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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 宵闇(禁断の妖喰い編)
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慧眼

「ふうむ……明日のお菜は、魚が出ようぞ。」

「な、何と!? 誠か!」

刃笹麿の言葉に、何やら嬉しげな頼庵である。


「で、では……その、その……」

「ふむ、明日の天気か? 晴れであろう。」

「な、何、と……! わ、私っの言わんとせしことまで……」

刃笹麿の答えに夏は、かなりどもりながらも嬉しげに、答える。


半兵衛の屋敷の一角にて。

胡座をかく刃笹麿と頼庵・夏は、向かい合って何やら語らっておる。


時はあの鬼面の男との戦より、一晩明けた後。

半兵衛は何とか息を殺し屋敷に戻り。

刃笹麿も一度は自らの屋敷に帰った筈であるが。


何故か今、こうして頼庵と向かい合っておる。

「では、阿江殿! 明後日のお菜はどうだ?」

「ふむ……七分解放、亜御門流究極奥義・千里眼!」


刃笹麿は呪文を唱える。

と、足元を光の筋が五芒星の形を結び。


刃笹麿の目には数多の字が浮かび、やがて通り過ぎる。

一通りの字を読み終え、やがて刃笹麿がため息をつき。


そっと頼庵に、告げる。

「明後日は……また魚であるな。」

「な……なんと! そこまで魚、魚とは!」

「何と!」

頼庵は自らの頭をポンと叩き、身体を後ろへと仰け反らせて言う。夏も真似をする。


「何じゃ、頼庵? かような所で何を。」

声に振り返ると、そこには義常の姿が。


「ああ、兄者! いやすまぬ、私と夏殿は今朝早く起きすぎてしまったが故、渡殿に出るや阿江殿がいらっしゃってな。暇つぶしに付き合ってほしいと……」

「な……それは阿江殿、大変弟がわがままを……誠にかたじけない。」

弟の言葉に、義常は刃笹麿に対しかしこまり礼を言う。


「いや、弟御の言う通り、暇つぶしをお願いせしは私である。そう固くなるな。」

刃笹麿はやや顔を赤らめ、目をそらしつつ手をひらひらさせる。


「そ、それはありがたきお言葉……」

「よお、朝っぱらから中々の盛り上がりじゃねえか?」

そうして話しておった刃笹麿たちに、混ざらんとして声をかけし者が。


この屋敷の主人・半兵衛である。


「あ、主人様! 申し訳ございませぬ、眠りをお邪魔してしまい……」

「いやいや、あやうく寝すぎる所を起こしてもらってよかった! さあさ、皆で朝飯にするとしようか。はざさん、食ってってくれよ!」

半兵衛はそう言うや、厨房へ行く。


「ああ、それはすまぬ……おや? 飯炊きとは従者の領分では?」

刃笹麿は問うが、既に水上兄弟も半兵衛も夏もおらず、返る言葉はない。




厨房にて。

頼庵が外で割りし薪を、義常が竃に焚べて上に乗せし釜を熱し。

飯を炊き。


また、同じ竃の上に乗せし鍋に、夏が刻んだ菜物を入れ。

汁を作る。

また、囲炉裏では半兵衛が、串に刺せし魚を焼き。


先ほど刃笹麿が問いし通り、いつもであれば従者の仕事であるが。


今朝はその刃笹麿が客人としているため、そのせめてものもてなしということである。




やがて、朝飯は整う。

一汁一菜、簡素なものであるが。


「さあさ、どうぞお食べくださいな……とはいえ、貴族であるはざさんには、少し、というかかなり物足りないんじゃないかなあと思うんだが。」

「いや、構わぬ。……なるほど、これが侍や、村の者の味か。品数こそ少ないが、これはこれでいいのではないか?」

刃笹麿は珍しく、褒める。


その様には、半兵衛や水上兄弟も胸を撫で下ろす。

やがて、夏がふと、口を開きかける。

「あの……ええ、はざ、さ、……阿江様、先ほどの占いは……?」


「……うむ、あれは千里眼といって、我が阿江家の者であれば誰でも扱える力よ。」

再び、自らの名を呼んでもらえなかったことには戸惑う刃笹麿だが、既に多くされてきたことであるために戸惑いは飲み込み、夏に返す。


「全てを見通せる力、とお聞きいたしたが……昔も今もこの先も、全て見通せると?」

次には、義常が尋ねる。


「ああ、全てじゃ。今、水上の兄が言ったことだけではない。人の秘め事など、誠に全てのことが見渡せる!」

刃笹麿は立ち上がって両の腕を広げ、力をより込めて言う。


「ううむ、羨ましい限りじゃ! 先のことが何でも分かるとなれば、何でもできよう!」

「ふふふ……まあ、むしろ何もできぬのだがな。」

「え? はざさん?」

頼庵の言葉に返せし刃笹麿の言葉に、半兵衛は首をかしげる。


「いや、こちらの話じゃ。」

刃笹麿は流す。


「では、阿江殿。さらにお聞きしたい。……明後日の次の日のお菜は何となる?」

頼庵のこの言葉には、皆がすっ転ぶ。


「おいおい頼庵……せっかく全て見通せるって言うんだぜ? もっと大きな物を見てもらえよ!」

半兵衛が突っ込む。


「なるほど……昨日の俺の居場所を突き止めたのも千里眼か。……あれ? じゃあ昨日のことって、あらかじめ全て見抜いてたってことか?」

「ふうむ、それについては言わねばならぬな。」

次に紡がれし半兵衛の言葉に、刃笹麿は返す。


「……この力はいつもは、封じられておってな。力を解き放たぬ限りは千里眼は使えぬし、また、()()()により、全ては解き放てぬ。解き放ちし力に見合う物、自らが見んと欲した物のみ見ることができるのだ。」

刃笹麿は先ほどの勢いはどこへやら、終いには力なく返す。


「何と……その、()()()とやらは何か、聞いてもよいか?」

「これ、頼庵!」

刃笹麿が言いづらきことについて、踏み込まんとせし弟を義常は咎める。


「いや、わざわざ隠すほどのことでもない。……ただ、全てを解き放てば()()というだけじゃ。」

この言葉はさすがに、皆に息を呑ませるには事足りるものであった。


皆一様に刃笹麿からは目をそらし、如何に言葉を継ぐか迷っておる始末である。


「な、何じゃ! いつもは騒々しい奴らが黙りこくりおって! 屋敷の中全て、冷たき空気が流れておるぞ!」

刃笹麿は、慌てて諭す。


「いや……だって……なあ、皆。」

半兵衛は、周りを見渡し水上兄弟や夏に呼びかける。


「……まあ、私も少し重すぎたやもしれぬ。しかし、案じてくれるな。ならば千里眼の全てなど、解き放たねば済む話ではないか。」

刃笹麿もさすがに、自らの言葉の重みには気づきつつも。

再び皆を宥める。


「な、何を申されるか阿江殿! そうじゃ、先ほどはすまぬ! そのようなことも知らず、占いをしてくれなどと……」

「あーもう、よいと言っておろう! あんな明日明後日のお菜がどうなどという占いごとき、千里眼を七分ほど解き放てば事足りるわ!」

尚も揺らぎを隠さず、ついには謝りし頼庵に刃笹麿は、事も無げに言う。


「何と! そのような下らなき事で阿江殿を……重ね重ね申し訳ない、阿江殿!」

「な、下らなき事とは、兄者! 何を申すか。明日何を食うかとは一大事では」

「阿江様……わ、私にもまた占いを」

「おいおい、そんな一時に言われたらはざさんも」

「ええい、騒がしいわ! 黙らぬか!」

口々に話す半兵衛らを再び黙らせしは、刃笹麿であった。



「まったく……また悪い意味でそなたららしくなりおって!」

半兵衛から差し出されし茶をすすりながら、刃笹麿が愚痴をこぼす。


屋敷の空き部屋にて。いきり立ちし刃笹麿をなんとか宥め、半兵衛は二人で話したいとその部屋に場を移しておった。


「まあ、面目ねぇはざさん……さあて、帝は何て?」

先ほどのことを謝りつつも、半兵衛は本題を切り出す。


「ふむ。……昨夜のことを聞くや帝は、より憂いを深められておった。」

「まあ、それは思い浮かべるに難くないんだけど……他には?」

「いや、ないが。」


刃笹麿の言葉に、半兵衛は訝る。

「え、誠か?」

「何じゃ、何もないと言うておろうに。 ……さて、先ほどの話に出て来おった千里眼にて、次に奴が狙うであろう所を……」

「いや待て、もういいから!」


千里眼を使わんとせし刃笹麿を、半兵衛が止める。

「何じゃ、いいと言うておろうに! 全ては解き放たぬ。そもそも死ぬ腹など、私は決められぬ。」

「……なら、いいんだけどさ。」


半兵衛は身を乗り出しておったが、すぐに元の様に戻る。

「……じゃあ、頼めるかい? はざさん。」

「案じてくれるなと言うておろう? ……一割解放、亜御門流究極奥義、千里眼!」


刃笹麿が、呪文を唱えるや。

たちまち、五芒星が床に光の筋にて描かれ。

刃笹麿の目に再び、数多の文字が浮かびすぐに消える。


やがて刃笹麿が、口を開く。

「……またも、あの水上兄弟には黙って行くのか?」

「……義常さん達だけじゃねえ、夏ちゃんにも、今屋敷にはいねえが、広人もさ。あの鬼面の奴の強さは、影の中宮や翁の面の奴ら……そして虻隈を凌ぐものだった。鬼面の奴が今までの奴らの親玉だとしたら?」


半兵衛より問われ、刃笹麿は考える。

やがて。

「……これまでのことは全て、鬼面の男の差し金であったということになる。ということは……皆、先を争い鬼面の男を倒さんとするであろうな。」

「……さすがだな。」


半兵衛は両の手を、互いの手で叩く。

「だから、そなたのみで行くのか? 皆を巻き込むまいと。」


刃笹麿の問いに半兵衛は、小さくうなずく。

「……それで? 次の所は。」

「……うむ。内裏のすぐ横じゃ……」

「ん? はざさん?」


半兵衛は訝る。

刃笹麿がいつになく、揺らいでおる故である。

「何だ、どうしたんだよ?」

「……いや、何もない。」

「……帝もあんたも、隠し事が多いな。まあ、いいよ。」

半兵衛はそのまま、襖の所まで行く。


「じゃ、出る支度して来るわ。ちと待っててくれ。」

そう言うや、襖を開けて部屋を出る。


襖の閉まりを確かめるや、刃笹麿は懐より紙二つと、筆を出す。


まず、一つの紙に書きしは。


四◼️九◼️二

三◼️五◼️七

八◼️一◼️六


次に、二つ目の紙に書きしは、


何某◼️兜◼️何某

籠手◼️胴◼️籠手

脛巾◼️腰◼️脛巾


二つの紙を見比べ、刃笹麿は唸る。

「まさか、七つではなく九つであったか……しかし、ここまでで打ち止めておればよかったものを。何故、その先まで見えてしまったのか……」


刃笹麿が先ほど、千里眼にて次に狙われる所を調べし時。

千里眼を解き放ち過ぎたか、その先の出来事まで見てしまったのである。


それも、こともあろうにーー

「私は、近く死ぬのか……?」





長門の屋敷にて。

「父上! 今宵も行かれるとお聞きしまして。この伊末・高无らもまた、父上のお供をしとうございます!」

伊末は父・道虚に深々と、頭を下げ。

高无もそれに、倣う。


「ほほほ……つくづく可愛い奴らじゃ! しかし、息子たちよ。留守を守るもまた、立派な務めである。さあ、自らの任に戻るのじゃ!」

道虚はすっかり上機嫌のまま、屋敷を後にする。


「ううむ……しかし、よかったではありませぬか! 父上もあの通り……」

「黙っておれ! 高无!」

弟を伊末は、怒鳴りつける。


「あ、兄上……」

「ふん、誠に腹立たしきは、父上の快さの元が我らなどではないことよ。……おのれ、女御め!」

伊末は、握り拳に力をこめる。





夜の内裏にて。

渡殿を従者と共に歩くは、帝である。


先ほどまで、中宮の所にいたのであるが。

()()()()を受け、中宮の元を後にし。


そのまま帝が、向かう所はーー

「……帝、ようこそいらっしゃいました。この女御、夢のようでございます……」

「う、うむ……まずは達者であることを喜ぼう、女御よ。」

帝は顔を赤らめ、目を逸らす。


薄暗き部屋にて、女御冥子の笑みが妖しく光る。

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