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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 宵闇(禁断の妖喰い編)
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呪鎧

阿江(あえの)幻明(げんめい)……?」

半兵衛は呆ける。

今や半兵衛、水上兄弟は刃笹麿に、体の前を向けておる。


と、刃笹麿は。

結界退魔(けっかいたいま)、急急如律令!」

またも呪いを、唱える。


「なっ……」

半兵衛らが振り返るや。


地より光の壁が伸び。

そこには悔しげに狐の妖が、貼りつく。


「な、何だこりゃ!?」

半兵衛も水上兄弟も、声を上げる。


「ふん、侮るな妖喰いの使い手共め! これぞ我が家に代々受け継がれし陰陽術(おんみょうじゅつ)である!」

刃笹麿は勝ち誇りしように、高らかに叫ぶ。


「これが、陰陽師の力なのか……」

水上兄弟は感慨深げに刃笹麿を、見る。


見れば、刃笹麿より地に伸びし光の尾は、相交わりて五芒星の形を成し。


そこより生えるかのごとく光の壁が、刃笹麿を、半兵衛を、水上兄弟を護る。


「……おい、でも妖は生きてるぜ!」

半兵衛ははっとし、刃笹麿に言う。


刃笹麿はぬう、と声を漏らし。

「ああ、さようである……我が術は妖を傷つけることこそできても、その息の根止めるには及ばぬ!」

悔しげに、叫ぶ。


「なるほど……てこたあやはり、俺たちの見せ場だよな!」

半兵衛は腰の鞘より紫丸を抜刀する。


義常も翡翠を呼び出し、構え。

そして頼庵も小刀を抜かんとするが。


「頼庵、そなたは大人しくせよ。先ほどの有様を見れば、ただでは出せぬ。」

「兄者……!」

兄に止められ、頼庵も歯ぎしりをする。


「はざざ……いや、阿江殿よ。すまぬが……弟を頼めぬか?」

名を呼ばんとして、うまく言えぬと見るや義常は、姓を呼び頼み込む。


「む、まったく……まあよい、行け。」

刃笹麿は半兵衛に続いての義常の様に、怒りを禁じ得ぬが。ここで激するほど子供ではなく、堪えて義常の頼みを聞く。


「かたじけない!」

義常は礼を言う。


刃笹麿は妖の貼りつく側とは逆の側の結界をこじ開け、道を作る。


義常、半兵衛は結界の外へと躍り出て。

妖と相対する。

「さあて……さっきの礼はさせてもらわねえとなあ!」


半兵衛は紫丸を構え直し、妖へと向かう。

狐の妖は首のなき様ながらも、先ほどの速き勢いを未だ保ち。


半兵衛と義常へと、迫る。

「義常さん!」

「心得ました、主人様!」

義常がすかさず、つがえておった殺気の矢を妖へと放つ。


矢は妖を、捉えーーきれはせず。

尾に刺さり、その血肉を緑の光に染め上げる。

「申し訳ございませぬ、討ち漏らしを!」

「いいってことよ、目印になったからな!」

半兵衛は先ほど妖の、尾を捉えられしが故の隙を見逃さず。


すかさず間合いを詰め、そのまま妖の胴を切り裂く。

狐の妖による遠吠えが、空高く響く。





「帝、以上が昨夜都にて起こりしことの全てでございます。」

明くる日、半兵衛と共に内裏を訪れし刃笹麿は、帝に告げる。


「ふむ……大義であったぞ、半兵衛、刃笹麿。しかし……昨夜死に行きし女子は、如何なる手にて殺されておった?」

帝は刃笹麿の言葉を受け、より詳しく昨夜の出来事について尋ねる。


「は、それが……どうやら毒による殺しのようでして……そして、申し訳ございませぬ。またも()()を、奪われましてございます。」

刃笹麿は帝に、調べしことを告げると共に申し訳なさげに詫びる。


「うむ、そうか……やはり()()を」

「あーもう、いいよ帝! 俺がその、()()を知らねえと思って気い使ってんだろ? だったらご無用さ、それが封じられし妖喰い・宵闇ってことは既にはざさんから聞いているから!」

「な、何と!」


しばらくは帝と刃笹麿の話を黙って聞いておった半兵衛であるが、自らがいる手前無用な気遣いをする彼らをじれったく思い、ついに口を挟む。


「な……刃笹麿、まさか!」

「申し訳ございませぬ! しかし帝、早くこの者にも告げし方がよいと思い、告げし次第にございます……!」

「ううむ……」

帝は深いため息をつく。


「なあ帝、何故そこまで秘める? こうなったら、話されねえままで任に当たるなんざまず出来ねえんだ。」

半兵衛は帝を、諭す。


「うむ、分かった……」

帝は観念したとばかり、座り直し。

半兵衛と刃笹麿を見比べる。


「あれは、件の百鬼夜行より少しばかり経ちし時であった……」

今上の帝は、時の帝の治世の頃について、語り始める。


その頃には既に百鬼夜行にて折られし、陰陽師による最大の魔除けを施されし武具が継ぎ合わされしものに、妖を滅するだけの力があることが知られておった。


「そこで時の帝はお考えを巡らされた。この武具、妖喰いの中で最上のものを作ればこの世は、永遠に太平であろう

と。そうして作られしが、その宵闇である。」

帝は尚も続ける。


たちまち都の方々より、散らばりし最大の魔除けを施されておった、鎧の欠片が集められ。


それらは鍛治師たちにより継ぎ合わされ、鎧の形をせし妖喰い・宵闇が、この世に生まれ出た。


「うん? いやそれって、前に聞いた他の妖喰いの生まれと何ら変わらんようだが?」

半兵衛は訝る。


そうして他と、何ら変わらぬ様にて生まれし妖喰いが、何故今封じられているのか。


帝は深く、ため息をつく。

「あ、すまねえ帝! また踏み込み過ぎたんなら……」

「いや、よい。話さねばならぬことよ……」

尚も話は、続く。




今上の帝より、百年前。

時の帝の治世にて。


百鬼夜行の収まりし、すぐ後に遡る。

ある夜の、ことである。

「おお、あちらには刃の欠片がまた……おお、あちらにも。」

一人の鍛治師が戦場の跡である焼け野原を、ちょろちょろと這いずり回る。


お目当ては百鬼夜行にて砕かれし武具の、欠片である。

「まったく、鉄も手に入らぬとあっては……飢え死にせよということか、我らに!」

鍛治師はつい、怒りの声を漏らす。


さような鍛治師の、声を聞きつけし訳でもあるまい。

ふと、雲の間より月明かりが、差し込み。


鍛治師より少し離れし所を、一時のみ照らす。

何やらその光を、跳ね返し光るものが。


「……鉄か。」

鍛治師はその光を跳ね返すものに、思い当たる。


やはりいつも、それを叩き飯を食っておるだけに、鉄が光れば、その光は見逃さぬ。


鍛治師は傍らに置きし松明を拾い上げ、ゆっくりとその光がありし所に近づく。


「これは……?」

火が弱いため狭き所しか照らせぬが、それでも先ほど光りしと思われる、鉄を見つけた。


しかし、それは欠片ではない。

いや欠片ではないどころか、少しの刃欠けすらしておらぬ、真新しき小刀であった。


「なんじゃ、戦場の跡にこのような……ん、こっ……これは!?」

何の気なしに松明の明かりを、小刀の先に向けるや鍛治師は腰を抜かす。


その先には黒ずみし、血が。

「こ、これは……」

尚も怯えし鍛治師であるが、ふと考え込む。


「そうじゃ、ここは戦場。血に汚れし刀など落ちておってもおかしくは……」

そう自らを落ち着けし鍛治師であるが、更に小刀の柄に松明を向けるや。


それは人の手により、握られておる。

「な……まさか!」

鍛治師が驚き、刹那。


にわかに月を覆い隠せし雲が、全て晴れ。

小刀と()()()()()()が横たわりし野原を、照らし出す。


「う……うわあああ!!」

鍛治師は思いきり叫び、腰を抜かすどころではなく、

体ごとひっくり返る。


野原には数多の、刀持ち鎧を纏いし屍たちが。

まさしく死屍累々という言葉を、絵図にて表せしがごとし。





「それは……妖にやられたのか?」

半兵衛は帝に尋ねる。


「いや、それらの屍たちは皆同じく、腹のみに傷を負い持つ刀に多くの血がこびりつき……すまぬ、少し」

言う間にその有様を思い浮かべしか、帝は口を押さえ、吐き気をこらえる。


「み、帝!」

「あ、すまない! ……話してくれてかたじけない、帝。

もういい、わかったから。」

半兵衛は帝に、声をかける。


「……ふん、そいつらが妖に殺されたんじゃなく、互いに殺し合った末に死んだと。……ただ、分からないのは、それが宵闇とどう繋がるのかってことなんだよな。」

半兵衛は帝が落ち着きし頃合いを見計らい、再び声をかける。


「うむ。……"最上の妖喰い"を求め、何より力を持たせることが望まれた。そこで目をつけられしが、その屍たちがつけておった鎧や小刀。いわば、"人への憎しみが染み付きし武具"である。」

帝は話しておるさなかも躊躇いつつ、しかし尚も続ける。


「その屍たちがつけておった鎧や小刀も、妖により砕かれし他の武具の欠片と共に、宵闇を作るため使われたのだ。」

帝は重々しく、口を開く。


「な、何!? 待てよ、妖に砕かれた武具と、互いに殺し合った人がつけていた武具……これらを元に妖喰いが作られたってことは、まさか」

「その、まさかである……」

帝は、これまでに輪をかけて話しがたそうであるが。

それでも、口を開く。


「その妖喰いは、妖も人も喰らう。まさに"化け物を喰らうための化け物"と化した。そのために7つほどに分かたれ、封じられたのだ……」

話し終えるや、帝はすっかり精も根も尽き果てしといった様にて、深く項垂れる。


「……分かった、帝。改めて話してくれてかたじけない。でもすまない、まだ聞きたい……いや、確かめたいことがある。」

半兵衛は居ずまいを正し、帝に問う。


「……義常さんと頼庵のお父上を殺したのは、あの宵闇の使い手なんだな? ……間違っていたら、正してくれ。」

半兵衛は問いつつ、帝を気遣う。


帝から正す言葉は、返って来ぬ。

「……わかった、重ね重ねかたじけない。ただ、はざさんも、帝も……水上兄弟にはこのこと、黙っておいてくれないか? 無論、俺もまだ明かさない。」

半兵衛はそう言うや、頭を深々と下げ。


ゆっくりと、その場を後にする。

「これ、待たぬか!」

刃笹麿は帝に一礼すると、自らも半兵衛の後を追う。


「……帝、入ってもよろしいでしょうか。」

帝の傍らの襖の向こうより声が、響く。


「……叔父上、入ってくれ。」

帝の言葉に答え、摂政が襖を開け入る。


「帝。そのご心中、察するに余りあるものかと……」

「叔父上、よい。これも都を、否。……国を背負う者の務めなれば……」

帝は何とか取り繕わんとするも、摂政に止められる。


「よいのですぞ、帝。……何卒、お気を緩めて下さいませ。」

「……うむ、やはり叔父上がいてくれねば何も出来ぬな。」

「いえ、そのような……」

摂政は帝を見る。

如何に国を背負うといえど、未だ年若き男子。


かように弱りし時に、かけるべき言葉は。

「帝。……半兵衛を、信じましょう。」

言いつつも、つまるところ自らも半兵衛に頼る他なしと気づき、恥じ入る摂政であった。




「待たぬか、半兵衛!」

刃笹麿が内裏の渡殿を歩く半兵衛に向かい叫び、その手を掴む。


「何だよ?」

「ううむ、そなた……帝への物の言いようも聞き及んでおった通りであるな! もう少し、弁えられんのか?」

「……それはご心配ありがとう。さあ、行かなくちゃ。」

半兵衛は刃笹麿に振り返り、話もそこそこにまた歩き去らんとする。


「待て、どこへ行く!」

「決まってんだろ? ……これからまた、殺される人を出さねえため、宵闇の使い手を止めるがために、行かなきゃならねえだろ?」

半兵衛の歩みは、止まらぬ。


「行くとて、いづこにだ? 次に奴が向かう所は分かるのか? 昨夜あの水上兄弟と共に戦ったとて仇を持て余しておったそなた一人で、あやつを仕留められるとでも?」

刃笹麿は此度は静かに、しかし鋭く問う。


「それでも……行かなくちゃならねえんだよ! ……義常さんや頼庵が気づく前に。」

刃笹麿の言葉に一時は止まりし半兵衛であるが、やはり再び歩き出す。


「待たぬかと言っておろう! ……心得た。私も行く。」

「……! いいよ、はざさん! あんたがいても」

「ほほう、足手まといとでも? どの口がそれを言うか、私の助けなしには小さき妖の一つも討てなかった者の口がか?」

「くう、それは……ちと侮ってただけだ! そもそも、トドメは刺せねえんだろ? だから、足手まといって」

半兵衛も刃笹麿も、少しも退かぬが。


「止めぬか! 内裏の中で、騒々しい!」

「!? 中宮、様?」

「!? こ、これはこれは中宮様、失礼いたしました!」

現れし中宮ーー此度は氏式部と、入れ替わってはおらぬーーの一声にて制される。


「半兵衛、その者を伴い、戦へ参れ!」

「……え? ち、中宮様!」

「話は聞いておる、水上兄弟の仇を討つのであろう? それともこの中宮の命に、逆らうというのか?」

中宮は有無を言わさぬ様にて、半兵衛を睨む。


「……分かったよ。はざさん、よく考えたらあんたの力も要る。だから、ついて来てくれ。」

半兵衛は観念し、刃笹麿に言う。


「ふむ、それでよい。ええ、はざ……いや、阿江殿よ。この危なき男を何卒、よろしく頼むぞ。」

「……は、中宮。」

中宮も同じとは。

半兵衛を黙らせしことには敬意を示しつつも、やはり物を言いたくなる刃笹麿であるが相手が中宮であるが故に、

ぐっとこらえる。


ちなみにこの中宮の言葉。

聞きようによりては自らの夫を人に託す妻のようでもあるのだが、さておき。


中宮は嬉しげに目を、細める。





その夜。

「ううむ、かように今宵は大きな月とは。何やら物怪でも、出るであろう様であるな……」

月の光を背に、長門伊末は語る。


「はっはっは! その物怪ーー否、妖を放っておるのはそれがしたちではありませんかい!」

「……ふん。」

伊末のやや、物悲しき様をぶち壊せしは薬売り・向麿である。


「黙らぬか薬売り! 兄上に向かいなんと無礼な! ……まったく、あの毛見郷にてのしくじりでそなたなど、如何様にもしてくれたものを……」

高无は悔しげに、顔を歪ませる。


あの日、毛見郷より命からがら逃げ帰りし向麿。

此度こそ父は、向麿を咎めると思ったのであるが。


父は何故か向麿を、目くらましにはなったなどと褒め称え。


そのまま引き続き、あの妖喰い・宵闇を揃えるために時を稼げと命じられ、今に至る。


「まったくである、高无。父上の温情をありがたがりもせず、抜け抜けと……何と厚かましきことか! なるほど、此度ばかりはあの妹の心持ちも、分かるというもの……」

「ほう、あの妹? ……()()()()()妹君、の間違いでは?」

伊末の言葉尻を、さも鬼の首のごとく捕らえし向麿である。


「む……な、何と!」

「まあ、いいんですがな。しっかし、手柄を早く上げんと。ここだけの話やけど、それがしがお父上に命じられしことの一つが、あの妹君を再び目覚めさせることなんやで……」

「……ふん、さようか。よいことだ。」

向麿の言葉に返す伊末の言葉には、僅かばかり間が。

向麿はそれで十分とばかり、したり顔である。


「くう、薄気味悪い!」

「ほほほ、さあお父上の、宵闇を求めんとしとるを助けな! さあ、宵闇は」

向麿はより、薄気味悪く笑う。




夜の道を歩く、半兵衛と刃笹麿。

しばし二人は、一言も交わさず歩くが。

やがて半兵衛が、口を開く。


「はざさん、今宵こそは止めなけりゃな。」

「……ふむ、そうであるな。今宵、奴が宵闇を取り戻せしとあらばそれは分かたれし内の、四つ目。すなわち」




「残りは、五つや!」

向麿は伊末、高无に向かい笑いかける。




「残りは、三つである。」

刃笹麿は半兵衛に、そう語りかける。


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