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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 夜京(中宮編)
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会皇

  「助けられたとはいえ、あの男が信ずるに値するものか。

 中宮様からお嫌とおっしゃっていただければ、すぐにでも追い払えたものを」

 都の路を氏原の屋敷へと進みつつ、中宮の御者はふと呟く。


「それは、私に命じておるのか?」

「はっ、中宮様!い、いえ断じてそのような恐れ多き……」

 自らの呟きが中宮の気を害したとあってはかなわぬ。

 御者は慌てながら取り繕う。


「……なるほど、確かにあの男が信ずるに値するか、未だに分からぬ。しかし見たであろう、妖を一太刀で斬り伏せるあの力を。力強きものであるは確かだ。信ずるに値せねば、騙してこちらの思うようにしようぞ。」

「さ、さすがは中宮様!」

 中宮は滔々と述べる。それに賛美を送る御者であるが。


「声が大きい、聞こえるであろう!」

 中宮に嗜められる。


「見えて来た。あれぞ我が屋敷よ。」

 道中は自らの牛車の傍らを歩く半兵衛に語りかける。


「思いのほか近えんだな。」

 半兵衛も答える。もはやこの男の言葉遣いに口を出せば道中が黙っていないことは従者たちが分かっており、口を出すものは誰もおらぬ。


 内裏より少しばかり都を東に進み、氏原の屋敷へと一行は辿り着く。


「さあ、上がるがよい。もてなしは細やかにしかできぬが、外で夜を明かすよりは良い暮らしになろうぞ。」

 道中は半兵衛に歓待の意を示す。


「いや、泊めてくれるだけでもありがてえ限りだし。」

 半兵衛は妖と戦いし頃の威勢はどこへやら、道中から顔をそらしいささか恥じ入った様である。


「そう気を使うでない。そなたは客人、何なりともてなしを受ける立場にあるのだからな。」

 道中はまたも嬉々として半兵衛に語る。その様を見た従者たちは、道中が半兵衛を信じきっていることを察する。


 屋敷では、半兵衛にとって見たこともなきような膳が振舞われた。


「こりゃあ今まで食ったこともねえ味だな!」

 半兵衛はよく食いその度に味への賞賛を述べるためよく話す。


 およそ品のある食い方とは言いがたいが、従者たちは先ほど言葉遣いについて何も言わなかった故、食い方についてもまた然りである。


「ははは、これはもてなし甲斐があるというもの!さあより多く持って来させるがよい!」

 道中は厨房に命じ、下男下女らがいそいそとまた支度にかかる。


「ところで、そなたはいずこより?」

 道中はふと、尚も膳を掻き込む用にして食う半兵衛に問う。


「所の名は分かんねえけど、そこから山を四つ五つ越えて都に着いたし、そこまで遠い所じゃねえと思うが。」

 半兵衛が返す。が、これには先ほどまで黙りを決め込んでいた従者たちも、思わず驚嘆の声をもらす。


 この半兵衛の言葉には、道中もあきれ返る。


「なんと、生まれ育ちし所も知らぬと!そなたは果たして、いかように生きておった?」

「多くは山で狩をしてたな。」

 半兵衛はこともなげに返す。


「狩、とな?山で暮らしておったと。村などには、住んでおらなかったのか?」

 道中も問い返す。


「村、か……」

 半兵衛はにわかに、先ほどまでの淀みなき話し方が嘘のように言葉を濁した。


「半兵衛?」

 道中は半兵衛の様子を訝しむ。


「あ、いや何でも……だけど摂政様よお、この話って帝にもしねえとならねえんだろ?」

 半兵衛はまた元の様子に戻ると、道中に問い返す。


「あ、ああ、そうであったな。では後に、帝がそなたをご覧ずる時に、帝や皆と共にまた話を聞くとする。今日は感謝する、疲れを癒すのだ。」

 道中はここで、徒らに聞くのはやめようと決めたのである。


 膳を食い終えた半兵衛は導かれた部屋に着くと、そのまま泥のように眠りについた。


 道中も床につかんとして屋敷の渡殿(廊下)を歩いていると、

「摂政様、お耳に入れたいことが……」

 中宮の御者に呼び止められる。


「何事だ、隼人。」

 道中は引きつった顔にて御者――隼人を振り返る。


 そしてそのまま。

「また半兵衛に対し、何か言いたいことがあるのか?

 まったく、そなたは一体何のうらみ故半兵衛を……」

 こう、まくし立てた。


「い、いえ!何でもございませぬ。お休みくださいませ……」

 その様子に気が引けた隼人は、話を止めてしまう。


「何と、用なきならば話しかけるでない!これより主人が床につかんとしている所に……」

「も、申し訳ございませぬ!」

 またも怒り心頭に発した道中に、隼人はただ謝ることしかできぬ。


「もう、よいのだな?」

 その言葉のみ返すと、道中は自らの部屋へと再び足を進めて行く。


 隼人は、懐より道中に見せんとしていたものを取り出だし、目をやる。


「……これを摂政様に見せんとすることが、何故悪しきことなのか。二言目には半兵衛、半兵衛などと……忌々しい!あの男さえいなければ!」


 隼人は怒りに身体を震わせる。と、刹那。道中に見せんとしていたものが妖しく光り――


「隼人、代わる刻だ。」

 半兵衛の寝る部屋の前へとやってきた隼人に、先ほどまで見張りをしていた従者が声をかける。


「ああ、ご苦労だ広人。」

 隼人もその従者――広人に声をかける。


「何かあったか?身体でも悪くしたか?」

「何でもない、さあ早く寝よ。」

 広人の憂いの声も軽くあしらうと、隼人は無駄口は無用とばかりに見張りを代わる。


「大事ないか?ならいいのだが。」

 広人はいささか訝しむが、すぐに床に入りに行く。

 隼人は、そっと部屋の襖に手を、かける。


 "獲物"がすやすやと寝息を立てておる。この機を逃すまいと力を入れ、刀を振り下ろす。


「人を夢から、覚ましてんじゃねえ。」

 "獲物"が、小さいがよく通る声を上げて刀を防ぐ。


 すやすやと寝息を立てていたのみに見えた"獲物"は、既に刃を構えていた。


「くっ!」


 隼人は慌てて"獲物"――半兵衛を狙うが、半兵衛の刃が先に自らに迫る。


 刹那、紫丸は隼人……ではなく、その背後の"影"を捉える。

 小さくも嵐にも咆哮にも似た音が響く。刃の青き光に照らされ、"影"の姿が少し見えた。


「これは、札か?」


 "影"と見えたそれは、何やら字の書かれたる紙の、二つに破れた札のごときもの。


 が、それは紫丸の刃に突かれるや、にわかに赤く染まり、あの鬼たちのごとく血と肉片となり散った。


 すべては一時のうちに終わる。


「あの札…あの鬼どもに貼ってやがったものか。」

 再び満たされて紫に染まりし刃を収め、半兵衛は吼えるように呟く。


 あの札は先ほど隼人が、道中に見せんとしていたものであった。


「鬼をやった後に残されてたもんをこいつ、拾っちまってたか。おそらくは鬼をどいつかがこれで操って、次はこいつを…たく、肉はすり潰して喰ってやったってのに、札は直に潰さねえとならねえのかよ。」


 半兵衛は、側に倒れ込み気を失う隼人に向かい言う。


「でも、人は斬らなくて済んだか……それで良しとしなけりゃな。」


 半兵衛は呟き、扉の外に未だ気を失いし隼人を置くと、再び床に入りに行く。



 明くる日。

 帝の待つ内裏へと、中宮の送り迎えも兼ねて氏原の一行は路を進む。


「中宮様、昨夜はよくお休みになられて……」

 侍女が中宮へと声をかける。


「ああ、膳の方はあの男の汚なき様を見て喉を通らなかったが、眠りは氏式部内侍(ししきぶのないし)、そなたが傍らにつきしおかげで安らかであったぞ。」

 中宮もにこやかに返す。


 氏式部内侍と呼ばれた侍女は、中宮の言葉に頬を赤らめる。

「そ、そのようなお言葉誠に恐れ多く――」


「よいのだ、受け取っておけ。」

 中宮は顔を赤らめた侍女の様を、いささか面白がっているようである。


 よい夜を過ごした中宮に引き換え、半兵衛は眠たげである。

「半兵衛よ、もう少し休まずとも良いのか?」

 道中も心配げであるが。


「なあに、まったくもって……」

 案の上、猫のように大きな欠伸が出る始末である。


 昨夜のことは半兵衛は道中に黙っておる。隼人は気を失いしまま半兵衛を襲ったのか、昨夜のことを覚えてすらおらぬ様子である。


 言うまでもなく、半兵衛は隼人を庇うが故ではない。

 ただ面倒故というのみである。

 そうして一行がさほど遠くへ行くほどもなく、内裏が目の前に見えた。


「帝におかれましては、誠にご機嫌麗しゅう。この摂政道中、嬉しき限りにございます。」

 謁見の間に一行が入り、帝と相見える。


「堅苦しき礼は無用である、叔父上。その者が、先ごろ妖を打ち申したという"妖喰い"を使いし者か。」

 帝は道中に言葉をかける。

 今上の帝の母は道中の姉にあたる。帝は国を守る立場にあれど、未だ若人である。それ故に、下の身分とはいえ叔父からの礼にはいつも気を遣わずにはいられぬ。


「へえ、帝って言うから、どんな爺さんが出るのかと思ったら……」

「これ、半兵衛。」

 さすがの道中も、帝に向けてのこの言葉には割って入る。


「ははは、誠に尤もな言葉よ!それもそのはずである。

 このような若人に、帝など務まりきりはすまい。よって(まつりごと)は全て、この叔父に任せておる!」

 帝はむしろ、嬉々として半兵衛に答える。


「え、でも、帝はそれでいいのかよ?」

「半兵衛。」

 道中は敢えて穏やかに止める。先ほどとは違い言葉についてではない、"踏み込みすぎ"であることについてである。


「まあよい。それで、半兵衛と申す者よ。今日道中にそなたを連れさせたは他でもない。頼みありてのことよ。」

 帝は心なしか、何やら居ずまいを正した様子である。

「頼み?」


 帝は座したまま手をつき、半兵衛に言う。

「百年あまり前のようなことが起こらぬよう、何卒この都を守る任についてもらいたい、この通りである!」


 あまりに見ることなき帝の姿に、道中も慌てる。

「み、帝!なりませぬ、そのようなことは……」


 だが帝は変わらぬ姿のまま、尚も頼み込む。

 半兵衛もさすがに、恐れ多く感じ入り

「……そんな風に頼まれ慣れてもないんだ。止むを得ねえな、俺でよければ。」


「……感謝する。」

 帝はようやく、顔を上げる。


「お待ちください!そのような粗雑な者に何ができましょう?この任、他の腕が立つ者にその紫の刀を譲り、その者につかせればよいのでは?」

 声を上げたはあの御者、隼人である。

 いつの間にやら、謁見の間の前の庭におった。


「隼人、またそなたか!下がれ、ここに来るのみでも無礼というのに!」

 道中が声を上げる。


「惜しいが隼人とやら、その半兵衛の代わりは見つけられぬ!」

 続けて声を上げたは、帝である。


「……二言目には半兵衛、半兵衛と!摂政様目をお覚ましください!今こそ我がその男の化けの皮を、剥いてご覧に入れます!」

 隼人が声を上げ、懐に手を入れながら謁見の間に走り寄る。


 明らかにおかしい様子。道中が再び声を上げる。

「無礼者!早く帝を他の所に……」

「待て、これは!」

 隼人の前に立ちはだかるは半兵衛である。


「半兵衛ええ!!」

 隼人も再び声を上げるや、懐に入れし手を出し、高く掲げる。その手に握られしは――


「あの札!まだあったのか!」

 思い返せば、鬼は二匹であるのに、昨夜仕留めた札は二つに割れた一つ。不覚を嘆く暇も半兵衛になく。


「うわあああ!」

 刹那、隼人の身体が膨らみ、爛れた肉の塊と化したと思えばまた形を変え。


「お、鬼!」

 道中が叫ぶ。

 それは鬼の形をした肉の塊――いや、それはもはや真の鬼と変わらぬ動きで咆哮する、鬼そのものであった。

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