


そのまま、睨み合いとなる。

「なあ、あんたに直に問いたかったんだが……あんたは何者だ? そして何で都に妖を放ち、皆を苦しめてる?」

「ふむ、教えよう……再び、そなたが命を賭けるのであるならな!」

半兵衛と鬼神、二人は時同じくして駆け出す。


互いに睨み合い、相も変わらず間合いを取りしまま。

「逃げるつもりかい!」

「そなたこそ!」

が、次にはどちらからともなく間合いを詰め、再び鍔迫り合いとなる。


「ふむ……その刀の腕、認めてやろう。しかし!」

「くう!」

「私に抗いきれるものでは、ないのだ!」

刃が多いだけ利があるのか、鬼神は半兵衛との鍔迫り合いにて、半兵衛を押しきり再び間合いを取る。


「くっ! しかし鬼神さんよ、俺を斬れないなら、如何に殺すつもりだい?」

「ふん、この刃が殺気によるものということ、忘れるな!」

鬼神はそのまま、半兵衛へと右腕の刃を振りかざす。


刹那、殺気の刃は鞭のごとく、柔らかくしなり。

半兵衛を捕らえんと、一巻きにしようとする。

「くっ! 何だ、こりゃあ……」


半兵衛は紫丸を構え、迫る殺気を迎え討たんとするが。

まったくもって思いの他であった攻めを受けきれず。


そのまま巻かれてしまう。

「さあ、捕らえた!」

「くっ……」


半兵衛はもがくが、もがけばもがく程に、殺気の鞭は絡み合い。


中々、解けぬ。

「ははは、捕らえたぞ! 驕ったな、このくらいも避けられぬとは!」

鬼神は高笑いする。


「くっ……この殺気何でもできるのかよ! 刃から鞭になるとか狡い事この上ないぜ!」

半兵衛は苛立ち紛れに、悪罵を吐く。


「ふふふ……一国半兵衛よ。これまではそなたら妖喰いの使い手共を殺すこと、()()()()()成し遂げんと思っておった。早い話がそなたらなど、二の次であったのじゃ!」

()()()()()()()……あったってつまり、昔はってことかい。今は違うかい?」

半兵衛は鬼神に、問う。


「ふん、心当たりがあろうに惚けおって……全ては影の中宮! そなたが傷つけ、退けし者……影の中宮を傷つけ、さらに嘲りし罪! 今こそ贖ってもらう! 此度はあわよくばにあらず、必ずやじゃ」

鬼神は言葉と共に、半兵衛を縛る殺気の締め付けをより、強める。


「くっ……こりゃあ」

「半兵衛えええ!」

「……あ?」

にわかに響きし聞き覚えのある声に、半兵衛は間を外される。


「何事か?」

鬼神も辺りを、見渡すが。


その間にも声の主は、素早く駆け。

半兵衛を縛りし殺気の鞭を、その手の槍の刃にて切り裂く。


「……広人!」

「ふん、半兵衛! 何という体たらくじゃ!」

現れし声の主・広人は、半兵衛ににやりと笑う。


「ぬう、邪魔立てを……」

「……結界封呪、急急如律令!」

「何!」

揺らぎし鬼神の隙を突き、刃笹麿の呪文と共に結界が、鬼神を囲む。


「はざさん! おい、俺たちだけって……」

「ああよい! はざ……阿江殿に私が勝手について来ただけじゃ。」

「ええ?」

半兵衛は広人を連れて来し刃笹麿を咎めるが、広人に遮られる。


「まったく……ああもう……」

半兵衛は頭を抱える。

誠であれば水上兄弟、夏、そして広人にも知られてはならなかったというのに、これでは形無しである。


「ふん、何をじゃれ合っておる!」

太い声が響き、半兵衛たちが声のする方を見れば。

鬼神が自らを捕らえし結界を斬り捨てておった。


「半兵衛、後でこの有様の訳しかと話してもらうぞ!」

広人は紅蓮を、構え直す。


「はいはい……あんまり気は進まんがな。」

半兵衛も、紫丸を構え直す。


「ふん……私を前に、生きて帰れると思うな!」

鬼神はそう言うや、宵闇の刃を大きく振り払い。


円弧を描きし殺気は、そのまま半兵衛と広人・刃笹麿を襲う。

「はざさん、後ろに下がってろ!」


半兵衛は刃笹麿の前に立ちはだかり、広人は駆け出す。

「くっ!」

「結界封呪、急急如律令!」


半兵衛は迫る殺気を受け止め、刃笹麿も結界を張り助ける。

「おいどうした! ここで誰か血い流したらあんたの負けだろ?」

「ふん、先ほども申したであろう! もはやあわよくばではない、必ずやそなたらを殺すと!」

「くっ……」


半兵衛は殺気の攻めを耐えつつ、歯をくいしばる。

宵闇を集めるはもはや、二の次というのか。


「ふふふ……いつまで耐えられるか……」

「隙ありであるぞ!」


声に鬼神が、横を向くや。

鬼神の横より広人が、紅蓮の刃先を今にも突き出さんと駆ける。


「はあ!」

「ふん!」

半兵衛へ右腕の刃を向けつつも、鬼神は広人の紅蓮の刃先を左腕の刃にて受け止める。


「それで隙を突いたつもりとは……」

「私を忘れるな!」

刃笹麿の声が響き、鬼神が見上げると。


上より札が、数多迫る。

「さあ、避けきってみよ! ……封呪、急急如律令!」

刃笹麿が命じるままに、数多の札に一様に霊力が注ぎ込まれ。


全てが刃となり、鬼神に迫る。

「ふふふ……なるほど、両の腕さえ塞げば事足りると思うてか!」

鬼神は笑う。顔は無論面に覆われ見えぬが。


「くっ、ならばどうする!」

「ふむ……ならばこうしよう!」

刃笹麿の問いに、鬼神が返し。


刹那。

鬼神は左腕の刃にて受け止めし広人の紅蓮は、大きく振り払われ。


広人はそのまま、飛ばされてしまう。

「広人!」

「前を見よ!」

そのまま鬼神は、自ら飛ばせし殺気を、自ら斬りはらい。


そのままその殺気を受け止めておった半兵衛の紫丸の刃に、自らの右腕の刃を打ち込み。その刃もまた、大きく斬りはらう。


「ぐっ!」

「ははははは! そなたが陰陽師か!」

鬼神は勢い衰えず、刃笹麿を守りし結界を斬り捨てる。


「はざさん!」

「ぬ、く……」

幸いにも中の刃笹麿は無傷であるが。


刃笹麿は目の前の鬼神に、腰を抜かす。

「ふふふ……私が必ずや殺すと誓いしは妖喰いの使い手共であるが……そなたも我らに楯突くとあらば、捨て置けはせぬからな!」

「くっ……そなたなど!」


鬼神を前に、刃笹麿は自らを振るい立たせんとするが。

鬼神の振り上げし、自らを斬らんとする刃に腰が抜け、身動きできぬ。


何より、あらかじめ見ておった自らの死。

その有様が、再び目に浮かび。

刃笹麿は恐れに、囚われし。


「やめろ、はざさん逃げろ!」

「阿江殿!」

半兵衛と広人は、駆け出すが。

間に合いそうにない。


「さあ、終わりぞ!」

「くっ……」

鬼神の刃が、刃笹麿に迫る。


「くっ……式神招来、急急如律令!」

刃笹麿は気がつけば、呪文を唱えておった。


と、刹那。

祠に収められし物がーー形は分からぬがーー煌めき。


そのまま素早く、鬼神の元へ飛ぶ。

「!? おうや、自ら来てくれるとは……可愛い奴じゃ。」

鬼神がそれを受けんとして、おかしき様を感ずる。


祠に収められておった物ーー宵闇の欠片は、速さを緩めず。

何とそのまま鬼神の面を、斬りつけたのである。


「くっ! ……何、我が物にならぬというのか!」

鬼神の面が欠け、血がほとばしる。


そのまま宵闇の欠片は、刃笹麿の前に立ちはだかる。

「? ……な、これは……?」

刃笹麿は目の前の宵闇の欠片を見て驚く。


それはまごうことなき、式神の札であった。

と、次にはそこより闇色の殺気が、人型に広がる。


「あれは……あの時俺を助けた……」

半兵衛は見覚えがあった。


それは、折紙のやっこと袴を合わせしような姿。

前に半兵衛を救いし、式神と同じ形であった。


「宵闇の欠片よ……私に何故、刃を……?」

鬼神は先ほど斬りつけられし傷を押さえつつ、式神型の宵闇の欠片に問う。


しかし、宵闇の欠片は。

そのまま鬼神を、右腕を変えし刃にて斬り捨てる。

「ぐ……ああ!」

「な……?」


「な、何故じゃあああ!」

鬼神はかつてなく、激しく揺らぐ。


いや、鬼神のみではない。

半兵衛も、広人もーー果ては、この式神型の宵闇の欠片を呼んだと思われる刃笹麿もであった。

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