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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 宵闇(禁断の妖喰い編)
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管狐

「そっか……えっと、昨日の毒で死んだ娘と、その前は首の骨が折れて死んだ人と、その前は……」

半兵衛は指折り数える。


夜の都をまた歩く、半兵衛と刃笹麿。

昨日とは違い、水上兄弟に気取られる前にその父の仇を討たんとしているため、水上兄弟はいない。


半兵衛は歩く間に、これまで宵闇が揃えられる間に殺されし人の殺され方、並びにその数を数える。

「あれ? あと首を絞められた人で三人……宵闇も三つじゃないのか?」


「ほう、先ほどの帝との話といい、勘はいいようであるな。」

刃笹麿は少しにやけつつ言う。


それならば、何故こちらの名は覚えられぬのだーー刃笹麿はその言葉をこらえる。まあ、中宮さえ言えなかったのであるから、半兵衛のみを責めるも筋違いであろう。


さておき。

「そのことについては、今も調べておるさなかよ。しかし、間違いはなかろう? ……あの水上兄弟の父を殺せし者が持っておった宵闇も合わせれば。」

「あ、そうか……!」

半兵衛はようやく合点する。


「これが、これまでの殺されし者の殺され方である。そして、殺され方の書き添えられし物は宵闇の、盗まれし所だ。」

刃笹麿は、半兵衛に紙切れを見せる。


「宵闇は兜・左右の籠手(手甲)・左右の脛巾(はばき)(脛当て)・草摺(くさずり)(腰回り)の七つに分けられておる。」

刃笹麿は続ける。

紙切れに書かれしは、下の通りである。



右籠手

首を絞められし男



左籠手


右脛巾

首の骨を折られし男


左脛巾

毒を盛られし女


紙切れを見、半兵衛はますます訝る。

「うーん、こりゃあ……残りの兜・胴・左籠手が怪しいんじゃないか?」

「いや、それらは既に調べがついておる。元の所にあると。」

「!? おいおい、じゃあ……」


「さようである。あの宵闇はいつ、いづこより持ち出されたか……未だにそれは調べ切れておらぬ。また、これまで宵闇を奪いし者が誰かも、な。」

刃笹麿はため息をつく。


「それは、前に水上兄弟を襲った翁の面の男共も言っていた。あの時宵闇を使い、水上兄弟のお父上を襲ったのが自らの手の内のもんだったってな。」

「! 誠か、何故それを早く言わぬ!」

半兵衛の言葉に刃笹麿は、やや怒り気味に言う。


「それは……まあ、言われて然るべきか。すまなかった、はざさん。」

「……まあよい、ともなれば帝のお考えの通りということであろうな。」

「? どういうことだ?」

刃笹麿の言葉を、半兵衛はふと疑問に思う。


「帝もおっしゃったのだ、あの件の影の中宮も、翁の面の男たちも、毛見郷を襲いし虻隈という男も……此度の宵闇を求める者も皆、同じ手の内の者であるのではと。」

「! そういえば、そうだよな……ち、気づいていて然るべきだったってのに!」

半兵衛は歯ぎしりする。


「ふん、さようなこと物覚えの悪きそなたには、帝も望んではおらぬ。そなたが望まれしは、ただ妖を斬り倒し喰らうことのみ。であれば、その望みにただひたすら応えるのみではないのか。」

「はざさん……」


半兵衛は驚く。刃笹麿らしからぬ、励ましの言葉であったからだ。

「な、何だその目は!」

「あ、いや……らしくねえなと思ってさ……」

「は、はあ? まったく、どこまでも聞きしにまさる者よ!」


刃笹麿は顔を赤くし怒り出す。

その様にやや可愛げを感じ、半兵衛はくすと笑う。

「な、何じゃ、何がおかしい!」

「いや……何でも!」

「くう……含みを持たせるな、言葉に!」


半兵衛はそのまま刃笹麿を後ろに、歩く。

と、その刹那である。

「この音……」


半兵衛はにわかに顔を引き締め。

腰の紫丸をそっと、持ち上げるや。


鍔と鞘の隙間より、青き光が漏れる。

「これは……」


その様に気づきし刃笹麿も、自らの懐に手を入れる。

中には術に使う札があり、いざとなればいつでも戦えるよう備えている。


「妖か……」

「ああ。ただ、まだ姿が見えねえが。」

半兵衛も刃笹麿も、あたりを見渡す。


姿はまだ、見えぬが。

しかし、感ずる。そこかしこに。


「……そこだあ!」

半兵衛は飛び出せし影に向かい、紫丸を抜き斬りかかる。


「!? これは!」

その影が表せし姿に、刃笹麿は驚く。


管狐(くだぎつね)だと!」

「何だよはざさん、知ってる妖か?」

「ああ、陰陽師が式神として使うこと多き妖よ……」

刃笹麿は答える。


「式神?」

「陰陽師が妖を従えるなり、物に霊力を注ぎ込むことにて使役する僕よ……と、話しておる暇もなさそうであるな。」

刃笹麿は話のさなかにて打ち切り、再び周りを見渡す。


暗闇の中に、目が数多光り。

息を切らしつつ、半兵衛と刃笹麿を見つめておる。


「……まったく、最初(はな)からそうやって現れてりゃあ良かったものを! 斬る側としちゃあもどかしかったぜ!」

半兵衛が言う間にも、妖たちは襲いかかる。


「結界退魔、急急如律令!」

刃笹麿も術にて防ぐ。


「はざさん、いい仕事だ!」

半兵衛も自らに迫る管狐を、バサバサと薙ぎ倒して行く。


右より迫れば右に刃を振り払い、左より迫れば左に刃を振り払い。少しずつではあるが妖を退けて行く。


「破魔……」

「はざさん! すまねえ、この数の中じゃ守りきれないかもしれないから、しばらく結界で耐え凌いでくれねえか?」

「な……守るだと! 私が足手まといというのか!」

「どちらにせよ、妖喰いじゃねえと止め刺せねえだろ? いいぜ、いざとなったら俺もその、結界? で守ってくれよ!」

「くっ……ぬぬぬ」

刃笹麿は歯ぎしりする。


確かに、自らの術では止めは刺せぬが、やはり足手まといにされたのではという思いは拭えぬ。


「さようなことはない! 私とて!」

刃笹麿は結界を解くや、札を持ち、構える。


「破魔、急急如律令!」

その術にて管狐を、一匹葬る。


「おい、はざさん! 結界で耐えろって言って……」

「見くびるな半兵衛! 私とて……」

「危ねえ!」

「ぐっ!」

隙を見せし刃笹麿に喰らいつかんとせし管狐を、半兵衛は斬り伏せるが。


右腕を噛まれ、痛みわけとなる。

「なっ……半兵衛!」

「案ずるな! でも、下がってろ!」

半兵衛は苦しき様を見せつつも、尚も刃笹麿と自らに襲いかかる管狐を斬り伏せる。


「くっ、一匹なら暇つぶしにもならねえだろうが……こうして群がられちゃあえらい面倒事にしかならねえな!」

尚も斬り払いつつ、半兵衛は愚痴をこぼす。


「破魔、急急如律令! ……くっ、陰陽師に式神となる妖を差し向けるとは、中々洒落た真似をしてくれる!」

刃笹麿も愚痴をこぼしつつ、自らも妖を術にてさばいて行く。




「ほほほほ……いやあ、見なされや奴らの顔! 弱い妖もんも、群がれば中々に、力になるでしょう!」

向麿は大笑いをする。


「ううむ……しかし向麿よ、私たちにばかりさせるな!」

高无は手を動かしつつ、向麿に恨み言を漏らす。


「おや、高无様! 右より使い手が来てまっせ、ほら、迎え討たんと。」

「ち!」

向麿は高无を転がす。


「ううむ……しかし向麿よ、何故弱い妖を数多差し向けるなどするのだ? 強き妖を一つ差し向ける方が、よほどたやすくあの使い手共を打ち倒せると思われるが。」

伊末は操る管狐にて、うまく使い手をいなしつつ。

向麿に問う。


「ほほほ……もはやここで打ち倒すなど、あまり望むべきではありますまい。故に、数多の雑魚共に任せた方が、それこそ"足止め"にはなるというもの。」

「ほほう……道理であるな。しかし、そなたにしては随分と弱気なことではないか?」

伊末は再び問う。


「ほほ。あないなやられ方をして、それでも尚一息に潰せるなどと考える輩は思い上がりもいい所ですがな!」

「……なるほど、野心は失われたということであるな。」

前とは違い、せめて命じられし通りのことだけ果たさんとする向麿に、伊末は少し嫌みを言う。


「……さあお分りなんやったら、さっさと蹴りつけてくだされ!」

「な、そなた誰に向かって!」

「……心得た。さあ弟よ、せめて足止めにはなろうぞ!」

「!? くっ……兄上まで!」

向麿の指図に腹を立てし高无も、兄まで黙って従っておるとあれば従うより他なし。





「ふうん、おいはざさん……いよいよ切りなくなって来たんじゃねえか?」

息を切らしつつ、半兵衛は背中合わせになっておる刃笹麿に言う。


「おうや、半兵衛よ……ここにて敗れてもよいと?」

刃笹麿も同じく息を切らし、半兵衛に問い返す。

先ほど半兵衛が傷つくきっかけとなりし後ろめたさは、敢えて表に出さぬ。


「ふん……馬鹿も休み休み言えとはこのことさ!」

「ほほう、この有様にても減らず口とは……やはり聞きしにまさる者であるな!」

半兵衛は憎まれ口を叩き、刃笹麿も皮肉を言い返す。


そうしておる間にも。

管狐は数多集まり、隙を窺いつつ迫る。


「おりゃ!」

「破魔、急急如律令!」

尚も戦う、半兵衛と刃笹麿であるが。


管狐は次々と、湧いて出る。

「くっ……結界退魔、急急如律令!」

やはり切りなしと見るや、刃笹麿が結界を結ぶ。


結界は、刃笹麿自らと半兵衛を取り囲み。

管狐より彼らを守る。

「はざさん!」

「こう数が多くてはやむを得まい! 少し様子見である。」


刃笹麿は結界の向こう、群がる管狐たちを見る。

管狐たちは皆同じく、悔しげに牙を剥き。

結界の壁を破らんと、次々と飛びかかる。


「くっ!」

「はざさん、平気かよ?」

「案ずるな! かようなくらい……屁でもない!」

刃笹麿は強がるが、顔は苦しみに歪みつつある。


「くっ! ……はざさん、あんたを信じられんわけじゃないが……もし結界が破られても、その時は俺が始末をつける! だから一人で抱え込みすぎるな!」

半兵衛は刃笹麿を、慮る。


当然、それも分からぬ刃笹麿ではない。

「半兵衛! ……くっ、見くびるなと言いたき所であるが、この様では……頼むより他あるまい!」

刃笹麿は苦しみをかき消すがごとく、力強く叫ぶ。


そう話す間にも、度重なる管狐の攻めにより結界の壁は持ちこたえられそうになく。

だんだんと、ひび割れるがごとく綻ぶ。


「はざさん! ……もう十分さ、かたじけねえ!」

半兵衛は紫丸を構え直す。


殺気が、刃に蓄えられ炎のごとく輝く。

結界は今にも、はちきれんばかりに外の管狐を抑え込むが、ついにもたず。


「くっ、ぐっ……」





「おお、これはこれは! 勿怪の幸いであの使い手と陰陽師、どちらも討てそうや!」

向麿は驚き嬉しがる。


「ふうん……まああの陰陽師が、やらかしてくれたゆうことや! さあ、伊末様よ!」

「指図するな!」

伊末が叫ぶ。


「ふん……では躊躇いなく行かせていただこう! 言っておくが向麿よ、これは我らの手柄であるぞ!」

「さ、さようである!」

「ほいほい、どうぞお好きに!」

向麿はあたかも、長門兄弟に手柄を譲ってやらんとする様である。


その様には不審と苛立ちの心を禁じ得ぬが、さりとて千載一遇の機であれば、逃す手はない。

「まあよい……そなたが手柄、この伊末と高无が頂く!」

「さ、さようですな兄上!」

長門兄弟の仕向けし管狐は、そのまま半兵衛と刃笹麿に迫る。




「はざさん、後は下がれ!」

「いや、まだだ!」

結界を破りし数多の管狐を前に、刃笹麿は札を構え迎え討たんとし。


管狐を斬り伏せんとせし半兵衛と、管狐の間に割り込む。

このままでは、刃笹麿がーー


半兵衛は尚も管狐に迫るが、間に合うかーー

と、その刹那。


にわかに管狐たちは、その後ろより何者かにより全て、斬り伏せられる。


たちまちあたりは全て、血肉が舞い。

それらは全て、()()()に染め上げられる。




驚きしは、半兵衛や刃笹麿のみではない。

「な! 我らの手柄が!」

「む、向麿お! お主何を!」

「いや、それがしは何も……いや、()()()を見てくだされ!」




それは、暗き中にも光りたる色。暗き青にも見え、また、"見ようによっては紫"にも見える色ーー


「"闇色"の妖喰い……か!」

刃笹麿が、声を上げる。


果たして、血肉がすっかり喰いつくされし後。

半兵衛らの前に姿を現せしは。


鬼面をつけし、男であった。

その手には、"闇色"の刃が。


「闇色の妖喰い、か……会いたかったぜ、義常さんと頼庵のお父上の仇にな!」

半兵衛は未だ傷の癒えぬ右腕を庇いつつ、紫丸を構え直す。


「ほほう……私も相見えたかったぞ、紫の妖喰い使いよ!」

鬼面越しに男の、声が響く。

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