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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 宵闇(禁断の妖喰い編)
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陰陽

今上の帝の、未だ幼き頃。

母である皇后、上東門院(じょうとうもんいん)より様々な話を聞いておった。


「母君、今宵はどんなお話を?」

幼き帝ーーいや、昔は皇子は、今宵も母に御伽話をせがむ。


「これこれ、いけませぬぞ。さあ、お座りくださり、お話を聞いて。これは、まさに妖を喰らう化け物と言うにふさわしき妖喰い・宵闇(よいやみ)のお話ですよ……」



「くっ……! ここは、床か……」

今上の帝は目覚める。寒さ故ではない、心に纏わりつきし闇故である。


「……あれを、解いてはならぬ!」




「さあ、もっと喰らいつけよ!」

半兵衛は自らの屋敷の庭にて、檄を飛ばす。


「はっ、主人様!」

「くっ、まだまだ!」

「私も!」

「ま、待てい!」


庭では妖喰いの使い手たちーー水上兄弟、夏、そして広人がそろって汗を流し、稽古に励む。


あの半兵衛と夏の戦より、十日ばかり後。

夏という新たな使い手が加わり、皆の心をまとめねばという半兵衛の思いもありそろっての稽古となった。


「痛た……」

半兵衛は自らの頬に未だ走る、痛みに悶える。


これは夏との戦のすぐ後、中宮に叩かれて痛めしものである。あれ以来、中宮は内裏で会ってもよそよそしく、碌に半兵衛とは口も聞かぬ。


もっとも、中宮という身分の者が半兵衛と気軽に話すなど誠ならばおかしいのであるが。さておき。


「夏ちゃんも、傍目には何とか立ち直れそう、だがな……」

半兵衛は悩む。

夏を引き取るとは言ったものの、果たして自らに、夏の受けし痛みを全て受け止めるだけの器があるものであろうか。


考えればまた、頬が痛む。


「よーし……少し休もうか!」

痛みを振り払うがごとく半兵衛は使い手たちに、呼びかける。


「はい、主人様!」

「いやあ、ようやく休みか……」

「あ、広人。あんたはもうひとっ走りな!」

「な……半兵衛!」

半兵衛は水上兄弟や夏は休ませ、広人はより厳しくしておる。


「だって、夏ちゃんに負けてんだろ? 歳が下の女子に負けて悔しくないのか!?」

「むう……心得た!」

こう言われては広人も、返す言葉なし。


やむを得ず、再び走らんと戻っていく。

「やれやれ……しっかし駄目だろう、広人よお? この妖喰いの使い手の中で最も、弱いってんじゃ……」


周りに人がおらぬようになってから、半兵衛は一人言を呟く。この前の毛見郷での戦で、半兵衛も広人のおかげで助かりし所は少なくない。しかし、広人は腕前ではやはり、まだまだ他の使い手に劣るは自明である。


だからこそ、広人にはより厳しくするのであるがーー

「おのれえ、半兵衛め……今に見ておれ! そなたより上の立場になり、いずれ生き地獄を」

「頼もう! 半兵衛殿! 帝に直々にお仕えされています、最上の陰陽師のおなーりー!」

「な、何と!」

勢い込まんとせし広人の、勢いを削ぎ落とせしはにわかに訪れし客人の従者であった。


「え、客人!? あれ、そんな話は聞いてねえがーー」

「今、した。」

半兵衛の驚きの声をも、かき消せしは客人その人である。


見れば、半兵衛の屋敷の門には。

艶やかなる色の牛車が止まる様が見え、さらにその中より出でし客人の、屋敷に入るも見える。


「な、何事でございますか主人様!」

休んでおった水上兄弟や夏も、何事かと顔を出す。


「いや、俺が聞きたいわ!」

半兵衛が叫ぶ。にわかに訪れし客人は、先ほども言いし通り彼とて知らぬものなれば。


しかし、そのような半兵衛や従者たちの様もよそに、客人はズケズケと進み入る。


見れば、客人の周りにはかなりの従者が侍り。

客人は衣冠束帯(平安貴族男性の正装)を着て尚もズカズカと、こちらに迫る。


ただ、やや力み過ぎにも感じられるほどに顔は強張っているが。さておき。


客人は、半兵衛らが立ち尽くして彼を迎えし母屋の入り口の前にてはたと止まる。


そして、わざとらしくゴホンゴホンと(病ではないかと思えるほどに)咳払いをし。


「失礼! 一国半兵衛殿とお見受けいたす!」

客人は半兵衛を一心に見つめるーーことはせず。


目が泳ぎ、誰を指して言っておるか分からぬ。

まずは義常に目が行き、義常は(当たり前だが半兵衛ではないので)目を横に逸らし。


次に頼庵に目が行くが、やはり半兵衛ではないので目を逸らし。


次に夏に目が行くが、やはり(中略)目を逸らし。

続いて半兵衛にようやく目を行かせるが、なんと行かせてすぐに客人は目が泳ぎ、半兵衛はその目の先を見んとして目を逸らし。


もはや誰が、半兵衛なのかーー客人の目はそう、その場の皆に訴えるが。


「あー、まったく何なのだ! 人がこれから鍛えんとしておる時に……」

と、そこに広人がこの場の戸惑いもよそに、呑気な言葉を紡ぐ。


先ほどのこの場の者の中に半兵衛はおらぬ。そして今、偉そうに一人の男が現れしとなればーー

「ようやく見つけた! そなたこそ、一国半兵衛殿とお見受け」

「は? 違うが。」

「……!」

鬼の首を取りしように広人に言う客人だが、言うまでもなく違うので食い気味に否まれる。


「……半兵衛は俺だが。」

「早く言え!」

先ほどまでの出来事にて、すっかり恥をかかされし客人は顔を赤くし、怒り出す。




「えっと……まあ……悪かったよ……」

半兵衛は気まずさもここに極まれりといいし様にて、客人に言うが。


「ふん、まったく! 出会うや否や客人に恥をかかせるなどとは聞きしに勝る者たちよ!」

客人はすっかり、不愉快ここに極まれりといいし様である。


「いやあ、だって半兵衛殿とお見受けする、なんて言う割には目が泳いで誰について言ってんのかよく分からない有様だったし……」

「ふん、分かる訳がなかろう! 会ったこともなき者の顔など!」

半兵衛は少し言い返すが、それに対し客人からも言葉が返る。


「いやだったら……半兵衛殿とお見受けする、なんて言わずに半兵衛は誰か、って聞いてれば……」

「黙れ、ああ言えばこう言いおって!」

半兵衛はすっかり、火に油を注いでしまっておる。


「……おほん! そなたと話しておっては埒が明かぬな……かような所へ私自ら出向きしは他でもない、帝より勅命を受けてのことよ!」

客人は痺れを切らし、自ら本題を切り出す。


「勅命?」

半兵衛は尋ねる。

そういえば、帝に直々にお仕えする陰陽師、と言っておったか。


「そういえば、名乗りが遅れておったな……ふん、ひとまず先ほどのことは水に流してやろう。ありがたく思え。」

「は、はあ……どうも。」

客人は何やら鼻につく物言いである。

もっとも、半兵衛とて先ほど無礼を働いておるため、おあいこと思うことにしたが。


「改めて……私は帝に直々にお仕えする陰陽師、陰陽師の中の陰陽師、阿江刃笹麿と申す!」

「……ん?」

客人ーー刃笹麿は今度こそ決まったとしたり顔であるが、何故か半兵衛は首を傾げる。


「何じゃ! 此度は!」

「えっと……あえのは、はざざ……?」

半兵衛は戸惑う。客人の名がおかし……否、珍しき名であったからである。


「は! ざ! さ! ま! ろ!」

「はざ……?」

「……まったく、どこまでも聞きしに勝る者であるなそなたは!」

半兵衛の様に、すっかり呆れ顔の刃笹麿である。


「うーん、じゃあ……はざさんでいいかな?」

「……な……!」

半兵衛はもはや言えるようになるは諦め、刃笹麿に問う。


「……よい、そなたの弱き頭に合わせてやろう。」

一応は自らを納得させし刃笹麿である。


未だ鼻につく物言いであるが、半兵衛もまた無礼を働いておるため、またもお互い様と割り切る。


「……で、帝の勅命てのは?」

半兵衛もようやく、本題に入らんとする。


「うむ……おほん! 近頃都で相次いでおる、奇しき出来事のことよ……」

「奇しき出来事?」

刃笹麿は語り始める。


都にてあちらこちらにて、人が殺されておるという。

ある人は締め殺され、ある人は首の骨を折られ。


「……そんな殺し方、妖の仕業なのか……?」

半兵衛はふと考え込む。が、すぐに答えを出す。


「それって、人の仕業じゃないのか? 妖ならまっ先に人を喰ってるはずだし、なあ?」

半兵衛は刃笹麿に問う。


「うむ……確かにこれは人の仕業であろうことは間違いないのであるが……」

刃笹麿は先ほどまでの威勢はどこへやら、声を小さくし、歯切れ悪く返す。


「……言いづらいんならいい。ただ、帝が言ってたように妖喰いは人との争いには手出しできねえ。だから、これがひとえに人の仕業だってんならお力添えはしかねるが?」

半兵衛のほうも先ほどと打って変って、毅然とせし様にて刃笹麿に返す。


刃笹麿も、さすがにこの時にはため息をつき。

兜を脱ぎし様にて、半兵衛を見る。

「……まったく、どこまでも聞きしに勝る者であるな。よい、帝よりは口止めをされていたのであるが、そなたには話さねばならぬかもしれぬな。」


刃笹麿は今一度、半兵衛に向き直る。






その夜。

都の小路を歩く、四つの人影が。


人影は半兵衛、水上兄弟、そして刃笹麿である。

「ふむ、夜の都というもまた、趣があるものよのう。」

頼庵が言う。


「ふむ、そうであるな……いや、頼庵! 我らは見回りのさなかである、浮つくな!」

義常が咎める。


「まあまあ義常さん。しっかし、夜の都をゆっくり歩くのは初めてだが……これは趣というより、なかなか恐れを感じさせるな……!」

半兵衛が言う。

心なしか、声は少し震えておる。


「闇を恐れる。なるほど……それぞ(いにしえ)より続く、人の営みよ。」

刃笹麿が半兵衛らの話に、口を挟む。


「ああ、そうだな。そして……この妖喰いで闇を、切り裂くってな!」

半兵衛は、腰に刺さりし紫丸の柄を持ち上げ。

青く光りたる刃をちらりと、見せる。


しかし、刃笹麿は。

「いや、切り裂くのではない。闇も光りも、ひいては陰も陽も。ふたつが相交わりて、この世の(ことわり)がある。そなたの妖喰いも、妖の血と相交わりてその力を高めるであろう?」

こう返す。


半兵衛はその言葉に、首をかしげ。

「うん? ……相変わらず難しいことを……」

こう、漏らすが。

その刹那。


金切り声が響き、空気が打ち震える。

「何事じゃ!」

水上兄弟も、半兵衛も駆け出す。


「待て、私を置いて行くのか!」

後ろより刃笹麿は、声を上げるが。


「すまねえはざさん! あんたじゃ汚れ仕事はできねえだろ? じっくり片付けてから、調べ物のために呼んでやるよ!」

半兵衛は走りつつ、振り返って言う。


そのまま半兵衛、水上兄弟が小路を抜けるや。

先ほどの金切り声の主たる女が、倒れ。

その側の祠にて、何者かが何かを、取らんとする。


「何者か!」

頼庵が叫ぶ。


と、その何者かは、おもむろに刃を取りいだす。

その刃の色は、暗く光りし紫。

「その刃……おのれ、父の仇!」

頼庵は小刀を素早く抜き、その何者かに襲いかからんとするが。


何者かもまた素早く、祠より()()を取り。

そのまま飛び上がり、逃げる。

「待て、逃げるか痴れ者め!」

頼庵が挑発するが。


「やめよ、落ち着け頼庵!」

それを義常が、またも咎める。


「兄者! しかし、私は……」

言わんとせし刹那である。


にわかに宙より、狐のごとき妖が躍り出る。

「くっ! 何じゃ……」

とっさに身を躱せし頼庵であるが。


狐の妖はその隙を見逃さず、頼庵の喉笛めがけ飛びかかる。頼庵は避ける間も無くーー


「頼庵!」

半兵衛と義常の声が、木霊し。


狐の妖が悶える声もまた、木霊する。

はっと、その声に頼庵も我に返る。


見れば、狐の妖の首には。

何やら尖りし物が、刺さっておる。


「こ、これは……?」

頼庵が、訝っておると。


「……破魔(はま)急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)!」

頼庵の後ろ、半兵衛や義常のさらに後ろより声が、響き渡り。


たちまち妖の首に突き刺さりし物が光り、血しぶきとともにその首を飛ばす。


瞬く間の、出来事であった。

「ふむ、汚れ仕事は出来ぬであろうと? 私が戦えぬと思うてか! そう、我こそが亜御門流(あみかどりゅう)宗家・阿江家初代当主阿江幻明(あえのげんめい)が玄孫……六代目当主阿江刃笹麿(あえのはざさまろ)である!」


声の主・刃笹麿は札を片手に、高らかに叫ぶ。

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