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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第3章 妖女(毛見郷編)
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妖男

「ふん! 強がりを言うな!」

虻隈は唸る。


まさかこれほど早く、この使い手どもが躊躇いを捨てるとは。さすがに妖と見れば躊躇いなく斬るというこやつらと言えど、友誼を結びし者たちがその実傀儡であったと知ればひどく躊躇うものとばかり思っていた。


それがまさかーー

こうもあっさり、戸惑いを捨てるとは。これはもはや、捨て置いてよい相手ではない。


「ふん! なるほど……妖でなくとも斬れるとは! ならばそなたらの腹、この俺が直々に試してやろう!」

虻隈は言うや、足の首切れ馬にて駆ける。


そうして右腕の青鷺火より、炎の竜巻を起こし。

それを広人へ差し向ける。


「くっ……傀儡だけでも厄介だと言うのに!」

広人は紅蓮を振り回し、周りの傀儡を退ける。


そのまま殺気の刃を、伸ばすと。

広人に向かう火の竜巻が、たちまち斬り伏せられる。


「何!」

虻隈は歯ぎしりするが。


「隙ありであるぞ!」

上より聞こえし声に、虻隈が仰ぎ見ると。

広人は空へ飛び上がり。


伸ばせしままの殺気の刃を、振り下ろすーー

「くっ!」

虻隈は守りの構えを取らんとするが、間に合わない。


が、そこへ。

「ふんっ!」

夏が割って入り、広人の斬撃を防ぐ。


「夏殿!」

広人はそのまま、地に降り立つ。


「言うておろう、虻隈と私の邪魔立ては許さぬと!」

夏は強く、答える。


広人が先ほど振り払いし傀儡たちも皆、起き上がり。

広人は、囲まれる。


「さあて……多勢に無勢であるな!」

虻隈はすっかり勝ち誇りし様である。


「なるほど……しかし仇が多ければ多いほど、燃えると言うもの!」

広人は動じず、紅蓮を構え直す。


「ふん、戯れ言を! 一息に踏み潰してくれる!」

虻隈は熱り、足の首切れ馬を構えさせる。


と、そこへ。

「くう!」

「おりゃー!」

虻隈の戦場へと、伊尻と半兵衛が踊り出る。


「広人、待たせたな!」

半兵衛は現れるや、広人に声をかける。


「半兵衛……ふん、遅すぎであるぞ! まあ、そなたなどいなくてもできるがな!」

広人はいつもの通り、半兵衛に嫌味を言う。


「はあ? よく言うよな……こんな多勢に無勢で苦しんでる癖しやがって!」

半兵衛は言い返す。


「何を! ……とおっと!」

広人が言い返さんとせし矢先に、傀儡が攻めよせる。


「ふん! 戦場のど真ん中だ、忘れたか!?」

虻隈が吼える。


「虻隈……虻隈もこの村も、これより先にはあんな奴らに手出しさせぬ!」

「ああ、夏……俺たちの所に奴らが入り込む隙間はない!」

夏と虻隈は、お互いの心を確かめ合い。


二人して、攻めよせる。

「ふん!」

虻隈は再び青鷺火にて、疾き風を起こし。


夏はその風と炎の勢いにて、半兵衛と広人に迫る。

「くっ!」

広人はなんとか、受け止めるが。


風と炎により勢い付きし夏の一振りは、受け止め切れはせず。


そのまま大きく後ろへと、飛ばされる。

「広人!」

傀儡たちを引き受けながらも、半兵衛は広人の身を案ずる。


「人のことを案じておる場か!」

虻隈が叫ぶ。


既に虻隈は、半兵衛との間合いを詰めておった。

「はあ!」

「ぐっ!」

虻隈は右腕の青鷺火より炎を出し、半兵衛と鍔迫り合いとなるが。


「右腕のみと思うな!」

足の首切れ馬にて更に勢いを付け踏み込む。虻隈の力はより、増していく。


「ぐっ、この……」

半兵衛は力負けし、ジリジリと後ろへ下がって行く。


「まだまだ!」

次には胴の狒々が、口を開く。


地をも震わす咆哮が鳴り響き、気が震え。

周りの歪みし様に、半兵衛も手を出しづらくなる。

「ぐ!」

何とか持ち直す、半兵衛であるが。


「しぶとい!これならどうだ!」

次には頭の赤舌より長い舌が鞭のごとく、迫る。


「!」

半兵衛はすんでのところで躱すが。


次には右腕の青鷺火より、炎が迫る。

「ぐあ!」

半兵衛は後ろへと、飛ばされる。





「くっ、半兵衛……」

こちらも飛ばされながらも、何とか持ち直せし広人であったが、すぐさま、夏の爪が迫る。


「くっ、このお!」

広人はどうにか、受け止め。

振り払う。


「いつまでも躱してばかりでは、後手に回るのみであるぞ!」

夏は振り払われても尚、爪による攻めを止めぬ。


右腕を払われれば左腕にて、左腕を振り払われれば右腕と、夏は一時の隙もなしに攻める。


「夏殿……目を覚ませ! あの虻隈とやらは、そなたをいいように使っておるだけだ!」

夏の攻めを躱しながら、広人が叫ぶ。


が、夏はまったく動じぬ。

「ふん……戯れ言を抜かすな! しかしまあ、そうであれ。虻隈が私に安寧をくれしことは誠である。ならばその恩に報いてこそ、本望というものよ!」

そう広人に、言い返す。


攻めの手をより、強める。

「くっ……何故だ、何故あんな男などに!」

広人は防ぎつつも、愕然とする。


頭では確かに、解せるやも知れぬ。

幼き頃よりあの力にて、誠であれば愛されるべきであった者に愛されなかったのである。


であれば、唯一人傍にいてくれし者を慕うは分かる。

しかしーー


「夏殿……そうかそなたはまだ、蔵の中にいるのであるな。」

「何!」

広人の言葉に、夏に僅かな揺らぎが生まれる。


広人はその揺らぎを、見逃さず。

すかさず紅蓮を振り払い、夏に畳み掛ける。


「夏殿!」

「ぐぬ! 何故だ、にわかに勢い付きおって……」

攻めの手を緩めぬ広人に、夏は驚く。

広人は攻めながら、夏に言い続ける。


「自らの生き方を見失い、他の者のために生きる……その生き方も良いときはあるやも知れぬ。だがな、夏殿! それでは何も、変わらぬではないか。蔵に閉じ込められし、あの頃と何も!」

広人は心をぶつけるがごとく、紅蓮の切っ先を幾度も、幾度も夏にぶつける。


「何を……知ったような口を!」

夏は広人の刃を防ぎつつ、自らも攻めんとする。

だが手元が狂い、より斬り込まれ。


「くう!」

此度は夏が、防ぐのみとなってしまう。


「何故だ、何故だ! 虻隈より教わりし刃が、こんな奴に!」

「それはそなたが腹が、決まらぬ証よ!」

悔しさを滲ませる夏に、広人は叫ぶ。


「何……?」

尚も広人の攻めを防ぎつつではあるが、夏は呆けて問う。


広人は続ける。

「もう分かっておるのだろう! 自らの望みが何か、分からぬことに。であればもう、こんなことは止めようではないか! 虻隈の望み? そんなものより先に、自らの望みを考えたことがそなたにあるのか!」


広人の刃による攻めではない、言葉が夏へ追い討ちをかける。自らの望み? それは虻隈に……ではなく、真なる自らの望みということか?


「そんなことは……考えたこともない、考える由もなかろう!」

夏は叫ぶ。それは自らを諭す言葉でもある。


「黙れ……忌々しき言葉よ! 私は既に、虻隈の望みこそ本望であると言った、それを忘れしか!」

夏は尚も続ける。そうだ、惑わされてはならない。虻隈を愚弄する輩の言葉などにーー


夏の爪がかつての精彩を、取り戻しつつある。

やはり夏にとって、虻隈が全てか。ならば。


広人ははたと気がつく。

虻隈が全て、虻隈の望みこそ本望。それではまるでーー

「もはや、今も蔵の中か外かなどどうでもよい。そなたはまるで、虻隈の傀儡ではないか!」


夏の攻めが、ふと止む。

広人はその隙を、見逃さぬ。


勢いよく夏を、弾き飛ばす。

「くっ!」

夏は飛ばされつつも、地に足をつけんとするが、足の震えにて動きが狂い、倒れ込んで地を転がる。


「私が、揺らいでおるだと……!」

夏は自らのその様に大きく揺らぐ。


もはや虻隈の傀儡ーー

揺らぎし元は、広人のその言葉である。

傀儡だと? あの忌まわしき父や、村人と同じであると?


「違う、私は、違う……!」

地に伏しながらも尚も吐く言葉と共に、夏の目より涙がこぼれる。


夏の頭に浮かびしは、自らに言い聞かせんとする言葉である。


虻隈にとって自らもただの傀儡であった? そんなはずはないーー


が、そのすぐ後にまた、言葉が続くことに気づく。


そんなはずはない、と思いたい。


夏の揺らぎは、もはやこの上なきほどに達しておった。

気づいてしまったのである。自らが虻隈をも疑っていることにーー


「とうに、気づいておったのだろう?」

近くにて聞こえし広人の声に、夏はふと我に返る。


「違う……私を惑わすな、近寄るな! 狼藉者め!」

夏は涙声にて怒鳴り、そのまま手の爪を広人にーー


が、夏の手は既に、ただの人の手に戻っておった。

「な……そんなはずは!」

夏はその後も、幾度も、幾度も。手を広人に突き出すが。

何も変わらぬ。ただの人の手が、空を切るのみ。


「くっ……力よ、戻れ……!」

夏は自らの中の妖喰いの力に、呼びかけるが。


頭の中の揺らぎに阻まれ、力を引き出せぬ。

「戻れ、戻れ……」

夏は尚も死にものぐるいにて呼びかけ続けるが、あまりの揺らぎに、身も心もすり減らし。


そのまま眠り込むように、動きを止める。





「……な、つ!? どう、した! な、つ!」

虻隈は大きな揺らぎを見せる。


「……夏ちゃんに、何かあったんだな。」

半兵衛が問う。


虻隈の言葉も揺らぎのためか、元に戻っておる。

「な、つ……何故……」


半兵衛はため息をつくや、虻隈に言う。

「虻隈……あんたは間違ってる!」


虻隈は半兵衛を睨む。

「ち、がう! 俺はいと、しき夏の! 夏の、ために!」

吼えるがごとく、叫ぶ。


「ああ、そうだな……夏ちゃんが愛しい。それは誠だろうよ。」

半兵衛は虻隈を、睨み返す。


「でも、あんたのやり方は間違ってた! 伊尻さんたちを夏ちゃんが手にかける時! 夏ちゃんが自ら望んだのかよ? あんたがただ焚き付けて、殺させたのか!」

半兵衛は虻隈に、怒鳴る。


「……ふ、ん! 俺は、夏の、ためを思い! 俺の考えの、元! 夏に父親、たちを殺させた!」

虻隈は揺らぎながらも、負けじと返す。


「そうか……ならあんたはやっぱり間違ってた! 確かに伊尻さんたちは、夏ちゃんに許されねえことをした! でもな、それは夏ちゃんがどうしたいか、夏ちゃん自らが決めるべきだったんじゃねえのか!」

半兵衛は尚も、虻隈を怒鳴りつける。


「ふ、ん、黙れ! ……ならば、刃にて問おう! 勝ちし方が正しい!」

虻隈は今一度、自らの身全てに鎧いし妖をざわめかせる。


半兵衛も紫丸を、構え直す。

「そうか、心得た……負けられねえな!」

言うが早いか、半兵衛は虻隈に迫る。


「ふ、ん!そなたごときに!」

虻隈は右腕より炎を、左腕より風を、胴より音の波を差し向けながら、素早く駆ける。


「また来たな!」

半兵衛は躱すことなく、敢えてぶつかる。


炎の風を斬りはらい、音の波をものともせず。

凄まじき速さにて迫る虻隈に、尚も迫る。


「おりゃあ!」

「はあ!」

半兵衛も凄まじき速さにて。

虻隈とすれ違い様に斬り合いとなり。


虻隈の右腕の爪を避け、半兵衛がその右腕を斬りつける。

「くっ……ぐああ!」

虻隈は痛みに悶える。

刃は右腕の青鷺火を両断する。たちまち右腕より妖の血肉が溢れ出る。


「さあ、まだ止まねえぞ!」

間髪入れず、半兵衛は。

再び虻隈に、斬りかかる。


「何、を……! まだまだだ!」

虻隈は胴の狒々を、切り離し。

半兵衛にぶつけんとするが。


「効くか!」

半兵衛は構わず狒々を、真っ二つにする。


そのまま瞬く間に、虻隈の懐に飛び込む。


足の首切れ馬を斬り伏せられ、虻隈はついに、地に伏してしまう。

「まだまだだ!」

「ぐあああ!」

そのまま残る妖も、一刀の元に斬り伏せられ。

元の人に戻りし虻隈は、手足より夥しき程の血を垂れ流し、動かない。


「虻隈!」

わずかに感ずる虻隈の気が切れることを感じ、夏が叫ぶ。

が、夏は未だ大きく揺らいでおる上に、殺気を封じる縄にて広人に縛られ、動けぬ。


「半兵衛が、やったか……」

広人は渋いとも、安らかともとれる顔をし、呟く。





「ふん! そ、そら見たことか! やはり妖喰いは手強い、あんなぽっと出の輩には受け止めきれなかったな!」

物陰より高无は虻隈を指差し、鬼の首をとったかのごとく言う。


「向麿よ、やはり口ほどにもなき男よ……」

伊末は冷ややかなる笑みを浮かべ。

向麿の方を見やる。さぞかし吠え面でも、かいておるだろうーー


が、伊末はその笑みのまま固まる。

向麿が、吠え面どころかこの上なき笑みを浮かべているためである。


「ふふふ……あーはははは! ようやくこの時が来ましてん! この時を待ってましたわ!」

向麿は狂ったように、笑い声を上げる。


伊末も高无も、苦々しき顔をする。

誠に、この男はーー

「まったく、そなたは誠に食えぬ輩じゃ! 此度はどんな策が?」

伊末が尋ねるや、向麿は笑い声をより高くする。


「よくぞ聞いてくれましてん! では終わりの仕掛けを、動かしましょか!」

そう言うや向麿は、指を鳴らす。






「さあ、この男と……こやつらはどうする?」

広人は目の前の血まみれの虻隈と、動かぬようになりし、伊尻をはじめとする傀儡たちを見やって言う。


「傀儡たちは、皆殺されて魂を囚われた村人たちだ。だから広人、あんたがやったように札を壊して魂を解き放とう。後はーー」

半兵衛は、虻隈を見やる。


「……俺の勝ち、だよな?」

半兵衛は落ち着き払い、虻隈に言う。


「あ、あ……そう、だ。さあ、一思いにーー」

虻隈は血まみれの手足を広げ、大の字になる。

もはや命を、差し出さんとするばかりである。


「待て、頼む!」

手を縛られつつも、夏が駆けつけ止める。


尤も、未だ力は使えぬ。力にて止める術はないが。

「夏殿、この者は!」

広人が夏を押さえし、その刹那である。


にわかに止まりしままであった傀儡共が、共に動き出す。

そしてその中にはーー

「や、弥助殿!」

広人は叫ぶ。既に札は抜きしはずの弥助やその母までも、動き出しておる。


そして、次にはーー

諸共に爛れし肉の塊となり、やがて伊尻であった者は鬼の形に、他の者は皆、虻隈に吸い寄せられるがごとくくっついて行く。


「な、何、だ! これ、は! や、止めろ!」

虻隈は力なく地に伏せしまま、自らの元に集まりし肉の塊より逃れんとして這いずるが、逃れられるはずもなく。


たちまちその身全てに備えし獣の下顎に、牙が生え。

肉の塊に生える牙と噛み合わさる。


その身は瞬く間に肉の塊に覆われ、凄まじき大きさの鬼となる。

「虻隈!」

夏は飛び出さんとするが。


「夏殿!」

広人が止める。


「くそ……またあの時と同じかよ!」

半兵衛は、唸る。





向麿はこの様を見、満足げに顔いっぱいの笑みを浮かべる。

「ふふふ……待たせたなあ、使い手ども! これで真に終いや!」

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