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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 夜京(中宮編)
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后笑

「人が、妖になっちまったってか。」

 半兵衛は声を押さえ、静かに呟く。


「は、隼人!」

 またも謁見の間の庭に現れたるは、隼人と同じく氏原の従者、広人である。


「広人、そなたもか!」

 道中はまたも従者を見つけるや叫ぶ。


 目の前で一時のうちに変じた従者を前に、道中もやはり心落ち着かぬが今は。


「何をしておる、早く逃げぬか!」

 従者の身を案ずる。


「そらあ摂政様も同じだっての!早く、帝と!」

 隼人、否今は鬼と化した者を防ぎつつ半兵衛は叫ぶ。


「や、やめぬか!それは隼人、我が友なのだ!斬りつけるな!」

 広人が叫ぶ。


 しかし半兵衛はそんな言葉など要らぬとばかり、目の前の鬼を斬りつける。


「や、やめるのだ!」

 またも半兵衛は広人の言葉を聞かぬ。そうして今しがた、鬼を斬りつけし自らの刃をふと見る。


 刃は鬼の血で紫に染まる。

「……そう、こいつは既に人に非ずってか。そうだ、こいつは既に人じゃねえ……!」

 あたかも自らに言い聞かせるように呟くや、半兵衛は再び鬼に迫る。


「やめよと言っておろう!」

 広人は今にも飛び出したき限りであるが、他の道中の従者に押さえられ、身動きがとれぬ。


「やめよ!頼む、この通りである。隼人は昨夜おかしき様であった。私があの時に気づいておれば……隼人は今頃無事であったのだ!だから!殺すな!!」

 自ら動くこと能わぬと見て、広人はその場に屈み込み、せめてもの抗いと声を上げる。


 が、半兵衛は尚も鬼を刻みながら曰く

「知ったことかよ、いずれにせよ前にいるんは妖。人の仇とは言えた義理じゃねえが、俺にとって餌だ。恨むんならお互い、自分(てめえ)の不甲斐なさって所か。」

 半兵衛はにたと笑う。


「頼む!やめよ!」

「広人!半兵衛の言う通りである。私も自らの不甲斐なさが憎い!」

 泣き叫び懇願する広人に、道中が声をかける。


「え……?」

 広人は訳が分からぬといった様で、目の前の主人を見る。


 その間、半兵衛は尚も鬼に斬りつける。既に鬼は深手であるが致命にはならぬ。

「どこだ、あの札は!」


 半兵衛はまたも、ある時は鬼の後ろをとり、ある時は真正面から挑むが、見つからぬ。恐らく大元である、あの札が――

「……!あれは!」

 擦り切れて見えづらいが、鬼の心の臓があるであろう背の位置に、昨夜と似た札の紋が見える。


「そこだあ-!」

 半兵衛はすかさず、その位置めがけ走る。


 あまりの早さに鬼も背を守らんとするが、その守らんと背に回した腕に、既に間合いに入りし半兵衛も巻き込んでしまい。


「わざわざ自ら引き込んでくれるたあ、どうも!!」

 一息に札を斬る。


 鬼の(つい)の咆哮が、紫丸の嵐の如き咆哮と共に響き渡り、その身体は舞う花びらのごとく血肉にされ、紫丸の刃を紫に染め上げる。


 一時の出来事であった。先ほどの道中の言葉で呆けていた広人も、その出来事の凄まじさにようやく我を取り戻し

「隼人おおお!」


 友の名を叫ぶが、時既に遅し。

 そのまま半兵衛は、刃を鞘に納めた。


「これは何事か!」

 この様を影より見し公家・女官らがぞろぞろと出て、庭に集まる。


「うむ道虚(みちうろ)。にわかに妖が出た。それをこの者一一噂に聞く妖喰いを携えし一国半兵衛なる男が斬り伏せた。」


 道中は公家が一人に声をかける。


 道虚と呼ばれしこの公家は、長門道虚(ながとみちうろ)――あの女御冥子が父である。


 道中は敢えて先ほどの妖が元々人であることは伏せ、騒ぎにならぬようしたかったのであるが-


「あの妖は元々我が友、隼人にございます!それをこの男は笑みを浮かべながら斬り裂き!あの妖喰いなる刀の餌として供したのでございます!この妖すら越える人に非ぬ行い、許しておけましょうか!!」

 広人が吐き出すかのごとく出したこの言葉により、道中の心遣いも水泡に帰したのであった。


「それは誠ですか?」

「ち、中宮!」

 道中がよく見れば、公家らに混ざり中宮までいる。


「嘘など申しますまい!この男は人を!笑いながら斬り裂いたのでございます!」

 広人は尚も声を上げる。


「何と……やはりあの男恐ろしき者よ……」

 公家や女官たちは慄く。

 中宮も恐ろしさに眉を顰め、目を歪め、袖で口を覆うがその口元には-微笑みがある。


「そうか……人を殺すに躊躇いなし、これは使えよう……」

 中宮は他のものに気取られぬよう、笑みを隠してそっと呟く。


 そのまま謁見の間は、先ほどの騒ぎの訳を道中や帝直々に皆に伝えねばならぬ場と化した。


「しかし半兵衛、人が妖に変ずるなどと……私には聞いたこともなきことよ。」

 訳を伝えねばならぬ身とはいえ、帝も先ほどのことで悩乱する身である。


「俺もさ。あの札、妖を操るのみならず人を肉の粘土みてえに鬼の形に練り上げちまうとはな……」

「こ、これ無礼な!」

 およそ帝に向けたとは思えぬ粗雑な男の物言いに、公家たちは声を上げ、女官たちもざわめく。


「良いのだ。私こそ申し忘れてしまっておったが、この半兵衛こそ先ほどの妖を退けし者。私はこの者に位を授け、この京の都を守るよう命じようと思う。」


 帝は皆を宥めるつもりであったが、その思いとは裏腹に、公家や女官たちはよりざわめきを増す。


「皆、無礼であるぞ!帝の御前であること、忘れた訳ではあるまい?」

 皆がこの一言に黙り込む。この言葉の主は道虚である。


「すまぬ道虚、本来ならば我が役目を……」

 道中は礼を言う。

 道虚は恐れ多いと言いたげな顔で頷き、やがてすぐ帝に向き直る。

「しかし半兵衛とやら、先ほど妖が札で操られておるとか申しておったな?なぜそのようなことが分かった?」


 道虚の問いは半兵衛へと向けられる。

 半兵衛は息を吸うと、道虚へと向き合う。

「昨日喰った鬼二匹に、戦っているさなかに札が貼ってあるのが見えた。それで、もしかしたらあれで妖を操っているんじゃないかと思ってな。」

 滔々と答えた。


 相変わらず礼を欠いた言葉ではあるが、道虚が気にしたようではなく。

「さようか、思いのほか腕が立つのみならず頭も回る男よ。」

 むしろ、半兵衛の力を褒め称える。


「騙されてはなりませぬぞ!その男が笑いながら隼人を殺せしこと、他ならぬ真実にございますれば!」

 見ればいつの間にか、謁見の間の襖が開き、他の部屋におるはずの広人が息を切らし佇む。


「他の部屋に移し、くれぐれも見張り続けよと申したではないか。」

 道中は、広人の後を追ってきたであろう、広人の後ろに佇む従者たちに言う。


「恐れながら摂政様、広人の思い我らも分からぬ訳ではございませぬ故。」

 従者たちは口を揃える。


 道中もそれ以上は諌めようとはせず、ただ申し訳なさげに目を落とす。

「広人、すまぬ。昨夜隼人は、私に話があると声をかけたが、私は碌に取り合わんとせずであった。今にして思えば、あの札のことについての話であったやも知れぬ。」

「なっ……!」


 広人のみならず、謁見の間のすべての者がざわめく。

「……帝、申し訳ございませぬ!此度、帝を危うきお目に合わせ申し上げしは、この私めにあれば!」


 道中はたまらず、座りしまま帝に対し手をつき、頭を下げる。

「……摂政よ、頭を上げてほしい。いずれにせよ、あのような事は止めようなきことであったのだ。」

 帝は道中をなだめる。


「さようでございます!全てはこの男の人ならざる者のみがする行為がため!帝、かような男にこの都を守る任など重くてかないませぬ、隼人が最後に申し上げし様に、他に理にかなった者がいましょう!」

 広人は尚も、半兵衛を責め立てる。


 半兵衛も、昨夜のうちにもう一つの札に気付かずにいた不覚と、そのことを言い出せぬ疚しさから口をつぐむ。


「どうした、黙りしままか!やはりそなたのような者に……」

「やめぬか、広人とやら。」

 責めの止まらぬ広人を諌めしは、帝である。


「み、帝!」

「先ほどの隼人の話を聞いていたのであれば、その時の私の話も聞いておろう。半兵衛の代わりになる者などおらぬと。」

「そ、それはどういった……」

「そうだな、俺も聞きたい。」

 広人に言葉をかけ続ける帝に対し、半兵衛もようやく口を開ける。


「帝、そもそもその刀は何物でございますか?"妖喰い"とおっしゃっていましたが、それはいかなる物で――」

 道虚が声を上げたを皮切りに、それまで静かであった公家や女官たちがまたもざわめき出す。


 帝は今一度皆に向き直ると、

「うむ、こうなっては話さねばならぬ。かの百鬼夜行とそれにより生まれし、妖喰いについて――」

 高らかに声を上げる。それに対し、ざわめきし皆もまた静まり、帝に向き直る。


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