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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第3章 妖女(毛見郷編)
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鬼哭

「傀儡たちが、鬼に……」

広人は夏を抑えつつも、呆けて言う。


何故だ、何故傀儡でなくなりしはずの弥助やその母までもーー



「あの親子は確か、既に札を除かれしはずでは?」

高无は尋ねる。先ほどまでの威勢はどこへやら、目下であるはずの向麿にも恐る恐る、探り探りといった様である。


「ふふふ……他の傀儡にまた仕込ませればよろしいでっしゃろ?」

向麿は不敵な笑みを崩さず、長門兄弟に言う。


「しかし奴らは、再び揺らぎしようであるな……まさか始めより、これを?」

狙っていたのかと問う、伊末である。


「当たり前ですがな! さすがに再び、妖にされし人を前にすれば、さしもの使い手共とて揺らがぬはずはありますまい。」

向麿は笑い返す。





はたして、向麿の目論見通りに。

先ほどの広人、夏は言うまでもなく、半兵衛も立ち竦むほどの揺らぎを見せる。


「はははは、使い手共お! かなり揺らいでおるようだな!」

虻隈の声が響きわたる。


「どういうことだ……虻隈は、奴は妖と再び一つにされるを拒んでいたのではないのか!」

広人は叫ぶ。


虻隈の声は先ほどの拒みが感じられぬ、むしろ自らこうならんとしてこうなったかのごとき驕りさえ感じられる。


半兵衛はそこで、はっとする。

「……広人、夏ちゃん連れて逃げろ! 但し都じゃねえ、どこか遠くへ!」

それだけ言うや、半兵衛は虻隈に向かう。


「は、半兵衛! それは何ゆえに……」

言いかけし広人も、はたと気づく。


伊尻より変じし妖が、見当たらぬ。

半兵衛は殺気を通じ、都にいる義常へと言葉を伝える。

「聞こえてるかい、義常さん! 妖がそちらへ向かった! 速やかに都を守る任に当たってくれ!」


「主人様! 心得ました! ……しかし、主人様や広人殿はまだ毛見郷ですか? 大事ないのですか?」

義常より、言葉が返る。


こんな時でも、義常は半兵衛らの身を案じる。

半兵衛は苦笑いを浮かべつつ、答える。


「俺たちのことはいい! ただ、広人は逃す、夏ちゃんと共に。だから都が落ち着いたら、二人を頼むわ!」

半兵衛が義常に言葉を伝える間にも。


「隙ありである!」

虻隈が攻める。


「くっ!」

半兵衛は何とか、避けるが。


「主人様!」

義常は、その身を尚も案ずる。


「あ、ああすまねえ。……これからのことは義常さん、くれぐれも落ち着いて聞いてくれ。もしかしたら何よりも、大事なことかもしれないからな。」

半兵衛は、義常を宥めつつ話を続ける。


その間も虻隈は、攻めの手を緩めぬ。


「……かしこまりました。さあ、主人様。」

義常は息を大きく吸い込む。落ち着いたと伝えたげである。


「……伊尻さんは俺たちと出会った時には、既に殺されて傀儡にされてた。そしてさっき……札の力で妖に変えられた。今向かっているのは、伊尻さんが変えられた妖だ!」

この言葉には、先ほど落ち着きしはずの義常も驚き、揺らぐ。


「な、何と!」

「だから落ち着いてくれって! 細かいことは後だ、今は奴を迎え討ってくれ!」

「あ、主人様!」

このやりとりは、途絶える。


虻隈の力に半兵衛が、押されしためである。

「はははは! 戦場の真ん中であると言っておろう!」

虻隈の笑い声がこだまする。


「くっ、この!」

半兵衛は虻隈の変じし大鬼の右腕に捕らえられる。

しかし、次には。


「とりゃ!」

「ぐっ!」

素早く妖の右腕を切り裂き、半兵衛がその拘束より逃れる。


「どうしたのさ、虻隈さんよ! あんたその姿にされる時かなり嫌がっていた様だったけど?」

半兵衛は虻隈に、問う。


「ふははは、その時はその時よ! この数多の傀儡と共になりし後の、たまらぬほどに強き昂ぶり! この旨さを味わいし後には躊躇いなど、どこか彼方よ!」

虻隈はその言葉の通り、すっかり酔い痴れし様である。


「それに良いのか? 今お前が斬りつけしこの右腕、あの弥助とかいうガキのものだが!」

次に問いしは、虻隈の方であった。


「何……!」

半兵衛は歯ぎしりする。


「はははは、よい、誠によい! その顔の歪み方、正に我が思いし通りよ!」

虻隈は半兵衛を嘲笑い、次にも右腕にて、半兵衛を攻める。


「く、くそ……」

半兵衛は苦々しく顔を歪める。

何故だ、もう迷いなくこの傀儡たちは斬ると誓ったのにーー


と、そこへ。

「ええい!」

「ぐあ!」

横よりにわかに、人影が割って入り。

半兵衛に迫りし大鬼の、右腕を斬りつける。


「広人!」

半兵衛は声を上げる。

自らを救いしは、広人であった。


「何でこんな所に!」

半兵衛は大きく唸る。

夏を連れて逃げるよう、言ったはずの広人が何故。


「捨て置けぬからに決まっておろう! 何だその腰抜けし様は、まったくもってなっておらぬではないか!」

広人は半兵衛を、大声にて詰る。


「あんたには夏ちゃんを守れって言っただろ! それに……あんたは知らないだろうけどーー」

「知っておる、あれは弥助殿であろう?」

半兵衛が言い返すが、広人はそれを遮る。


知っておったのかーー

「そなたこそ、らしくないではないか! 隼人の時には躊躇いなく斬っておった癖しおって、今更斬れぬなどと許さぬぞ!」

広人はそう言うや、虻隈に向かう。


「広人……」

半兵衛はたちまち恥じ入る。

そうだ、やはり自らはおかしい。


この様は、隼人の時も同じであったはず。

なのにその時とはうって変わり、今更斬れぬなどと、確かに広人の言葉の通り何と勝手なことか。


「ああ、そうだな……勝手だったよ、俺は!」

半兵衛は立ち上がりーー


「ふん、相変わらず口の減らぬ者共め!」

虻隈は次には、広人より少し離れし所に右の拳を勢いよく叩きつけ。


そのまま地を耕すがごとく、土煙と共に広人を襲う。

「くっ! 前が……」

広人は目の前が見えず、その間にも虻隈の拳が、迫る。


が、そこへ。

半兵衛が割り込み、勢いよく虻隈の拳を斬り払う。


「ぐっ! おのれ!」

が、虻隈は構わずそのまま斬りつけられし拳にて迫る。


「くっ! 広人!」

半兵衛は素早く振り返り、広人を抱えるや虻隈の拳を躱す。


「半兵衛!」

広人は叫ぶ。目を開くと、自らを抱えし半兵衛が走っておる。


「広人……あんたの言う通りさ。俺は隼人の時と違って、今あいつを斬ることに躊躇ってる。」

半兵衛は半ば、懺悔のごとく抱える広人に言う。


「……ふん、そんなこと、見れば分かる!」

広人は半兵衛に、やはり嫌みのごとく言う。


「ただ、一つ聞いてほしいことがある。」

半兵衛は広人を見据え、話さんとするが。


「隙がありすぎるぞ!」

虻隈より、再び拳が振り下ろされる。


「ぐあああ!」

半兵衛と広人はその勢いにて、巻き上げられる。




翻って、都にて。

時は少し遡り、義常が半兵衛より妖のことを聞きし時よりすぐ後。


義常ら兄弟は、半兵衛の屋敷にいる。

未だ妖喰い封じの縄は繋がれしままである。


半兵衛より伝わりし言葉を受け、義常は考えを巡らせ渋き顔をする。


「兄者! 何とした!」

兄の常にない様を訝り、頼庵が尋ねる。


「……頼庵、そなたにも伝えねばならぬな。それは……」

義常は弟に伝える。


伊尻のこと、そして伊尻の変じし妖が都へと向かっておることも。


「な、何と! そんな……」

頼庵は俯く。伊尻が傀儡であったなど、信じられぬ。


「……とにかく、早く任に当たらねば!」

義常が立ち上がりし、その時。


屋敷の門より大きな音がし、馬に乗りし使いが馳せ参じる。


「一大事である! 朱雀門(都の入り口)に、妖が一匹!」

使いは声を上げる。


兄弟は目付けの陰陽師に訳を話し縄を斬らせるや、

すぐ様屋敷の馬小屋へと走り、各々に馬に乗り。


「急ぐぞ、頼庵!」

「応!」

屋敷を出るや小路を抜けて朱雀大路(都を縦断する大路)へと、朱雀門へと、急ぐ。


どれほど、走りしか。

朱雀門に至る前に。


「くっ、もう妖が!」

頼庵が叫ぶ。

妖は朱雀大路を、大内裏に向けて走り進んでおった。


兄弟が小路を抜け、朱雀大路に至らんとせし所を妖は通り過ぎ。


兄弟は、遅れをとる形となってしまう。

「頼庵!」

「心得ておる!」


義常、頼庵は手に殺気を滾らせ。

義常の手元には弓・翡翠が呼び出され。

頼庵の手元の殺気は弓の形に、変わる。


そのまま二人は、殺気の矢をつがえ、妖の背中めがけ放つ。


矢が当たり妖は咆哮する。

そして兄弟の方を振り向き、睨む。


「伊尻殿、分かるか!」

頼庵は呼びかける。


「頼庵!」

義常は窘める。


元は伊尻だとて、今はただの傀儡。

さように呼びかけてもーー


が、さような義常の考えを裏切るかのごとく、妖より返りしは。


「義常様、頼庵様! 何卒私をお助けください! 否、申し訳ございませぬ……かようなこと、私が求められるはずもありませぬな……」

伊尻の、言葉であった。


「伊尻殿! そんなことはない! 話は既に聞いておる。

しかし、私も罪人の身! 伊尻殿を咎めは……」

頼庵は伊尻へ、言葉を返すが。


「頼庵!」

義常が叫ぶ。


頼庵の言葉が、伊尻の変じし妖が攻めしことにより遮られしためである。


「くっ、伊尻殿!」

すんでの所で躱し、頼庵は叫ぶ。


「ふははは、愚かなお方! 私は既に、傀儡なのですよ!」

声こそ伊尻であるが、やはり妖より返りし言葉は嘲りであった。


「伊尻殿! そなたが夏殿に惨たらしきことをせしは知っておる! そしてその傀儡に魂が囚われしことも! まだ終わらぬ、まだやり直せるやも知れぬ!」


この様を目の当たりにしても尚、頼庵は訴え続けるが。

もはや妖には通じぬと言わんばかりに、返るは拳の一振りであった。


「ぐっ!」

「兄者!」

義常が頼庵を庇い、妖に押しのけられ倒れ込む。


「頼庵、早く仕留めよ! もはやこれは伊尻殿では……」

義常が言う間にも。


妖は倒れ込む義常へと、手を伸ばす。

「兄者!」

頼庵は叫ぶ。

もはや、仕留めるしかーー







「ふん! さあ、ここまでであるようだな……うっ!」

止めを刺さんとせし虻隈は、にわかに苦しみ出す。


所は毛見郷へと戻る。


いつもであればこの虻隈の隙を見逃さぬ半兵衛と広人であるが、二人も巻き上げられられし後に地に伏し、動かぬ。


「うう……や、めろ! 俺、の身体を!」

虻隈より聞こえしは、いつもの言葉である。


「……何や、まだ生きとったか! しかし弁えんかい、虻隈よお! そなたはもう、屍も同じや。使えん奴はせめて、こうでも使わんと、なあ?」


虻隈の頭に響くは、向麿の声である。

虻隈はやはり、傀儡となっていた。


「くっ……俺、を、傀儡に、するのか!」

虻隈は叫ぶ。これまでにないほどに、怒気を帯びて。


「くっくくく……はははは! 自ら言うたことも忘れたんか? 使えん奴は人であるべきではない、ただの肉の傀儡にしてまえと!」

向麿の声が虻隈へ返る。

虻隈もそれには返す言葉が、ない。


「虻隈!」

夏は叫ぶ。言うまでもなく、縛られて何もできぬが。


「ああ、そうやなあ……あの女子(おなご)も使えん奴やったんや、虻隈、せめて使えん奴の始末つけてもらうで!」

向麿は虻隈を、再び操る。これまでにないほどに妖力を強めて。


「ぐ、ああ……!」

虻隈は気を、失う。


「ふははは! さあ小娘、落とし前をつけよ!」

虻隈、否、虻隈より造られし大鬼が、夏へと手を伸ばす。

もはやその様は、虻隈ではない。


「くっ……夏ちゃん!」

「夏殿!」

一度は地に倒れ伏しながらも、半兵衛と広人は何とか立ち上がるが。


間合いは離れ過ぎており、間に合わぬ。

このまま夏はーー


しかし、ここで思いもよらぬことが起こる。

大鬼が夏に伸ばせし腕を、もう一つの腕にて止めたのである。


「……く、う……夏、に……!」

大鬼より声が、響く。

それは虻隈、のみならず。

弥助、そしてその母の声も、混じる。


「……夏、に、手を出すな!」

「お侍様を、傷つけるな!」

「お侍様を、傷つけとうございませぬ!」

大鬼より響く声には、やがて。


虻隈に取りつきし全ての村人の声が、混じる。

「お侍様に手出しはさせぬ!」

「お侍様、今です!」


大鬼は腕の、足の、動きを大きく乱し。

もはやまともには、動けておらぬ。




「な……伊尻、殿?」

再び、都にて。


義常に迫りし妖は、にわかに動きを止める。

「うう……義常、様……今です、お逃げを……!」

妖より響くは、伊尻の声である。


「伊尻、殿?」

義常もようやく、立ち上がる。


妖はぎこちなき動きをしておる。

これは伊尻が、抗っておるということか。




「な、何故や! たかが傀儡共が!」

向麿は都より、そして目の前の毛見郷より、操りし妖力を通じ伝わる傀儡共の様に、激しく揺らぐ。


いつものゆとりは、今度こそ崩れておる。

「……ふ、ふん! そら見たことか、薬売りの分際が!」

「……そ、そうであるな、口ほどにもなき奴め!」


高无、伊末もかなり揺らぎつつも、向麿に嫌みを言える隙を見逃さず。


「お黙りくだされ! 何でや、こんな時に……!」

揺らいでおるどころではない。

もはやいつものゆとりは、どこか彼方へ飛んで行ったかのようである。


「……聞こえてるか、傀儡の主人様よお!」

半兵衛が毛見郷より、叫ぶ。


「……何や、それがしのことか!」

向麿は大きく、しかし半兵衛には聞こえぬよう気をつけ叫ぶ。


「あんただよ! あんた恐らく、全ての人を自らの手の平で踊る傀儡にできるとか思ってないか!」

聞こえておるはずはないが、半兵衛は向麿に答えるかのごとく叫ぶ。


「ふん……それが何や! 愚かもんどもが、自らの心なんちゅう面倒なもん捨てて、黙って傀儡になってりゃええもんを!」

向麿もまた叫ぶ。


「だがなあ、今分かったろ! この人たちも俺たちも、あんたの傀儡なんかじゃねえ! 今解き放ってくれるよ!」

半兵衛もさらに、返すかのごとく叫ぶ。


「何を……この……このこのこのこの!!」

向麿はついに、狂ったように切れる。


その様には長門兄弟もついに、遠ざかるほどである。

「向麿……我らは先に戻る! くれぐれも落とし前をつけてから戻るのだぞ!」

「そ、そうだ! 兄上のおっしゃる通り!」


吐き捨てるように言うや、長門兄弟はその場を後にする。

「ふん……腰抜けが!」


兄弟がおらぬことをいいことに、向麿は吐き捨てる。





「半兵衛、戦えるのか?」

夏を抱え、広人が問う。

半兵衛と広人は今や、夏と大鬼の間に、割って入っておった。


「ああ、これより先にはもうみっともない姿、見せる訳には行かねえからよ!」

半兵衛は紫丸を構え直し、大鬼を睨む。





都では。

義常と頼庵は伊尻の変じし妖の前にて、立っておる。


「伊尻殿……」

頼庵が呼びかける。


「頼庵様……お願いです、私めを射抜いてください!」

妖より伊尻の声が、返る。


「頼庵……」

「……先ほどはすまぬ、兄者! もう迷わぬ!」

兄の憂いの声を跳ねのけ、頼庵は叫ぶ。


都と、毛見郷。

向麿と、妖喰い。

既に戦は、締めに入りつつあるーー


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